第三ー八話:団体戦予選・第三試合Ⅵ(予選最後の大勝負、月夜と十六夜。そしてーー)
『試合ーー開始!』
玖蘭と対戦相手である同い年くらいの少年がバトル場に立ったことにより、最終戦は開始した。
戦闘フィールドは、暗くて怪しくも妖しい寺社が存在し、青白い炎や紫白の炎を灯す破れた提灯など、幽霊や心霊現象が今にも起こりそうなフィールドだった。
「どちらかといえば、玖蘭有利のフィールドだね」
幽霊妖怪退治屋である玖蘭にとっては、見慣れたと言ってもいいフィールドだろう。
一方で、対戦相手である少年ーーエドガーは、顔を引きつらせていた。
「お前、あんまりビビると見たくないものを見たり、取り憑かれるぞ」
玖蘭が冷静に告げる。
これはフィールドだからまだいいが、目の前で起きていることとなれば、洒落にもならない。
そんな今までの経験からの言葉だった。
「っ、ビビってないし、さっさとお前さえ倒せばいいだけだ!」
どうやら、彼に変な気合いを入れさせたらしく、魔法付与した剣で切りかかってきたエドガーに対し、そのことに小さく息を吐くと、玖蘭は灯籠の上などに避けたり、下級式神を召喚しながら対応する。
「避けてばかりじゃなくて、掛かってこい!」
どこかの誰かを彷彿とさせる言い方である。
まあ、その誰かは今くしゃみをしているのだろうが。
「分かったよ」
下級式神を幻影魔法や幻惑魔法で増加させ、放つ。
「こんな紙切れーー」
エドガーが幻影を含めた式神に対し、火魔法を展開して一斉に燃やす。
(やっぱり、下級は一度に倒されるか)
幻影魔法だけではなく、幻惑魔法による幻影もあったとはいえ、一瞬にして下級式神を消し去った相手に、玖蘭は少し思案する。
下級とはいえ、自分の仲間や使い魔のようなものである式神を紙切れ呼ばわりされて、苛立たないわけでもない。
「結局、お前らを喚ばないといけないみたいだ」
そう溜め息混じりに呟き、中級式神・月夜と上級式神で玖蘭が召喚する式神の中でも最強の式神である十六夜を召喚する。
『何か、喚び方が雑になってないか? 玖蘭』
そう言って、姿を見せたーー十六夜同様、頭に斜めに仮面を付けた和風装束風の少年の様な青年は、顔を顰めながら玖蘭を見た後、周囲を見回す。
『月夜。気持ちは分かるけど、玖蘭にそのことを言っても無駄だって、忘れた?』
とん、と十六夜がこの場に降り立つ。
『忘れてねーよ』
『なら、良し。ところで、玖蘭』
「ん?」
十六夜に呼ばれ、玖蘭は不思議そうな顔をする。
『また本職以外で喚びやがって。そろそろ仕事で喚ぶぐらいしろや』
顔は笑顔なのに、言い方が物騒である。
前回は『持ちかけバトル』での対鞍馬戦、今回は『魔術師バトル』での、十六夜に関しては連続召喚である。正直、彼女には苛々し始めている部分もあった。
もちろん、協会の協会所属の玖蘭が、魔術師協会本部所属の魔術師たちよりも多く仕事に行けるはずもないことぐらい、十六夜たち式神も分かっている。分かってはいるのだが、本職以外でしか自分たちを喚べない玖蘭のことを心配しているのだ。
玖蘭は別に、魔術師協会所属の魔術師になる必要も、魔術師である必要も無かった。けれど、そんな彼が協会の協会に追いやられても、魔術師協会に居続ける理由。
(それはーー)
十六夜は、自分たちを応援しているであろうルイナたちが居そうな場所を一瞥する。
ーー目的もそうだけど、仲間が出来てしまったから。
彼女たちを置いて、玖蘭が協会を辞めるはずが無い。
『ま、私たちは貴方の式神だから、玖蘭がどうしようが別にいいけどさ』
軽く息を吐いてそう言えば、それで、と十六夜はエドガーに目を向ける。
『あれが、今回の相手?』
『なーんか、十六夜だけで何とかなりそうなんだけど?』
エドガーを見て、そう尋ねてくる十六夜と月夜。
「念のためだ」
正直、自分も含め三対一な上に、得意なフィールドでもあることから勝ちたいところだが、相手がまだ本気で来てない以上、魔法使用が限られている玖蘭は、式神たちと自分の持ちうる技術でどうにかするしかない。
「とりあえず、勝つぞ」
『時間内で、何とか与えられるダメージが多くなるように頑張るよ』
『もし切れたら、再召喚までの間は自分でどうにかしろよ?』
「言われるまでもない」
そう返しつつ、玖蘭は愛刀を鞘から抜けば、それを見たエドガーも体勢を構え直す。
こうして、予選最終戦は再び開始された。
☆★☆
「一気に喚んだけど、大丈夫かね。玖蘭は」
試合を見ていたルイナがそう洩らす。
「大丈夫なんじゃないのか?」
「いや、玖蘭にしたら珍しく賭けに行ったという方が、まだ説明が付く」
自分よりも彼との付き合いが長い二人に問うように話しかける頼人に、ルイシアがそう返す。
玖蘭が召喚する名前持ちの式神は、それなりの実力があり、玖蘭の力を受けて顕現しているようなものでもある。
今のところ、玖蘭が召喚できる名前持ちの式神は、上級式神の十六夜と中級式神の月夜の二人。
本来なら、十六夜の再召喚までの時間を穴埋めするために月夜を召喚し、応戦させるというのが、彼らの通常戦闘スタイルなのだが、今回は十六夜と月夜両名を同時に召喚している。
つまり、十六夜が時間切れになっても、月夜を喚ぶことが出来なくなるし、その逆もまた然り。そこが、ルイナとルイシアの懸念事項だった。
「でも、まだ下級式神がーー」
「幻影でも一瞬だったんだよ?」
十六夜たちが不在な状況で、下級式神だけに頼るのは無理がある。
「なら、玖蘭が勝てる可能性は……」
「今この時に、相手にこの一戦で戦えなくなるぐらいの致命傷を与えるか、新たな名前持ちの式神を召喚するしかない」
現時点では、自分たちが手出しできない以上、それぐらいしか案がない。
「ま、刀へのエンチャントや私のお守りもあるし、何とかなるでしょ」
「何とかって……」
ルイナの言葉を聞いて、どこか不安そうな頼人に、ルイシアは言う。
「だって、本部の魔術師にも言霊使いにも勝ったんだから、大丈夫」
「それに、玖蘭は表に出さないだけで強いんだよ?」
式神たちの実力に隠れて分かりにくいが、長いこと一緒にいた二人だから分かる。
「だから、大丈夫」
☆★☆
甲高い音が響く。
対戦相手であるエドガーは早く勝って、このフィールドから出たいらしいが、それを見ていた玖蘭たちは、フィールドがフィールドなだけなのもあってか、逆に冷静に対処していた。
『何だかなぁ……』
そう呟きながら、月夜が頭を掻く。
『やっぱ俺ら、対人戦に向いてねーよ』
『言ってる場合?』
十六夜が玖蘭がエドガーと戦うのを見ながら、そう返す。
『だって、戦力的にもやっぱり十六夜だけで十分じゃん。俺の召喚は明らかに玖蘭のミスだ』
『言ってくれるわね。けれど、あんまり相手を見くびると、痛い目を見ることになるから気を付けなさい』
『分かってますよーだ』
月夜だって、中級式神とはいえ、実力が無いわけでもないし、十六夜に次いで玖蘭とは付き合いが長い。
だからこそ、玖蘭の性格も分からないわけではないが、この状況については疑問しか無かった。
(何で、玖蘭を参加させた?)
玖蘭のーーいや、玖蘭だけではなく、自分たちの能力は対人戦には向かない。
それなのに、対人戦がほとんどの大会に出場するというのは、どういうことだろうか。
(いや、させられた、か)
どうせ余計なことを言って焚き付けられて、参加させられたのだろう。
『月夜、そっちに行った!』
『はいはい、っと』
十六夜の声に了承しつつ、相手の攻撃を避けて、逆に足を引っ掛ける。
「っ、」
だが、エドガーは上手く受け身を取ったのか、体勢をすぐに立て直すと、月夜に向かっていく。
そんな彼に、月夜は避けたりしつつ、玖蘭たちの方へと誘導していくのだがーー
「……ざけんなよ」
その声は三人に届かず、何て言ったのかは分からないが、エドガーの纏う気が変わったことにより、その場の空気が変化する。
『ーーッツ!!』
一瞬、何が起きたのかは分からないが、間合いを詰められ、目の前で剣が一閃したのは理解した。
とっさに回避行動をしたから良いものの、月夜の不自然に切れた前髪が、何が起こったのかを示していた。
『マジかよ……』
何故か月夜を狙い始めたエドガーに、十六夜は訝る。
『何で、いきなり標的を月夜に変えた……?』
そう疑問を口にしつつ、横から刀を差し込み、月夜に向かっていた相手の剣の軌道を逸らす。
『月夜。あんた、玖蘭と一緒にいなさい』
『はぁっ!?』
『正直、何かイラッとしたのよ』
静かにエドガーを見る十六夜に、月夜は大人しく従うことにした。
(あれはダメだ)
逆らわない方が良いと、自分の中の何かが告げてくる。
「賢明な判断だな、月夜」
『当たり前だ。つか、誰のせいでこうなってると思ってんだよ』
隣に立った玖蘭に、月夜は呆れた目を向ける。
元々は玖蘭とエドガーの対戦のはずなのに、自分たちは玖蘭に喚ばれ、エドガーにはいつの間にか標的にされていた。
(何か理不尽さを感じる……)
そう思いながら十六夜とエドガーの戦いを見ていれば、何かが玖蘭と月夜の間を通り過ぎていく。
『え……?』
「うん?」
二人して後ろを振り向けば、そこにはエドガーがおり、次に前を向いてみれば、彼を蹴ったのか(十中八九そうだろうが)、十六夜が足を下ろすところだった。
『十六夜……』
『あんた、完全に一番弱いと思われていたみたいよ』
彼女の名前を呼べば、十六夜が月夜にそう返す。
『それは否定しねぇよ』
確かに実力はあっても、この三人の中で比べると、月夜は弱い。
「っつ……」
エドガーが起きて、体勢を立て直したらしい。
『あら、残念。時間切れみたいね』
『じゃあ、玖蘭。頑張れよ』
そう告げれば、十六夜と月夜の姿が消える。
「ようやく、一対一になれたな」
「……」
十六夜たちが居なくなったのを見計らってか、話しかけてきたエドガーに、玖蘭は無言を返す。
「んあ? 無視か?」
「……まさか」
次の瞬間、ひゅん、という音がエドガーの耳に届く。
そして、気付いたときには、エドガーの首に玖蘭の刀が当たっていた。
「俺の本職はさ。対人戦とかに向かないんだよ」
幽霊妖怪退治屋として仕事や戦闘するためには、基本的に式神召喚して味方を増やすパターンを行う者の方が多い。
そして、そこから戦闘を展開していくのだが、幽霊妖怪退治屋の相手は幽霊や妖怪といった実体が有るようで無いようなモノたちがほとんどであり、対人戦など派閥争いでもない限り、無いに等しい。
「でも、こうして大会に出ている以上は、そうも言ってられないんだわ」
エドガーたちのチームに勝てば、本選へ行ける。今の目的はそれだけだ。
玖蘭がいつの間に、式神を手にしていたのかは分からないが、運が良いのか悪いのか。エドガーはそのことに気付いていない。
玖蘭がエドガーの背後へ、持っていた式神を投げる。
「俺は特殊攻撃は苦手だが、物理攻撃は得意な方でね」
「っ、」
何かに感づいたらしい。
やや後ろに下がって振り返るエドガーに、追撃はせずに彼の行動を見つめる玖蘭は言う。
「だったら、特殊攻撃ーー魔法を得意とする奴を喚べばいい」
「なっ……」
そこにいたのは、十六夜でも月夜でもない。見慣れない、二人の式神だった。
十六夜たちのように人の姿をし、服装も似ている彼らに、後は名を与えるだけ。
「お前は“白夜”。お前は“星夜”な」
元から決めていたように、玖蘭は告げていく。
ちなみに、彼らがどんな関係なのかも、召喚者である玖蘭が決められる。
双子の中級式神。
それが、白夜と星夜に与えられた関係。
十六夜たちがしていた面もしており、十六夜たちが(彼女たちからして)左なら、白夜たちは右にしており、白夜と星夜の見分け方は髪色のみである。
そして、何よりも十六夜と月夜とは違い、魔法が使える。
だからーー
『……ファイア』
エドガーに向けて放たれた白夜の呟きと同時に、玖蘭の襟首部分が後ろに引っ張られる。
「なっ……」
『気を付けなさいよ。全く』
「十六夜!?」
『それと、新人喚ぶなら、俺たちのどっちかが居るときにしろって、言っただろうが。何揃って不在の時に、しかもこんな場所で喚んでるんだよ』
「月夜まで……」
呆れたように目を向けてくる式神二人に、玖蘭には戸惑いしかなかった。
戻ったばかりなのに、よく自力で来られたものだ。
『さて、十六夜よぉ』
『言いたいことは分かってる。けど今は、あの二人のことは後回しよ』
月夜と十六夜が状況を見ながら話し合う。
『とはいえ、放置するわけにもいかないし……ねぇ、玖蘭。あの二人のどっちかを送還できないの?』
「無理だな。セット召喚だし」
『本当に馬鹿だぁ!』
玖蘭の言葉に、月夜が頭を抱えて喚く。
一方で、十六夜は思案する。
(あの二人……多分、玖蘭の魔力を使ってるわよね?)
持っていながらも、魔力より使い慣れている霊力を使う玖蘭である。
しかも、魔法に関する知識もあるのだから、使用することには何の問題もないはずだ。
『何であんたは、自分で魔法を使おうとしないのよぉ……』
「いやだって、使用回数が少ないし、暴発したら嫌だし」
ついに十六夜まで頭を抱えだし、そんな彼女の呟きに答える玖蘭。
『そういう問題じゃない!』
どうやら月夜も似たようなことを思ったのか、十六夜と同時に玖蘭へ叫ぶ。
『とりあえず、私たち四人を送還しなさい』
『霊力の無駄遣いだ』
「けどなぁ」
『いいか? ひ、と、り、で、対処しろよ?』
渋る玖蘭に、一人で、を強調する月夜。
それを言い終わると、十六夜たちはその場から居なくなる。
双子は、といえば、エドガーを相手にしながらも、玖蘭に意見を求めるようにちらちらと見ている。
先輩式神である十六夜たちの言葉もそうだが、主である玖蘭の意思を尊重するつもりらしい。
「勝手に喚んどいて悪いな」
それだけで通じたのか、頷く二人を玖蘭は送還する。
「現れたり消えたり……もう無いよな?」
「ああ」
確認するエドガーに、玖蘭は頷く。
「式神の手間を、水の泡にするつもりはねぇよ」
玖蘭の愛刀から炎が現れ、炎刀へと変化する。
「あんまり、予選から手の内見せたくないんだがな」
「面白ぇ」
玖蘭の言葉に、エドガーも構え直す。
「お。珍しく玖蘭がやる気だ」
見ていたルイナたちが珍しそうにしていることから、本当に珍しいのだろう。
やる気がないという言い方は悪いが、『持ちかけバトル』などからも分かると思うが、基本的な戦闘パターンは式神召喚な上に、一見、飄々とーー掴みどころが無いように見えるのだ。
だが、どちらかといえば真面目な玖蘭である。ルールは守るが、一度スイッチさえ切り替えれば、式神いらずの彼の力を見ることが出来る。
「本人は対人戦が苦手とか言ってたけど、私たちが玖蘭をチームに加えたこととは関係ないんだよ。対人戦が苦手だからって、そんなこと言ってたら、対人戦に向かない能力持ちの頼人も当てはまっちゃうし」
「悪かったな。対人戦に不向きで」
不機嫌そうな顔をする頼人に苦笑しつつ、ルイナの説明に対し、ルイシアが続ける。
「玖蘭が目立てば目立つほど、幽霊妖怪退治屋のことが広まるし、少しの間は騒がしくなるだろうけどね」
「……だから、チームに入れたのか」
「それだけじゃないけど……ねぇ、頼人。私たちと玖蘭の付き合いの長さ、馬鹿にしないでよ? 一緒にいた分、互いの実力も手の内も大体把握はしているんだから」
確かに、頼人と玖蘭との付き合いより、ルイナたちとの付き合いの方が長いのだろう。
「だったら、俺は?」
「ん?」
「ルイナが言った通り、俺の能力は対人戦には向かない。なら、何でチームに入れた? もし、単なる人数合わせならーー」
「頼人」
後に続く言葉が予想できたのか、ルイナが止める。
「はっきり言って、人数合わせのところもある」
「っ、」
「ルイナ?」
てっきり誤魔化すと思っていたらしいルイシアも、ルイナの言葉を疑ったらしい。
「上からの指示で、メンバーは『持ちかけバトル』のときのメンバーで、とも言われた。けどねーー」
ルイナは続ける。
「メンバー、変えることも出来たんだよ」
それを聞いて、頼人がルイナを見る。
「もし誰かとチームを組むなら、知らない人と組むより、知ってる人と組んだ方が良いじゃない」
協会の協会に所属する全員が全員と知り合いとは限らない。
どちらかといえば顔が広いルイナやルイシアでも、知らない人はいるのだから。
「……それもそうか」
協会自体に頼れないと言えば、なおさらだろう。
頼人は玖蘭が居るフィールドに目を向ける。
(勝てよ、玖蘭)
そう思いながら。
☆★☆
「……」
ルイナの兄、柊ルカは、観客応援席でこれまでの試合をずっと見ていた。
(全く、何で本部は貴重な戦力を協会の協会に持っていくのやら)
ルイナたちは仕方ないにしても、頼人や玖蘭みたいなタイプは協会本部からしてみたら貴重な能力者だろうに、自分たちと合わないからと、協会の協会へと送る奴らが多すぎる。
ルカにしてみれば、何度も思った疑問である。
「ま、あの二人が向こうに居る限りは、大丈夫か」
ルカは息を吐く。
精霊たちが認めた二人なのだから。
「頑張れよ」
ルイナたちが本選でも活躍できることを信じ、観客応援席を離れ、ルカは一人、協会へと向かった。




