第三ー七話:団体戦予選・第三試合Ⅴ(決着と予選の最終戦へ)
「“攻撃封じ”、発動!」
ルイシアの言葉とともに、大地が目映い光を放ち、フィールドにいた二人を包む。
「っ、」
その光の眩しさに、思わず目を細める二人。
そして、光が収まったのを確認すると、ラッシュは周囲を見渡す。
「何をした?」
警戒しながら尋ねるラッシュに、ルイシアはうん? と軽く首を傾げる。
「単に勝利の方程式が組み終わって、私の勝ちが決定事項になっただけだよ」
「決定事項……?」
「そ。君は私に攻撃することは出来ない。それが、今の魔法の効果だから」
“攻撃封じ”を発動したルイシアは、そう説明する。
「“攻撃封じ”は読んで字の如く、術者や相手、敵・味方の攻撃を封じるもの。少しでも攻撃を匂わせる行動をすれば、術者であろうとその行動は封じられる」
「すっごく面倒くせぇ上に、デメリットでしかねぇじゃねえか」
「あら、これでも役に立つときはあるのよ?」
ラッシュの感想に、ルイシアはくすくすと笑う。
「まあ、“攻撃封じ”が効いていても、攻撃する手段がないわけじゃないから」
それは名前からしてどうなのだ、とラッシュは思わず疑いの眼差しを向ける。
どうやら相変わらず、魔法や魔術というのは、効く効かないの境目があやふやなものらしい。
「で、二人とも攻撃出来ない以上、どうやって決着付けるつもりだ?」
「ん? 私、言ったよね? “攻撃封じ”が効いていても、攻撃する手段がないわけじゃないって」
つまり、二人はその方法でしか、相手にダメージを与えられないのだ。
「で、その方法だけどーー」
いつの間にか背後にいたルイシアに、ラッシュは再び目を見開いた。
「こうする」
「ーーっ、」
目に見えない何かを感じ、ラッシュはとっさに距離を取ろうとするのだが、体がふらつき、バランスが取れず、その場に倒れてしまう。
「……何をした?」
ルイシアに見上げる形でそう尋ねるラッシュだが、肝心のルイシアはにこにこと笑みを浮かべるだけである。
「簡単なことだよ。“攻撃封じ”に攻撃だと認識されない方法で、君にダメージを与えただけ」
ルイシアは言う。
「そもそも“攻撃封じ”が『攻撃』だと認識するのは、その行動全てが『攻撃』だと認識する速度が関係してるから。なら、その対策も自ずと出てくる」
「“攻撃封じ”の認識できない速度での『攻撃』、か」
その動作が遅かろうが早かろうが、“攻撃封じ”が『攻撃』だと認識しなければいいのだ。
「だが、それは物理的な場合だろ。魔法ならどうする」
「もし、魔法で『攻撃』した場合、魔法が相手に届く瞬間に打ち消されるでしょうね。だって、『攻撃』という意志があるんだから」
だが、ルイシアが言ったのは、“攻撃封じ”の範囲外からか発動前に放たれたことを前提としている。
もしこれが、ラッシュたちのように、“攻撃封じ”の範囲内であり、発動後ならどうなるのか。
「まあ、魔法で対応するなら、範囲外から発動した方がいいんでしょうね。“攻撃封じ”発動中の魔法攻撃側のことなんて考えたこともないから、何とも言えないけど」
瞬殺・物理(切ったり、打ち返すなど)・魔法(容赦なしの連射や状態異常系など)の三パターンが基本なルイシアやルイナだが、戦闘に於いては協会の魔術師たち全員が同じかどうかといえば、個々によって違うため、全部が全部、違うとは言い切れない。
なお、ルイシアの『魔法攻撃側のことなんて、考えたこともない』という台詞だが、“攻撃封じ”自体の検証は全て終わっておらず、ルイシア自身でも分からない部分もいくつか存在するのも、また事実である。
「っ、」
「ああ、大人しく寝てなよ? 無理して起きあがると、あちこちに支障を来すから」
起き上がろうとするラッシュに、ルイシアはそう告げる。
「うっせぇ。それに、認識されない素早さでいいのなら、こっちにも手はある」
「……冗談抜きにして、本当に死ぬかもよ? 私も君もこんな状態なのに、このまま続ければ、確実に身体に異常を来す確率は上がる。それ、分かってる?」
自身の身体を壊してまで勝利したとしても、この後の試合に出場できるとは限らず、最悪の場合は棄権することにもなる。
それなのに、とルイシアは諦めずに立ち上がるラッシュに溜め息を吐く。
「自分が大丈夫でもさ。もう動けないほどの怪我をして、チームメイトを心配させるのはどうなの?」
「俺はっ、勝つって約束した」
「それは、出場者全員が思ってること。君だけじゃない」
ラッシュの言い分を、ルイシアは相殺する。
それに対し、ラッシュは歯を食いしばる。
「とりあえず、少しは冷静になりなよ」
バシャッ、とルイシアがラッシュに冷水を浴びせれば、少しばかり冷静になったのか、彼は目を見開いた。
「どう? 少しは冷静になった?」
ニヤリと笑みを浮かべるルイシアに、濡れたまま睨みつけるラッシュ。
「あと、とりあえずついでに眠っておきなさいな」
「は? 何言ってーー」
だが、言葉は続かない。
ラッシュはまるで眠るかのように、その場に倒れたのだから。
「ラッシュ!?」
茶髪の少年が叫ぶように、名前を呼ぶ。
「……うわぁ、ルイシアにしたら、珍しく汚いなぁ」
ルイシアが何をしたのか、その動きを目で捉えていたルイナがそう呟く。
「あいつ、水に何か仕込んでたのか?」
「緑のーー眠りを誘う光をね。とはいえ、上手く誤魔化してたみたいだけど」
ルイナのその説明に、二人は何とも言えない目をルイシアに向ける。
『っ、しょ、勝者……柊ルイシア選手!』
一方で、ルイシアはその場で眠るラッシュを見た後、状況を見守っていたのであろう審判兼司会のクロードの勝者コールを聞きながら、消えていく『森林フィールド』に、肩を竦めた。
「勝利、か」
そう小さく呟いた後、ルイシアはルイナたちの方へと戻ってくる。
「初戦、ご苦労様」
「まあ、何とかね」
声を掛ければ、ルイシアは苦笑した。
「でも、最後のはあんまりじゃない?」
「あ、やっぱり気づいた?」
「逆に何で気づかないと思ったのよ」
ルイナの言葉に、だよねー、とルイシアが返す。
「でもまあ、初戦は勝ったわけだから、このまま頑張って予選は一位通過して、本選に進もうか」
それを聞いて、三人は頷くと、他のチームへと目を向ける。
本選の戦闘形式はおそらくトーナメントだと思われるのだが、予選は総当たり形式のため、ルイシアはラッシュと対戦したが、次にどこの誰と当たるのかは分からない。
だが、ルイナたちはそんなこと関係なく、予選の相手を次々と突破していくことになるのだが、そんな中でも、少しばかり面白い対戦もあるわけでーー……
「なるほど、初戦の時に感じた力の持ち主は、君だったのか」
「貴方の力は、さっきまでの戦いで大体把握した」
式神使いである玖蘭と言霊使いである花梨の戦いである。
ちなみに、この対戦は、花梨の戦闘方法を見た玖蘭の希望により、ルイナが許可したため、この組み合わせによる対戦が実現したのだ。
「厄介ね。あの力」
「二人でも難しいか?」
頼人の問いに、どうだろう、と二人は返す。
「対戦してみないと分からないけど、難しいだろうね」
玖蘭と式神である十六夜、そして、花梨がぶつかり合う。
「っ、十六夜の刀を受け止めるか」
「言霊だけじゃ、勝てないから」
ぎりぎりと、十六夜の刀と花梨の短刀が鍔迫り合いになるのだが、玖蘭の刀が迫ってきたことに気づいた花梨が、二人から間合いを取る。
「でもーー『勝つのは私』!」
ぐわぁん、と花梨を中心にした風が観客席の方まで届く。
「言霊による、勝利への流れを自分へ向けたのか!」
『玖蘭!』
花梨のしたことを理解した玖蘭の言葉に、十六夜が叫ぶように彼の名前を呼ぶ。
「ーーっつ!」
いつの間に放っていたのか、玖蘭を取り囲むかのように、炎が揺らめいていた。
これでは、ルイナのように対炎対火の能力持ちか、水属性の魔法を使える者ならいいのだろうが、玖蘭の場合、水属性魔法を使えるには使えるのだが、攻撃系の水属性魔法は取得していなかった。
そして、式神である十六夜が水属性魔法を使えるはずもなくーー
(ま、この程度で戸惑ったり、焦ったりしてたら、何言われるか分かったもんじゃねーな)
誰に、とは言わないが、玖蘭は軽く息を吐き、冷静になると、花梨へ目を向ける。
「別に、俺がここで負けても問題ないし、負けた分はちゃんと仲間が取り戻してくれるわけだけどーー」
自身が持つ刀の刃を魔力を宿した指先でなぞる。
「頼りっぱなしは、良くないからな!」
そして、刀を横に一閃すれば、玖蘭を取り囲んでいた炎が一瞬にして、消失した。
「……何をしたの?」
「さあな」
警戒する花梨に、玖蘭は答えない。
ちなみに、種明かしすると、仕組みは簡単で、ルイナとルイシアが玖蘭の刀にちょっとした工夫をしておいたのだ。
『玖蘭は、水系の魔法や魔術が使えないわけじゃないけど、攻撃系は持ってないし、今から取得しようにも間に合いそうにないから、私たちで全属性のエンチャントを刀に宿しておいたから』
『発動方法は、鍔か刃をなぞるだけのお手軽仕様だから、いざとなったら使ってみて』
(いや、確かにお手軽っちゃお手軽だが……)
宿したエンチャントが全属性というのが、またあの二人らしいのだが。
まあ、そんなこんなで、玖蘭(と十六夜)と花梨の戦いは続き、十六夜の能力と刀に宿したエンチャントをフルに使った玖蘭がぎりぎりの所で勝利(花梨の『勝利』という言霊は上書きされたのか、何故か発揮されなかった)。
その後に行われたルイナと長髪の青年によるリーダー対決は、ファイアと契約した状態のままのルイナが銀の時のように大技を発動し、青年を撃破したことで勝利となった。
そしてーー
「次で予選最後になるのかな?」
「だね」
二人が目を向けた、予選・最終戦での対戦相手は、試合前の落とし物を拾ってあげた彼らだった。
「どうするんだ?」
「はっきり言って、あちらさんのリーダーが誰なのか、怪しいのもあるんだけどさ」
「あの子、だよね。開会式前に待っていた時、あそこにいたからもしかして、とは思ってたんだけどさ」
頼人に聞かれ、二人が唸りながらもそう返す。
相手は子供のため、下手に対戦相手を決めると、『子供を暴行する大人』や『大人げない』と言われかねない。
「とりあえず、私たちのどちらかの方がいいよね? 何か言われる前に瞬殺するには」
「だね。もしそうなったら、私はウォーティで行く」
ルイナの場合、少なくとも、火属性であるファイアよりは、水属性であるウォーティの方がマシだろうと判断してのことである。
「じゃ、最終戦のトップバッターは俺が行く」
「ちょっ、玖蘭?」
立候補する玖蘭に、戸惑うルイシアが彼を止めようとするのだが、
「いいから待ちなさい」
そのままフィールドに向かいそうだった玖蘭の襟足部分の襟を、ルイナが引っ張る。
「げほっげほっ、いきなり引っ張るんじゃねぇよ!」
「引っ張らないと、止まらなかったでしょうが」
ルイシアも止めようとしたのに、というルイナに、玖蘭から目を向けられたルイシアは苦笑する。
「ほら」
「何だこれ?」
「即席の御守り。私の契約している全精霊に力を込めて作らせたものだけど、即席だから効果は一~二回しか発揮しないから」
「それを三つも?」
手渡されたものの説明を聞き、ルイシアが問い返す。
「だって、私には精霊たちがいるから」
それに、いざとなれば対応できるし、とルイナは言う。
「ま、さっきのエンチャントで助かったのも事実だし、持っておくよ」
「あ、また掛け直しておいたから、じゃんじゃん使ってもらって構わないから」
「……」
とっさに返せなかった玖蘭は悪くない。
「……私も一応、持っておくよ。非常時用に」
とりあえず、ルイシアもそう返せば、頼人も無言で頷く。
「じゃあ、今度こそ、行ってくる」
「行ってらー」
彼らーーすでに接触済みであるチームの相手をするために、フィールドに向かう玖蘭だが、ルイナたちの見送る際の言葉で躓きそうになるも、上手く立て直し、何とかフィールドに立つ。
ーーこれで勝ち抜ければ、本選に行くことができる。
そんな予選の最終戦が、ついに開始する。




