第三ー六話:団体戦予選・第三試合Ⅳ(“攻撃封じ”)
☆★☆
「なぁ、ルイナ」
「んー?」
「あいつ、大丈夫だよな?」
ピンチになったルイシアを見守るルイナたちだが、ニヤリと笑みを浮かべるルイシアとは反対に、どうにも状況が良くなる気がしなかった。
「つか、さっきから何やってんだよ」
「んー? ちょいと調べもの」
カタカタと器用に操作しながら、ルイナは自身の隣に置いてあったルイシアのパソコンを操作する。
本人からも使用許可は出ているので、無許可で扱っているわけではない。
(まあ調べものと言っても、ルイシアが纏めたデータを見るだけだけど)
次々とパソコンのデータを見ていくルイナだが、ある所で動かしていた指を止める。
「……ふぅん」
「ん? 何か見つけたのか?」
一人納得したような声を上げたルイナに、頼人が尋ねる。
「いやーー見つけた、と言えるかは分からないけど」
それを聞いてなんだそりゃ、と返す頼人に、ルイナは目を画面から離さない。
ルイシアのパソコンにあったとあるデータ。
それは、ある相手の情報。
(ルイシアのことだから、知ってはいるんだろうけど……)
魔術師協会が誇る“歩く百科事典”“歩く巨大データベース”こと柊ルイシアである。
(私が気づいたんだ。ルイシアが気づかないはずがない)
全てとは言えないが、相手の情報ぐらいは頭に入れているルイシアである。
それなら、とっくに知っているはずだ。
対戦相手であるラッシュ・ジャッカルの持つ、彼が発動していない、もう一つの能力にーー
☆★☆
「これで良し、っと」
小さくそう言いながら、見せたペンは自身の足元に線を退いた後、すぐに仕舞った。
それにしても、とルイシアは思う。
(これは……ヤバいなぁ)
流れ落ちる汗を拭う。
ルイシアは予選から追い詰められていることに危機感を感じていたが、こんな事では本選に進むことすらできない。
(それだけは……っ、)
避けないといけない。
「ーーっ、!」
何とか避けて、ピンチを切り抜けるが、避けるのもやっとのことになってきている。
(でも、“選択”の出した情報と私が得た今までの経験に策)
それに、とラッシュが発動していないもう一つの能力。
(上手く行きなさいよ……!)
今のところはこれが最終手段だ。
ルイシアが反撃するためには、少しでも魔力を回復する必要がある。そのためには、ラッシュの攻撃を回避するしかない。
手にしていた相棒を持ち直すと、次にルイシアは目を閉じ、息を整える。
(大丈夫。私は大丈夫ーー)
そして、脳内である程度作戦を纏める。
(とにもかくにも、まずは魔法の発動を封じる)
その次は、体術に切り替えてくるだろうから、動きを封じる。
(そして、その次はーー)
目を開き、見えないはずのラッシュが放ってきた魔法を全て弾き返したり、相殺したりする。
(っ、雰囲気が変わった!?)
ラッシュは内心焦った。
何を仕掛けてくるのかは分からないが、嫌な予感しかしない。
「っ、」
でも、分はまだこちらにある。
(今のうちに決める!)
勝負に出るのなら今だ、とラッシュは息をそっと吐き、構える。
(絶対勝つんだ)
そう思い、集中する。
(チームのためにも)
姿の見えないラッシュの周りに、渦が出来る。
「風の、渦……?」
ルイシアの髪が、ラッシュの気で起こった風の影響で靡く。
(俺のためにも)
そして、現れたラッシュは試合開始時と違い、獣の耳と尾、牙が今の彼にはあった。
「このタイミングでお出ましか」
ラッシュの未だに見せなかった能力ーー獣人化。
獣人となることで、その攻撃力と素早さは人間の時よりも飛躍する。
「ラッシュ……」
彼を見守る青年たちに対し、花梨は手を組み、心配そうに目を向けていた。
「どうせ、そっちもまだ何か隠してんだろ?」
こっちは全て出したから、そっちも出せ、と暗に告げるラッシュにルイシアはふむ、と頷く。
「確かにそうだね。でも予選だし、初戦だから、あまり本気を出すな、ってリーダー命令が出てるんだよねぇ」
だから無理、とこちらも暗に告げるルイシアに、ラッシュは歯を食いしばる。
「あまりーー嘗めんな!」
目にも留まらぬ速さでルイシアのいる場所に攻撃を仕掛けるラッシュだがーー
「避けられた!?」
ルイシアは、いつの間にか別の場所にいた。
驚くラッシュを余所に、ルイシアは首だけを捻りながら、ラッシュに目を向ける。
「あれ、もしかして忘れた?」
今度は全体で振り向きながら、ルイシアはラッシュに告げる。
「私は魔術師協会の魔術師なんだよ?」
「忘れてねぇよ」
ルイシアが何故、再び魔術師協会の魔術師であることを告げたのか、ラッシュには理解できなかった。
「そ。なら良かった」
ルイシアは息を吐く。
(やっぱり、獣人相手に手加減なしは厳しいなぁ)
はっきり言って、手加減していいような相手ではない。
(予選でこのレベルか。本選は化け物揃いになる可能性もあるってか?)
予選からラッシュのような者がいるということは、勝ち進み本選に進んだ者たちは強敵揃いとなる可能性がある。
だからーー
(リーダー命令、守れそうにないよ。ルイナ)
心の中でごめん、と軽く謝罪し、ルイシアは片足をやや引く。
「じゃあ、君の望み通り、こちらも手札を見せようか」
「ーーッツ!!」
ぶわっ、とルイシアから魔力が風となり、ラッシュに襲い掛かる。
そして、ルイシアは尋ねる。
「魔術師協会の私と獣人の君。勝つのはどっち何だろうね」
☆★☆
「いいのかよ」
「ん?」
「ルイシアに本気出させて」
頼人の問いに、んー、と言いながら、ルイナは膝に肘を付き、手に顎を乗せながら、ルイシアとラッシュの試合を見ていた。
「別にいいんじゃない?」
「いいんじゃない、って……」
先程の体勢からルイナは壁に凭れ掛かると、だってさ、と続ける。
「確かに最初は対策されないために、あまり本気出すなとは言ったけどさ。試合って、何が起こるか分かんないんだよ。ルイシアが本気出さないと勝てないって判断したのなら、私はルイシアが勝つのを信じるまでだよ」
「……」
「それにまだ、私たちもいる」
たとえルイシアがどのような結果を残そうが、まだ三人いるのだ。
「だから、たとえ相手が獣人だったのだとしても、ルイシアのやるべきことは変わらないし、」
ーー負けるなんて思えない。
ルイナはそう告げた。
☆★☆
吹き荒れる魔力の風が、ルイシアを守るように渦巻く。
「……」
(この魔力量……)
それを見ていたラッシュは警戒態勢を解かずに、攻撃されてもすぐさま対応出来るように、回避場所も一瞥し、確認する。
(さすが、魔術師協会の魔術師というべきところか)
こんなの見せつけられては、魔法のぶつけ合いで勝てる気がしない。
次の手を思案するラッシュに、ルイシアはペンを取り出すと『火』と空中に書き、ペンを持ったまま人差し指を彼へと向け、告げる。
「爆ぜろ」
短く告げられた言葉と共に、ラッシュの足元が光り、爆発を起こす。
「ーーッツ!?」
とっさに避けたから良かったものの、後少しばかり遅ければ大怪我は避けられなかったのだろう。
「やっぱり、獣人相手だと威力が足りなかったか」
「っ、そういう問題じゃねぇだろ!!」
冷静に告げるルイシアに、ラッシュは噛みついた。
「君が見せろって言ったから、見せたのにそう言うんだ」
「それ以前にルール守れよ! 殺し厳禁! 俺が死んだらあんたらは即失格だぞ!?」
確かに、今のルイシアの攻撃は、危なかった。
ラッシュが死んだら、ルイシアたちは失格し優勝できなくなる。
「知ってるよ」
だから、と『水』とルイシアが書けば、激流がラッシュを襲う。
「かはっ……!」
「次は何がいいかな」
器用に指でペンを回しながら、ルイシアは考える。
(今この状態で雷なんて来られたらーー)
それこそ、冗談抜きで本当に死ぬ。
(どうするどうするどうする……)
頭をフル回転させる。
相手を煽ったのは自分だ。だから、自分がどうにかする必要がある。
(本っ当、どうすっかな……)
それでも、回避行動だけは取れるように、微妙に足の向きを変える。
だが、もちろんルイシアがそのことを見過ごすはずもなく、くるくると回されていたペンの動きが止まる。
「おい、ルイシアの奴、何かヤバくないか?」
「……ああ、これで雷でも放てば、負けどころじゃねぇぞ」
見ていた頼人の言葉に、玖蘭も少しばかり焦りを見せる。
一方で、ルイナは微妙な顔をしていた。
(ルイシア……)
さすがに殺すことはないとは思うが、念のためとルイナは声を掛ける。
「悪いけど用意しておいて。ルイシアに人殺しさせるわけにはいかないから」
それに対し、自分たちに声が掛けられたのか? と思った頼人たちだが、それは違うのだとすぐに理解した。
『分かっています。私たちもそれは避けたいので』
『……お任せを』
相変わらず全てを言わずとも理解してくれる契約精霊たちに、ルイナは苦笑する。
できることなら、彼らの手を煩わせることなく、ルイシアを止めたいところだが、全てはルイシアの判断次第だ。
回されていたペンの動きが止まったことにより、ついに攻撃するのか? と全員が見守る。
もちろん、放つ魔法や魔術の威力次第ではルイナたちだって止めるつもりだし、ラッシュの仲間たちだって、すぐにでも飛び出して助ける用意ぐらいはしてある。
(一体どの手で来るーー?)
そんな面々に対し、ルイシアは小さく息を吐き、
「なぁっーー」
一瞬で間合いを詰めると、ラッシュの足を蹴りつけ、彼を転倒させる。
「っ、嘗めんな!」
だが、ラッシュは意地で立て直すと、側にいたルイシアに蹴りを入れ返し、距離を離す。
「っ、やってくれたわね」
「はっ、身体強化で素早さギリギリにまで引き上げたあんたに言われたくない」
それを聞き、バレてたか、と苦笑いしながらも、ルイシアは持っていたペンで『麻痺』、『眠』、『火傷』、『毒』と状態異常系の字を書いては、ラッシュに向けて放つ。
「『麻痺』は痺れ、『眠』は読んで字の如く眠る。『火傷』は爛れ、『毒』は猛毒や即効性・遅効性は無いものの、相手を苦しめる状態異常」
ルイナの説明を聞き、顔を引きつらせる頼人と玖蘭や精霊たち。
反応から見るに、精霊たちにもえげつないと判断されたのだろう。
「それにしても……」
「このタイミングで、また画数が多いものを……」
そう口にしながらも、状態異常になる魔法を放つルイシアを見て、ルイナたちは内心安堵していた。
彼女が非殺傷を謳う大会で、相手を殺すというミスをするわけがないのだ。
(でも、このままじゃーー)
確実にルイシアは手の内を晒すことで不利になり、敗北する確率が上がる。
「でも、確実に勝利するなら、ここが正念場」
今まで過ごしてきた協会の魔術師として得た、知識や経験の全てを以てーー……
(全力を叩き込む、しかないか。やっぱり)
もちろん、ルイシアもこのまま長丁場になれば、自身が負ける確率が上がることは理解していた。
少しばかり感覚を研ぎ澄ませていれば、ラッシュが構え、向かってくるのをルイシアは感じた。
「さすがに、もう互いに限界だからな」
果たして、彼の台詞は何度目だろうか。
今までの全てを叩き込むために、わざわざ一度“選択”を使ったのだ。
最も放つべき、“勝利できる魔法”を。
最も放つべき、“最高の状況”を。
そして、最も勝つための、勝利を引き寄せるためのーー……
「“実力と運”を」
ルイシアも、衝撃に備え、相棒を構える。
勝利への布石は打ってあるし、伏線も敷いた。
もしこれで、実力はともかく、運が無くて負けたなら仕方ないと断ち切ろう。
ーーまだ、後ろには仲間がいるから。
だから、疲れが出てきた中で、ぼんやりと一瞬でも『負けていいかなぁ』とルイシアは思ってしまったのかもしれない。
「っ、あのバカっ……!」
そして、ルイシアが一瞬、負けてもいいと覚ったのを、ルイナが敏感に感じ取ると、ルイシアの名前を思いっきり叫ぶ。
「ルイシアー!」
自身の名前を呼ぶ声が聞こえ、ルイシアは正気に戻ると、目前にまで迫っていたラッシュの攻撃を往なす。
「ルイ、ナ……?」
そして、自身を呼んだ彼女がいる方向に顔を向ければ、何やってんの、と言いたげな顔を向けられる。
こういうとき、ビジョン系の魔法は便利である。
「全く、“歩く百科事典”が何、苦戦してんのよ」
「いや、今そんなこと言われても……」
というか、珍しくルイシアには、ルイナが何を言いたいのか理解できなかった。
仮に遠回しに告げているとしても、遠回し過ぎて言いたいことが理解できない。
「本当に、分からない?」
ルイナが軽くパソコンを持ち上げ、そう尋ねれば、
「いや、分かるよ」
無駄に長い付き合いだから、言葉を交わさなくとも、言いたいことは理解できる。
「なら、大丈夫だよね?」
「誰に言ってるの?」
ーー私は貴女の対等者よ?
ルイシアはそう返すと、改めて相手に目を向ける。
(ルイナの言いたいことは理解した)
今の行動は、それを伝えるのと、ルイシアの不安を払拭するためのものだと思えば、ルイナの行動は良かった方なのだろう。
「さて」
ルイシアは一歩踏み出す。
「今から本気で、勝たせてもらおうか」
そもそも、こちらに勝利への布石も伏線もあるのだから、負ける要素がほとんど無いのだ。
そこにルイナから得た、ラッシュのもう一つの能力である。それを脳裏のデータベースから引き出したルイシアは、
(あれをああすれば……)
と、この試合での勝機を見出すのだった。
☆★☆
「……」
勝機を見出したルイシアは、攻撃をするために、走り出す。
「っ、逃げるつもりか!?」
といっても、向かったのは対戦相手であるラッシュのいる方ではなく、未だに広がる『森林フィールド』の木々が残っている部分。
そんなルイシアを追って、ラッシュも木々の中へと入っていく。
「……」
そんなラッシュが追ってくるのを確認しつつ、縦横関係なく、ルイシアは移動する。
「何のつもりだよっ!」
今更、こちらの体力を減らして勝つつもりか、とラッシュは思案するが、ルイシアにそんなつもりは無かった。
確かに、ラッシュの体力さえ減らせば、ルイシアの勝利は確実となる。
だがーー
「なっ……」
いきなり目の前からルイシアが消え、ラッシュは思わず足を止める。
そして、すぐに周辺の気配を探る。人間の時よりも獣人化している今の方が、様々な感覚が優れているためだ。
(どこだ……?)
だから、集中して、ラッシュはルイシアの気配を探る。
一方で、ルイシアはといえば、開けた場所に戻ろうとしていた。
「うわぁ、やっぱり、獣人の感覚を嘗めたらダメだなぁ」
だが、目的地にはもう少しで辿り着く。
ちなみに、ラッシュの前からルイシアが消えた理由だが、あれは単純に転移魔法での移動である。
木々の合間に転移用の目印を設置し、ルイシアを追いかけてきたラッシュがその場所を通り過ぎた後、タイミングを見計らい、転移魔法を起動させれば、一気にその場へ戻ることが出来る。そして、目印を回収すれば、終了である。
ただ、何故こんな面倒くさい手段を取ったのかだが、獣人化したラッシュの気配察知を警戒したためだ。ルイシアとて、獣人の感覚が人間より鋭いことは理解している上に、純粋な体力勝負では、まだラッシュに分がある。
(せめて、間に合ってよ)
魔法陣構築の時間稼ぎとして、追ってきたラッシュ対策として、足元に罠を仕掛けておく。つまり、簡易地雷である(とはいえ、地雷ほど威力があるわけでもない)。
そして、戻ってくれば、すぐさま魔法陣の構築に移り、試合中に二~三回出ていたペンを取り出せば、ラッシュの気配を感じながら、迅速かつ丁寧にラインを引いていく。
「よし!」
何とか書き終わるのと同時に、爆発音と地響きがルイシアの元へと届く。
「……」
目を細め、簡易地雷を仕掛けた方を見る。
死にはしないだろうが、あれを躱すことは不可能だろう。
少しの間、見ていれば、ルイシアの気配察知が何かを捉える。
そして、放たれた何かーー無数の針のようなものに対し、余裕を持って避ける。
「……うわぁお」
思わずルイシアがそう言った理由は、避けた無数の針の行き先の末路ーー針が空けた巨大な穴。
これであの無数の針を避けずに受けていれば、死んでいただろう。救いなのは、追尾機能がないことと魔法陣が無事であることぐらいか。
「……よくもまあ、あれを食らって無事だったね。それとも、単に頑丈なだけ?」
目がルイシアを捉えたかと思えば、すぐに攻撃が放たれる。
それに対し、無数に向かってくる針攻撃を防いだり、避けたりしながら、ルイシアは足元に仕掛けた“攻撃封じ”という名の魔法を使うタイミングを待つ。
(でも、そのためには……)
もう一段階必要だと、ルイシアは別の魔法を口にし、発動する。
「相殺ーーいや、破壊か。“破壊”」
バリバリと音を立て、無数の針とぶつかり合う。そもそも、放った魔法から、その威力やレベルすらが違う。
「……っ、」
爆風がその場を多い、フィールド外であるはずのルイナたちのところまで、爆風の勢いは到達していた。
そんなルイシアを見たルイナは思う。
(もしかして、“攻撃封じ”を切り札として発動するつもり?)
だが、そんなルイナの心配を余所に、ルイシアの方は少しばかり、大変な状況になっていた。
「もうこれ以上、ぐだぐだと引き延ばさせねぇし、逃がさねぇぞ」
唸るラッシュに、ルイシアは息を吐く。
「うん、分かってる」
ーーだからもう、終わらせよう。
ルイシアは告げる。
「“攻撃封じ”、発動!」