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第二章三幕「裏切り」

ここでふたたびヘッダー、一行目の「ワンダー」が復活してました。

まあ、投稿するときにここでは消して投稿しているので、関係ないのですが…。


…何書こうとしてたのか、わすれちまったZE★


 ハイエルフの森に住む少年は、見た目は幼いが、実際の年齢は三十路を越えていた。エルフはただでさえ寿命が永く、その分育つスピードも遅いのだ。

 彼の親は過去にハイエルフの血以外の度の種族の血を一度も入れたことのない由緒正しきハイエルフであり、それに誇りを持ち、純粋なハイエルフこそがエルフの中でも最上の存在だと信じる種類のエルフだった。彼らは当然のように人や天使の血が入ったハーフエルフを嫌い、憎悪した。ほとんどのハイエルフがその思考に染まりきっていた。

 そんな環境で育ちながらも偏った思考に染まらなかった少年は、誇り高き両親と、彼らと思考を同じくする姉と兄に囲まれて息苦しさを感じる日々を過ごしていた。彼の友人には、ハイエルフの母親を持つハーフエルフの少年や少女もいたが、彼らはことごとく“清浄な森”から排除されて行った。母親に守られることもなく、なす術もなく彼らは清々しい顔をして、胸を張って出て行った。偏った思考に囚われなかった少年は、自由に羽ばたける友達が羨ましかった。いつかは自分も、彼らと同じように息苦しいここを出て、自由に生きて行きたい。少年はそう願い続け、ついに見た目が十七歳に育った時、夜の闇にまぎれて家を出た。

 生まれてからずっと、閉鎖した森の中で生きて来た少年は、生きる術を知らずに出て来たので、どうすればいいのか誰をどう信じていいのかもわからずに、霧の濃い町の中に立ちつくしていた。

「望んで出て来たはずなのに、どうすればいいのかわからない…。僕はどうすればいいんだろう?」

 レンガ造りの建物と建物の間、暗い路地に背中を向けてポツン、と立っている少年の背後から水に濡れた足で歩いているような、ビチャ、足音が近づいてきた。

「どうすればいいのか、わからないのだね。」

 驚いて振り返ると、そこには長い黒髪で顔の右側を隠した、二十五歳くらいの青年が立っていた。半分しか見えない顔にはハ虫類のような笑みが浮かんでいる。

 彼は少年の肩に手を乗せて、上から黒いつぶらな瞳で見降ろした。

「私に着いてくれば、どうすればいいのか教えて上げられる。」

「…だれ?」

 青年の口が三日月のように薄く笑う。目が糸のように細められた。

「私は…名前を明かせないんだ。だから…そうだな、クタン、とでも呼んで。」

「…クタン、さん?」

「そう。他に行くところもないんだろう?私のところへおいでよ。」

 優しい笑みを浮かべて、少年が頷くのを見て、それを消すと再びハ虫類のような笑みを戻した。

「よろしくお願いします、クタンさん。」

 それから、少年はとても楽しい時間をクタンと名乗った不思議な青年とともに過ごした。彼のもとには少年の種族と対をなすダークエルフがいたが、彼らは少年の実の両親や出身地の森の仲間よりもずっと話がわかり、わかりあえるように少年は感じていた。

 実の両親から、同種の者たちから「敵だ。」と、「決してわかり合うことのない命だ。」そう教えられて生きて来た相手と、自分を生み、そしてこれまで育ててきた親よりも、出会ったばかりの彼らの方によほど親しみを感じる。

 世界は対をなす存在と嫌い合い、憎み合い争い合っていたが、ハイエルフの青年のもとに集うダークエルフたちは、覗きこむ術がないので心の中ではどうかわからないが、少なくとも表面上は少年を快く迎え入れてくれた。

 故郷の森よりもずっとずっと強いつながりを、少年は彼らとの間に感じていた。

 少年は多くのことを彼らから学んだ。

 誰が敵なのか。

 彼らが何を感じ、どこへ行こうとしているのかを。

 そして少年は、ハイエルフでありながら対をなす種族のダークエルフとともに生きて行くことを選んだ。


 *


 私とリーリエは歩き続けていた。目の前には悪魔とダークエルフの住む、永続的に噴火の続く活火山が国のちょうど中央にあるおかげでいつでも火山灰で曇っている北の国との国境である渓谷が視界一面に青い空とともに広がっていた。右を見ると、遠くの方に北の神山が天を貫きそびえ立っている。

 ちなみに仲間は南の国にいるはずだ。しかし、ここは東の国と北の国との国境だ。その証拠に視線を渓谷からずらすと、物々しい警備の人間たちが集まる城壁があった。

 目的であった場所でないことは確実だ。

 この国境でも、私は戦っていた。国境を命がけで守る人々の危機に黙っていられず、着いたその日に戦闘に割り込んで、国境を越えてくる悪魔と、私とともに流れて来た天使と戦い続けていた。

 戦うばかりの日々の中で、警備隊の人たちと仲良くなり、治療のできる医者見習いのリーリエは半獣でありながら人間の輪の中に入り、重宝されていた。

 種族が違うので、リーリエは受け入れてもらえないんじゃないかと危惧していた私にとって、私よりも自然と場に馴染んで行ったリーリエの姿を見て安心する。

 しかし、本来の目的はここではない。別の仲間はあるが、私たちが求めて来たものは、ここにはないのだ。だから、ずっとここに留まっているわけにも行かないのではないか。

 また悩み、日々を過ごして仲間に心配される。

 襲撃の落ち着いた時間に誰にも言わず、仮住まいとなっている城壁の上に登り、リーリエとふたりで青い空を見上げた。

「どうしようか?」と目線だけで隣に立つリーリエに訊く。

「アズサのすきにすればいいよ。」視線だけで答えが返ってきた。

「ここで戦うか、仲間のところで行くか、どっちがいい?」

「まかせた。」

 視線だけで交わした会話。いつもと同じように、決断は私にゆだねられる。

「行けばいいだろう!」

 後ろから聞こえて来た、私たち以外の声。振り向けば、ここでのリーダー格の男が仁王立ちしていた。何だ、この人。

 出会ったときから思っていたが、この人は本当に熱血漢というか、暑苦しい人だ。頑固で、一度決めたら譲らない。いつでも、どんなことでも全力で挑む。見ているだけなら面白い人だが、それに付き合わされるとなると、とても付いて行きづらい人だ。正直どうしてこの人がリーダーを務めているのだろうと思わないでもないが、仲間のために全力で挑み、全力で考えてくれる人だから、仲間も安心できないながらもつい、付いて行ってしまうのだろう。勢いに乗せられてしまうのだ、みんな。

 そんなこの人が薦めるということは、彼の中で私たちのさらなる旅に出ることは決定なのだろう。そうなれば、私たちに選べる道はひとつしかない。

「じゃ、行くかリーリエ!」

「うん!」

 白いふたりが笑い合っている中に割り込む低い声。

「リーリエはここで貴重な医者だ。残ってくれても構わんぞ?」

「ううん、アズサといっしょにいたいから、リアもいっしょにいく。」

「仲間の無事を確かめたら、また戻ってきますよ。」

 残念そうに眉を寄せてリーリエを見るリーダーに、私は笑顔でそう言って、早速出発する準備のために与えられた小さな部屋に、彼に見せびらかすようにリーリエと手をつないで戻った。

 七畳ほどの小さな部屋には、同じ部屋を使っている、とてもよく似た女性兵士がふたり休憩時間なのか、扉の方に背中を向けて、薄い布を敷いた床に横になって休んでいた。

 出会ったばかりの頃訊いてみたが、ふたりは名前も容姿も似ているが、双子ではないらしい。そればかりか、ふたりはここで出会うまでまったく違う場所で生まれ育ったのだと言っていた。

「アンリさん、アンズさん、私とリーリエ、これからちょっと旅に出てきます。」

 声をかけるとふたりは驚いたように振り返り、私たちの手を握った。

「どうしたのよ、なにか嫌なことがあった?」

「リーダーの暑苦しさに耐え切れなくなった?」

「いえ、そういうことではなくて、もともと仲間の無事を確かめるために出て来たんです。だからその旅に戻ろうか、って。悩んでいたら、リーダーにも背中を押してもらったので。お言葉に甘えてちょっと行ってくることにしました。」

 ふたりの掛け合いが楽しくて笑いながらそう言うと、よく似た顔のふたりは同じタイミングで胸に手を当てて溜息をもらした。

「「良かった~」」揃う声。ここまでできるのにふたりはまったくの別人なのだから、命って不思議だ。

 でもこれで、明るく一時のお別れができる。

「それじゃ、行ってきます。」

「…いってきます。」

「「いってらっしゃ~い!」」

 見送りに来てくれると言ってくれたが、休憩中のふたりにわざわざ体力を使わせることもないので遠慮して、部屋で見送ってもらった。手を振るふたりに応えて、リーリエとつないだ手を振ってみる。ゆっくりと重い鉄のドアを閉めて、手をつないだまま石畳の廊下を歩いた。

 城壁を出る間に会う人々と別れを告げ、城壁を出る。国境に背中を向けて南の国に向かって歩き始める。

 南の国へ、仲間への道がここまではっきりした今、私たちはまっすぐ歩き続けるだけだ!

「行こうリーリエ!」

 気合満点、歩きだしたとき、

「梓!」

 横から、忘れかけていた女の子らしい高い声が聞こえて来た。

 驚いてつないでいたリーリエの手を放し、振り向くと、そこには地球にいるはずの私の幼馴染。唯一と言ってもいいほどただ一人の女友達が立っていた。

 最後に見た、私の記憶の中に生きる彼女よりも背も伸び、胸だけでなく全体的に丸みを帯びて、女性らしい体つきになっている。美しくなっていた。その目には、涙が光る。

 彼女の横には、海辺のあたたかい優しい町で別れたきりで連絡する手段もなく、それきりになっていたこの世界での家族、お兄ちゃんのような存在のモンブランが変わらない姿で立っていた。ここまでの道のりで何があったのかはわからないが、押しの強い幼馴染のことだ。モンブランを引きづり回してきたに違いない。疲れたような笑顔に苦笑を返す。

 そんなことよりも、

「アヤメ!どうしてここに?」

 駆け寄ってきたアヤメは、私を力いっぱい抱きしめた。

「梓こそ!なんでここにいるの?あっちでは行方不明になって、大変だったんだから!心配したんだから!」

「……ごめんね、アヤメ。」

 首筋に顔を埋め、私からは表情は見えないが、泣いているんだろう。ハイネックの襟に包まれている首筋に暖かいものが流れているのを感じる。

「ごめんね、アヤメ。」

 不可抗力だったとはいえ、私が彼女にしてしまったことは、アヤメの心に少なからず傷を残しているようだった。体を放したアヤメは、私の顔を両手で包みこみ顔を寄せた。

近付いてきたアヤメの顔にはいく筋もの涙が流れた痕が残り、瞳にも潤いが残っていた。

「もう!絶対に急に消えたりしないでよ!」

「…不可抗力だったんだけど…もしもまた、消えちゃったら?」

 アヤメは一瞬だけ怒った表情を見せて、それから真剣な表情を浮かべた。

「もしもまた消えたら、今みたいになんとしても探し出して見せるわよ!」

「…アヤメ」

「だって、梓は妹みたいなもので、目の届く場所にいてくれないと何をするか心配で、心配で仕方がないの。」

「…すみません。」

 偶然でも巻き込まれれば、巻き込まれるような行動をとった張本人の私のせい。

 心配する側からしたらそうだろう。私はただアヤメに小さく頭を下げた。視線を合わせられなくて目をつぶって視界を遮断する。これから、アヤメにとってはやっと見つけたばかりの私から、衝撃的な話を聞かなければならないつらいことが待っている。

「…アヤメ、」

「なあに、梓?」

 探していた相手、つまり私だが、私をようやく見つけ出して、会えたからかとても嬉しそうに笑うアヤメ。その笑顔には一かけらの暗さもない、純粋そのものだった。

 言い出しにくいが、心を決めて、新しい仲間たちにも背中を押してもらったのだ。いまさら痕に引き返すわけにもいかない。

 私は意を決して目を細めて微笑むアヤメを見た。

「せっかく会えたのになんだけど、私これから仲間のところに行かなきゃならなくて…。」

「……。」

 俯いてしまったアヤメの顔色を窺うように上目づかいで見る。後ろに立って久しぶりの再会を果たした家族、モンブランと会話していたリーリエが心配そうに私を見ている視線を背中に感じた。

「あの二人、だいじょうぶでしょうかぁ?」

「…アズサ…。」

 こちらに聞こえないように囁くように小声で話すふたり。

 でも、アヤメの機嫌を窺うために神経を尖らせていた私にはばっちり聞こえていますよ、お二人さん。

「…、アヤメ…ごめん、でもこっちで出会った仲間を、見捨てるわけにはいかないから。」

 ジッと真剣な表情と目で、俯いたアヤメを見据える。

 視線を感じて、アヤメが顔を上げ、そして私を見た。何かに気がついたのか、ハッと息をのみそれから悔しそうに下唇を噛んだ。

 時間にして数秒、目を閉じて考えて、アヤメは私にしっかり視線を合わせた。

「なら、私も行く。ここに来る間、白い翼を持った悪魔みたいな所業の奴らに会っていろいろと危ない目にあわされたわ。梓、そんな中に行こうって言うんでしょ?そんなところに梓一人では行かせられないわよ!」

 私のことを思ってくれている幼馴染に、私は嬉しくなって笑った。

 私の背後でモンブランと話しているパートナーがムッと鼻を鳴らしたのが小さく聞こえた。

「私は独りじゃないから大丈夫、リーリエといつでもどこでも一緒だから。」

 後ろを振り返って、ムッとした表情のリーリエに微笑んだ。

 私が微笑めばリーリエも笑う。

 けれどそうすると、今度はアヤメの機嫌が落ちた。

「でも、彼女戦えるの?私、これでも今までの旅で鍛えられて来たの。見て!この大鎌!」

 そう言って、アヤメは私が弓を出すときと同じように右腕に付けたガントレットにはまった透明の石に左手をかざすと、石は茶色の光を放って、百七十センチ近くある長身のアヤメと同じかそれ以上の大きさの鎌が出て来た。アヤメはたくましく大きく、見るからに重そうな鎌を片手で軽々と振りまわした。

「…それがアヤメの武器?」

「うん。そうよ、かっこよくない?」

 正直、死神のようだ。

 けれど、それだけではアヤメの実力はわからない。力がわからなければ、連れて行くわけにはいかない。もし弱ければ、アヤメ自身だけではなく、共に行動している私とリーリエをも危険に晒すことになるのだ。

 そう思い、本人に確認することはできないので、一緒に行動してきたモンブランの腕を持ち、ふたりから十メートルほど離れた場所に引っ張って行って訊いた。アヤメは使えるのか?

「アヤメさんですかぁ?」

 相変わらずの語尾を伸ばす独特の話し方は健在だ。イラッとする。

「ん~…強いとはおもいますけどぉ…。」

「なに?」

 何を思い出したのか、モンブランは考え込み、そして白い顔を青くした。上頬に青い筋が浮かんでいるように見えてしまう。

「…アヤメさん、あれ使ったことあんまりないんですよぉ…」

「じゃあどうやって天使とかと戦っていたのよ?」

 モンブランはチラリ、とアヤメを見てから、私に寄ってきて耳元に囁くように小声で力で戦い、敵を退けて来た私にとっては信じられない方法を告げた。

 少し離れた場所でリーリエと並んで、ふたりしてこちらを窺うアヤメを見た。

「アヤメさんは、ある意味話しあいでここまで進んできたんですぅ。」

「どういう意味よ。」モンブランが上目でチラリとアヤメを窺うが、私が振り返ってみると問題の彼女は私たちに背を向けて空を見上げていた。視線をモンブランに戻す。

「…絶対に話題にはしないでくださいねぇ。」

「うん。」

「……攻撃してきた天使の攻撃をあの鎌で止めた隙に、天使に囁くんですよぉ。」

「なにを?」

「詳しくはわかりませんけど、…言われた天使が子供みたいに大声あげて泣きだして、惨めに泣き叫びながら逃げ帰るくらいのことですぅ。」

「……。」

「…可哀想な最後でしたぁ。」

 背中越しに、二人揃って背後のアヤメを見た。

 空を見ていたアヤメは視線に気がついたのかこちらを振り返り、そして爽やかに、輝く笑顔を顔前面に浮かべた。いつもならそのまま受け取るが、攻撃法を聞いてしまった以上、アヤメの背後にドロドロした闇が見える気がする。闇の中には、顔に影が差したニヤリとどこのヤクザの組長かと思ってしまうほど極悪な笑みを浮かべているアヤメの姿。

 見てはいけない幼馴染の姿を見てしまった気がする…。

「アヤメ、やっぱり私とリーリエのふたりで行くわ。」

 半眼でアヤメに伝えて、私はアヤメの横にいるリーリエを呼び、寄って来るまでの間にモンブランのこれからの予定を尋ねる。

「そうですねぇ…、残してきた先生とアイリスも心配ですけど、ここもここで医者が必要っぽいですからぁ…残った方が役に立てそうですねぇ。」

 長い旅だったのではないだろうか。それでもエルフの力なのか、髭が生えることなく白い肌のみの顎に手を当てて、モンブランは考えるために天を仰いだ。

 チラリと私を見て、私とモンブランの話す時間を稼ぐためにわざと時間をかけてくれているのかゆっくり、時々後ろに残してきたアヤメを気にしながら歩いてくるリーリエを見て、最後に私の下した決断にショックを受けて打ちひしがれて四つん這いになって嘆いているアヤメを見た。

「アヤメさんはここに残られるんでしょ~?」

「ええ。」

「…ちょっ、梓!私はあなたに会いたくてここまで来たのよ!」

 アヤメの言い分も、もっともだ。

 私はモンブランの答えを聞く前に、もう一度アヤメに視線を向けた。まっすぐ向けられる懐かしく感じる幼馴染の真剣な視線をしっかり正面から受け止めて、私が彼女に望んでいることを明かす。

「私は、私が不在の間、信頼することができる強いアヤメに、ここのことを頼みたいの。守ってほしいのよ、私が帰って来る場所を。」

 ここの砦の人たちは連日の戦いで疲れている。

 危険な場所だとわかっているから、進んでここに来る人などいない。だから人員の補充もできなければ食料など物資の補充もこちらから出向かなければできないのだ。そして、そちらに半分近くの数をかけている間に襲撃でも受けようものなら耐えるのはつらいだろう。

 だからこそ、天使を言葉だけで退けたというアヤメにここに残って彼らを守ってほしい。ここはきっと、この世界で唯一残された最後の砦だ。他の者たちは皆、戦うことを諦め、死の町と同じような姿と化してしまっているだろう。戦うよりも、一瞬の苦しみを耐えることの方が楽だから。

「アヤメ、お願いできる?」

「任せて!梓が留守にしている間、私がこの壁を守りきってみせるわ!」

 一瞬で立ち直り、十メートルの距離を駆け寄ってきたアヤメは、私の肩を掴んでキラキラ子供のように顔を輝かせて、幼い笑顔を浮かべた。幼馴染三人揃って同い年だから、今年で十七歳になるはずだ。

 力強く拳を振り上げ、アヤメは宣言してくれた。

 でもこれで、心おきなく(一緒に残るモンブランにかける心労は心配だけど)、馬と牛を探しに行ける。

「それじゃ、行って来るね!」

 リーリエと手をつなぎ、歩きだす。振り返って、見送ってくれているふたりに手を振った。


 *


「あ、モンブラン!ここから半端者の城に行く道、わかる?」

 恥も何もなく、素直にそう訊いてみたら、とても簡単な行き方を教えてもらった。「ここが北の国との国境ですから…この谷に沿って歩いて、谷がなくなったら東へ行けば、多分辿り着けるんじゃないですかねぇ?」

 今、私たちはその通り、谷に沿って歩いている。右手に見えるのは北の国につながる谷間、左手に見えるは黄色い砂の大地。

 二年ぶりに再会を果たした幼馴染、この世界で出会った家族と別れ、パートナーのリーリエとともに旅立ってから、家族と別れて旅に出て国境の城壁に辿り着くまでの時間と同じだけの時が経った。仲間の城は、まだ見えない。

 しかし、ようやく見覚えのある(ような気がする)景色を目にするようになってきた。横を歩くリーリエの表情もようやく見覚えのある景色を見られて嬉しそうだ。

「ほんとうは、すこしふあんだったけど、やっとちかくなってきたね。」

「…、!だれ?」

 のほほんと笑顔で景色を見回しているリーリエを、彼女の本音を思わぬところで耳にしてしまい、複雑な心境で見ていると、逆の方から弱い殺気を感じて振り返った。そこは黄色い砂の中にあって、ポツリと寂しく残っている貴重な緑。自然の物とは思えないほど綺麗に丸く切り添えられた木。あまりに不自然で、それが逆に同情を誘う。

 横でリーリエは何が起こったのかわからない、と言いたげなキョトンとした表情を浮かべている。

「だれだ、出て来なさいよ!」言いながらガントレットから弓を取り出し、エネルギーを注いで矢を出現させ構える。

 本気だとわからせるため、気配を感じた場所から一メートル右側を射た。

「聞こえなかった?」

 目を細め、こちらからも殺気を飛ばした。相手よりもな倍も強い殺気に、緑の中に潜んでいるはずの敵がひるんだのを震えた空気を通じてわかった。

 さらに睨みつけると、叶わないと理解したのか、相手は素直にあっけなく出て来た。

 出て来たのはふたり。

 一人は怪我をしているようでもう片方に支えられた格好で出て来た。褐色の肌を持つ精霊と妖魔の中間に位置すると言われているダークエルフの男性、飄々としていてつかみどころのなさそうな表情からは面白そうな感情を感じさせる。彼を支えている方は支えていたのと兄弟なのか、とてもよく似ている顔を歪ませて悔しがっている女性のダークエルフだ。

 私はふたりを別々にしてから何でも収納ボックスとして使っているガントレットの石から取り出した縄で縛ろうとするが、 性別でリーリエは信用したらしいリーリエに止められた。

 リーリエは武器を持っているかもしれない、縄をかけていないふたりに近づいて、男のダークエルフに向かって手を伸ばした。

「けがをしてるの?」

 その言葉で、パートナーが彼の怪我を心配して、医者の役目を果たそうとしているのだとわかった。

 差し出された手を一瞥し、ダークエルフのふたりは馬鹿にしたように鼻で笑った。それから男の方がだらりと垂らしている方の左手でリーリエの白い手を叩き落とし、それからリーリエから視線を外して彼女の奥に立っていた私を睨みつけた。

「オレたちはご覧の通りのダークエルフ、あんたたち半獣…あんたは違ぇな、あんた何者だ?」

「その仕草に殺気、只者じゃないのはわかってる。正直に言えよ。」

 男、女の順で話すダークエルフ。女の子があんな乱暴な口調を使ってしまっていいのだろうか。自分自身もそう丁寧な口調だとは思わないが、それでもそう感じた。

ふたりは双子か?とも思うほどよく似ていた。が、きっと彼女たちは問いかけても答えてはくれないだろう。会ったばかりとはいえ、拒絶されることにいい思い出はない。嫌な記憶が蘇えりそうになっているところで少し寂しくなる。鼻を鳴らして見下すように、彼女たちから見えるよう、角度も調節してから、言った。

「あなたたち、兄妹?」

「ダークエルフ…」

「ここで一体何をしている?」

だんまりを決め込む兄妹。さらに揃ってプイッと小さく吐いた息と一緒に顔を男は右、女は左へ、顔を背けた。反抗的な態度に、お前たちは捕虜なんだと思い知らせ、少しでも大人しくしていてもらおうと考える。

「答えないの?それとも答えられないの?」

 もう、見えなくなってから大分経つ城壁で待つ仲間の安全のためにも、早く答えてほしくて、出したままになっていた弓を、殺気を飛ばしながら構えてみる。

 ふたりは青くなって、それから男の怪我をして赤い血を流している右わき腹を見て、意を決したように私たちを見た。

 絶え間なく血を流し続ける傷を見たリーリエが、もう一度彼の傷の手当てをしようと歩み寄り、手を差し伸べる。今度はふたりとも抵抗も拒絶もしなかった。砂の上に座らせて、虎の四肢を畳んで座り込んだリーリエの隣、オフィリスの斜め左、フフォリアの一番遠くに座る。

「オレはオフィリス、こっちは妹のフォリアだ。」

 そう言ったのは支えられている男、兄の方だった。表情はすっきりしたように晴れていて、けれどどこか諦めたような顔だった。横に視線をずらせば、妹の険しい表情が見える。けれどふたりともさすがエルフと行ったところか、とても整った容姿をしていた。

「あたしたちは、仲間だと思っていたダークエルフに裏切られたんだ。東の国に水を求めて行ったら、国境を守ってる人間たちに反撃されて、北の国へ逃げる途中で仲間に捨てられた。兄さんが、怪我していたから、足手まといだって。」

「いや~、人間もなかなかやるもんだな!まさかオレが傷を負わされるとは思っていなかったから、油断したぜ!」

「兄さん!こいつらは敵だ!見ろ、額の石の色を。半獣だぞ!」

「いいじゃん、お前も見ろって。こいつらオレの傷の手当てしてくれてんだぜ?傷の手当てをしてくれる奴に悪い奴はいねぇよ。」

「…兄さんの基準がわからない。」

 ダークエルフの兄妹は、ひとしきり言い終わると黙り、それから私を見た。

「私はアズサ。今手当てしてるのは私のパートナー、リーリエ。」

「よろしく。」

 腕を組んで、手当てを大人しく受けるオフィリスを見つめた。やはりエルフ、整った容姿をしている。兄の隣に座る妹のフォリアも、とても綺麗な顔立ちをしていた。

「仲間に捨てられたなら、お前たち帰るところないだろ。なら私たちと一緒に来い。」

 断られるかな?と心の底で思いながら、物は試しと訊いてみる。

 心の心配とは異なり、実際はあっさりと「いいよ。」と何とも軽い言葉で承諾が帰って来た。あまりに軽い言葉に、こちらの方が困惑してしまう。

「…いいの?これからは悪魔とか天使とかはもちろん、エルフとかダークエルフとかとも戦うんだけど…」

 そう言うと、オフィリスは楽しそうににやりと笑い、横に座って呆れたように半眼で私を見る妹を見た。

「言っただろ?オレたちは捨てられたんだ。あんたも言ってたけど、捨てられたのに今さら戻れるかってぇの!」

「裏切られ、捨てられればもう二度と戻りたくはないだろう。ダークエルフだけではないと思うが?お前は違うのか。」

「…いや、同じだと思います。」

 そこでリーリエの手当てが終わったのか、オフィリスの傷をポン、と優しく叩き、リーリエが私を見て二コリ、と笑った。「おわったよ、アズサ。」

「なら、一緒に来てくれるのね?」

「だからそう言ってるだろ、オレたちが裏切らないか心配なんのかもしれないけど、でもオレたちこう見えて裏切ったりしないぜ?」

 呆れた表情で幼い子を諭すような優しい表情で言うが、私も言いたいことがある。

「そうは言っても、君たち今、目の前で実際に仲間を裏切ってこっちに来たからね。」

「…うらぎる?」

「「裏切らないって!」」

 人を信じるのは私の自由だ。

 期待でも好意でもなんでもいいが、何かを裏切るのは、裏切った者の自由だ。

 だから、私はこのダークエルフの兄妹を信じてみることにした。スパイでもなんでもいい。どうせ私には盗んで役に立つような情報など持っていないのだから。

「なら、行こう。一緒に」

 四人で座り込んでいた砂の椅子から立ち上がり、一緒に立ちあがったリーリエを後ろに置いて、私は目の前に座るフォリアへ右手を差し出した。同時にリーリエも屈んでオフィリスに肩を貸して立ちあがらせた。

 リーリエのマントを身に付けた肩に手をまわして立ちあがった兄を見て、目の前に差し出された私の手を見て、フォリアは下を見て溜息を吐いた。それからギュッと痛いほどの力で私の手を握ったのを感じて、目一杯引いた。ジャンプするのと同じほどの勢いでピョンッと飛び上がるように立ったフォリア。

 小さく私を睨んで、それから息を吐くように小さく笑った。

「パートナーにして、とは言わない。けど、私たちはもう仲間。守ってみせるわ、あなたたちを。…なにより好きになれそうだから。」

「まぁ、こうして助けてもらったし、あんたらいい奴そうだし。一発で信頼してくれたし、オレたちも全力で、あんたらの信頼に応えるよ。」

 オフィリスは幼いいたずらっ子が浮かべているような明るい笑顔。

 フォリアはしっとりと艶のある大人の女性特有の静かな微笑み。をそれぞれ浮かべた。兄妹で正反対の性格をしているようだ。

 面白い兄妹、と思いながら、私はリーリエと一緒に笑った。新しい仲間ができたことが嬉しくて、戦う意志のある優秀な人材が手に入って、仲間の生き延びられる可能性が高まったことを感じて。


 *


 天を貫く、この世界に四山しか存在しない特別な山の中腹にぽっかりと開く穴。入口の前に立ち、こことは縁のないアクアマリンが額に輝く青年は、山をたどりながら灰色の雲が浮かぶ空を見る。首の後ろで一つに括った、腰まで伸びる金髪をなびかせて、それからゆっくりと、一歩入ったそこからすでに大きく広がる闇に怯えることなく、軽い足取りで暗い洞窟に入り、奥へと進む。

 歩いていく道には、何の物かはわからないが白い骨がいくつもいくつも数え切れないほどの数が転がっていた。

「あなたはよく明りもなく歩いていけますねぇ…、これだけ暗いんですよ、普通明りの一つや二つ持って来るのが普通でしょう。」

 開けた場所に出た。相変わらず闇が支配する空間にあって、ボワッとひとつ、光が浮かぶ。その向こうから闇に同化している長い黒髪を流した青年が歩いてきた。

 青年は彼が歩きながら発したその言葉に応えてにやりと笑う。それもこれもあなたの影響だと、彼は思っていた。

「それで、彼女を見つけたんですか?」

 肯定。

 頷くと、落ち着いた雰囲気と表情を浮かべていた黒髪の青年の表情が一変した。目を見開き、病的なほど白かった頬が桃色に染まる。

 初めて見た彼の嬉しそうな表情に、驚きとともに喜びを感じた。青年が彼と出会ってからもう数千年になるが、いつもつかみどころのないハ虫類のような笑みばかりを浮かべていた彼も、他の生き物と同じように感情があったことに安心した。

 彼が、気が遠くなるほどの時を過ごしてきた中で、唯一全力で求めたと言う“彼女”の存在。世界のことを何も知らなかった青年に広い世界を教えてくれた、育ての親とも言っていい彼が執着する彼女に対して羨ましいとは思わない。

 ハ虫類のような嫌悪感を感じさせる笑みが、一瞬で目を輝かせ、普通の恋する青年のような表情になる。早く話せと急かす彼に苦笑して、彼女と出会った経緯と現在の“彼女”について教えた。それから、彼が自分の足でここまで赴いた訳を話す。

 “彼女”と同じ、精霊王を示すガントレットを持つ少女の話。白い半獣を連れた死と再生を司る炎の精霊王。

 彼女をこれからどうするのか。

 “彼女”の話をしていた時とはまるで違う、青年が精神的に幼いころから何度も見てきたハ虫類のような笑みに戻して、長い息を吐きだした。

「どうしましょうかね?“彼女”と出会う以前の代から延々と【炎】には、何かと嫌な思い出がありますからねぇ。歴代の精霊王とは違い、彼女はまだ力を十分に発揮できていない。消すなら今ですから、せっかくの機会を生かすことにしましょうか?それとも正々堂々と、彼女が力を把握するまで待ちましょうか?」

 全力で戦えればそちらの方が面白い気がしますが、“彼女”と再会できる今、もし間違って負けてしまったら、笑い話にもなりませんしねぇ。

 そうだ!

 数えることも疲れるほどの年齢を重ねた彼が、子供のように楽しそうに笑いながら左手を右手に作った拳でポンッと叩くのは何か面白かった。いつもの彼とは、違うようだ。

「炎の精霊王には全力を出してもらって、それから死んでもらっても遅くはありませんからねぇ、そうしましょう。」

 そのためには、と言って、彼は青年を見た。ハ虫類を思わせるつぶらな瞳が青年を映し出す。味方のはずなのに、瞳に映し出された青年の背筋に冷たい感覚が走った。

 目を見開いて無意識にか一歩後ずさった青年に笑みを深めて、彼は目を細めた。

「そのためには、また君に働いてもらわなければなりませんねぇ。…頼めますか?」

 疑問なのに、訊いていない彼の言葉。背筋には氷を流しいれられたような冷たさが走り続けている。

「彼女、とても大切にしている半獣がいたでしょう?白い彼女…、舞台から退場していただきましょうか。」

 外では家族として過ごしてきた白い半獣を、この世界から消す。それはつまり、自分が彼女を殺さなければならないと言われたのだ。なかなかその短い使令を理解できず、青年は楽しそうに笑う彼を見つめた。

「手段は問いません。炎を覚醒させるため、とにかく半獣を消してください。」

 優しく感じるほど穏やかな笑顔を浮かべて恐ろしい殺人使令を下す彼。そこが四大神一の冷酷さと恐れられる所以か。青年は米神から顎へ流れ落ちる冷や汗を感じながら、彼に従っていいのかと小さな疑問を感じた。長年培ってきた彼との信頼関係に亀裂が生じるのを心の闇の中で感じていた。

「さ、行ってきてください。」

 風が吹きこんできても一切揺れることのなかった光がゆらりと揺れ動き、段々と薄れて行く。これ以上話すことはないとばかりに青年に背を向けて闇の奥へ進みながら、彼は右手だけを上げて左右に振った。

「いってらっしゃ~い!」

 声が終わった頃には、顔の半分を隠す黒髪の青年の姿は消えていた。残るは、すべてを飲み込みそうなほど深い闇ばかり。

 乾いて、反射で涙が浮かんできた瞳を揺らして、青年は自身の進む先を暗示しているかのように感じる闇を前にして立ち尽くしていた。これまでは安らぎを感じていたはずの闇にこれほどまで動揺している自分に、青年は驚きを隠せない。

 どうすればいいのか、青年の苦悩はここから始まる。


 *


 ここがどこだかわからない。

 けれど前方には深い闇が広がっていた。後方にはかすかな光が差し込み、私たちを照らそうとしているが、その頑張りはかすか過ぎて届かない。

 少し歩くと、私の視界に白が映った。

 見間違えるはずがない。いつでも、どんなときだって私とともに歩いてきた私の半身だ。

「リーリエ!」呼ぼうとして、彼女の前に誰かがいるのが見えた。

 あれは…、と考えて何をしているのだろうかと思う。

 ふたりは家族だ。けれど家族として過ごしてきたその長い時間の中で、また違った関係が生まれていたのだろうか。

 見合わせて話すふたりの間に漂う空気は、なんだかそんなに甘い妄想を掻き立てるものではなかった。

 痛く感じるまでに冷たい空気。私の知るふたりから漂っているとはとても思えないものだ。

「どうして?」

 リーリエが問うけれど、彼が応える様子ではない。

「ごめんね。」

 彼女の問いに応えることはなく、大きな悲しみを抱えた瞳でそう言って、家族だと思っていたハイエルフの青年は白い半獣の体に手にした剣を突き刺した。

 驚きで目を見開いたパートナーは、白い体には似つかわしくない赤い花びらを吹き出しながら、黄色い大地に倒れ伏した。赤い海が広がるが、すぐに大地に吸い込まれて行った。その光景は、まるで大地が彼女の命を吸い込んで行くようで、私は麻痺したように震えるばかりで動かない体を、それでも自分なりに急いで駆け寄った。横たわって動かない彼女の赤く染まってしまった白い体を抱き上げ、私たちに背中を向けて離れて行く彼の背中を目で追う。

 信じられなかった。私よりも彼女との付き合いは長かったはずの彼が、どうして?

 徐々に歪んで行く視界、薄れて行く彼女を抱きしめた感触に背中に回した手を伝って地に流れ落ちる赤い雫。

「……!」

 彼の名を叫んで、私の意識は途切れた。

 遠くから、ちょうど二週間前に仲間となったダークエルフの兄妹が駆け寄って来る音を聞いた気がした。

『人生の中に偶然はない。すべてのことに意味があるはず。』

 彼の残酷極まりない行いにも、なにか意味があるのだろうか。現実に戻るため堕ちた暗闇の中で、私は懸命に考えていた。


 *


『ああ、私の愛する人よ。

 なぜ私たちはいがみ合い、憎しみ合い、戦い、殺し合わなければならないのでしょう?

 あなたと私はこんなにも愛し合っていると言うのに…。

 ああ、リリアン。

 その美しい笑みとともに時を過ごしたい。

 種族間の、意味を持たない争いなどに、私たちの愛を邪魔させはしない。

 ああ、私の愛する人、リリアン。

 この無益な戦いを、私たちの愛の力で終わらせようではないか。

そして平和になった世界で、この永遠の愛を…!』

 健康的な白い肌を桃色に染めて、瞳は恋する乙女のように潤んでいた。

 彼女のことを思い出すだけで、幸せな気持ちになれる。その瞬間はとても素晴らしいものだった。

 悪魔である彼女だが、天使であるマイリスは全身全霊で愛していた。

「マイリスさま。何をなさっておいでなのですか?」

「お仕事。」

「嘘おっしゃい。」

 マイリスと呼ばれた天使は文字を書きかけた羊皮紙を丸め、膝の上に置く。そうるすと、彼の立っている位置からは豪華な細工を施した大きな執務机に邪魔されて見えないのだ。

 部屋を仕切る壁はあるが、扉はなくバーテーションしかない。それも今は畳まれて部屋の隅に追いやられていた。つまり、この部屋は外から丸見えなのだ。

ひとつ大きなため息をついて、十二枚の大きな翼を片方開いて髪の毛をいじるように、人差指で綺麗に整えた。

 気難しそうな学者風の青年が、彼の前に丸めた羊皮紙の筒をいくつか出した。それが本当の、彼がやるべき“お仕事”だった。

「どうせまた人間とかエルフとか半獣とか殺しちゃいましたぁって報告でしょ~?」

 すべてが光を色にした黄色で構成されるこの部屋の中で、マイリスは日々退屈で時間を持てあましていた。いつも同じことしか書かれていない書簡。持ってくる人物が毎回違うこと以外ではすべて同じことを繰り返すだけの日々を彼はここ数百年間続けていた。

 天使と悪魔には基本的に寿命という概念がない。

 ともにハイエルフと同じ永遠とも言えるほどの時を生きるのだ。中には与えられた時間に飽きて人の世に下りる者もいる。それを堕天使と呼んだ。堕天使には、ダークエルフと同じ千年ほどの期限が設けられているのだ。

 まとめてみると、一番短い時間を生きているのが人間。

 二番目の時間を与えられたダークエルフ。

 そして最も長く、永遠を生きるハイエルフとダークエルフ。

 ハイエルフと人間や天使、悪魔の間の子であるハーフエルフはハイエルフの相手種族によって寿命が変わる面白い種類だ。

「めんどーだなぁ…どうせ同じことなんだから、勝手にやってくれていいのにぃ!」

「…そう、おっしゃられますな。これも長の立派な勤めです、マイリスさま。」

「ん~、そうなんだけどねぇ?愛するリリアンに会いたいんだよ~!」

 深くも何も、気がつけば口に出してしまっていた。

 天使と争う種族の悪魔、女性でありながらその大将であるリリアン。彼は彼女をこの世の誰よりも深く愛していた。彼女のためなら、自身をここまでに育て上げてくれた種族を裏切っても構わない。そう、心で思うほど、彼女を想う気持ちは強い。

 けれど、他の天使はそう簡単に思ってはくれないだろう。事実、マイリスの前に書簡を運んできた左右合計八枚の翼を持った高級士官の彼は、表情を苛立たしげに秀麗な顔を歪め、細長い目を見開いた。

「…リリアンというと、あの悪魔の長ではありませんか!あのような低俗な女などを相手にされずとも、マイリスさまならば もっと良い縁談が…!」

 言いながら、彼は目を血走らせた。見開かれた充血した瞳はとても恐ろしい。

「うわぁ~…怖いねぇ。」

 軽く思いながら、マイリスは口だけで器用に笑った。

「ねえ、愛する人をけなされる気持ち、わかる?」

「……、申し訳ございません。」

 首筋に一瞬で現れた金色の剣。明るい空からの光を受けて輝くそれはとても傍目で見ればとても美しいが、突き付けられた状態ではその美しさを堪能する気にはなれなかった。剣とともに向けられた恐ろしいまでの殺気。

 すべてを笑顔でして見せるマイリスに、部下である彼は恐ろしさを感じると同時に頼もしさも感じていた。

「ああ、マイリスさま。なぜそのお力を使い、他種族どもを一掃してくださらないのか?」

 そう言った彼は先ほどのリリアンのことを考えて頬を桃色に染めていた彼の上司とよく似ていた。

 胸の前で祈るように指を組み、目をキラキラと光らせて迫って来る部下に、さすがのマイリスも冷や汗が出る。正直いい年した男に迫られるなんて気持ちが悪いのだ。顔に迫ってきた、天使特有の整った顔を剣を持っていない手で押し返しながら、マイリスは溜息を吐いた。

 愛する人に自由に会えない寂しさもそうだが、毎日彼女を非難されるのは嫌だ。

「これを届けに来ただけだよね?ならもう行けば。」

「それでは失礼します。マイリスさま、後ほど…そうですね、いつもと同じ時間には受け取りにまいりますので、それまでにすべて片づけておいてください。そうです、それです。その溜まりに溜まった書簡の山です。今日こそは眠らないでも、しっかりやっていただきますからそのおつもりで。もしも時間までにお済みでなかったら、見張りを付けてでもやっていただきますから。それでは失礼します。」

 そう言って、彼は一礼してマイリスの執務室から出て行った。

「…こんな生活が、あと何億回続くのだろう?」

 ため息が零れる。リリアンを想っての甘いため息ではない。

 彼は疲れていた。

 執務をこなしてはいないのでその疲れではありえない。

 立ちあがり、椅子の背後に開かれた大きな窓辺へ進む。そこからは小高い丘に建てられたこの城が自慢できる絶景が見えるはずだった。

 見えるのはクリーム色の街並みではなく、町の至る所が赤黒く染まった故郷だった。この光景を見続けて一体どれほどの時間が流れただろうか。

 彼がこの地位に就いた当初はまだ本来の色だけを持っていた。それが今では天使の仲間たち皆が人間や半獣を遊びのように狩りだし、獲物を持ちかえっては遊び、飽きたら捨てる、と言ったことを繰り返して町は赤く染まった。いつからだなんて覚えていない。

 変だ、異常だ。この人たちヤバいんじゃね?

 そう思っていた光景が、長い時で普通の日常になってしまった。

 恐ろしいことだと思うが、マイリスには異常を防ぐだけの力も、貫き通せるだけの意志もない。

 情けなくなってきて、ひとつ息を吐くとマイリスは椅子へ戻った。汚れのない純真なまでに白く、何度も重ねられた重い服が動きにくい。足首まで覆うほど長い服で、実際に数日前に裾を踏んでしまい、部下の前で転んだことがある。あれは本当に恥ずかしかった。

 思い出して、マイリスは顔を下げた。頬が熱を持つ。

「この世界を変えるためには、精霊王とまでは言わないが圧倒的な力、想いが必要なんだ。」

 そうしなければ、遠くない未来、この世界から生き物が消えるだろう。マイリスはリリアンと、世界を懸念する思いも共有していた。ふたりで出した答えが、仕事をしない今のマイリスを作り上げている。殺される側の人間たちからしたらたまったものではないだろうが、これでもマイリスとリリアンは世界の未来を考えて動いていたのだ。報われるためには、他の種族との連携が必要になって来るが、いまのところそんなに強敵が現れたという報告も、仲間が大量に落とされたという報告も受けていない。

 精霊王がいれば、この死と悲しみと苦しみが混じりあった世界は救われるのに。彼らはいったいどこで何をしているのだろうか。

 考えて、マイリスは無力感に苛まれた。

 自分はなにもできない。

 結局はリリアンとともに何もしないという役割を選択し、人間と半獣を見捨てたのだ。「こうして守っているのだ」と自分たちに理由を付けて逃げ出したのだ。

「人間や半獣たちにはめちゃくちゃ怨まれてるんだろうな…」軽くしたつもりの口調で重く吐きだして、マイリスは天を見上げて目を閉じた。

 夢の中だけでも、愛する人に会いたくて…。

 その想いが仲間を、種族を裏切り、新たな憎しみを生んでいることなど、マイリスは知らなかった。


ここまで来ても、自分で書いたはずの小説の内容が一切思い出せない自分がいる…。

……ん~!ミステリー?

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