第一章三幕「種族」
…リーリエの設定画、いとこのねーちゃんに書いてもらったなぁ…。
『遥か昔、神々はそれぞれの守護する部族、種族を率いて数億年もの年月を争いに費やして過ごされた。数え切れないほどの血を流し、飽くことなく戦い続ける同胞を嘆いたひとりの神は、不毛な戦いを終わらせるべく新たな力を、異なる次元の果てより召喚され、四人の小さき者たちがこの地に舞い降りた。
小さき存在なれど、それの使役する力は神々をも凌駕し、またたく間に永きに渡る争いに終止符がうたれた。神々は彼らを【精霊王】と呼び、その力を敬い、各々が治める土地と民を精霊王に献上した。
精霊王、それぞれの司る精霊たちの力を持って平安の世を築き、天命尽きるまでそれを遂行せしめた。以降この世を揺るがす乱世には、古の精霊王より力を継いだ異界の者現れん。
四大精霊極めし者、すなわち世界を創りし精霊に愛されし者なり。四人の愛し子、世界の中央に置きし四つの玉座に座り、世界を安定せしめん。精霊王無き時は当代精霊王の現れるまで、四大神がその事を代行すべし。四大神乱れるその時は、精霊王の名においてそれを討たん。(東の国神山の麓の石板、【ワンダーランド創世記】より)』
世界の南に天をも貫かんとそびえ立つ山がある。その頂上にほど近い場所に、ぽっかりと開いた穴があった。薄暗い岩肌がむき出しの中にひとり、大陸風の華美な服をまとう妙齢の女性がいた。蝋燭に照らされてオレンジ色に輝いている。部屋の中にある唯一の木製の椅子に腰を落ち着けながら、彼女は話し始めた。
古より伝わっているおとぎ話を。この世界に生きる子供たちが必ず一度は耳にする寝物語の定番。
伝説の白い乙女の話し。
「古より伝えられておる物語がある。」
椅子に座ったこの場所からも見えるかすかな外から入って来る光を見つめて、彼女は何かを見定めようとするように、目を細めた。
「世界が混沌に呑まれようとするとき、時空を渡りリアルより、白き乙女が舞い降りて、世界に命の息吹を巻き起こし、平和を築いて永き眠りにつかん。」
自然の小さな光から目を外すと、今度は人工の光を見た。暗い洞窟内を照らそうと健気に輝き続ける蝋燭は、美しい彼女に見つめられて照れたように大きく揺れた。
「白をまといし乙女、永き眠りについてから、永久に子たる世界を守り続けん。」
歌うように、けれど静かな声が響く。
あたたかい光に照らされて、彼女は息を吐いた。悲しそうに眉根を寄せて、目を伏せて。
「世界の歪み、正すため、今生に現れし白の乙女は眠る、か…。」
その息は誰のためだったのだろうか。
この孤独にさらされる自身を思ってか、それとも永遠に世界に縛りつけられようとしている“彼女”を思ってかそれとも歪んでしまった世界か、あるいは他の何かにか。彼女はもう一度、小さな自然の光を見つめたが、日が陰ったのか、そこには闇のみが広がっていた。
*
私は、年代を感じさせるゲームセンター竜宮城からバーチャルリアリティゲーム【ワンダーランド】にログインしたはずだった。目の前に広がる、いくらバーチャルリアリティだからと言ってもあまりにリアルすぎる、これまでに見たことのない光景を茫然となにも考えられずに、ただ目に映しながら、私はぼんやりと思っていた。
空を覆う灰色の雲。
私を囲む高い岩肌。
岩の裂け目からは赤いマグマが噴出している。そのせいか、それともただの緊張か、白い肌を刺すような熱気が包み、汗が噴き出す。
ごつごつとした、マグマの熱を直接受けているはずの岩肌を裸足で歩きまわる、暑さなどほとんどすべての感覚に対して鈍感なほど低能なゴブリンや、あまりに強靭な体躯を持つためそこに美を感じ、元々服や靴を好まない動物族の一種である魔獣たち。
遠く、とても遠くにそびえ立つなんとも趣味の悪い三原色で塗られた、「悪魔の住居でございます♪」と言われれば納得してしまいそうな感じの城っぽい建物、その向こうにまで続くこの景色。
こんな場所、私は知らない。
ここはどこだろうかと考えてみるけれど、どんなに深く、記憶を探ってみても結論はひとつしか出てこなかった。あんな趣味の悪い城を見たら、忘れられないはずなんだけど…。
けれど、この場所は知らなくとも、ここがなんとなく私がいてはいけない場所だということは感じ取れる。肌にピリピリと刺すような感覚に、速く逃げださなければと本能が叫ぶ。
ここにいてはいけない!
見つからない内に逃げよう。ゲームでいくらレベルマックスだったからと言って、どう見ても敵の本拠地で、暴れるほど、神経図太くはできていない。乗り込むには、私はまだ未熟だ。
では、どうやって逃げるべきか。
考えながら、私は目をつぶった。すると、【ワンダーランド】にログインする瞬間のような、一瞬の浮遊感。マグマの熱で沖縄のように暑く(私が言ったことのある場所では一番暑かったのだ)、汗が噴き出していた肌を、それまでとは逆の感覚が襲った。
寒いと感じるまでに乾いている。
瞼を持ちあげ、目を開く。目の前には輝く雲があった。足元にも雲。一面空で構成されていた。
私は、いったいどこへ来てしまったのだろうか。首を回して見回す。一面、雲の白と天空の青、他にはなにも見当たらない…、一周して元の位置まで戻ってきたと思っていた場所で、そう結論付けようとしていたその瞬間、一度見た景色に、先ほどは確かになかった物を見つける。
城だ。
今度は岩肌に建つ趣味の悪い城とは打って変わって、古代ギリシャにでもありそうな幻想的な城だった。遠目でよく見えないが、凝った作りになっていそうだ。美しい白亜の建物は、見ていて飽きない。それどころかもっと近くで見てみたい衝動に駆られた。
しかし、そう思いついた瞬間、美しい建物からこれまた美しい純白の翼を広げて天使が飛び立った。
おっと!危ない。私は慌ててもふもふ気持ちのいい感触が立っている足から伝わる雲を、しゃがみ込んでから急いで引き上げた。美しい城に住んでいる天使でも、見つかったらなにをされるかわからない。
私のよく嫌なことを見つけてしまう目は、しっかりと見ていた。
純白だと思っていた天使の羽は、ところどころに赤黒い斑点模様ができていたこと。美しいと思っていた天使の麗しい顔には、般若のような表情が刻まれていたこと。そして、手には翼に付いているものよりは乾いていない分薄い色の、赤黒い雫が滴る農業で使われるような小ぶりの鎌を握り締めていることを。そりゃあもう、今日の夢に出て来て追いかけてくるんじゃないかと思うほど、しっかりと。
柔らかい感触のわりに伸縮自在の雲は薄いレース生地のように私を覆い隠し、天使たちの目から私を守ってくれた。
この雲、持って帰れないかしら?と考えていると、それを雲が嫌がって…、というわけではないと思うけれどまた一瞬の浮遊感が私を襲った。目をつぶり、浮遊感が去るのを待つ。
「マスター…」
リーリエの懐かしくも感じてしまう、優しい声が頭に直接響くように聞こえてきた気がした。
目を開けば、そこは昨日ログアウトした場所。あの半端者たちの城内、円卓のあるひと際大きく、清潔な部屋の中だった。大きなソファに寝かされて、傍らには心配そうに眉根を寄せたリーリエの姿。
どうやら、私はログインして現れたかと思うとそのまま倒れ、ずっとうなされ続けていたようだ。心配そうなリーリエの白い、あたたかい手には濡れた薄汚れた布。それで、うなされて出た汗を拭ってくれていたのだ。なんてできたパートナーなんだろうか!
感動に涙しそうになっていた私に、最高のパートナーであるリーリエが信じられない言葉を放った。
「…あなた、ほんとうにだいじょうぶ?」
「…え?」
信じられない呼称を耳にして、私は傍らで虎の四肢を伸ばして立ちあがった最高のパートナーであるはずの彼女を見つめた。少なくとも、私のパートナーであるリーリエは、私を呼ぶときには必ず「マスター」と呼ぶ。それだけが幼い言葉遣いが出ない、正しい音で発することができたからだ。リーリエはそれを気に入っていた。
彼女は彼女で、不思議そうに首をかしげている。自分の言葉にどこか不思議なところがあったのか、考えているのだろう。
その目は、愛するようにプログラムされた相手を見る目ではなかった。まるで、知らない、初対面の不審な人物を見つめる、警戒の色が濃い目。それほど多くはないが、薄くもない時間を共に冒険して過ごした愛するパートナー。彼女から情愛の色がなくなったことが、とてつもなくショックで、寂しかった。
これまでの短い人生の中で、数えるのも億劫な人数の人々が私のもとから離れていった。それでも、ここまで体から力が抜ける感覚を覚えたことはない。
頭を鈍器で殴られたようなショックと、全身の力が抜けおちる感覚が私を襲う。意識が途切れる前、とても怖いと思っていたが、今はその時よりも、体の芯から震えが起こる。手足がしびれてしまったのか、ピリピリと小さな痛みが走った。
ここは、いったいどこ?
上半身だけでも支えていられなくて、埃臭いソファに音を立て、埃を舞わせながら倒れこむ。ボフンッと音がして、視界が薄い灰色に染まった。舞い上がった埃をもろに吸い込んでしまい、二度三度せき込む。横で小さく、リーリエのようで彼女じゃないリーリエも一緒にコホン、コホン、と口元に右手の甲を当てて可愛らしくせき込んでいた。
「げほっ……うぇ、」
「…こほっ」
数秒せき込み、ようやく落ち着いた。
ふたり顔を見合わせて、半獣の目に警戒の色が戻る。表情がよく知るパートナーが浮かべる笑みと同じところが痛い。少し考えて、私はどうするかを決めた。
「私、アズサっていうの。」
「…ア、ズ、サ?」
にっこり笑顔で自己紹介。握手付き。姿も、声も、まったく同じパートナーだった存在とここから始めなければならないことに胸を締め付けるような寂しさを感じながらも、また別の想いを抱いていた。
知らないなら、知ってもらえばいい。崩れたならば、もう一度作り直せばいい。絆とか、人間関係なんて、そんなもんさ。…成功したことのない私が言える立場ではないか。
とにかく、よく知った彼女と同じ姿かたちをした彼女に、これ以上他人を見る目と同じ色で、私を映してほしくはなかった。考えるだけで、温かみを感じさせないあの瞳がよぎり、涙が出そうになる。人に拒否されるたび、私は感情をひとつ、ひとつなくしていった。涙は初めのうちに消えたものだ。それ以来泣いたことはなかったけれど、一ゲームの登場人物に存在を覚えてもらっていないというだけで、目頭が熱くなり涙が流れてしまいそうになる。
涙を早くに亡くしたけれど、それ以前は目が腫れて痛くなるほど毎日、毎日泣いていたから、忘れていた今でも涙が流れそうな感覚は覚えているのだ。
見知らぬニンゲンに差し出された手を見つめて、リーリエは首をかしげた。どうしたらいいのか、わからない。自分は寝床と定めた城を囲む荒れ果てた大地にひとり倒れているこの子を見つけて、まだ息をして、生きていたからここに連れてきた。自分と同じく、城を寝床としている者たちの中で、穏やかな気性のミノタウロスにだけ言って、この部屋で寝かせていた。
うなされていたから、心配して濡れた布で顔を拭いてやったりしていたら目を覚まして、そうしたらこれだ。いったい、このニンゲンはなにがしたいのだろう?
わからなくて、首をかしげる。
この手を、ニンゲンはどうしたいのだろう。どうしてほしい?
見たところ、武器の類を持ってはいなさそうだ。攻撃をする気もない。本当にどうしたらいいのだ?
リーリエの疑問はすぐに解消された。
不思議そうに首をかしげ、しばらくすると逆方向に首をかしげるリーリエが、私には何がしたいのか疑問だった。なにを悩んでいるんだろう。
彼女の視線の先には私が差し出した右手。ここには、握手の習慣がなかったか。【ワンダーランド】にはまってから、ゲーム内には外国の人もいて、その国の習慣があって、会う人ごとにその人の国の習慣に合わせていたから忘れていた。
知らないなら、教えてあげればいい。
私は警戒し続ける半獣の白い左手を、差し出した右手で取った。動き出し、肌に触れた瞬間、ビクッと大げさなくらい驚いて飛び上がった白い半獣に、笑みを噛み殺しながら、握り締めたあたたかい手を上下に振った。
「握手、よ。初めてのあいさつ。」
「…あ、く、しゅ?…あいさつ。」
聞きたての新しい言葉を一生懸命覚えようと、繰り返している姿になんだか気が抜ける。その姿は、私の知っているリーリエの姿そのままなのに、彼女に私と過ごした記憶はない。
複雑だが、警戒しているのに手をぎゅっと力を入れて握り返してくれたことには、とにかく安心した。
「これで、私たちお友達ね!」
「…お、と、も、だち?」
「そう。お友達。友情で結ばれたのよ!」
なんともおかしなテンションだが、これも警戒心をなかなか解こうとしないリーリエの心に近付くためだ。私はリーリエがいなければ、この世界ではなにもできない。レベルは高く、身を守り、他者をも守れる力を持っているけれど、リーリエに頼らなければ怖くて前を向いていられない。だれかが私を罵っているのではないかと被害妄想にとりつかれて、目をふさぎ、耳をふさいでしまいたくなる。
純粋な主従関係でも、確かに結ばれていた前のリーリエと違って、今度は平等の関係で始めた。私自身、彼女のことを友達とは思っていなかったから。新しい試みで、恐怖とちょっとの新鮮な気分が混じり合う。
私だけの力でつながっていたふたつの手に、もう一方からの力も加わってより強い結びつきでつながった。
「リアとあなた、おともだち?」
手を自分から力を入れて握り返し、疑問を口にする時のように小首をかしげて確かめてくるリーリエ。その目には、もう警戒の色は浮かんでいなかった。それだけのことなのに、とてつもなく嬉しいことのように感じる。私の意志とは関係なく、目頭が熱くなり、鼻の奥がツンと痛んだ。サッとリーリエから顔を逸らして、鼻をすすり、空いている方の手で鼻の下と両目じりを一度ずつ軽く拭う。
そうして、心を開いてくれたパートナーのリーリエにそっくりなんだけど、彼女じゃないリーリエに満開の笑顔を見せた。
「これで、私たちはお友達よ!」
「…アズサ、おともだち!」
彼女も、穏やかな笑みを控えめに浮かべた。
「リア、リーリエっていうの。リーリエ、アズサのおともだち。」
知ってるよ。とはっきり言うわけにもいかず、「よろしくね、リーリエ。」とだけ返しておく。
人の関係なんて、消えてしまったなら、また一から始めたら良かったんだ。
ふたりで見つめ合い、ふふふ、クスクス微笑んでいると、大きな扉をコンコンとノックする音が響いた。
「失礼」
堅い声音で一声かけて部屋に入ってきたのは、馬だった。ぱっかぱっかとひずめの足音を響かせて室内へと歩を進める。白い半獣と笑いあう私を見つけて、馬の半身を持ったその人は小さく笑んだ。あまりに控えめな笑みによく見なければそれとは気付けない。薄い笑みとは反対に、その額には目立つほど輝いている宝石があった。こちらとゲーム、ふたりのリーリエと同じ、赤い宝石。
あれは私が私のパートナーのために考えた素敵な、はじめてのプレゼントだったのに。茫然としながら馬を見つめる。思考には馬の額に輝くルビーしかない。
私の熱い視線に気づくことなく部屋の中央に置かれた円卓まで進むと、馬は椅子をひとつどかして空いたスペースに四肢を折って座った。それから私たちの方を顔だけ振り返って視界に入れると、
「ずっと眠ったままだったが、ようやく目を覚ましたか。」
今度は逆に馬が、値踏みするように、私を見据える。それこそ、頭の先からつま先まで。温度を感じさせない視線に、居心地の悪さを感じながらも、私の思考は馬の額で占められていた。
「見たところ、結構なレベルの旅人のようだが、なぜあんな場所で倒れていたんだ?」
そんなこと聞かれたって、某政治家のように『記憶にございません。』としか言いようがない。しかし、他のことで頭がいっぱいの今、他に上手い言い訳を考える余裕もなかった。かといって、バカ正直にそう言うわけにもいかず…。
「え…っと。」
さてと。なんて言って切り抜けようか。
この事態をどう切り抜ければいいのか、考え込んでいた私を助けようとか、黙っていたリーリエが口を開いた。まっすぐ前を見て、馬を見据える。
「アズサ、きおくない。だから、なぜ、どうして、わからない。」
倒れていたところを発見したのは、彼女だと言っていた。だからだろうか、私の状態をいち早く把握し、フォローしてくれる。リーリエだけど、リーリエじゃない彼女。けれど変わらず、私を支えてくれる。
なんの色も浮かんでいないリーリエの顔に、真剣さが伝わったのか、馬はその言葉を聞いて「そうか、」としか言わなかった。
身元不明の不審者を確認できて、少しは安心したのか、馬は円卓の上に常備されているティーセットを手近に寄せながら私たちに顔を向けた。
「のどは乾いていないか?よかったらお茶にしないか。ちょうどここに私の作った菓子もある。」
お茶会へ誘う馬の顔は、それはもう嬉しそうで、頬は新しいお茶会友達ができた喜びに桃色に染まっていました。ゲームでもここでも、この馬はどんだけお茶が好きなんだ?
和み始めた室内の空気を引き裂いて、扉が開いた。勢いよく、叩きつけられるようにバーンッと開かれた大きく重い扉は、壁にぶつかって少しだけ跳ねる。
「大変だよ、お兄っ!天使族が町に狩りに来て、仲間が殺られてるって知らせが来たんだ!」
駆け込んできたのは、牛の顔に人の体を持つミノタウロスだった。急いできたのか、息が上がり、肩が上下に忙しなく動いている。腰を曲げ、膝に手を当てて息を落ち着かせるとここでも兄と慕うケンタウロスの判断を待っていた。上下に揺れる顔を見てみると、やはり赤い輝きが額にある。あれって、ここでは標準装備なのかしら?
座っていた四肢を伸ばして立ちあがる馬。瞼をおろし、腕を組んで考え込んでいた馬は、私をチラリと見てひとつ頷いた。
「ところでお前、武器を持っていないようだが、戦えるか?我々は数百年前から、私たちを害する種族たち相手に軽く喧嘩を売っていてな、ここでは必ず役目を負ってもらう。武器を持てるものは戦い、持てないものは戦う者たちの世話をし、幼いものは世話役の補佐をしてどちらかを選ぶが、それまでは両方を見て学ぶ。相手は何分数が多い。人では一人でも多い方がいいんだ、お前はどうだ?」
突然のことに少し驚くが、私を見据える瞳は、真剣だった。真剣さの中に燃え盛る赤い炎が見えた。馬は、ここの人たちを守ることに精一杯なんだ。ここでの死は、ゲームで言うゲームオーバーと同じなんかじゃない。あんなに軽いものじゃない。一度死んでしまったら、もう二度と戻っては来られないのだ。
それだけじゃない、ここに住む人たちは他の種族から爪弾きにされ、狩りの対象となっているけれど確かに生きていて、生きて身を守ることに精一杯なんだ。そんな当然のことをいろんな力に妨害されながら、それでも生きて行こうとしているんだ。
間近で行われた命のやり取りに、怖くて涙が溢れそうになる。けれど、ここで泣いたりしたら一発で戦えないもののレッテルを貼られてしまう。そうなったら、きっと信用されないだろう。彼らが今、欲しているのは戦える人材だ。戦えない者は、きっといらない。それなら、私は戦える者として、彼らに力を貸そう。漠然と感じる、「もう地球には戻れないんだ。」という現実。それを受け入れるから、馬や牛、リーリエたちと一緒に戦って、一緒に生きて行きたい。
装備はゲームのときとすべて一緒だ。だから、できるはずなんだ。祈るように、私は、ゲーム【ワンダーランド】でしてきたようにイメージした。
左腕に付けた手の中ほどから肘にかけてまでのガントレットの手の甲の部分。そこにはめ込まれた赤い石に逆の手をかざす。その中で大人しく待っている私専用の武器をゆっくりと握るイメージ、すると手にしっかりとしたズシリと重い感触。一、二度ギュッと力を込めて握って手ごたえを確かめて、持ち上げる。私の身長を少しだけ超える大きさの金色の弓が、そこにはあった。リーリエを始め馬と牛が揃って驚いているのが空気で肌に伝わってくる。多くはないが少なくもない優越感と、自分を知らないリーリエの姿を突き付けられて、胸を締め付ける寂しさを感じながらゆっくりと、瞼を持ちあげた。
やはり、馬や牛、虎などの半獣がそれぞれ大なり小なり目を見開いて驚く姿がそこにはあった。リーリエは綺麗でかわいいけれど、他の二匹は…なんだか恐怖を感じる。夢に出てきたらどうしようか。なんてことを考えながら、私は馬に尋ねた。これで、
「私は使ってもらえるかしら?」
心の中でホッと安心して息を吐き、顔は内心を隠してニッコリ笑顔を浮かべる。下心もなにもない笑顔付きの問いに、視線をまっすぐ受け止めた馬は茫然となりながらも頷いた。その隣に立ちつくす牛の瞳が輝き、なんだか背後からキラキラと桃色の光が舞っているようにも見える。彼に何があったんだろう。不思議に思いながら視線を馬からずらした。
「あの…なにか?」
苦笑して問うと、牛はビシッと音を立てて両手を体の横に付けて気をつけの態勢になった。次いで右手を顔の横に持ってきて、敬礼!…こちらにそんな風習あるのかしら?
「ぼ、ぼぼぼぼぼボク、ミノタウロスって言います!」
「…はぁ。」
はっきりと「知っている」、なんて言えない。隣に立っているリーリエや茫然としている馬もゲームの中の彼女たちではなかったのだから、彼もまたゲーム内の彼とはまた違った命なのだろう。
ここは、ゲーム【ワンダーランド】と並行世界なのかもしれない。そんなことを思っている間も、私の視線だけはまっすぐに、牛を見つめていた。
「惚れました!ボクと交尾してください!」
頬の桃色を通り越して、牛の顔全体を赤く染めてびっくり仰天告白をした牛。私はいきなりの衝撃発言に固まってしまう。それしかできなくて、私は自分を過大評価していたわけではないが、ある程度冷静で、常にそれを失わない、ある種冷たい人間だと思って生きてきた。けれどここにきて驚きすぎると固まってしまうことを知った。一歩どころか十歩くらい、牛から離れるため、逃げるために後退してしまった。リーリエが駆けてきて、守るように、慰めるように私の右手を両手で握ってくれる。
「おいおい、ミノタウロス。会っていきなり求婚とは、いただけないぞ。」
私が武器を出したときとは違い、落ち着いている馬。苦笑しながら弟を諌める。
いただける、いただけないの話じゃない。逢っていきなりこれでは、牛の精神を疑いたくなる。なんだこれ。茫然と牛を見つめる私。
そんな私の横に立つリーリエは、彼女にしては怖い顔をして、牛を睨みつけていた。どうやら私は、この短時間でリーリエから仲間だと認めてもらえたようだ。少なくとも私のよく知るリーリエは、大切な仲間だと認めないと感情を動かしたりしない。常に微笑んでいて優しいが、その優しさは仲間限定のものなのだ。
しかしこの世界の住人にとって(半獣だけかもしれないが)、「交尾してください」は私たち人間にとっての「結婚してください」と同義のようだ。なんとも浪漫のかけらもない恥ずかしいばかりのプロポーズである。
「それで、なにか急いでいたんじゃ?」
対応に困った末、私は牛の困った言葉、プロポーズそのものをなかったことにした。可哀想だとは思うが、他にどう返せばいいのかがわからない。心では本当に急いでいたんだろう、牛はまた焦った表情を浮かべて、赤かった顔を青くした。襲われている仲間を思ってか、それとも実際に襲われたことがあって、その時目にした光景を思い出しているのか、茶色い毛に覆われた牛の顔が汗に濡れている。
速く、助けなければ!手遅れになる前に…。
牛の顔色を見て、馬は頷き私を見た。
「私たちは仲間を助けに行くが、お前はどうする?」
真剣な、険しい表情をしているから何を言うかと思えば。
愚問だった。私はまっすぐに馬の目を見て、深く頷いた。ガントレットを付けた左腕に右手を添える。私に、異端な色を持って生まれてしまった私を仲間だと認めてくれたこの人たちの力になれるのだったら、私は私の磨き上げた力を使おう。そのことに迷いはなかった。
私が頷いて、その瞳に迷いがないことを認めた馬もまた、頷いた。
「それでは共に来い。」
円卓から離れ、扉から出た馬は部屋の外へ向かいながら、背中越しにそう言った。私は声に出して答えることはなく、頷いて答えとして黙って馬を牛と虎の半獣を連れて追いかけた。
城の外へと出た馬、牛、虎の半獣たち。虎の半獣、リーリエにはきっと戦うすべはない。戦闘要員では、あの白く美しいきめ細やかな肌を維持することは難しいだろう。そこから考えて、今この場に戦闘が可能な人材は私を含めて三人しかいないことになる。彼らの仲間は、現在襲われている者たち以外にはいないのだろうか。不思議に思うものの、言い出すこと叶わず、その分私が働けばいいか、と軽い気持ちで考えていた。けれど体は気持ちに敏感なのか、隠れていた恐怖が顔を出し、足が小さく小刻みに震える。
仲間の命がかかっているんだ。情けない体に、頬を力いっぱい叩いて喝を入れた。震えが止む。
大地を踏みしめ、歩きだすが、馬と牛は一向に武器を持とうとしない。ひょっとして、素手で戦うつもりなのだろうか?彼らの言う天使が、私が眠っているときに見たあの神々しさとは恐ろしいほど違いが目立つ白い翼の生えた奴だとすると、それは無謀という名の馬鹿だ。さすがは馬の半獣、と言ったところだろうか。
黙っているのにも耐え切れず、ついに声に出したのは歩き始めてからしばらく、荒れ果てた一面黄色い大地を抜けて碧い森へと入った頃だった。…もしかして手遅れだっただろうか?
「あの!」
声を上げた私に、三人の刺さるような視線が向けられる。私だってわかっている、今この瞬間にも仲間の命が消されようとしていることくらい。けれど、だからこそ、私は問わなくてはならない。
武器も持たないその手で、あなたたちは一体なにを守れるというのだろうか。
一度遠目で見ただけだが、あの血濡れた天使は話の通じるような相手だとは思えない。ならば、やはり力によって大切な仲間の命を守らなければならない。それにはどうしたって武器を持っていた方が希望が持てる。牛は部屋に駆け込んできたとき、またと言っていた。ならば天使の襲撃は前にも少なからず一度はあったのだろう。そこから、彼らも天使の力を学んでいるはずだ、にもかかわらず、彼らはそれを持っていない。
「武器を持たないんですか?見たところ、あなたたちは私のような武器の入れ物を持って言うようには思えません。武器もないそんな状態で、天使とどうやって戦うんですか?」
あなたたちは行おうとしているのは、救済ではなく、リーダーが助けに来てくれたと希望を胸に抱いた仲間たちを絶望に突き落とす行為だ。
そう言おうとして、さすがに言い過ぎかと思いなおして止めた。彼らには、仲間となってから日の浅い私にはわからない作戦があるのかもしれないのだ。新参者が、深いところまで上がりこむことはない。彼らだって、これまで戦ってきているのだ。武器も作戦もなく、闇雲に敵へ特攻をかけたりはしないだろう。そんな、馬鹿じゃあるまいし…。
「我々には、この精霊王の与えたもうた強靭な足腰がある。武器を持つ天使だろうと、この後ろ脚を食らえば一発だ!」
馬鹿だ。馬鹿じゃない、馬鹿じゃないと信じ込もうとして言い聞かせてきたが、こいつは馬鹿だ。それも救いようのない馬鹿だ。どうしてこいつがリーダーやっているんだろうか?他に人材はいなかったのか。いないほど人手不足なのか。足りないのは脳みそか武器か。振り返ってみると、残る牛と虎も不思議そうに首をかしげている。君たち、それでよくここまで生きてこられたね。
あまりのことに、初めての戦闘に強張っていた全身の力が抜けていくのを感じた。所詮脱力。あれ、四字熟語?
とにかく、このまま行っても待っているのは全滅という絶望だ。私はとにかくこいつら三人から再教育を施すと決めた。相手が同等ならいざ知らず、チームの頭が空っぽでは話にならない。まずは武器の大切さを説くとするか。
「それを知っている天使が、わざわざ殺されにうま…、ケンタウロスの足元までいくとは思えない。よって、その作戦は失敗します!っていうかそれ成功したことあるんですか?あるなら絶対、私に任せてもらえば負けることはありません。」
一言目の言葉は図星だったらしく、ギクリッと肩を震わせた馬。言葉全体の衝撃で、一部の失言は聞かなかったことにしてくれた。さりげなく啖呵もきってしまったが、まあ、大丈夫だろう。実際、こいつらと同じくらいの馬鹿なら負ける気がしない。私だって、だてにゲーマーをやっていたわけじゃないのだ。
武器を持っていない救世主四人は、いったん休憩、とばかりにのんきに青い森の中、ちょうどよく適当な距離を開けてあった切り株と二メートル近い岩に座りこんだ。ひとり、戦闘要員ではないリーリエが見張りも兼ねて高い岩の上へと駆けのぼる。
「いいですか?私としては常識だと思っていたんですが、普通は武器を持ち、防具を持っていた方が戦いにおいては有利です。それはもう、素手で戦うのとは月とすっぽん、クジラとミジンコと言うくらい違います。」
人に教え込むという行為、教える内容、初めてのことが重なった緊張で、ところどころに「普通は~」「常識でしょう?」などの辛味が入ってしまう。普通じゃないことが虎馬だった私がその単語を使うのは不思議な気分だが、そこはご愛嬌と馬のあまりにも度が過ぎた馬鹿で能天気さに対する私のストレス発散だ。こんな特典がないとやっていられない。そのくらい彼らの無知ぶりは酷かった。
馬たちからの質問も時々受け付けて、戦闘講義は進められていく。その中でわかったのは、戦闘方法はゲーム内での戦闘となんら変わりはないこと、天使と悪魔は近接戦闘が得意なこと、エルフとダークエルフは政令魔法を使用するため遠距離からの攻撃が主な役割であること、そして、人数はこちらの方が断然不利であること、などである。しかも、リーダーが馬鹿なら、下もまた然りと言うか…、半端者と呼ばれる者たちはなぜか根拠のない自信に満ちているようで、戦闘訓練も経験ないにもかかわらず勇気だけは一人前でこれまでは皆素手で天使や悪魔たちに挑んでいたらしい。それでよくここまで生きてこられたものだ、と感心するが、やはり死者の数はこの一週間で四ケタを超えていた。馬鹿としか言いようがない。
しかし、立地条件は半端者たちが有利だった。荒れているとはいえ、半端者の城を囲む土地には鉱山や湖に森や山が揃っている。武器を創ろうと思えば作れる環境にあったのだ。足りないのはその土地を使うものの頭だ、やはり。
城には今、私たち以外の者はいない。仲間のほとんどは半獣で、人間は四分の一の人数しかいなかったらしいが、その人間はリーダーの馬鹿さに愛想を尽かして出て行ってしまった(同じ人間の町へ出稼ぎに行ったと馬は思っている。なんとも幸せな頭だ)、まともに自分たちの置かれた現実を考えられる人間が残っていたならば、今日のような悲劇にはならなかったかもしれない。かつてはあの城も、古くてボロいながらも大勢の仲間でにぎわっていたらしいが、今はその影もない。出て行った人間が四分の一、襲われているという町へ行ったものが四分の一、あとの半分は戦闘中行方不明になったか、跡形もなく消された。
聞くところによると、残った者たちは一様に強靭というか頑丈というか、とにかく丈夫な強い体と強運を持っているようだから、大丈夫だとは思うが、速いところ助けに行かなければ運も尽きるかもしれない。こいつらの能天気ぶりを正すためには全員を鍛えなおさなければならないだろう。頭だけでは足りないのだ。…まともな人材は愛想を尽かして出て行ってしまったし。
リーダーは仲間の命を預かる重要な立場だ。にもかかわらずこの有様。仲間の半分もの命を消し去ったのは馬だ。けれどそう言って現実を突き付けたところで、彼らは理解しないだろう。馬たちは今、戦って自分たちを守ることに酔っている。そうして英雄、リーダーと呼ばれることに快感を感じ、無知ながらも他人の命を握っていることに夢中なのだ。
講義と題して止めたのは私だが、速く助けに行こうと再び歩き出すように急かしたのも私だった。
町はまだ遠い。
「私たちは駆けた方が早い。」
その言葉を聞いて、私は馬の背中に飛び乗った。横では牛と虎が同じく走っている。景色は先ほどまでとは違い、流れるように変わっていった。森の緑を抜け、町が近づく黄色へと景色の色が変化していく。遠目からでは、目的の町は現代地球のヨーロッパの街並みに似ていた。馬の上半身(は人です)に腕をまわして落ちないよう気をつけながら背中を超えて正面を見る。徐々に小さな、遠目からはテレビの観光番組でよく見るヨーロッパのようで美しく見えたが、実際に行ってみるとあまり整備されていない町が見えてきた。広いとは言えない町の中央と外れからはひとつ、ふたつ、黒と灰色の煙が上がっている。あそこで戦闘が行われているようだ。
私は効率を考えて二手に分かれることにした。
この中で、馬はリーダーだからまあまあ戦えるだろう。牛も、講義中もっともまともな答えを出していたのは彼だったし、仲間たちの危機に焦る心もある、判断力もあるようだしなんとかなるだろう。問題はリーリエだ。
彼女は戦う術をまったく持っていなかった。それどころか、得意だろうと思っていた治療魔術でさえも、こちらのリーリエは知らなかったのだ。突然、パートナーであるリーリエが懐かしく、恋しくなる。パートナー・リーリエの治癒魔法はあたたかく優しいのだ。それが怪我してもいない今、無性に受けたい。
結局私は、この異世界規模で見ても最強クラスに入るであろう私と最弱クラスであろうリーリエ、まあまあ戦えるレベルの馬と牛コンビ。向かうのは一層酷い音を発している町の中央広場へは私とリーリエ、なんだか静かになっている町の外れへは馬牛コンビが行くと決めて、町の入り口で分かれた。再びここで出会えるように祈りながら、騒音を生み出している広場へ向かう。
視線だけで横を見ると、白い虎の半獣が寄り添うように走っていた。その美しい顔には不安そうな色が浮かんでいる。ゲームの彼女と違う場所なんてないのに、彼女は、“彼女”じゃないんだ。怪我をしても、治してはもらえない。
不利過ぎる状況に失望し、小さく震えるのを武者震いだと思い込もうとしながら、私は走った。目の奥が熱くて、鼻にツンとくる小さな痛みなんて、感じないと自分に言い聞かせながら。
まっすぐ走り、広場へ向かう。
ベージュの壁を何百メートルと走りぬけて、いつもなら市場で賑わっているのだろう開けた場所へ出ると、そこにはまさしく地獄絵図と呼べる光景が広がっていた。普通の地獄絵図とちがうところは、中央には悪魔ではなく白い羽を持った天使が立っていること。そして、天使の体にはおびただしい量の赤黒い血液が飛び散っていること。なんともスプラッタなエンジェルである。これも、ある意味天使のお迎えなんだろうか?こんなグロい天使にお迎えに来られても嫌なんだが。
広場には直径三メートルほどの噴水があった。もとは白かっただろうそれだが、今は赤く染められ、流れる透明だった水分は、今は赤いドロドロとしたものに変っていた。白いブロックが埋め込まれた大地には、赤くペイントが施されている。広場に面した店にもまた、死者の臓物などが飾られていた。喉に焼けるような熱さを、何かがせり上がって来る感覚があった。素早く口を手で覆って、唾を飲み込んでなんとか耐える。それでも香る濃い血の匂いに吐き気が止まらない。けれどそれと同時にどうしようもないほどの怒りを感じていた。ここにいるのは、元は馬や牛、そしてリーリエたちの仲間なんだ。
そうでなくたって、死者への冒涜が過ぎる天の使いに、私の怒りが降り注げばいい!
リーリエに後ろに隠れているように言いつけてから、ふと横を見てまた新たな臓物を飾りに来た天使を見つける。何が楽しいのか、ニヤニヤ笑いを浮かべている天使に一瞬で出した弓を引き絞り、イメージで言うところの出力ゲージマックスの状態で弦を放す。私の中に、もう恐怖はない。あるのは、自分ではどうしようもないほどの怒りだけだった。矢はキューピットとして語られたこともある存在の頭を正確に打ち抜いて光となって消えた。思考の中心を失った羽つきの体は重力に逆らえず地に倒れる。ビチャッと音がして、誰のものかわからない血が跳ねた。ゲームにはなかったリアルすぎる感触。
私と同じほどの厚さの肉を貫いた音が、耳の奥に木霊する。
左右を見回す。地球はスペイン王、フェリペ三世がマドリードを首都と定めたときに作らせたという、かつては闘牛や罪人の処刑が行われたマヨール広場によく似た、赤レンガの集合住宅に囲まれた広場全体が見通せた。
私はもう一度弓を絞り、何本もの矢をイメージ。光となって五本の矢が現れると、再び出力マックスで弦の手を放した。矢が正面の天使の頭、狙い目は額に輝く青い宝石だ。射抜いたことを確認する間もなく、再び同じ動作を、体の角度も変えながら何度か繰り返す。広場のあちらこちらで、石の落ちる高い音が聞こえた。どうやらあの宝石は、宿主が死ぬと額から離れるようになっているらしい。
十回ほどその動作を繰り返していると、気がつけば死の騒音が充満していた広場に、静けさが広がっていた。
広場を見回して、羽の生えた存在が立っていないことを確認する。背後に隠していたリーリエを振り返って、眉根を寄せて心配そうな色を浮かべた彼女に頷いて大丈夫だと伝えると、リーリエは弓をしまった左手を右手で握って、気付かなかったが汗をかいていた顔の右頬を左手で撫でた。集められた水分が水滴となって頬を流れ落ちる。その水滴は不思議なことに幾筋も流れ続けていた。最初の雫は冷たかったが、二筋以降の水滴はあたたかくて、頬よりも上から流れ落ちてきているように思えた。
「…アズサ…。」
頬を撫でていた左手を頭の後ろに持っていくと、リーリエはその手を引き寄せた。彼女の方へと傾く私の体。左手を握っていた白い右手も背中へ回って、上下に撫で始めた。あたたかくて優しいその感触に“汗”が止まらない。
長く感じたが、実質数秒間、そうしていた私たちだが、小さく耳に届いたうめき声で我に返った。ここは数十秒前まで戦場だった場所だ。頭を狙って射ていたが、射た瞬間から後は確認していなかったために射損じた標的がいたのかもしれない。
私は顔中の汗の後を拭いながらリーリエから体を離し、彼女を背中に庇いながら左手に弓を持った。
うめき声は噴水の近くからだ。左右に眼を走らせて警戒しながら歩を進める。前を歩く私の背中にリーリエがそっと、軽く手を当てるのを感じた。それだけで、私の心に「大丈夫だ」という自信が湧いてくる。
一歩三十メートル間隔で進んでいく。広間の中央、赤く染まった噴水前に辿り着くまで、ちょうど百歩かかってしまった。その間、周囲を警戒して進んだが他に生存者はいないようだ。ここでは天使の亡骸がほとんどで、形が残っている半端者と呼ばれる彼らの躯はほとんど残っていない。すべて形をなくし、店先に飾られたようだ。
うめき声のもとへ辿り着くと、それは自身のかそれとも他人のものか、赤く染まった翼を持っているため、一見天使に見えた。うつ伏せに倒れたソレは小さく震えるように動き、うめいている。しかしよく見ると、声はこもっているように聞こえた。どうやら天使は声の主にのしかかっていて、本当の声の主はその下にいるみたいだ。リーリエを見て、お互いに通じて頷き合う。気持ち悪いけれど、そうも言ってはいられず、二人がかりで何重にも布を重ねた豪勢な服が血を吸い、全身の力が抜けて重たくなった天使をふたりがかりで横へ押し、どかした。下から出てきたのは、幼いエルフ、にしては耳の長さは人間とほぼ同じ、けれどエルフ特有の尖り具合が、純粋な人間とは思えない、不思議な少女だった。少女だった。きっと、どちらの血も入っているのだろう。段々と薄れていっているのではないかと考えていた。クォーター、だろうか?
どちらにしても、彼女は私たちと同じ、天使にも悪魔にも受け入れられない存在、半端者だ。
彼女は自身に振りかかった突然の悲劇に半ば茫然とし、もう一度うねり声をあげた。すると落ち着いてきたのか、大きな丸い瞳に涙の膜が張る。そして一時と経たない内に、天へと昇る龍の咆哮のような大声を上げて泣き出した。
私に背を向けて、真正面に立っていたリーリエの人の上半身に抱きついて大粒の涙をこぼす。リーリエの小振りな胸に顔を埋めて泣く少女の横顔を見つめながら、私は安堵の息を吐いた。恐ろしい体験をして青白かった少女の頬が、段々と桃色に変わっていく。
もう大丈夫だろう。
そう思って、私は立ちあがった。念のため、もう一度生きている敵がいないか確認しに広場を一周する。
リーリエと助けた少女のふたりに背を向けて、私は歩き始めた。少女の上から天使をどかせるためにしまっていた武器の弓をもう一度しっかりと手に握りしめながら。
こんな言い方は嫌だが、敵がきちんと死んでいるかを少し乱暴に蹴りつけて確認しながら歩き、半周ほど回り、ちょうど円の反対方向にリーリエと少女が見えるところまで来て、私は立ち止まった。膝を覆い、太ももまでのニーハイブーツのつま先は、天使の翼を染めていた赤黒い液体で、同じように染まっていた。あの凶悪な存在と同じ場所に、同じような立場で立っているのかと思うと吐き気が襲う。
口元に手を当て、腹の底からせり上がって来るような酸っぱい感触をやり過ごす。目をつぶり、これからのことを考えて気を紛らわせた。
効果はすぐにやって来て、私は一度深く息を吸って、吐いて、の動作をしてから顔を上げた。目の前を見て、私がこの場で、全力で守るべき唯一の存在である彼女たちから目を離してしまっていたことを恥じた。彼女たちには身を守る武器がないし、彼女たちの周りには二ケタ近くの残骸が横たわっている。
私の視界の中でその残骸の中、仲間とともに横たわっていた一体が、背中にどす黒いオーラをまといながら最後の力を振り絞っているとわかる、震えた腕で、そばに落ちていた鋭利なナイフを握っていた。ギラギラと輝く瞳が見つめていることを、彼女たちは気が付いていない。どうにかしなければ!
幸いにも、私の武器は遠距離の敵も狙える弓だ。弓道やアーチェリーの経験はないが、私の命中率は良い。ここからでも、無防備な彼女たちを救える手段は持っている。
彼女たちを救えるのは、私しかいない!
その事実に今一度気がついてからの私の行動は速かった。自分では無意識のうちだったのだが、すべてがスローモーションのように見えていたが、あとでリーリエに聞いたところ、私のいる方向からただならぬ気配を感じたらしいから、きっと速かったんだろう。
弓を構えてから矢を放ち、最期の力を振り絞って標的を狙う敵を射抜くまで、私の視界はすべてをスローモーションで映しだし、顔の筋肉は限界まで力を抜き、無を浮かべていた。
突然背後で音がして驚いたリーリエと、彼女で見えなかった向こう側で何があったのかと、抱きついていたリーリエが突然叫んだことに驚いた彼女たちふたりの小さな叫び声で我に返った私は、ふたりの無事を体で実感するために駆け寄った。
ふたりは間近で射られたことがとても怖かったようで、二人して駆け寄ってきた私の体に抱きついた。腰に腕をまわして胸に顔を埋めるリーリエと、足にしがみついて涙する少女。
そう言えば、少女の名前を聞いていないこと、そもそも彼女の泣き声以外の声をまだ聞いていないことに今、気がついた。遅いというなかれ。それほど三人で切羽詰まっていたのだ。ギリギリの精神状態だったのだ。
反省点を生かすため、私は早速、少女の名前を聞いてみることにした。
そっとふたりの体を安心させるため優しく軽く叩きながら、はがして向き合う。「大丈夫、大丈夫。もう怖いの、いなくなったからね。」そうささやくように言いながら動いていくと、ふたりとも素直に涙をぬぐいながら離れて行った。離れるあたたかいぬくもりに、もう大丈夫かと安心するとともに切なくなる。
正面にきた少女の顔、額には薄い桃色の丸い宝石、パール。
「私はアズサ、彼女はリーリエっていうの。あなたのお名前を教えてくれる?」
膝を地に付き、目線を合わせて問いかける。地球ではあまり接することのなかった子供。どうやって扱えばいいのかがよくわからないが、とにかく優しく真心を持って接すれば大丈夫、なんとかなるだろう。
名を呼びながらリーリエをチラリと見ると、彼女も声に合わせてにこりと微笑んでくれた。リーリエの微笑みはあらゆるものを安心させる力があると、私は思っている。
その効果が出たのか、恐怖に震え、泣き叫んでいた少女は、予想よりもしっかりとした声音で答えてくれた。目は依然として潤み、中に頑張って作ってます、年上ぶった私が揺れていたが、彼女はまっすぐ私を見つめて言った。
「わたし、アイリス…。」
声を出すと、ぽたり、と雫がひとつ、頬をすべる。
「お父さんかお母さんと、一緒だった?」
そう聞くと、頬を流れる雫の数が一気に増えた。瞳を閉じ、歯を食いしばって何かを堪えている。触れてはいけない彼女の心に触れてしまったようだが、聞かずにはおけない、聞かなければ、彼女を親元に届けることも、それが叶わなければ他の策を練ることも、どちらにも進めないのだ。
申し訳なく、心から思い、表情で謝りながら、私はアイリスの名前を呼ぶことで促した。彼女は賢い子だった。きちんと私の意思をくみ取り、今度は声を震わせながら答えた。握り締めた小さな手も、小刻みに震えている。
「…お、お母さんとは、逃げている途中で、はぐれた、の。……おと、おとおさんとは…」
そこまで言って、耐えきれなかったのか涙を滝のように流しながら、しかし今度は誰にも頼ることなく、抱きつくことなく、ひとりで立って泣いていた。
促すことなく、次の悲しい言葉を待つ。残酷だが、半端者の置かれている状況を、詳しく知っていたかった。この広場を惨劇の現場に変えてしまったあいつらの行いを、聞いてみたかった。
「…、おとおさんは、にねんまえに…悪魔のしゅうげきをうけたときに…!…殺されて、したいは…、まじゅーに、あたしの…めのまえで、たべられ、て…!」
言葉に詰まり、苦しそうに嗚咽を漏らしながらそれでも、アイリスは言葉を続けようとしていた。彼女自身がここですべてを吐き出して、少しでもつらい過去を昇華できるなら、待とうと思った。この世界を、ゲームと重ねている私は、身近な存在となったアイリスや、パートナーととてもよく似たリーリエの置かれている状況、そして私自身がおちた世界を知らなければならないから。生きるために。
「…やつらは、いつもそう。お父さんみたいに魔獣に食べさせるか、今日みたいにぶんかいしてかざるか、…」
そう語るアイリスの瞳は、潤んで輝いていた先ほどとは違い、父親を殺され、目の前で無残にも魔獣に食い尽くされた恨みだろうか、恐怖だろうか、暗く沈んでいた。アイリスの声が途切れ、沈黙が私たちを包む。静かな落ちた空気が嫌なのか、アイリスは俯いた。小さな肩が小刻みに震えている。
リーリエが震える体を抱きしめ、私を睨む。
絶望を知った彼女の言葉だが、ひとつ希望が残されていることに気付いた。そのことが嬉しくて、自然と顔に笑みが浮かんでしまう。
「ならアイリス、お母さんを探さなくちゃね!アイリス、お母さんのお名前は?」
声を聞いて、アイリスはハッとして勢いよく顔を上げた。小さな声で、「ダリア。」と答えた。悲しみを抑え込もうと無理をする子は好きだ。放っておけなくなる。リーリエはまた私を睨んだが、アイリスの希望を見つけたような、輝きだした顔を見て、考えを改めたようだった。「しかたがないわね。」と言いたそうに、眉根を寄せ、肩を上下させる。
「アイリス、どこでお母さんとはぐれたの?」
「町の西側から、広場に走っている間!」
「きっと、そのどこかにいる!」
「でも、お母さんは医者で。傷ついている命を見ると放っておけなくて、どんな奴でも構わず治療するから…。」
「それじゃあ、お母さんは怪我している天使や半端者たちを放っておけず、自分から戦場に飛び込んでしまうかもしれないのね?大変だわ、急ぎましょう!」
二人の了解を得て、私は先頭を走りだした。アイリスがお母さんとはぐれたのは、きっともう一つの戦闘の中心部だ。あそこには馬と牛のアニマルコンビがいる。武器もない中で、そう長くも戦わせてはいられない。なぜもっと早く思い出さなかったのだろうか、もしもふたりになにかあったなら、私は一生悔いるだろう。
逸る心を落ち着かせ、全力で駆けようとする体を抑え込む。こちらには私の胸のあたりまでしか慎重のない、小さなアイリスがいるのだ。全力で駆けるわけにはいかない。ここで彼女とはぐれてしまっては、元も子もないのだ。今、私たちは彼女の母親を助け出し、アイリスを母親と巡り合わせるためにいる。
*
あれ、リーリエって子供くらい抱えて走れなかったかしら?
それを思い出し、アイリスをリーリエに抱えてもらって、私たちは全力疾走でここまでたどり着いた。広場からここまで来る間、私たちはとても残酷な光景を目の当たりにした。
そこら中の、元々は白やベージュなどの色だっただろう壁や大地が、倒れ伏して冷たくなったここの住人たちの血で汚れていた。
中には腹を掻っ捌かれ、開いた傷から中身を引っ張り出されて窓から吊り下げられている人がいたり、熊の毛皮のように真ん中から全身を切り開かれてカーペットのように大地に敷かれた人もいた。それらの残酷すぎる光景を目にするたび、天使や悪魔への暗く、燃えたぎる思いが胸を焦がす。この気持ちをどう、消化すればいいのか、今の私には理解できない。
敵を目の前にしたとき、自分の中に踊り狂っているこの思いを抑えられるか自信がない。奴らを見たら、手当たりしだいに矢を射てしまいそうだ。弦を絞り、出力マックスで手を離してしまう自信の方が、強く胸に宿っている。そうなれば、そこで頑張っていた馬たちの統制を乱してしまうことになってしまう。
私は何かに集中していると、他のことは目に映らない人間だと、幼馴染の少年に言われたことがある。だから今、この場合も、他のなにかに集中してしまえば何とかなるんじゃないかと思うのだ。ここでの何かほかのこと、とは、当然アイリスの母親を探すことである。
よし、決めた!それでいこう。
決めた後の行動は、自分で言うのもなんだがとても速い。幼馴染たちとファミレスへ行ったときなんかも、食べたい物を選ぶと、一緒に来た幼馴染がまだ悩んでいるのをしり目に、すぐにでも注文を済ませたいタイプだ。世の中ではこういった人間を自己中やKY(空気読めない)と呼ぶらしい。
余談だが、誰かに「KYだね。」と言われたら「私はKYじゃないよ、AKYだから!」と返してみよう。「それじゃ仕方ないね。」と同意されるか、「はぁ?」と呆れられるかのどちらかだと思うが、私は圧倒的多数で後者だと思う。勇気のある人はやってみるといい。私はどのような結果を迎えようと、責任はとれませんのであしからず。
そんなことを考えているうちに、リーリエに抱かれたアイリスの「あ、お母さん!」という声で、私の集中素材が発見できたことを知った。
長いようで短いクエストだった。ゲームなら報酬はどれくらいだろう?と考え始めて、私は愕然とした。
私はこの世界を、ゲームとは違う。私の生きていた世界とも違うのだろうと、頭では理解していたつもりだった。しかし、無意識にでもこれをクエストだと思っていたこと、報酬の計算をしてしまったことで、自分の頭の甘さに気がついた。
どういうわけか流れついたこの世界を、私はまだ現実だと受け止めきれていない。心の中で、まだ夢にいるんじゃないか、とか現実と思っていない節があることを知った。
認めたうえで、先ほど抱きしめたリーリエとアイリスのあたたかいぬくもりを思い出す。あれは、作られて生み出された人工のぬくもりではなかった。地球では、私にぬくもりを与えてくれる人はそうそういなかった。母か、同性の幼馴染ぐらいなものだ。父ももうひとりの幼馴染も、成長するにつれてコミュニケーションを取ることが少なくなっていったから。
アイリスを抱き抱えていた腕から下ろし、ようやく見つけた母親に向かって走りだそうとする少女の小さな手を握って左右を見回しながら、彼女なりに安全を確認しながらゆっくりと進むリーリエを視界に映しながら、私はいまだに自分の心の中を見据えていた。どうしようもない無気力感が私を襲う。
少女を救いたい、母親と会わせてあげたいと願って、叶えようと思っていたあの思いは、すべて嘘、虚構だったのだろうか?
自分が分からない。
確かに感じていた思いを、このときの私は誰かに作られ、操作された感情なのではないかと、疑っていた。
「アズサ、」
リーリエの呼ぶ声に、私は沈んでいた意識を現実に戻した。そう、これこそが、私の現実。
視界に地球ではありえない姿のリーリエと、ギリギリセーフのアイリスが心配そうに私を見つめていた。ただでさえ母親を心配しているだろうアイリスにさらなる心労をかけているとは、年上である身ながら情けないことだ。目を潤ませているアイリスの目じりを指先で撫でて、「大丈夫」と微笑む。少女の肌に桃色が帰ってきたのを認めて安心する。
リーリエが睨みを利かせている理由が、私にはわからなかった。アイリスも安心してくれたし、私も戻ってきた。これでいいじゃないか、何を怒っているのだろうか?
落ち着いたなら、まだ小競り合い程度だが、決着のついていないらしいこの場を何とかしなければならない。さて、どうしたものか。大きくて戦闘時以外は邪魔な弓をしまい、腕を組んで考える。私はこの動作が、いかにも考え込んでいます、ということを前面に出せて好きだった。
進んできた道を背中に、首を左右に回して戦っている面々を見つめる。
天使はもう残すところ五人だった。残って戦っている天使も、疲労困憊、息が切れ、体のいたるところに傷を負っている。純白だっただろう空を飛べるほど大きな翼も切り落とされ、痛々しい傷が赤く染まった衣の裂け目から見える。それに対峙するは馬と、それ以外は初めてみるメンツが二人ばかりで、彼らに関しては来たばかりの私にはわからないが、天使と対峙して、馬と共闘しているということはきっと、仲間なんだろう。
他に生きている天使はいないかどうか、注意深く、生きている者の気配を自身の神経を研ぎ澄まして探りながら見回して確認していく。その合間、合間に横目で馬たちを確認。心配しているわけじゃない。馬にはこれまでかれの無茶なリーダーシップで散って行った命に対する責任を負わなければならないし、これまで生きてこられたんだからこのくらいの戦闘、どうにかしてもらわなくては話にならない。
彼には、ここまでの道のりを走りながら考えた私の計画を手伝ってもらわなければならないのだから。本当ならばもっと気心知れた仲の者に頼みたかったが、その彼がこの世界にいないので代打を立てるしかない。
それには、このくらいの人数を三人がかりで仕留めているようではダメなのだ。三人で五人の天使の相手をしているということは、まあまあ使える程度の腕前なのだろう、三人とも。私の計画は壮大だ、それを叶えるためにはどうしても強力な力が必要となる。
見回して、使える者や無事な者、生きている者を見つけ出す。
生きている者に関しては、アイリスの母だという人間にしては耳が長いが、雰囲気と言うかここにきて読めるようになったオーラと言うか、そういったまとう空気がどちらかというと私のような人間(ここではまだ会ったことはないが、)のそれに近いような気がした。
突っ立っていても仕方がない、と私はアイリスの母を手伝おうと、彼女のもとへ駆け足で向かった。そのとき背中に、アイリスが止めるように呟いた気がしたが、命を救えるかもしれないという目の前の大きな光に惑わされていた私には聞こえなかった。
十メートルほど駆けて行って距離が五メートルを切ったあたりから減速し、アイリスの母、ダリアさんの背中から一メートルほど離れた場所から、ゆっくり走るようなリズムで歩きながら「手伝います!」と大きな声を出すために息を吸う。
吐きだそうとしたその瞬間、聞こえてきた怒声に私は使い古されたパソコンが上げるシャットアウト時の音とよく似た音を聞きながらフリーズした。どうなっても、再起動できないんだけど、どうしよう。
「ぐずぐずするな!貴様ら、そんなのろまな動きで誰の命を救う気か!」
「はいぃぃぃ!」
なんだこの人!怒鳴った美人のエルフを見て、思わず目を見開く。普段はクールで通っている私が、崩れてしまった。それほど、美人の発した言葉とは思えない怒声を耳にした衝撃は凄まじかった。
どなり声に答えて、名も知らぬ美しい金髪に額に水色の宝石が輝く麗しい面を恐怖で青くした、綺麗に耳の尖った彼は、うめく仲間の方へなにやらいろいろ抱え込みながら、腕から溢れるほど抱え込んだ荷物を落とさないように器用に駆けて行った。目で追うと、患者のもとへ着くと怯えていた表情が嘘のように、相手を安心させられる優しい笑みに変わっている。彼も医者か。
私に背中を向けて、天使に腹部を斬り付けられて倒れこんでいる怪我人の手当てをするダリアさん(呼び捨てとか、怖くて無理!)。背中で私の視線を受けているから、気付いていないだろうな、と思い込んでいた。優秀な医者というのは、どうやら生きている気配にも敏感らしい。
ダリアさんはチラリともせず、応急処置を施す手を休めずに先ほどよりはやや優しい穏やかな声音で声をかけてきた。先ほどのやり取りを聞いた直後なのだ、体がびくりと反応してしまうのは仕方がないだろう。
「あなた、アイリスを守ってここまで来てくれた子だね。」
応急処置で使用したのか、余った包帯を手元に戻してくるくる丸めている。目はもちろん、顔さえもこちらを向いてはいない。後ろにも目があるみたいに、彼女は正確に娘がここに到着したことを知っていた。私たちがやってきた道は、ダリアの背中から見るとほぼ真正面にある。彼女にもしも、背中の目があるとするならば、とても見やすい場所だろう。
「…あの、なにかお手伝いができればと思って、来たんですが。」
「文字通り、駆けつけてくれたわけだ。」
「…はい。」
怖くない、至って普通のやり取りを交わしていくうちに、地獄絵図とは違う種類の恐怖を感じさせる、先ほどの怖い映像は夢だったのだと思い込もうと頑張る。しかしその努力も、次のダリアさんの言葉で打ち砕かれた。
「ごめんなさいね、あの馬鹿がちんたらのろまだから、あなたに手伝わなければと思わせてしまった…、でも安心して?あとでこってり絞っておくから!」
ようやく振り返ったダリアの顔は、赤い宝石がよく似合うなんとも美しく、その表情はとてもよく晴れた日の青空のように澄みきった笑顔だった。心なしか笑顔の周りにキラキラと輝く星たちが見えた。状況は違えど、きっとアイリスの満面の笑顔も、星が輝くほどかわいらしいものなんだろう。今は憂い顔しか浮かべていない守った少女を思う。
さっき見た真剣だからとかいう理由で怖いのとはまったく違う理由で怖かった顔も、大きくて広間だけじゃない、和太鼓のようにお腹にまでずっしり響くどなり声とはまた違う静かなんだけれど、地の底を這うような低い声で言われて、走り去った彼の身を心配してじゃない。私が役立たずだと言われるのが嫌で、ダリアさんと同じように広場に響き渡るだろうということも考えずに、思ったまま行動してしまった。
「そうじゃなくて、純粋に!」
叫びにも近い声量で言ったのに、静かに答えてくれたダリアさんの声が胸に響いた。
「ありがとう、でもここはあなたの戦場ではないわ。私たちの戦場なの。」
その言葉が、武器を持って戦ってはいなくとも、医師もまた命のやり取りをしていて、それは時間との戦いなんだと実感させられた。
ハッと息をのんだ私を見て、ハーフエルフの医師は苦笑した。
「ここはいいから、どうかあの子を守って?あの子、なにも自分を守る術を持っていないから。」
もう一度息をのむ。私は、ここへ来て、ダリアさんを見つけて、アイリスを守り切ったつもりでいた。けれどそれは間違いだ。ここは戦場で、戦っていないとはいえ戦い、武器をぶつけ合う者がすぐそばにいるのだ。危険の度合いは変わらない。
なぜ不用意に安心してしまったんだろう。一度切れた緊張の糸を再び堅く結び合わせることは、なかなかに難しい。けれど、今日はこうして面と向かって「娘をよろしく」と言われたのだ。気張らなければ女がすたる!
私はきりりとした瞳でまっすぐに私を見つめてくるダリアさんの視線をしっかり受け止めて、深くうなずいた。アイリスは私が全身全霊で守り通します。だから、あなたはあなたの戦場で、思う存分戦ってください。
見つめ返す瞳に思いを込めて、私は踵を返した。向かうのはダリアさんの愛する娘のもとへ、そして、私のたったひとりのパートナーのもとだ。
再び十数メートルを走って大切な命たちのもとへ帰る。
私が駆けだす前とほぼ同じ場所にいたふたりは、片方は心配そうに瞳を潤ませ、もう一方は「おかえりなさい」と声をかけてくれた。
ただいま、と声をかけて再び、なにが見舞っても対処できるように、ふたりを守りきれるようにと弓を出して握る。だけどずっと持ち上げているのはつらかったので、片手で握りしめながらもトンっと地に下ろした。
「お母さん、怖くなかった?」
私が母の前に向かってしまい、どうしたらいいのか分からず、助手の彼のようになるのかと心配してくれていたのだという。両手を胸の前で祈るように組んでいるアイリス。ここでは天使も敵だ、いったい誰に祈っているのだろうか。
そう言えば、ここに信仰とかあるのだろうか?
純粋な疑問が、再び湧きあがってきた。
っと、自分の半ばどうでもいい疑問は置いておいて、今はアイリスの心配を取り除くことが先決だろう。結論が出たので、さっそく行動におこす。
「最初は助手?の人怒鳴ってて、怖そうな人だな、って思ったけど実際に話してみるとそうでもなくて、本当は逆で、アイリスのことをとても大切に想っているんだな、って感動したよ。」
私はダリアさんと話して、思ってことをそのまま言った。その言葉たちに驚いたのか、娘であるアイリスは大きな目を見開いて驚いた。小さく「あの人が?」と繰り返している。
聞くところによると、ダリアさんは仕事人間で、ほとんど家に寄り付かないそう。今日はそんな母と娘で久しぶりに出かけたそうだ。けれどそんなところへ天使の襲撃。小さな体で人の波にのまれないように懸命に走るアイリスを置いて、ダリアさんはひとりで戦場へと駆けて行ってしまった。私たちにはぐれた、と言ったのは置いて行かれた、なんて言いたくなかったから。言えなかった。
寂しくて、切ないアイリスは、小さな嘘をつくことで自分を守っていたんだ。ごめんなさい、と暗く、重くない純粋な涙を流しながら謝るアイリスを、私は力いっぱい抱きしめた。
「絶対に、私が守るからね!」
「うん!」
今日最高の笑顔が、アイリスの花に咲いた。
「アズサ…」
アイリスの左肩に手を置いて、私たちのやり取りを見ていたリーリエ。私がアイリスに抱きついた拍子に、彼女の乗せた手は肩から落ちていた。あたたかいぬくもりから離された白い手を見て、リーリエは微妙な表情を浮かべていた。どことなく不安そうな色が覗く。
私はその不安が、「わたしは、まもってくれないの?」という不安だと思い込み、「大丈夫、リーリエももちろん守るから!安心して♪」と安請け合いをしてしまっていた。私は後に、この約束を死にたいと思うほど公開することとなるが、それはまだ先の話。
野太い雄たけびとともに、この小さな戦争は幕を閉じた。
しかし、これはまだ氷山の一角であり、天使も悪魔も、まだまだ数がいる。それに両陣営ともほかにエルフとダークエルフが属しているのだ。私たちは彼らを一手に迎え撃ち、相手をしなければならない。相手は相当な数がいる。一方からの襲撃だけで痛手なのに、それがもうひとつあるなんて…。なんて難しく、なんと面倒なことなのだろうか。私は、ゲームは好きだが、こんな面倒事は本来好まない性分だ。
城へと帰る道すがら、そう動くようにインプットされた機械のように歩き進みながら、腕を組んで延々とそんなことを考え続けていた。なかなか貴重な体験をしているとともに、やりたくないこともさせられて自然と眉根が寄り、眉間に皺ができる。
そう言えば、馬はこの戦いでなにか変わっただろうか。
動いていた天使がいなくなったことで戦闘が終わったとわかった私は、重症患者の治療にあたっているダリアさんの負担を減らそうと、軽い擦り傷など軽傷の者たちの治療を、怒鳴り付けられていたダリアさんの助手と一緒に行っていた。その中に、あの馬がいた。
馬は聞き腕だという右腕と馬の下肢の横っ腹に薄い、赤い線を走らせていた。若ければ明日にも治ってしまうだろうと思われる薄い傷に、ダリアさんの助手、モンブランさんから預けられた傷薬を塗って行く。傷にジェル状の薬が触れたとき、一瞬眉根を寄せた馬だったが、これまで出してきた犠牲者のことや今日失った仲間たちのことを考えると心配してやる義理もない気がしたので放っておいた。鼻で笑ってさらに染み込ませるように力強く塗りたくる。
「実は、戦場に直に出るのは初めてなんだ…。」
短い間しか知らないが、常に他者を上から見下ろし、胸を張って生きている印象があった馬の、こんなにも弱弱しく震えた声を聞くのは初めてだった。
同時に、どうしようもない憤りを感じ、傷を塗る手を止め、握り締める。たくさんの命を背負いながら、その責任を放棄してきたという馬の懺悔が気に食わなかった。馬は、多くの仲間の命を背負い、みんなから期待されることが、どうしようなく心地よかったのだと、震えた声で語った。これまでは、大将の首を取られては大変だからと、戦場に出させてはもらえなかったんだと。そうしているうちに仲間は自分の立てた作戦を実行するたびに減り、酷い時には戦場からひとりも帰って来ないこともあった、と。経験も何もなく、ただ仲間内では一番喧嘩が強かったこと、常に胸を張り、前を見据えている姿が仲間たちに、自分たちは大丈夫だと思わせていたことで大将という過大な地位に座らせられてしまったこと。
当初は仲間が帰って来ないと報告を受けるたびに心が痛んだ。けれど、その想いも数を重ねていくうちに徐々に薄れていき、最近では、それは弱かったそいつ自身のせいだと、私は悪くないんだと、そうとしか思えなくなっていたことを静かな声で語った。
背中を丸め、俯いて話すその姿に、仲間みんなから信頼され、期待されていたケンタウロスの姿だとは微塵も思えなかった。
「惨めね、あんたも、あんたなんかに命をかけて散って行った仲間もみんな…」
そう言うと、馬は怒ったのか勢いよく顔を上げて私を瞳孔の開いた熱い炎を宿した瞳で睨みつけた。丸めていた背中もピシリと伸ばし、上半身を捻らせて真横に立っていた私の胸倉をつかみ、引き寄せる。凄みを利かせて睨んでいるが、大量殺戮者の哀れな残骸だと思うと、恐怖も何も浮かんでは来なかった。
近くで治療を受けていた仲間たちが何事かと、自分たちのリーダーと新参者だという白い異世界人とを見比べて状況を把握しようとしていた。
「貴様に何が分かる!記憶をなくし、誰も知ることのない存在である貴様に、私の苦悩を理解されてたまるか!それに、私のことを悪く言うのは構わん。罵られることもしてきたと理解している。しかし、私の傲慢さで命を散らしてきた彼らのことを侮辱することは許さん!」
大きく町中に響いた馬の怒声。その内容に、心配そうにしながらも興味津々な様子で聞き耳を立てていた仲間たちも私がどのようなことを口にしたのかを理解したようで、一様に私へ非難目を向ける。中には、地球で見たものと同じ白い感情を宿した瞳もあって、私の心、その奥深くにしまったはずのイタイ傷跡がうずきだす。とっさにリーリエを頼って彼女を探すが、リーリエは心配そうに馬を見つめていた。私には、一瞥もくれずに、胸の前で両手を握って彼を見つめている。
彼女はもう本当に私の知るパートナーではないのだと、改めて現実を突き付けられる。心に、小さく亀裂が入る音を聞いた気がした。鼻の奥がツンと痛み、目頭が熱くなる。それでも泣くものか、と力を入れ目をつぶり、ギュッと拳を握った。頭と顔が冷えたのを感じて瞳を開き、まだ胸倉をつかんでいる馬の熱い憎悪を宿した瞳を睨みつける。大きく息を吸うと、独りになるため口を開いた。
「あんたは自分の行いを正す時間があったはずだ。敵のことを知り、自分たちのことを知るに、十分な時間が!それをしなかったあんたと、そんなことを思いつきもしないでただただ死んでいったあんたの仲間たちが馬鹿だって、本当のことを言って何が悪いのよ?」
息を吸い、
「事実でしょ?そうやって、『また天使が、悪魔が…』って敵のせいにして、何も自分たちでは反省もしないでまた同じように馬鹿みたいに死にに行っていたんでしょうが。」
一度深呼吸、馬の胸倉をつかむ怒りで震えた手を振り払い、周りで聞いている仲間たちにも向かって大声を張り上げた。
「そんな基本的なことも考える頭のない、ただの動物以下の頭なら、戦争なんて止めちゃいなさい。よく比喩で言われるけど、あんたたちのは事実として、これ以上の戦争はただの自殺行為よ。これ以上命を無駄にすることはないわ。」
言い切った瞬間から、いたるところで私をなじる声が聞こえてきた。私には覚悟がない、とかガキの新参者にはわからない、とか。死ぬ覚悟のある年配者だったら、もう土に還っている。そんなものがあったって、生き残る術を考えられる頭がなければ、どうしようもないのだ。首を回して見るが、ここには覚悟はあるが、私の求める頭を持っている者はいないようだ。レベルも低いらしく、相手の強さを目の前にしても理解できずにみんな私相手に安っぽい殺気を放ってくる。
ここではゲームと同じ強さを反映させているようだ。つまり、私の強さは右に出るもののない領域にある。それが、ここにいる者たちには理解できていない。
そんな強さであの猟奇的な天使たち、実際に戦ったことはないが、天使と数千年戦い続けているという悪魔の両方に喧嘩を売っている、ある種勇敢な人たち。これからは私も、仲間を守るために戦うことになるだろう。そのときに、私はここに暮らす者たちに背中を預けることはできないと感じて、知らず小さく震えた。
同時に悟る。これ以上、ここにはいられない。
城で馬から聞いた話では、仲間の半分もいた人間たちは彼らを見限って(多分私と同じ理由なんじゃないかな?)別の土地へ行ってしまったらしい。彼らにまだ戦う意志があるかどうかはわからないが、ここにいる者たちよりは、見限ることを選びとった分賢いだろう。ここでいつ寝首をかかれるか待って、日々無駄に命を散らせている様を見ているよりは、離れて行った人々を探して共闘する道を行く方がいいのかもしれない。それが叶わなかったら、また別の道を探してみよう。
私に対する負の言葉たちは止むことがない。
メートル単位で離れた場所からかけられるも、聞き流していた軽い言葉たちに、聞き逃せないひとつの言葉があって、無様にも反応してしまった。
「貴様のような異端な色を持ったニンゲン、…!」
まだ後に続いていたようだが、私の耳は正常に作動せず、その言葉だけを捉えて離さない。頭に何度も、何度も流れ続ける。
目を見開いて固まった私に気を良くしたのか、それを言った猫の半獣(人間大の二足歩行の猫、服着用)は、口角を左右非対称に上げて器用にも右目だけを細めて厭らしい笑みを浮かべた。続く言葉は、残念なことに私には届かない。
「見た目はたしかに、おとぎ話の白き乙女のようだ。だが、リアルにはこんな人間、いくらでもいるんじゃないのか?」
お前になんてわかるもんか。自分たちの命を他人に背負わせて、そいつの言いなりになっている、楽な生き方しかしていないあんたなんかに、わかるもんか。私が、この色をどれほど恨み、嫌っているのかなんて。
「それにあのおとぎ話にしたって、本当かどうかは怪しいもんだ。そういったところでは、あんたも同じようなもんだがな!」
あはははは!下品な笑い声が、辺り一帯に響き渡った。
速くこの場から去りたい。逃げるわけじゃない。一刻も早く、新しい、まともな仲間を探しに行くのだ。そうしたら、もうむやみやたらに命を散らせることもなくなるだろう。速く、そんな場所に行きたい。英雄を気取っていたいなら気取っていればいい。そして、最後の一人になった時、ようやっと悟ればいい。自分たちが、どれほど愚かだったのかを。
私が何も言い返さないのが気に食わなかったのか、それとも呆れ果てているのが顔に出てしまったのか。猫の半獣は馬が手を離した胸倉を、靴も履かずに裸足で戦場を駆け回り、傷ついているだろう脚で駆け寄ってきてつかんだ。顔を近づけて、嘲笑う。
「どうなんだよ、何とか言ってみろよ!」
数センチのところにあった毛の長い種類の猫(メインクーン?)の顔がバチーーッンと盛大な音を立てて吹っ飛んで行った。天使による襲撃かと思ってしまったが、殺気を感じないので違うだろと、一瞬で力の入ったからだから無駄な力を抜く。猫の体が飛んで行った方とは逆方向を見てみると、ダリアさんが後ろに黒いウネウネ動いているモノを背負って仁王立ちしていた。ウネウネがなんであるかなんて、知りたくもない。きっと、彼女の強さのしるしだ!
いけないものを見てしまった気がして、急いで顔を逸らす。その際見えた他の面々の顔はみんな同じように青ざめて、同じように一斉に顔を背けた。ちょっと仲間意識が芽生えそうだった。
「情けないことで突っかかってるんじゃないよ、おまえたち男だろ!たった一人の女の子相手に、大の男どもが寄ってたかって、卑怯じゃないか!しかもこの子はあたしたちを助けてくれて、守ってくれた子だよ?恩をあだで返してどうするんだい!」
吹っ飛ばした猫だけじゃない。ダリアさんはこの場にいる全員に向かって、声を張り上げてそう言った。いや、もしかしたらそんなに大きな声ではなかったのかもしれない。私の心に、それほど大きく響いただけで。
私はダリアさんの喝を聞いて、知らず知らずのうちに涙から水が流れて頬を濡らしていることに気がついた。無意識だったので、自分では気付けず、あたたかい白い手が流れる水滴を拭ってくれるまで気付けないという情けない醜態をさらしてしまった。相当無理をしていたようだ。
「アズサ、だいじょうぶ?」
私の、本当の心の流した涙を拭ってくれたのは馬側に付いたと思っていたリーリエだった。彼女は同じ高さにある私の肩を抱き、右手で目元を拭い続けてくれた。その顔にあるのは、ただただ近しい大切な友人を心配するあたたかい優しい、けれど相手が涙していて悲しい表情。冷たいと思っていた感情なんて、そこにはなく、ただただ優しさを向けてくれていた。
私はなにを恐れていたのだろう。付き合いは馬との方が、長いだろう、きっと。けれど、私もまたリーリエにとっては大切な位置に入っていたのだ。自分だけの価値観を押し付けていた愚か者は、私自身だった。
ごめんね、と小さく謝って、心配そうな色を消して純粋に不思議そうに首をかしげるリーリエ。けれど私が笑うと、彼女もまたニッコリと穏やかに微笑んでくれた。
穏やかな空気の流れる私とリーリエの間を、ダリアさんの声が通る。
「こんな情けない愚か者どもの治療をするなんざ、金輪際ごめんだよ!あたしはよそへ行く。今まで世話した記憶はあっても、世話された記憶はないが、一応お前たちのような命でも礼儀は礼儀だ。」
そこまで言って、ダリアさんは後ろで簡単な治療を施していた娘に声をかけて治療を終わらせると、そばに呼び寄せた。駆け寄ってきた娘の小さな肩を抱いて、やけに晴れやかな笑顔で宣言する。
「今まで世話になったね、あばよ!」
この場にいる男の性を持つ誰よりも男らしくそう言って、彼女たち母娘は茫然と揃って立ち尽くすだけの私たちにかっこよく背を向けて歩きだした。半獣たちが次々に声をかけて、待つように叫ぶが、振り返ることはしない。彼女たちが角を曲がり、町の建物で見えなくなると、今度はリーリエが私の手を取ってかっこよく決めた。
「いままでせわになったな、あばよ!」
にっこり。
恐らくも何も、ダリアさんの言葉を真似ているだけだろうが、その意味を分かっているのだろうか。何もわかっていないような愛らしい笑顔でそう言って、私の手を引いて駆けだす。一、二歩たたらを踏んだ私だったが、そこはレベルマックスを誇るだけあって、喧嘩を打った相手の目の前で無様に転ぶことだけはすまいと、踏ん張って耐えた。態勢を整えてリーリエの横で走る。どこへ向かおうとしているのか、つながれたあたたかい手から、ぬくもりとなって確かに伝わってきた。
相手は子供の歩幅に会わせて歩き、私たちは走っている。出てきたのも彼女たちが出て行って、その騒ぎも静まらない内だ。進むスピードの差も含めて、追いつくのにそう時間はかからなかった。
「ダリアさん、アイリス!」
半端者の城がある方向とは反対へ行く道を駆け寄りながら呼びとめると、先を歩く二人は立ち止まって振り向いた。ダリアさんの顔には「やっぱり来た」と言いたげなニヤリと笑みが浮かび、アイリスの母親とよく似た愛らしい綺麗な顔にはまた会えた喜びを表す純粋な微笑みが浮かんでいた。母親とつながった手を離し、駆ける私たちを待って、二人の間に抱きつく。勢い余って首にかかった細い腕が二人の首を軽くしめた。走って来て少しだけ息の上がった状態にはちょっと響く。
「アズサにリーリエ!」
愛らしい相貌に浮かぶ満面の笑み。向けられて、こちらまで嬉しくなる。
「お母さんの言うとおりね!『リーリエはわからないけど、アズサは絶対に私たちを追いかけて来る』って言っていたの。」
お母さん、ヨゲン者みたいでしょ、誇らしげに胸を張ってそう言うが、やはりダリアさんは只者ではないという認識を再確認させられた。医者だから、母親だから、他人の感情に機敏なんだろうか?とにかく、さっきの仲間たちの限界といい、今の私たちの行動を呼んでいたところといい、ダリアさんには、人を見る目がある。仲間たちと比べては、ダリアさんに失礼だろうが、彼女ならどんな環境でも上手く生きていけるだろう。
嬉しそうに笑うアイリスに苦笑して、ニヤリと片方の口角を持ちあげて笑っている彼女に予言をしてみせた母親を見る。
「すみません、私たちも、彼らのやり方というか生き方には呆れ果てました。ずっと同行させてくれとは言いません。新しい町に着くまでご一緒してもいいですか?」
フッと息を吐いて笑い、ダリアさんは母親らしい穏やかな優しい笑みを浮かべた。発する声も、先ほど喝を入れていたときに感じられた、顔が青ざめ、体が震えてしまうほどの凄みは一切感じない。そこにあるのはただ近所の子供の我が儘を、寛大に受け止めようとしてくれる年長者の顔だ。
「いいのよ、私たちだって同じ理由で出てきたんだし。助けあえるならその方がいいわ。私たちには戦う術がない、だけどあなたにはそれがある。だけどあなたには旅に必要な装備が少し欠けている、私たちはそれを揃える術を持っている。お互いに助け合いましょう!」
左目をかわいらしくつぶり、ウィンク。けれど次の一瞬で、彼女のまとう雰囲気は変わった。
「彼らのためにはこの技術、使いたくなかったけど、命を無駄にしないあなたたちのためになら、使ってもいい。」
一瞬で真面目な表情に変化して、ダリアさんは右手を差し出してきた。握手かと思い、私も手を差し出す。
「あなたには申し訳ないと思うわ、でも私たち親子と、あなたの大切な友人の命、背負ってほしいの。あなたに、預けたい。だけどもしも誰かが怪我や病気にかかったならば、その命、私が背負うわ。お互いに大切な者たちの命を背負いましょう。」
重たい荷物ならば、支え合って持とう。ひとりで孤独に背負わなくてもいいから。
そう言われて、私はハッとした。
彼は、馬は常に発している空気と仲間内という狭い環境の中で最強になってしまったばかりに重たい多くの命を背負うことになった。それはもしかすると、馬が自分から背負おうとして背負い始めたわけではなかったら。他人に背中に乗せられて、それが自然な空気となって続いてしまったのではないか。そして馬には、自身にかけられる当然だという空気を破る勇気がなかったのではないか。
そこまで考えて、私は首を振った。
例えそうだとしても、仲間をあそこまで失う前に誰かが言わなければならなかったのだ。どんなにつらくとも、どんなに厳しく、痛い思いをしてでも。仲間のために、生きるために。彼らはそれをしなかった。できる環境にありながら、間違いを正さなかったのだ。
馬にも、重い責任を分け合える、わかってくれる人がいたならば、こんな悲喜劇は生まれなかっただろう。
「はい、よろしくお願いします。ダリアさん。」
私の肩までしかない背の小さな幼い妖精視線を会わせて、私は笑った。
「これからよろしくね、アイリス!」
「うん!一緒に旅するんだね、アズサとリーリエ!」
よろしくね、と四人で言いあって、私たちは新しい居場所を求めて歩きだした。戦闘のあった町を出て黄色い砂の道を踏みしめながら歩いていく。
その中で、常々疑問に思っていたことが解決した。
どうやら、この世界の住人には皆、額に宝石が埋まっていて、死ぬまでそれは取れず、種族によって宝石の種類も異なっているとのことだ。
私がデザインを決めたんだと思っていたリーリエを始め、馬や牛、猫などすべての半獣はルビーのような赤い宝石。
猟奇的な思考回路を持つと思われる天使はウォーター・サファイアやアイオライト、ダイクロイトなどの別名を数多く持つコーディアライトのような青い宝石、その天使と同じ陣営に属すハイエルフには幸せと希望の象徴で幸福を運ぶと地球では信じられていたアクアマリンのような水色の宝石、では戦場で会ったダリアさんの助手は、ハイエルフだったのか。妙に納得、するとともに、ハーフエルフだというダリアさんに使われているのを目にしているため、首をかしげる。
遠目から見ただけでまだ実際に会ったことのない悪魔には火山が多い地域で産出されるオブシディアン、黒曜石のような黒い宝石、彼らとともに戦うダークエルフには私の誕生石でもあるトパーズのような茶色い宝石が埋まっている。
彼らが使役している獣、聖獣には紫水晶とも呼ばれるアメシストのような澄んだ紫の宝石が、ダリアさんの夫でありアイリスの父親を食べたという魔獣にはアラビア語にその名の由来があるとされるが、意味はわかっていないペリドットのような緑色の宝石が埋まっているらしい。
そして、アイリスやダリアさんの額には古くは古代ローマ時代から印章などに用いられてきたローズクォーツのような薄いピンクの宝石が埋まっていた。話を聞くと、違う種族同士が契りを交わして生まれた混血児には薄いピンクの宝石が与えられるらしく、特にアイリスのようなクォーターではエルフの外見的特徴が弱くなってきているため、人間に与えられる地球では圧力をかけると電気を帯びる性質を利用して圧力計の重要な部品として工業用に使われることもあるルーべライトのような桃色の宝石とパッと見、区別が難しく、アイリスはよく人間に間違われると言っていた。しかし、よく見ると石の種類が違うため、種族の違いも正されるのだと。
歩きながら新たな知識を吸収していると、遠くの方から声が聞こえたような気がした。それも、先ほどの町で聞いた覚えのある声だ。自慢ではないが、このアズサ、聴力にはいささか自信がある。
「ちょっと待ってくださいよぉ!」
背中にかけられた情けない、泣きそうな声に三度振り返ると砂を巻き上げながら、誰かがこちらに走って来ていた。その背には彼の背中からはみ出るほどの大きな荷物を背負っている。
汗だくになりながら彼、ダリアさんの助手をしていたモンブランさんは私たちのいる場所まで追いついてきた。どうしたのだろうかと膝に手をついて息を整えている彼の顔を覗き込む。はあ、はあ、と荒い息に合わせて上下する上半身のリズムに乗って、大粒の汗がボタボタと地面にシミを作っていた。
「も~、先生が荷物まとめて来いっていうから、急いで医院に駆けて行ったのに、戻ってきたらいないんですもん~!焦っちゃいましたよぉ」
口調からはとても焦っているようには見えないが、その男性とは思えないほど美しい創りの相貌に光る宝石のような汗を見ると、本当に焦って、そして急いでやって来たのだろう。予想通り、ダリアさんの助手って大変そうだ。
モンブランさんは息を整え、汗がひいてくると残った汗を右手の甲で拭い、キラキラと輝く雫を飛ばした。話し方とダリアさんとのやりとりでは始終情けない印象を受けさせるが、美貌のせいか何をやっても美しい人だ。額で輝くアクアマリンに勝るとも劣らない。
汗を拭ってフッと爽やかに笑うと、モンブランさんは私とリーリエを見た。
「改めて、自己紹介でもぉ。」
お人よしそうな、人を安心させる力を持った笑顔だ。ダリアさんが歩き出したのについて行きながら、彼の言葉通りに改めて自己紹介をした。なんだか親近感がわいていたからか、こうやって改めて名乗り合うのも照れくさい。吹きすさぶ風で舞い上がった砂をできるだけ吸い込まないように、ガントレットから出した体全体を覆うマントフードをリーリエにも渡してふたりで急いで着こみ、口元をガードしながら気をつけて喋る。
「私は先生の助手をしています、モンブランといいまぁす。どうぞよろしくお願いしますねぇ」
何度聞いても気の抜ける話し方だ。そう思っていることを悟られないように、私は明るい笑顔を浮かべた。手を差し出されたので、快く応じて握り返す。
「私はアズサっていいます、こっちはリーリエ。リーリエは戦う術はありませんけど、私は結構強いですから、『安心して』なんて安請け合いはできませんが、ある程度守ることはできると思うので、こちらこそ、よろしくお願いしますね!モンブランさん!」
「…よろしく。」
小さく囁くようにそう言ったリーリエに、モンブランさんは楽しそうに笑った。薄く涙がにじむ目じりに、私は疑問を感じた。その答えをくれたのはアイリス。
「アズサ、私たち一応さっきまで半端者の仲間としていたわけだから、少なからず面識あるよ?」
あ、そうか。
私は基本的なことを忘れていた。何も、半端者の暮らしている場所はあの城だけではないのだ。ある程度集まって入るだろうが、数が少ない分密に連絡を取り合い、交流もあったのだろう。当然、彼らとリーリエも顔見知りくらいにはなっているはずである。
先ほど見たところ、治療に奔走している者はみんなダリアさんの指示を待っていた。ダリアさんが、治療班の責任者なのだろうか、そうすれば、怪我したすべての者に一度は顔を合わせるだろう。
つまり、リーリエと彼ら家族のような、兄妹(モンブランさんは永遠の命を持つといわれるハイエルフだ、寿命の点はモンブランさんが一番だろう)のような関係の彼らと、私の横を、マントから白い日焼けしそうな手を外側に出して、私と手をつなぎ、その手を楽しそうに揺らしているリーリエの間には、すでに面識があったのだ。私だけが、部外者。ちょっと寂しい。
面白くない、と思っている感情がストレートに表に出てきてしまったのか、モンブランさんがさもおかしそうに噴き出した。息を一気に吐き出し、新たな空気を吸い込む。その際舞い上がっている砂も一緒に吸い込んでしまったのか、楽しそうに笑って、涙まで浮かべていた彼は今、別の意味で苦しそうに涙を浮かべていた。
立ち止まって俯いて、胸元をつかんでせき込む彼に一瞥もくれず、ダリアさんとアイリスは歩き続ける。親子の様子からこれでいいのだと判断した、意外に男性には冷たいリーリエも、私とつないだ手を離すことなく彼女たちに続き、私も思い切り笑われていささか機嫌を損ねた私も、敵の気配がないことを確認したうえで放置することに決め、リーリエと一緒に歩いて行った。
「え、ちょっ…ッホ」
後ろでゴホゴホ激しくせき込むハイエルフなんて知らない。
「あれだけ心底愉快そうに笑った報いですよ。……リーリエとふたり、まさか面識があるなんて思わないじゃない。そりゃ、考えてみれば初めて会った人に泣いて抱きつくとかできないと、今になってみれば思うけど…冷静にキレてるように見えて、本当は結構切羽詰まってたのよ。仕方ないじゃない、ねえ、リーリエ!」
「ええ、そうね、アズサ。しかたがないわ。わたしもいわなかったもの。」
優しい笑顔でおっとりとした癒し系口調で言われる事実が心にしみる。
「そんなぁ、…ゴホッ、すみませんでした~ッホ、…ケンタウロ、ス…にあそこまで言った人が、考え付かないなんて思わなかったんですよぉ!」
ようやく口に入り喉まで行ってしまった砂が片付いたのか、あれだけ激しくせき込んでいた咳が止んで落ち着いてきたモンブランさんは駆け寄って追いついた。
横を見る。彼の顔にはやっぱり笑顔。こいつ、本当に反省しているのか?そう思ってしまうが、細く整えられたように綺麗な整った眉が限界まで寄せられ八の字になっていたので、きっと彼なりに反省したのだろう。あの口元の微笑みは、きっと癖なんだ。彼もまたダリアさんと同じように医者だ。患者を安心させるために浮かべているうちに、きっと癖になってしまったんだ。私はそう思うことにして、彼の目を見てにっこりと笑った。
「それって、私が強がりの馬鹿だって言いたいんですか?」
医者・モンブランの時が一瞬止まった。
ギクッと肩を震わせて、驚いたように目を見開いた彼が立ち止まると私も合わせて立ち止まり、半分だけ振り返ってマントの下でフンッと鼻を鳴らした。どこかのおバカさんのような失敗をしないように慎重に呼気へ意識を向ける。
「アズサ、ばかじゃない。」
つないだ手をギュッと力を入れながらそう言ってくれたリーリエに、私は今日最大の癒しを感じた。
「ありがとう、リーリエ。」
リーリエとふたりで見つめ合い、微笑みあう。
前方を見ると、後方のことなどまるで興味ないとばかりに一度も歩みを止めることなく進み続けていた親子と、軽く数百メートル離されていたことに気がついて、言葉を交わすことなくふたり頷き合うと駆けだす。
どんどんと無神経のハイエルフと距離が開くが、私は手から伝わるパートナーのぬくもりに完全に意識が向かっていた。
だから気がつかなかった。
私たちの後方に、とても巧妙に隠された真実が存在したことを。もしもここで種族間の存在意義に惑うそれに気付き、なにか手を討っていたならば、数多の涙を誘う悲劇が起こることも、大切な存在を失うことも、なかったかもしれないのに。
けれど先の見えない故に生まれる希望を前にした未熟で、種族間に生じている摩擦を軽んじていた私は、気付けなかった。
大切な彼女を失った私だけれど、彼を怨んではいない、憎んではいない。
私が汚く責め続けるのは、悪意それに気付けなかった私自身だけだ。
仕方がなかったと他人は言うが、私は私が許せない。きっとこれから先、心から自分自身を許せる日が来ることはないだろう。
新しい命を得てもなお、この事実を過去のこととして昇華することができずに、毎晩彼女が額に輝くルビーと同じ色の雫を散らしながら、力なく倒れるその瞬間を夢に見続けているのだから。
だが、それでいいのだ。私はそれで、いい。
そうすることで、私は彼女を忘れずにいられる。
夢に見続けているうちは、彼女のことを覚えていられる。
心の中に、彼女が居続けられるのだ。彼女を忘れず、覚えていられるうちは私もまた同じように生きていよう、彼女を生かし続けるために。
だから、私は彼女の夢を見る。
彼女を忘れないために。
彼女を生かし続けるために。
私たちはずっと、ずっと一緒だよ、リーリエ。
あなたは私の心の中で、永遠に生き続ける…。
裏切りも、絶望も、このときの私は知らなかった。
目の前の希望を見据えるのに夢中で、すぐそばにある闇に気が着けなかったのだ。
憎むべきは未熟な自分自身か、怨むべきは仲間を裏切った悪か。
その答えは、まだ出ていない。
問いが始まるのも、まだ少し先のことだった。
卒業制作提出日、当日。
授業の空き時間に、パソコン室で印刷して(各々印刷できる枚数に限りがあったな、そういえば。)、空き教室でひとり黙々と穴あけパンチで穴開けたな…。
いい思い出?です。




