第三章三幕「神」
“かみ”って変換したら「紙」が必ず最初に出てきます。
内容がちょいとばかしシリアスに走っているところに「紙」ってタイトルが来たら、『!?(゜-゜)』ってなるかな?
この世には、四大神と呼ばれる四方を守護し、四人の精霊王に仕える神がいる。しかしそれは人間である精霊王よりも下である地位からその力の度合いは測れることだろう。
精霊王は先に言った通り、神ではなくもとはただの人である。その心の強さに惹きつけられた精霊たちを従えるだけの心と体の強さを持った人間のことである。しかしその心と体の強さを兼ね備えている人間がまれな存在であるために四大神よりも高度な地位に定められたのである。精霊王の始まりは創世期であるとされており、その当時、精霊王の一人が神獣(後述)の贄となり永久にめぐり続ける魂となったため、それを悲しんだ残り三人の精霊王が同じめぐる魂となり、現代にまで続く魂の輪廻が成立したのである。
この世界を統べる至高の神は神獣である。神獣であるが、その姿を見たもの、見ることのできるものは極めて希少であり、一説によると神獣は「若い生娘を好む」とされているが、真偽のほどは定かではない。また神獣とは人と獣の姿を自由に入れ替えることのできる極めて高位の半獣であり、その動物は四神であることが古代文献から確認されている。
人と動物の姿をもつ神獣、人と獣の姿を入れ替えることを転変といい、これは半獣が使用する“転下”とは、「人と動物の姿を入れ替える」という意味は同じだが、その動物の地位(四神を動物と呼ぶのかと物議をかもしている)、四神か、ほかの動物かによってにのみ違いがあり、同時にこれが最大の区別する基準である。同じ行為が生まれつき可能であることによって、半獣は他の種族よりも地位が上であるなどと風潮するものが出るなど、一時期は混乱の一途を辿る原因ともなった。神獣研究の第一任者である帝都大学文学部教授御堂五月氏はこう語る。
「難しく考えることはありません。神獣は転変すると四神と同じ東の青龍、西の白虎、北の玄武、そして南の朱雀となり、神獣はこれら四種のみ存在します。対して半獣はそれ以外のすべての動物が該当します。今日においても未だ半獣は神獣と血縁関係があるなどと風潮しそれを信じる者もいると聞きますが、それはまったくのデマです。神獣には生殖機能はありませんし、感情も二種類のみです。
国の危機となるか、精霊王か、です。
国については言うまでもないでしょう。神獣は他の神々とともに国を守るために存在しているですから。対して精霊王についてですが、精霊王の中に一人だけ、白い髪を持つアルビノを持って生まれ落ちた者がいます。それが神獣をこの世に召喚するために必要な贄であり、神獣の体となります。
神獣に奉げた精霊王の体は神獣の魂が入ったその瞬間に死に、それは神獣となります。精霊王本人の魂はどこへ行くのかといいますと、すでに新たな輪廻の波に乗っていると思われ、一度アルビノの神獣の器となった精霊王の魂はそれから千年ほどは免除されます。」(大学エクスプレス特別号『この世の神とは何か』特別講師帝都大学文学部教授御堂五月氏、インタビュアーいつき彦稀)
*
暗い闇が広がる。
洞窟の奥には茶色の石が祀られた祭壇。
そこに、男はいた。
神石が祀られている祭壇の五段ある階段の三段目に腰をおろし、愛しい者を見るときと同じ色を宿して神石を見る。そうすることで、ここにはいない彼女を重ね合わせていた。
「もうすぐ、もうすぐ迎えに行きますからね…愛しい愛しいヒオウギ。」
彼の補足痩せた背中から黒い禍々しいものが煙のように立ち上り、そして洞窟の低い天井に当たり、見えなくなった。
「ああ、ヒオウギ、…ヒオウギはどこへ行ったんだい?」
「ああ、愛しのヒオウギ。帰っておいで、君の帰る場所はここだよ。」
「ああ、ヒオウギ。私のヒオウギ。」
すでに彼には自分を認識する力さえも残ってはいなかった。
彼女を求めて夢見るばかりに、彼女を求める強い心をその夢に喰われてしまったのだ。
可哀想な、クタン。
壁に背中を預けて寄りかかり、腕を組み傍観の体勢を崩さない青年がいた。「クタン様!」と彼にすがりつく浅黒い肌を持つダークエルフの中にあって、とても目立つ彼らとは逆の肌の色をしていた。白いダークエルフなどは存在するはずもない。
彼はハイエルフだった。
裏切り者。
そう罵られるのも慣れたものだ。今となってはもっともリラックスできる音楽かもしれない。考えて、違うな、と思いなおす。これよりももっと優しくて、もっと少ない音を彼は知ってしまった。
「リーリエ…」
自分にしか聞こえない音量で呟いた。
この手で刺した、家族。
彼女が最も信頼し、愛していた存在。
羨ましかった。
ゲームだか何だか知らないが、それで共に過ごしたからと無条件で愛されるリーリエが。
妬ましかった。
何もできないくせに、いつも彼女のそばにいられる特権を持っていること。
不思議だった。
あれほどリーリエのことが憎かったのに、それでも彼女とリーリエがふたりでいるところを見ると、とても心が安らいだ。
自分はどうしたかったのだろう。何を望んでいたのだろう。
最初は興味本位だった。
医者の親子に助けてもらったことは事実だし、ダリアさんは怖い。アイリスは友達だ。
深くあの家族にかかわる内に、僕には情が生まれてしまった。
アイリスと遊んでいるのはとても楽しかった。
ダリアさんのもとで働くのは多くの発見と驚きと、そして恐怖との戦いでした。ダリアさんのおかげで、僕は受け身だけなら一人前です。
それもなんだか切ない感覚が僕を襲う。目を細めて、暗いここでは見られなかった明るい、炎や太陽のように周りの人を照らしてくれる彼女たちを想った。
ボクの周りには太陽のように誰にでも分け隔てなく接してくれる人たちがあんなにもたくさんいた。それがいつしか当然となってしまい、そのありがたさに気が付けなかった。
だからこそ、あんなにも簡単に手放せた。
ここが、クタンのいるこの暗い闇が支配するこの洞窟こそが、ボクの家だと思っていた。育ててもらって、生かしてくれた彼がいる。
それに報いるのがボクの人生だと思っていたし、拾われた子供にはその道しか残されていないのだと理解していたはずだった。なのに今、それが怖くて仕方がない。彼の思いを叶えることで、彼女たちを失うことが怖くて仕方がないのだ。
彼女たちのもとへ帰りたい。
“家”に。
家族の待っているウチに帰りたい。
心の底から願い、そして決めた。
すべての過去を捨てて、ここを出よう。そして、家族の待っている家に帰ろう!
胸に希望が蘇えった時、脳裏にイメージが浮かぶ。
絶望を知ったあの日、リーリエを刺して彼女から逃げた日。
あの日よりひと月前から見続けて、見させられ続けた映像。知っている。彼が目的を成すために始めた計画の合図だということ。そしてボクを縛り付ける鎖だったことも理解していた。
けれど毎夜、愛する彼女の半身を、自分が刺し殺すイメージを見せられて、参らない生き物はいないだろう。自分の手で愛する人に絶望を与える夢を見続ける悪夢。
そうだ、これがある限り、ボクはあのあたたかい家へは帰れない。帰ってはいけない存在となってしまったんだ。大切な家族を殺した張本人。そして、その道を選びとったのはボク自身であり、誰に強制させられたのでもない。誰を責められるはずがない。
帰りたいと願うのに、それがどれだけ大切で、得難い者か気付くのが遅すぎたばかりに帰れなくなった。愚かなボク。
ごめんね、リーリエ。
涙が一筋、暗い闇の中で弾けた。
「愛していた、愛しているアズサ。」
*
誰かに呼ばれた気がして、星空から目を離す。起き上って見回してみるけれど、誰もいなかった。体勢を戻してまた星空の世界へ戻る。さっきまで、何を考えていたんだっけ…?
星空を見上げながら、私は考えていた。
バルコニーの手すりに背中から体を預け、空を見る。時々重力に従って頭から下に落ちそうになるが、その度に運よく誰かが通りかかって助かっていた。先ほど明日の決戦に向けてアヤメたち城壁の者たちが到着したが、ちょうどこの下に来たところ私が落ちてリーダーに抱えられたのだ。お姫様だっこで。
久しぶりにアヤメと会ったのだから、もっと話していたかったけれど、なぜかアヤメに避けられた。
いつもなら飛びついてくるのに、目があっただけでさっさと踵を返しただけで行ってしまった。
もしかして、リーリエが亡くなり、モンブランが裏切ったことを知ったのだろうか。
アヤメはモンブランとともに城壁まで旅をしていた。その時に、何かあったのではないか。だから、モンブランがあちらに戻ってしまった原因である私を避けているのでは?
それかふたりは恋仲で、裏切ったモンブランのことを私も好きだったとどこからか知って友情を捨てた?
知らなくても同じ一つ屋根の下で暮らしていたと…は、旅に出る前から知っているか。
ならなんだろう?考えても考えてもさっぱり思いつかない。
ん~…おお、真下が見える…んん?
空中で体が回りそうだった。
「うわっと!」
「梓!」
考え事をしている内にまた落ちそうになってしまった。この数時間で何度めだろう。そろそろ本気で気をつけないと、バルコニー出入り禁止にされてしまうかもしれない。
今回は幸い刀馬に助けられた。刀馬なら頼めば黙っていてくれそう。
「ありがと、トーマ。」
「おう!ゆぅあーうふぇるかむ!」
「あはは!すっごい日本語英語!」
私の笑い声が夜空に響き、それが逆に家を包み込む静寂を際立たせた。寂しさが、笑い声をたてさせた。静かな空気が怖くて、私は笑った。そうすることで、身を守るのだと信じていたのだ。
体を前のめりに曲げて笑う私を、刀馬は優しい眼差しで見つめているなんて気がつかなかった。熱のこもった瞳に、私は気付けない。
目じりに溜まっていた涙を拭って、私は静かな幼馴染を見た。そこでようやく彼のまなざしを知る。
「…やだ、なにマジな目してるの?らしくないよ。」
「…なあ、梓。俺らしいってなにかな?」
「…え?」
「俺らしいって、何?どんなのが“俺”だと思うの?」
問いかけられた言葉に、私は咄嗟に応えられなかった。言葉が何も出ない。
そんなこと言われても、いつもの明るくて馬鹿騒ぎしている刀馬とは違う様子だったから、不思議に思って「いつもと違うね」と声をかけただけだ。他に意味なんてなかった。
そう伝えると、刀馬はそっか、と寂しそうな表情で言って、それからいつものようにニカッと笑った。
「明日だな、いよいよ。」
「怖い?」
大規模な戦闘は初めてだと言う刀馬に、先輩風を吹かせてみる。思えば、私はゲームの【ワンダーランド】でも、幼馴染のなかでもっともやりこんでいるのだ。
もっとリラックスさせてあげよう。
親切心でそう思い、ふざけた笑みで刀馬を見た。瞬間だった、見なければよかった、とそう思った。
刀馬はとても真剣な表情で、でもいつ泣きだしてもおかしくはないほど目に涙をためて、歯を食いしばって流れないように耐えているようだった。真剣に涙をこらえている様は、悪いが笑いそうになる。けれど同時に、抱きしめて「泣いてもいいんだよ」と言ってあげたくもなる。
これが世に言う母性本能だろうか?
「俺、今まで小さな戦闘はして来たよ。地球でも俺結構テニスとかで有名だったから、いろんなやつに因縁付けられて絡まれたり、学校でも「レギュラーとって生意気なんだよ!」とか言われてリンチっぽい奴とかもされかけたことあるし。でも全部未遂とか、俺でも片づけられる程度の奴らだったんだ。ゲームの【ワンダーランド】でも、あれって面白いくらい簡単にレベル上がったし、俺くらい強い奴もすぐにいなくなってたから、怖いとか思ったことなかった。
でもさ、ここってゲームとか、不良の喧嘩レベルじゃないんだよな、現実に天使とか悪魔が剣持って攻撃してくるんだ、両方とも俺たち殺す気でさ。んで怪我したら痛いし、死ぬほどの怪我負ったらほんとに死んじゃうんだよな。んで死んじゃったら、ここからいなくなっちゃうんだよな。世界から、みんなから消えてなくなるんだ。それが、めちゃくちゃ怖い。
お前に忘れられるのが、何よりも怖いんだ。」
ついに涙から綺麗な雫がとめどなく流れ落ちて来て、そしてあっという間に雫は滝になった。
刀馬の見せてくれた滝がとても綺麗だったから、私は思わずもっと見ていたいはずなのに、刀馬の頬を撫でて、後頭部に回した手を引き寄せて、胸に当てた。立ったままだと届かないから、私は膝たち、刀馬は座り込んでしまう。
滝の涙で胸元が濡れる。服が涙を吸い込んでぺたりと張り付く感覚が気持ち悪かった。そう思うのに、どうしても抱え込んだ手を放せない
「ねえ、刀馬。ゲームにはパートナーって、私たちプレイヤーの絶対的存在がいたよね。でも、ここではいない。」
「…ああ、俺にもお前が作ってくれたよな。『デザインするのが好きだから~』とか言って。でもごめんな、あの時俺大きな大会が近くて、お前が行方不明になって一年くらい経った頃に思い出して、通い出したんだよ。それからははまったよ。毎日【竜宮城】ってお前の通ってたゲーセンに行ってさ。最初はお前を探す手掛かりでもないかって行ったのに、いつの間にかお前よりもゲームに夢中だった。」
正直で嘘が嫌いな刀馬。
正直でいたいと思うけど、気が付けば嘘を重ねている私。
「それって、秘密を暴露?」
「そー、本人に向かって暴露したんだぜ、とっときだろ。」
刀馬はきっと、明日が不安なんだ。見えない明日は怖いから。歩き出すのを躊躇ってしまう。
安心させてあげられれば、刀馬ならきっとこの壁を乗り越えられる。
「んじゃ、私もとっておきの秘密を言います!」
「マジ?」
「うん。そりゃあもう!」
興味津々といった表情の刀馬が顔を寄せてくる。
これで少しはいつもの馬鹿みたいに明るい刀馬に戻るだろうか。
「あのね、」
思わせぶりに刀馬の顔に唇を寄せる。
「お、オウ!」なんて顔を赤くして動揺している刀馬が可愛かった。
「実は、私、…刀馬が初恋だったりします。」
「え…!」
その後の刀馬の動揺ぶりは面白かった。
数秒間固まったかと思うと、動き出してバルコニーを走り回り、ついには星空に向かって「やったぁぁぁ!」と叫ぶ始末。
その奇行に首をかしげていると、私の前で叫んでいた刀馬は突然クルリと体の向きを変えて私の方を見ると、両手で私の両手を握り、真剣な表情で言った。
「絶対に幸せにするから!だから、この戦争が終わったら、結婚してください!」
正直に言うと、なぜそこまで話が飛ぶのか理解ができなかった。
声が小さかったのかと反省していると、刀馬はさらに私の背中と膝に腕を入れて抱き上げた。所謂世の中の乙女が一度は夢見るお姫様だっこだ。
梓、女の子ってこういうの好きだろ?なんてのんびり聞いてくる刀馬に、「将来誰かにするための練習かしら?」と思うことにした。これ以上疲れるのは嫌だし、今せっかくここまで整ってきた刀馬の精神状態をわざわざ粉々に砕かなくてもいいと思ったのだ。実戦を見たわけではないので、一年を経て馬がどれほどの者になったのか、その馬を師匠と仰ぎ教えを乞うた刀馬の腕じゃ使えるレベルなのか。
刀馬が万全の状態で挑んでもらいたかった。
喜び、歩きまわる刀馬に、階下からオフィリスの「うるっせーよ!ガキはいい加減に寝ろ!」と怒声が響いてきた。やはりこの静かな空間で騒ぐ刀馬はかなり目立っていたようだ。
「とにかく、明日は朝も早いわ。今日はもう寝ましょう。」
おやすみなさい。と声をかけて、応える声を聞かぬまま、私は自室と定めた奥の部屋へ向かった。それからは朝、朝食の席で刀馬を見かけるまで見かけていないし、もちろん会ってもいない。
あれからおかしいのは、刀馬がまったく話しかけてこないということだ。
「おはよう、刀馬!」
声をかけても
「おー…」
としか言わない。
いったい、刀馬に何があったと言うのか。
唯一知っていそうな人物を当たった。
「どういうことなんでしょう?トーマ、今日は全然私に話しかけてこないですし。目が合うだけですぐにそしちゃうし…オフィリス、トーマなにかあったの?っていうか何かやったの?」
「…なんで俺?というよりも何かあったはともかく、何かやったってなに?」
隣を歩いていたフォリアがプッと吹き出した。
笑う妹を横目で睨み、オフィリスはアズサを見た。
「お前、なんの心当たりもないのか?」
「うん。」
「即答だな、おい。」
おもしろそうだった顔が、ちょっと真剣さを帯びる。
「だってわからないもん。」
「可愛く言い方変えてもダメだ、自分で考えたのかよ。」
「うん。」
「もっとしっかり考えろ。」
真剣になったオフィリスの顔に、私もふざけてはいけない空気を感じとる。オフィリスと歩いていたフォリアもまたなにかただならぬ空気を感じ取ったのか、心配そうに私たちを見比べた。
オフィリスの顔を見ながら、私なりに全力で真剣に刀馬となにがあったのかを真剣に考える。
やっぱりわからない。
「オフィリス~」
「情けない声出すな!お前これからの戦闘大丈夫なのかよ?」
「オフィリスが教えてくれればそれで大丈夫。」
「…いや、ダメだ!教えるかよ。」
「いじめっ子は長生きするぞ。」
「…なんだそれ、褒めてんのかけなしてんのかどっちだよ…」
戦闘が開始されたと合図が来た!エンクが知らせに来た。
よし、行こう!と私を先頭に走りだす。
*
最後の決戦の場、世界の中央に据えられた戦場に着くと、そこはまさしく地獄絵図。
奥には世界の精霊を祀る祭壇。
前にどこかで見たエジプトの神殿のような造りの建物が小さく見えた。
茶色だったはずなのに一面が赤く染まり、立っている者は剣を手に持ち、振り上げ、同じく立っている敵に突き刺す。とそうしているはずだった。
現実には天使も悪魔も、エルフもダークエルフも誰彼構わず切り倒し、笑っていた。
地獄の笑い声が木霊する異様な空間。
「何、これ…」
「地獄絵図」
軽く答えたオフィリス。
しかしその目は怒りと、戸惑いと悲しみが滲んでいる。
こんなの、おかしいよ。
敵とか仲間とか、全部関係なく、ただ殺すことを楽しんでいる?
「止めさせる!」
「おい、アズサ!」
オフィリスの止める声を背中に受けて、私は走り出した。もうこれ以上無益な殺し合いをさせるわけにはいかないのだ。
弓を取り出し、イメージ。一瞬で放った。太い炎の筋となった矢は意思を持つかのように戦う者たちの間を縫って進み、一時的に戦闘を中断させた。
やったかと思ってホッと息を吐くが、一瞬動きが止まっただけでそれが過ぎると変わらずに再び戦い出した。
どうすればいいんだ。
この光景を見ているだけで、怖くなる。
「止めて!」
考えて、力づくがダメなら直接語りかけるしかないと大声を張り上げる。
せっかく話し合いで世界を平和にしようとしていたのに、見事に失敗してしまった。
いったい何があったのか。
「やめて!止めてよ!自分が何と戦っているのか、わからないの?」
「無駄だ。こいつらには何も聞こえちゃいない。」
「…そんな、せっかくみんなで歩いて生きてくる未来を見つけたと思ったのに…」
「……あれ、やるつもりだったのか?」
「…あれしかなかったんです。」
「それでも、お前が犠牲になってそれで済むとは思ってないよな。」
「……。」
「お前は俺たちの家族だ。勝手に死ぬなんて緩さねーからな!」
オフィリスはそう言って駆けだした。でもすぐに立ち止まって、こちらを向いて何かを投げた。オフィリスに投げられたソレは赤い光の筋を残して私の差し出した手の中へ入った。
手の中を見ると、赤い見覚えのある石。
「忘れてた!昨日作ってやってたのに五月蠅くしてた馬鹿どもがいたから、集中してできなくて遅くなっちまった!」
確かに渡したからな!
そう言って走る先には戦場。
他のみんなも戦場に行ってくれた。
その中で、ひときわ目立つ大太刀の使い手。
「大丈夫。刀馬なら、本当に刀馬を見て、幸せにしてくれる人が現れるよ。」
もう大丈夫。
「ね、リーリエ。」
応えるようにきらりと輝いたルビー。
ようやく、半身が戻ってきた。
「行こう。」
戦場を駆け抜けて、私は祭壇へ。
駆け抜けている最中に、これまで会ってきた仲間を見かけた。
フォリアに、北の城壁の仲間たち。リーダー、馬、牛、アヤメ、そして刀馬を見た。みんなに微笑んで、私は走った。これほど楽しく走ったのは生まれて初めてだ。
私、世界を救いにいってきます!
*
白い乙女。
男は戦場となっている祭殿の前で剣に両手を乗せて持ち立っていた。
彼は待っていた。
世界に選ばれし異端の少女。
彼の目的を妨げる、不愉快な少女。
会ったことはないが、彼の目的を邪魔する者は許さない。
さあ、来るといい、白き乙女。
彼女に愛される者は私だけで十分なのだから。どちらかが消える定め。
ならばお前こそが消えるべきなのだ。
さあ、来い!
男の声に応えるように、弓で彼の忠実なる部下たちを薙ぎ払う白い少女が近づいてきた。
「待っていた。この時を。」
「精霊王がこうして世界が混沌に呑まれようとしているときに現れるのは、その中の一人が白き乙女だからだ。必ず一人は、消える。」
「彼女だった。なぜと、どうして、泣き叫んでも神獣は応えてくれなかった。」
「だから、精霊王は巡るから。待っていたんだね、アヤメを。」
「彼女は彼女だ。アヤメであろうとヒオウギであろうと関係ない。私は彼女とともに生きたかった。それだけなのだ。」
祭壇へ続く百段あまりの階段の上と下で話す。
「早くしないと、アヤメの命も危なくなるよ。」
「もう遅い。」
この人、今空気が変わった。
「すべてがもう、遅いのだ。この世界は滅びるべきなのだ。」
ヴィジュアル系の美形だったのに、そう言ったのをきっかけに徐々に崩れて行く。
「妬み、悲しみ、憎しみ、苦しみ、怒り、それら負の感情が私を生み出し、そして神獣の力を凌ぐほどの力wお手に入れた。」
「神獣は?」
「暴れている。すぐに地震が起きるぞ。神獣の暴れた影響でな。」
「はやく、解放しないと大変なことになる!」
エンクから、南の女神から聞いた。
彼女が私の言うことだけはとてもよく聞いていたのは私が炎の精霊王で、エンクが炎の神だから。
同じように刀馬は水の精霊王、東の神が水の神。
アヤメが地の精霊王で、目の前にいる彼が地の神だ。
彼らは何代か前の精霊王として生まれたアヤメと恋をした。
けれどアヤメは今の私と同じようにこの世界を支える神獣に捧げる生贄だったから、北の神の声を聞くことなく、アヤメは神獣に捧げられた。
「この世界には、負の感情が溢れている。おかげで成長することができたが、皮肉なものだな。」
彼はそれを何千年も抱いてきたのだ。
つらかっただろうに、苦しかっただろうに。
たった一人のことを想って、彼はそれに耐えた。
けれど、その純粋な愛情を逆手に取る者が現れた。
それが、今彼の体を乗っ取っている邪神、その凶悪さ故に名さえも忘れ去られた存在。
神獣召喚を阻止しようとしている神。
この神を退け、世界平和、安寧のためには神獣を召喚するしか方法はない。
そのためには、こいつをどうしかしなきゃ!
方法を考えているところへ「梓!」と私を呼ぶ声。
振り向くと、再会してからずっと避けられていると思っていたアヤメがいた。
アヤメの姿を見ると、邪神の宿った北の神の瞳が輝きを取り戻したかに見えた。
「梓、あの人…」
「知ってるの?」
クタン!
アヤメが呼ぶと、北の神、クタンが反応を示す。苦しいのだろう、つらいのだろう、唸りながらではあるがアヤメを見て、そして「ああ……あ、やめ?」
「クタン!」
「…アヤメ!」
「こんなあっさり?」
愛は世界を救うってやつですか!
北の神クタンが戻ってきたことを祝うよりもあっさりしすぎた結末に呆れたその時、空気をも震わせる大きな地震が起こった。
「あ、忘れてた…君が今生の贄、白き乙女だね。」
今こいつ…この神様ぼそっと「忘れてた」って言ったよね。そう思ったけれど今は非常事態。私は黙って耐えた。そして次の言葉待つ。神獣に関しては同じ神の字を持つ者だ。私よりもずっと詳しいだろう。
「この上に祭壇がある。奥の壁にさらに穴があるから進みなさい。突き当りまで行くと洞穴があるからそこに入って、最奥で眠りなさい。」
「クタン、…アズサ」
愛おしそうに北の神を見つめるあやめ。その表情はすでに私の知っている幼馴染の女の子のものではなかった。永い時をたった一人を求めてさまよい歩いた強い女性と、彼女を待ち続けた儚い男性。この二人は、これでいい。私はみんなに幸せになってほしかったんだ。
でも、たった一つだけ、もらっていく。
「北の神」
「なんだぃ…!」
「…アズサ?」
「こいつはもらっていく。だからもう、苦しまなくていい。」
にっこり笑ってお別れを。
決めていたんだ。別れる時には絶対に泣かないって。涙で別れたら、その顔が一生相手の記憶に残ってしまう。私は記憶には笑顔で残りたい。我がままでも構わない。私が決めたんだから。
「んじゃあね!お幸せに」
後ろ手で手を振りながら階段を上る。私スカートだけど、ふたりなら大丈夫だよね。お互いしか見えてないし。
北の神に言われた通り、祭壇に上がった。奥の壁に開いた穴へ入り、さらに奥へ進む。ここは案外狭くて、小柄女の子である私でさえもはいはいで進んだ。五十メートルほどだろうか?はいはいなので長く感じた、時間にすると三十分ほどだ。ようやく突き当りが見えてきて、穴から出ると大きく空洞が開いていた。左右に余分な空間が広がり、右手の奥に最終目的地である洞穴があった。
中を見ても暗闇が広がっているばかりで何も見えない。でも、ここに入らなければ世界が終ってしまう。守ってくれるはずの神獣の手によって滅ぼされるなんてまっぴらだろう。私だってそうだ。
暗いところは好きではないが、とにかく入らなければ進めないので入った。左手を壁に付き、足を高く上げて転ばないように慎重に進む。しかし、奥に入るにつれて、ガントレットにはまった水晶が光を放ち、まるで私を導くかのように道を光で指し示してくれた。
奥へ入ると、そこは水晶でできた空間のようで、一面水晶!売り払ったらいくらになるんだろうかと守銭奴でもないのについ計算したくなるほどの量があった。壁も、床も、上も、何もかもが水晶!
その水晶は今生の贄が炎の精霊王である私だからか、優しくオレンジ色の光を放っていた。ここだけみると、結構神獣も優しい奴なのではないかと思ってしまう。
光に照らされて奥へ進むと、そこにはやっぱり水晶で作られた寝台。それも生贄用の特別仕様なのか、台の下には細かい細工が施されているが、贄が乗る場所には真っ白だった。なにも縁でさえも模様も何もない。
ここでいいのかと自分で納得して眠ろうとお尻から一メートルほどの寝台に乗る。
なんだか、ここまで来るのに疲れてしまった。
硬くて寝心地も何もあったものではないが、とにかく何でもいい。徹夜した翌日の午後三時のような眠気に襲われる。動いていれば大丈夫なんだけど、温かい場所とか暗い場所では「どうぞお眠り下さい」状態だ。
…でも、眠れるなら、…なんでも、いいや…。
おやすみなさい、世界。
おやすみ。私の愛し子。
とっても渋い声が聞こえた気がしたけど、私は気にすることなく眠りに付いた。だって、彼女が待っていてくれたから。
「ねえ、これからどうするよ?」
答える声はない。
私は、ただ暗闇のみが存在する空間にいた。
渋い声から一通り説明を受けて、これからどうすればいいのか知っていたけれど、ここのことなんて何も言われなかった。
もしかして、失敗?
そんな考えが頭を過る。
「じっとしてろ。すぐに迎えが来る。」
不安に駆られていると、頭に直接響いてくる声が聞こえた。やっぱりこれも渋い。
「あなた、邪神?」
「ほかの奴飲み込んでたりしたのか、お前。」
「性格悪いね、やっぱり。」
「伊達に邪神なんてやってないからな♪」
…どうしたんだろう、やけに楽しそうだ。
「まあ、あの半獣を亡くしたのはちったぁ俺のせいだからな。」
「ちったあ…ね。よく言ったもんだ」
「事実だぜ。…お、ようやく来たようだ。ほれ、行くぜぃ。」
言葉と同時に、私は背中を押されて暗闇の世界から放り出された。
世界を守るために奉げられる白き乙女に与えられた特権。
一人だけ、輪廻にめぐる前の出迎えをつけられること。
これは双方の思いが重なった場合でのみ適応される特権らしいが、いままで外した者はあまりいないということだった。
私も、当たった一人。
「アズサ。」
声が聞こえたほうに振り返ると、闇ばかりが広がっていた空間に、純白の半身がいた。
きれいな姿そのままに。
「いこう、アズサ。」
「うん。」
こっちに来てから何があったのか、詳しく教えてもらおう。
私の生贄ライフも早々捨てたもんじゃないと思った。
だって、心のそこからもう一度会いたいと願ったもう一人の私を取り戻せたのだから。
…と、まあ。こんな結末でした。
卒業制作として提出したので、当然評価なるものも返ってきました。
「急ぎすぎ☆」
簡単にいえばそんな感じのことを書かれていて、読んで「うん、知ってる(笑)」と納得。
ちょうど3,11頃のことなので、荒れていた私の心に、小さな癒しとして役立ってくれました。
そんな思いであふれる作品だったのですが、いかがでしょうか?
そして書き直すとかなんとか言っていた気がしますが、ここまで来てもまったく内容とか展開とか思い出せない、思いつかないのでおそらく、きっと、前言撤回させていただくことになるかもしれません。
ワタクシこんな適当人間でございます。




