再び廻る… 3
ルシナの言葉に、エレジーは驚きを隠せなかった。
招かれざる客――それは、アーヌの人間のことを指しているのだろう。そうだとすれば、この森には、敵が潜んでいるかもしれない。
「お兄様……」
エレジーは、無意識のうちにルシナの服の袖をつかんでいた。
「心配するな、エレジー」
ルシナは、優しくエレジーの頭をなでる。
「さて、と。どうしたことかな」
森の中、このまま立ち止っていることは危険だ。ここで敵に出くわしたら、もう逃げる道はない。
敵の状況も把握できていない今、状況は不利。ここからどう出るかによっては、命も落としかねない――。
「隊長――!」
不意に木の陰から声が聞こえた。
「誰だ」
ルシナの声とともに、木の陰から一人の男が現れる。
その人物は――。
「キャメル様」
「ああ――。何者かがいるようだな。キャメル、悪いが、馬車の運転手と一旦王宮のほうに戻ってもらえるか」 エレジー、ルシナと同じ隊に所属する兵士、キャメルだった。
「エレジーも一緒だったんだね。隊長、この有様は――」
キャメルもまた、倒木を見て声を上げる。
ルシナが考えていることは、なんとなくわかる。
きっと、一人で行動することが危険だということなのだろう。
「わかりました。隊長とエレジーは――?」
「俺たちは、このまま基地へと向かう」
「基地へ――? でも、今この森は危険なのでは……?」
キャメルは、ルシナを心配そうに見つめている。
無理もない。先程ルシナの口から、『誰かがいる』という言葉が出たのだから。
「問題はない。基地まではそんなに時間はかからないからな。エレジー、行くぞ」
ルシナは、キャメルのことなどお構いなしに、歩き始める。
「お兄様……っ」
エレジーも、キャメルに一礼すると、そのままルシナを追いかける。
「エレジー」
それを、キャメルが呼び止めた。
「なんですか、キャメル様……?」
キャメルの表情は、真剣そのもので、笑いなど一つもない。
むしろ、怖いくらい――。
「……いや、なんでもない。気をつけろよ」
その言葉に、エレジーは頷いた。
「ありがとうございます」
さっき、何を言いたかったのだろう――。
気になったとしても、もう問い返すことはないだろう。それよりも今は、前に進むことを考えるのみだ。
エレジーとルシナが基地に向かい去っていくのを確認し、馬車の運転手がキャメルに話しかける。
「――どうやら、うまくいったようですね」
運転手の一言に、キャメルは怪しげな笑みを浮かべる。
「ああ。あの方のお考えだ。失敗するはずなどないだろう」
二人は、まんまと騙されているな、と言わんばかりの蔑みの視線を、森を進む兄妹に向ける。
「あのお方は、今、この森へ?」
「ああ。おそらく、彼らが進む先にいるだろうな」
ザアァ――。
木立を風が吹き抜けていく音が、妙に恐ろしく聞こえた。まるで、これからの悲劇をうたっているかのように――。
「まあ、俺は当分、殿下の指揮する隊の人間ってことで、通させてもらうことにするよ」
キャメルの言葉は、何かを楽しんでいる子供のような口ぶりだった。
「とりあえず、お前を王宮まで送ることが、殿下の申しつけた仕事だったっけ?」
「ええ、そうでしたね」
「んじゃ、任務遂行と行くか。――馬車を出せ」
「かしこまりました」
黒幕の一員である二人の乗る馬車は、王宮へと走り出した――。