再び廻る… 2
ルシナと共に、軍の訓練に合流することにしたエレジーは、もう一度自室へと戻った。水色のドレスから、今度は、赤色の軍服に着替える。
まったく、今日はつくづく着替えが多いな――。
「エレジー、着替えは済んだか」
ドアの向こうから、ルシナが催促をする。
「ええ。今出ますわ」
エレジーは、腰のベルトに短剣をさすと、もう一度鏡の前で身だしなみを整える。
「よし……」
エレジーは、ドアを開け、ルシナの前に姿を現す。
「お待たせしました。お兄様」
ドアの前に立っているルシナも、燕尾服から、黒の軍服に服を変えていた。
ルシナは、エレジーの姿を一瞥し、ある一点に目を留めた。――髪だ。
「その髪――」
ルシナは、エレジーの髪に指を絡める。
「結んだほうが、動きやすいのではないか」
エレジーの髪は、いつもどおり下ろしてあった。エレジー自身、それはいつものことなので、何もかまってはいないようだったが、確かに、このままでは動くたびに髪がなびいて、邪魔になること間違いなしだ。
「そう、ですね」
エレジーは、軍服のポケットからヘアゴムを出し、髪をポニーテールに結わいた。
「一応仮ですし、これで問題ありませんよね」
「ああ。では、基地に向かうことにしようか」
エレジーとルシナは、基地へと向かい始める。
その間、エレジーは、先ほどの使用人の話を少し気にしているようだった――
エレジーとルシナを乗せた馬車が、王宮近くの森へと入っていった。
王宮のあるセーリンとホースの狭間にある森の中に、エージルの軍基地のひとつがある。
軍基地は、エージルの中に合計5つ存在するが、エレジーとルシナが所属するのは、この基地だ。王宮および、皇太子、皇太子妃、その他王宮に住む者を護ることこそ、この基地に所属する騎士団の役割だ。本来は、エレジーとルシナも護られる側の人間なのだが、本人の意思で、軍に属することとなったのだ。
あの日――あの日に誓ったんだ。私は、護られる人間じゃなくて、誰かを護る存在になるって――。エレジーは、過去の記憶を思い出していた。
「……エレジー、もうすぐ到着だが――」
「……」
ルシナが声をかけるが、エレジーは、そんな声が耳に入っていないかのように、ぼんやりと窓の外を眺めていた。
「おい、エレジー!」
「……え、あ、はい。何でしょうか、お兄様」
やっと、自分を呼ぶ声に気がついたように、エレジーが返事をする。
「どうした。お前らしくもないな。ぼんやりとして――」
「あ、いえ……。ちょっと、過去を思い出していて――」
思い出していたのは、ジェミスのこと。あの、忌まわしい事件――私が、自分自身に誓いを立てたあの日のこと――。
「……お兄様、やっぱり、ジェミスは――」
刹那、馬車が突然ブレーキをかけ、とまる。
「きゃっ!」
エレジーは突然のことにバランスを崩した。
それを、ルシナがやさしく抱え込む。
「大丈夫か」
「え、ええ……」
「申し訳ございません、ルシナ様、エレジー様。ご無事ですか」
運転手はエレジーとルシナをのぞき、安否を尋ねた。
「大丈夫ですわ」
「何か、あったのか」
「どうやら、春の嵐の所為で木が倒れたようです」
運転手は、馬車から降り、倒木のそばに立つ。
エレジーとルシナも、運転手に続いて馬車から降りた。
目の前に見えたのは、幾本かの倒木。それによって、道は塞がれていた。森の中であるゆえに、他に馬車が通れるほどの広い道もなく、辺りは静寂に包まれていた。それが、なんだか不気味なように思える。
「……本当に嵐か――」
ルシナは、倒木を見ながらつぶやく。
「え?」
「倒木の端をよく見てみろ」
ルシナに言われ、エレジーは倒木の傍に屈む。
「……!これ――」
倒木の切れ目は、まっすぐできれいだった。そう、強い風によって倒れたのではなく、まるで、何者かの手によって切り倒されたかのように――。
「ああ。嵐の所為じゃない。この森で、俺たちを足止めするためだ」
「でも、どうしてそんなこと――。あっ!」
エレジーの脳裏を、厭な予感がよぎる。
「成程。この森には、招かれざる先客がいるといったところか」
ルシナの少し面白そうで同時に冷静な声が、森の中にこだました。