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再び廻る… 1

 エージル王国――大陸の中央に存在する、四方を山に囲まれた国。規模は比較的大きく、各国とも重要な繋がりを持っている。四季折々の花が咲き誇る、自然豊かな場所だ。

 この国に住む人間はみな、神に愛でられ、特殊な力を持ち合わせていた。力の大きさは、人によって違うが、その力によって国は大きく三つに分けられていた。

 一つ目、国の南端の地、ミカレン。ここは森に囲まれ、先住民がひそかに暮らしている。年齢層は高く、国のことを詳しく知るものが多い。エージルの歴史を尋ねるならば、まずこの地に向かえといわれている。力は、弱いものが多く存在する。

 二つ目、活気あふれる街のあるホース。毎日沢山の人々が、入れかわり、立ちかわり、にぎやかにすごしている。力の大きさは、国の平均程度。強くもなく、弱くもなくといったところだろう。

 そして三つ目、王宮の存在する、セーリン。王をはじめ、身分の高いものが暮らしている。政治経済を動かす地でもある。この地にいる人間は、力が絶大で、他の国民とはかけ離れている。

中でも、最も絶大な力を持つのは、王族のミハーリン。彼らの能力を駆使すれば、不可能はないともうわさの立つ、それはそれは絶大な力を持つ人間が、王宮には集っていた。

その中で最も絶大な力を持っているとされるのが、皇太子の娘――エレジー。彼女は、エージルの中で、最も神に愛された存在とされていた。


 雪解け水が川に流れる春の日、エレジーは、いつものように庭で花の世話をしていた。

「エレジー様。そちらは私たちのほうが――」

 使用人たちの声に、エレジーは手を止める。

「いいのです。ただ、私がやりたいと思っただけですので」

「しかし――」

 使用人としても、流石に一国の姫君にこのようなことをさせる事は、気が引ける。

 だが、エレジーは、どうしても花の手入れをしたいと言う理由があったのだ。

 今から丁度五年前の今日――エレジーの昔からの顔見知りのジェミスが行方不明になったのが、その日だった。ジェミスは、男だと言うにもかかわらず、植物が大好きで、エレジーの城の庭に咲く花の世話を、手伝っていた。そのおかげで咲くようになった花もある。エレジーは、だからこそ、特にこの日だけは――自分の失態のせいでジェミスを行方不明にさせた日だけは、ジェミスに代わって、花たちの世話をしようと決めていたのだ。

「私にできることは、これだけですから――」

 静かに呟くエレジーの表情は、とても哀しげだった。

「こんな所に居たのか、エレジー」

 バルコニーから聞こえた声に、エレジーは顔を上げた。

 視線の先にたっていたのは、エレジーの兄、ルシナだった。

 銀色の髪を風になびかせ、彼自身が持つ藍色の双眸で、庭に居るエレジーへと視線を落とす。白い燕尾服に身を包み、皇太子らしい立ち居振る舞いをしている。

「お兄様」

「お父様が、お呼びだ。すぐに泥を落として、上がってきなさい」

「お父様が……? 判りました。早急に向かいますわ」

 エレジーが返事をすると、ルシナは城の中へと入っていった。

 それと同時に、エレジーは、使用人たちに一礼し、ワンピースを翻しながら城へと戻る。


 一体、何の用なのだろう――。エレジーは、そう思いながら部屋で着替えを済ませていた。今、エレジーが着ているのは、先程の動きやすいワンピースではなく、ちゃんとした水色のドレスだった。父親――いや、一国の王に謁見するのだから、それに相応しい格好をしなければ、無礼際なりないというものだ。

 コンコン――。

 ドアをノックする音が、エレジーの耳へと届く。

「用意は整ったか」

 ドアの向こうに立つルシナが尋ねる。

「ええ」

 短く答えると、エレジーは自室のドアを開け放ち、ルシナのもとへと向かった。

「……ねえ、お兄様。お父様からのお話とは、何なのでしょうか」

 エレジーは、それを聞かずには居られなかった。エレジーの父――エージルの現国王のロマリオも、五年前の今日にあった事件を知っている。その上、エレジーがこの日にドレだけのショックを受けたかも、この日が、エレジーにとってどんなに特別な日であるかも――。だからこそ、この日にエレジーが国王に謁見するような機会を作らないように、ロマリオも心得ているはずだった。

「さあ、な。だが、この日に謁見をなさるという事は、相当緊急の用事だと思われる」

「そうですね。……緊急の用事――か」

 今の状況で、緊急の情報が入ったとしても、それはおかしくはない状況だった。

 エージルの隣国に当たる、アーヌ王国が近々怪しげな動きを見せていると言うのは、エレジーの耳にも届いている情報だった。

 アーヌ王国――かつてエージルから独立した国家。それはおよそ百年も前の話だが、その原因は、現在のアーヌの地区に住んでいた市民たちが、エージルの思想や政治に反感を持ち、自ら独立することを宣言したとされている。そのせいで、今でもアーヌとは対立しあっているわけだ。

「……どちらにせよ、俺たちはただの駒だ。お父上の仰るとおりにすればいい」

 ルシナは、静かに呟いた。

「え――?」

「いや、なんでもない。――さあ、着いたぞ、エレジー」

 王宮の長い廊下の奥に、ロマリオの書斎は存在する。一見、どの部屋とも変わりのないつくりだが、この部屋が、他に比べて広く、守りも万全であることは言うまでもない。

「父上。エレジーを連れてまいりました」

 書斎のドアをノックし、ルシナが部屋の中に居るであろうロマリオに声を掛ける。

「入ってくれ」

 書斎の中からロマリオが返答したのを確認してから、エレジーとルシナは書斎のドアを開ける。そのまま、書斎の一番奥のソファーに座っているロマリオのもとへと歩み寄った。

 エレジーと同じ金色の髪を後ろで一つに束ね、紅いローブを身に纏っているロマリオは、見るからに国王のオーラが漂っている。

 ロマリオは、本から視線を上げ、エレジーを見つめる。丸眼鏡の奥にある瞳が、優しげであり、それでいて鋭く輝く。

「お呼びでしょうか、お父様」

 エレジーは、ロマリオに一礼する。

「エレジー。思ったより、早かったな」

「お父様のお呼び出しですから」

 エレジーは、頭を上げた。今目の前に居るロマリオは、お父様である前に、一国の王なのだ――。無礼な態度を取ることは許されない。もう一度、そう思い直した。

「父上、それでは私はこれで――」

 ルシナは、自分の任務を全うしたかのように、部屋から立ち去ろうとする。

「ルシナ、君も残れ。――二人に、重要な話がある」

 ルシナは足を止める。そして、二人ともが、ロマリオの言葉で真剣な顔つきにと代わっていった。

「呼び出したのは、他でもない。隣国のアーヌのことについてだ」

 やっぱり――。エレジーの予想は当たっていた。この時期、この状況で呼び出される理由は、殆どがアーヌとの関係についての注意・忠告だった。

「……アーヌ国、ですか」

「ああ。――君たちももうすでに知っているとは思うが、隣国のアーヌで不審な動きが続いている。そこで、そちらの方に極秘で使者を送ったのだが、ある重大な情報が耳に入った」

 重大な情報――それはおそらく、何かが起こる前触れとなるだろう。エレジーは、そんな不安を覚えた。

「重要な情報、とは」

 ルシナは、冷静な口調でそれをたずねる。

「『悪魔ノ殺シ屋』と言う物を聞いたことはあるか」

 エレジーは、そんな物騒な名前のものを聞くのは初めてだった。

 ふと、横に視線を送ると、ルシナは、それを知っているかのように、目を見開いていた。

「お兄様――」

「悪魔ノ殺シ屋――まだエージルが分立する前に開発されていた、最強最悪の毒物。体内に少しでも入ると、たちまちその人間を死へと追いやる――。確か、エージルとアーヌの分立は、この毒薬を廻るものだったという説もあったかと――」

 最強最悪――ルシナの口から出てきた言葉は、壮絶なものだった。百年も前とはいえ、エージルがそんな物を開発していたとは、とても驚きの事実だった。

「流石だな、ルシナ。実は、それに関する情報なのだが」

 なんだが、胸騒ぎがしてきた。さっきの予感は、本当だったと告げるように――。エレジーの胸の鼓動は、次第に高まっていく。まるで、アレグロの曲を奏でるように――。

「アーヌが、悪魔ノ殺シ屋を開発していると言う噂が立っているらしい。詳しいことは判らないが、これがどういう意味かは、理解できるね」

 書斎に、重々しい空気が流れる。それは、全員が同じことを頭に思い浮かべているからなのだろう。

 アーヌは、近いうちにエージルに何かを仕掛けてくる――。

「……それで、お父様。私たちは、それに関しては何をすればよいのでしょうか」

「とりあえず、近いうちに戦火があがることは目に見えている。それまでは、訓練にはげみ、万全の対策を練ってもらう。今日呼んだのは、それを伝えるためだ」

 書斎に、沈黙が流れる。その間、エレジーが考えていることは、エージルとアーヌが戦争などを起こさないこと。ただそれだけの、世界平和――。

「父上。それでは、我々は訓練へと向かうことにいたします。行くぞ、エレジー」

「はい、お兄様。それでは、ごきげんよう、お父様」

 エレジーは、ルシナに促され、ロマリオに一礼した。

「ああ」

 そのまま、二人は書斎から出た。

 長い廊下を、エレジーとルシナが並んで歩く。それは、歩きなれている廊下のはずなのに、先程までの重々しい空気のせいか、いつもよりも長いように思えた。

「お兄様。アーヌは何を考えているのでしょうか」

 エレジーは、ルシナにたずねてみた。

 ルシナは、暫くの沈黙の後、目を伏せた。

「さあ、な。だが、その毒薬を使って、良からぬことを企んでいるのは察しがつく」

 やはり、何か理由があることに違いはない――。それが一体何なのか、それによっては戦火があがることを早めるかもしれない。今、自分にできることは、自分だけでも、アーヌを刺激するような行動を控えることだけ――。

「……エレジー。例えアポロン様のご加護を受けているお前でも、『悪魔ノ殺シ屋』には気をつけろ」

 ルシナは、静かな口調で警告を出した。

 アポロン――エレジーが愛でられているその神は、『太陽神』と呼ばれる。エージルの中でも、愛でられる人間は珍しく、その上、強大な力を持つとされる。

「それは――神の力以上に、その毒薬が危険だという事ですか」

「いや。その毒薬自体、データが少ないんだ。開発に携わっていた人間は、殆どが現在のアーヌの者だから、な」

 データもないのに、どうやって防ぐのだろうか――。

「その上、解毒剤も存在しない、厄介なものだ」

 ルシナの話を聞き、事の重大さを一気に思い知る。体内に取り込めば即死、その上、解毒することも出来ない――。そんな物を持っている相手を敵に回したら、エージルは――完全に壊滅する――。

「……どちらにせよ、相手にそれを使わせなければ問題はない。もしもの時に備え、鍛錬していれば、何とかなるだろう」

 長い廊下を歩み終えたところで、ルシナは近くに飾られていた短剣をエレジーへと渡した。

「俺は、これから訓練に向かうが――お前も来るだろう」

 ルシナは、エレジーの考えを見透かしたように言った。

「ええ。そうするわ」

 エレジーは、エージルの皇太子の娘であると同時に、女騎士でもあった。腕前は確かで、剣にピストル、どんな武器でも起用に使役する。生まれながらにして持ち合わせた才能だが、それに日ごろの努力が重なり、国内でエレジーの騎士としての腕前を知らない人間は居ないほどだった。

「ルシナ様、エレジー様」

 遠くから聞こえる声に、エレジーとルシナは反応する。声の主は、使用人の一人だった。

「お二方、これからどちらへ――」

「ああ。少し軍のほうで訓練をしてこようかと――」

 ルシナの答えを聞き、使用人の顔つきが一変し、険しいものとなった。

「どうかしたの? 使用人さん」

 それを逸早く察したのは、エレジーだった。

「今、そちらへと向かうのは少し危険かと――」

「危険、とは?」

 使用人は、辺りに視線を動かし、周りに誰も居ないことを確認すると、ゆっくりと話し始めた。

「このようなお話をするのは、少し、いかがなものかとは思ったのですが――」

 使用人は、そのままの口調で、話を続ける。

「最近、この周辺の街で、辻斬りの事件が続いているのでございます」

「ほう」

 ルシナは冷静なままで聞いていたが、エレジーにとっては、衝撃的なことだった。

 最強最悪の毒薬に続いて、辻斬り――。世の中も、これまで物騒になってきたとは――。

「犯人は判りませぬが、噂によると、その者は、黒いマントに身を包み、まるで悪い魔術師のような身なりだと言われています。そして、この近くの森に現れるとか」

「近くの森って――それってもしかして……」

 エレジーには、その森に関して思い当たる節があった。

「兵の基地がある森ではないですか」

 エレジーとルシナがいつも鍛錬をするのは、王宮の南にある大きな森の奥の基地だった。

 そこで辻斬りが隠れているとしたら――。

「お兄様、危険ですわ。本日の訓練はやめたほうが――」

 エレジーは、不安そうにルシナを見つめる。

「ちなみに、その辻斬りの顔を見た人間は居るのか」

 だが、当のルシナは、エレジーの話など聞いてはいないようだった。

「少しお待ちください。早急に、思い出します」

 使用人は、記憶を辿り始める。

 エレジーは、その間、話を整理していた。

 黒魔術師のような身なりの敵――。普通に考えれば、それはアーヌの人間で間違いないだろう。だが、アーヌに、そんな行動を起こす理由などあるのだろうか。――もしかして、本当に戦火が――?

「確か……聞いた話では、齢はエレジー様と同じほど、小柄で、赤褐色の髪の人間だと」

 同い年くらいで、小柄で、赤褐色の髪を持つもの――。エレジーがすぐに思い浮かべたのは、ある一人の少年だった。かつての友人、今は消息不明の人間――ジェミス――。

「エレジー?」

 まさか、まさかそんなはずは無い――。そうだよね? まさか、貴方が敵に廻ることなんて、ありえないよね――。

 心に問いかけても、答えなど返ってはこなかった。

「……成程。それは、ジェミス君である可能性もあるのか」

 ルシナも、エレジーと同じ可能性に気がついたらしく、呟いた。

「エレジー。真実は、自分の目で見て、受け入れてはどうだ。今此処で、どんなことを考えていても、どうにもならないものではないか」

 ルシナは、遠くを見つめながら言った。それは、真っ直ぐとした言葉で、エレジーの胸に響いたことは、言うまでも無い。

「……そうね、お兄様」

 エレジーは、短剣を握り締めた。

「使用人さん、ご忠告、ありがとう。でも、私、やっぱり行ってみる。その辻斬りにあわないかもしれないし、会ったとしても、相手が誰なのかを確認しておきたいの」

「エレジー様……」

「もしもの時は、軍の人間も居る。それに、俺が彼女を護るさ」

 ルシナは、近くにあるロングソードを手に取り、腰につけた。

「行くぞ」

 ルシナが歩き始めると、それに続くように、エレジーも歩き始める。すれ違い際に、エレジーは、使用人に軽く会釈した。

 使用人は、エレジーとルシナが見えなくなるまで、深く頭を下げていた。


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