第七話 過去編③みにくいあひるの子
ダウリングは代々優秀な魔法使いを輩出する名家だと聞いていたが、かなりのお金持ちでもあった。ジェフリーは、姉の御用達だというブティックにアガサを連れて行き、「僕はファッションのことは分からないから」と店員に一任して、気前よく代金を支払った。
手入れの行き届かない赤毛を結い上げ、パールグリーンのカクテルドレスを身にまとう。よそ行きの服装に慣れていないから、着られている感がぬぐえず、どうも落ち着かない。そんなアガサに、ジェフリーは彼の語彙力の中で最大限の賛辞を送った。
「君は鮮やかな赤毛だから緑のドレスで差し色効果を狙ったという訳か。なるほど理にかなってる」
「周りはすごい人たちばかりじゃない……ごく内輪のパーティーだって言ってたくせに、嘘つき!」
「姉が主催してるから、内輪というのは本当だってば!」
おろおろしながら説明するジェフリーに、アガサは恨みがましい視線を送った。現在二人がいるのは、ダウリング家の邸宅の入り口。何でも、土魔法の権威である姉が書いた本の出版記念パーティーらしい。さっきから、煌びやかな装いをした男女が、次々に邸宅の中に吸い込まれていく。
こんなところに田舎者のアガサを連れてくるなんて、場違いにも程がある。けれども、ジェフリーは何も気づいていない。アガサの足が震えていることも、手のひらに汗がにじんでいることも。彼にとっては、ただの家族のパーティーなのだ。
(悪気がないのは分かるけど、もうちょっと考えてくれないかなあ……こんなところ緊張して何も考えられないよ……)
ジェフリーに手を取られ、渋々邸内に足を踏み入れる。そこはまるで別世界だった。
玄関を入ると、早速フットマンが寄って来て、ジェフリーに挨拶をした。彼はこの家の住民なのだから当然だが、アガサに対しても客人として丁重に接するものだから、すっかり萎縮してしまう。
「ジェフリー様、お帰りなさいませ。上着をお預かりします。エルザ様が中でお待ちです。付き添いの方もどうぞ」
ジェフリーはフットマンに対し、当たり前のように上着を差し出す。すっかり慣れた手つきに、彼とは住む世界が違うのだという事実をまざまざと突きつけられる。
会場となる大広間は絵に描いたような豪華さだった。四方を大理石で囲まれ、吹き抜けの天井から豪華なシャンデリアが吊るされている。居並ぶ人たちも華やかに着飾っており、アガサには王宮の舞踏会とどこが違うのか分からない。だが、彼にとっては、これでも内輪のパーティーなのだ。
「エルザ姉さんは二番目の姉で、土魔法が専門なんだ。魔法薬師の資格についても知ってるはずだから、ついでに聞いとこうか?」
「そんなの必要ないわよ! 別に一人でもできるから!」
ただでさえ恐縮しきりなのに、ジェフリーたら、さらにお節介まで焼こうとしてるのだから始末に負えない。
ジェフリーの後について行くと、マントルピースの傍に、今回の主役であるエルザ・ダウリングがいた。その隣にいるのが、一番上の姉のデイジーと紹介された。こちらは火の魔法が専門で、弟と同じく魔法省に勤めているらしい。それぞれ二十三歳と二十一歳で、両者ともすこぶる美人。花の蜜に吸い寄せられた蜜蜂のように、二人の周りを多くの取り巻きが囲んでいた。ダウリング家は美男美女揃いという事実に、アガサは早くも逃げ帰りたくなった。
エルザとデイジーは、ジェフリーを認めると、大きく手を振ってこっちへ来るようにと促した。
「ジェフリーってば、しばらく家に顔も見せずにどうしたのよ!」
「帰ったところで仕事を手伝わされるから近づきたくないんじゃないの?」
そう言って、二人の姉が派手に笑うと、周りにいる取り巻きたちもこぞって倣う。アガサには、何がそんなに面白いのか分からず、置いてけぼりになっていた。
「次の本の原稿のチェックなら空いた時間にやるから、アパートに送ってよ。それより、ここにいるアガサが魔法薬師になりたいらしいんだけど――」
「魔法薬師なんて誰でもなれるわよ。そんなに難しい資格じゃないし」
「それが、専門が風魔法なんだ。土魔法の方が有利なんだろう?」
「風だって何とかなるって。それより、アガサさんって言うの? ジェフリーがいつも連れて来る女の子とはタイプが違うけど、どこで知り合ったの?」
突然不躾な質問をぶつけられ、アガサはたじたじとなってしまった。相手のけろっとした様子を見る限り、別に失礼だと思っていないのだろう。口ごもるアガサの代わりに、ジェフリーが庇うように前に出た。
「いつもは僕が声をかけられる側だったけど、今回は僕から誘ったんだ」
「きゃー! うそ!? あなたから? ねえ、デイジー、今の聞いた?」
「ジェフリーったらすごいじゃないの! 自分から誘うなんて! こういうタイプが好みだったんだ?」
「別にそう言うわけじゃ……」
「アガサって言うの? 可愛いわね。こっち来て顔をよく見せて?」
気づくと、アガサは無理やり前に出させられて、デイジーとエルザから質問攻めに合っていた。おろおろとするアガサを、やっとのことでジェフリーが引き剥がす。そして、人気のないところへと逃がしてくれた。
「姉たちがごめんね! こんなつもりじゃなかったんだ。ただ、一緒に外を歩きたかっただけで……デートの場所とか知らないから……」
ジェフリーがすまなそうにするのはきっと本音なのだろう。いかにも世間知らずで、研究しか興味のないタイプだ。そう思ったから、アガサは彼を責めることができなかった。
「別にいいよ。何かあなたらしいって言うか……そういえば、さっき言ってた、次の本の原稿のチェックって何?」
「今回出した本もだけど、姉の書いた原稿にミスがないか、一通り目を通しているんだ。間違いがあったら大変だし」
「それ、大事な仕事じゃない! さっき著書を見せてもらったけど、あなたの名前はどこにも書いてなかったけど?」
「ああ、内輪でやってることだから書くほどのことでもないっていうか。ねえ、それより小腹空いてない? フルーツポンチ持ってこようか?」
まるでどこ吹く風のジェフリーに、アガサは呆れ返った。彼は、自分の仕事の成果を低く見積り過ぎているのではないか。姉にいいように利用されていることに気づいているのだろうか。
そのことを言おうかどうか迷っていると、別の人物がやって来てジェフリーの袖を引いた。相手は十代半ばくらい、ハニーブロンドの顔立ちの整った少年だ。
「ジェフリー、久しぶり。うちに顔出すなんて珍しいね。またデイジーたちにいじめられたの?」
「ああ、アンディか。相変わらず一言多いな」
「付き添いの人、僕にも紹介してよ」
少年がこちらを上目遣いに見るので、思わずドキッとしてしまう。いくら子供とは言え、そんな目で見られたら意識せずにいられない。ジェフリーは、そんなことは少しも気づく素振りなく、少年とアガサを引き合わせた。
「こちら、アンディ・シールド。僕の従兄弟だ。まだ十四歳だけど優秀なんだよ。七歳で風魔法の基礎コースを修了したんだ」
「えっ!? 七歳で? 私なんか十二歳だったのに! やっぱりジェフリーの家系天才すぎ……」
アガサはお世辞抜きに驚いたが、アンディは浮かれることなく、ジェフリーをじとっとした目で見つめた。
「ジェフリーに優秀と言われても嫌味にしか聞こえないよ」
「ほんっとにお前はませてるんだから。僕の言葉は素直に受けろよ」
「なんでこんなつまらないパーティーに来たの? またデイジーたちに顎で使われるのがオチだよ」
「ほんっと可愛げのないやつ! もうお小遣いあげないからな!」
十四歳の少年と対等に張り合ってるジェフリーがおかしい。それとも、アンディが大人びているのだろうか。二人のやり取りにアガサはクスリと笑った。
「周りがすごい人ばかりだから分からないかもしれないけど、十分誇っていいのよ? 私なんか田舎出身だから、魔法を使えるだけで神童扱いされたもの。マリゼに来たらもっとすごい人たちがいるって思い知らされたけど、子供のうちはたくさん褒められた方が伸びるって!」
「そうだそうだ、アガサも言ってるぞ!」
すると、アンディは少し頬を赤らめた。やはりこういうところは年相応なのかもしれない。
しばらく三人でお喋りをしていたが、ジェフリーが、二人のためにフルーツポンチを持ってくると言って抜け出し、アガサとアンディが残された。何を話せばいいだろう……とアガサが迷っていると、アンディの方から話しかけてきた。
「二人はどこで知り合ったの? その……今までの人とは違うタイプだからさ。ジェフリーは趣味がよくなった」
「それどういう意味?」
「前に来てた人たちは、美人だけどジェフリーのスペックしか見てなさそうだったけど、あなたは地に足が付いてる感じがする。デイジーたちはもっと派手なタイプが好みだろうけど」
十四歳とは思えない観察眼に、アガサはますます驚いた。魔法の才能があるだけでない、これは侮れないぞと思った。
「それは……ありがとう。あなたこそ、世間一般の十四歳よりはるかに優秀よ」
「どうかな、そうならざるを得なかっただけかもしれない」
アンディはここでも、生意気そうに肩をすくめて見せた。それにしても、いつまで経ってもジェフリーが戻ってこない。彼がどこにいるか会場を見回すと、再び姉たちに捕まっているようだった。フルーツポンチを持ちながら、何やら言い合いをしているように見える。
「ジェフリーったらどうしたのかしら? 大事な話でもしてるのかな?」
「声流れの術で聞いてみようか」
「ダメだって! そんな魔法の使い方しちゃ!」
声流れの術とは風魔法の一種で、目に見える範囲であれば遠くの会話を盗み聞きできるというものだ。禁術ではないが、この魔法のお陰で風魔法全体のイメージが悪くなるから、使うのは推奨されていない。
アガサは、アンディがすでにこの術を覚えていることに密かに驚きながら彼をたしなめた。だが、彼の方が早かった。パーティーの席だけあって、姉たちも油断していたのだろう、結界を張ってなかったから、会話は筒抜けだった。
『ああいう子は今回限りにしてよね?』
『何それ? どういう意味?』
『あんな田舎くさい子を選ばないでってこと。ダウリング家の格が下がるわ』
『もしかして、アガサのこと?』
『あなたはもっと高望みできる立場なのよ? あんなのが趣味だとしたら笑っちゃうわ』
『余計なお世話だよ! いちいち口出ししないでくれる?』
ジェフリーの姉たちの本音を聞いてしまって、アガサは愕然とした。本人の前では可愛いなどと言いながら根掘り葉掘り質問攻めしたのは、彼女を値踏みするためだったのだ。
分かっていたじゃないか、自分には場違いだって。元々住む世界が違うのだから。感情が込み上げそうになるのを抑えるために、必死に自分に言い聞かせる。
すーっと顔が青ざめるアガサを見て、アンディがすまなそうな表情を浮かべる。間もなく、何事もなかったかのようにジェフリーが戻ってきた。にこやかにフルーツポンチを手渡す彼を見て、姉たちとの会話を悟らせない優しさなのか、単に何も考えていないだけなのか判別できず、その後のこともよく覚えていなかった。




