第六話 過去編②天才魔法使い
ジェフリー・ダウリングの家に通うようになって一ヶ月が過ぎた。週二回、一回二時間。最初の頃のようなゴミ屋敷寸前の状態からは脱したが、ゴミを捨てる習慣がないらしく、毎度訪ねるたびに散らかっている。おまけに、家人がいないうちに済ませようと思うのに、なぜか彼が在宅していることが多かった。
「どうして日中に家にいるんですか? 仕事が忙しくて掃除をする暇もないって言ってたじゃないですか!」
「わざわざ時間をずらしてるんだよ。代わりに休日出勤を多くした」
「はぁ? なんで?」
「君の掃除のやり方は非常に興味深い。魔法を家事に取り入れる技術はぜひとも参考にしたいんだ」
アガサはげんなりしてため息をついた。一人で集中してなるべく早めに終わらせたいのに、こうも邪魔が入ってはやりにくい。楽するために魔法を利用しているだけなのに、どこが彼の興味を惹きつけるのか分からない。
「君は風魔法の使い手なんだろう? 他の属性でも掃除に応用できると思う?」
「知りませんよ。私、風魔法しか使えませんし」
「そっかー。やっぱり自分でやってみるしかないか。火と土より水の方が掃除と親和性高そうだな……どれ……」
「わーっ! 部屋中水浸しにしてどうするんですか!」
結局、ジェフリーが失敗した結果、アガサが掃除し直す羽目になった。これでは、追加報酬を貰わないとやってられない。
「もう! 邪魔をしないでください! あなたは天才なんだから、こんなのわざわざ見る必要ないでしょう?」
「分かってないなあ……僕の今の仕事は高度魔法の解析で、最近は光と闇魔法しか使ってないんだ。本当は、生活魔法みたいなみんなの幸せに直結する方が興味あるんだけど。だから、アガサがやっているところを見るのが楽しくて」
そんなことを言われたら反論しにくくなってしまう。アガサが困った顔で黙っていると、ジェフリーはさらに続けた。
「あとさ、前にも言ったけど、君、魔法の応用がうまいよ。才能と言ってもいい。楽するためだと軽く考えてるようだけど、柔軟な思考と発想力がないと難しい。うちで働く気ない?」
「うちって魔法省のことですか? ないない。無理ですよ」
「どうして頭から否定するの? 自分で言うのもなんだけど、魔法省は優秀な者しか入れないよ? みんなの憧れの的だよ?」
「……私は卒業後の進路が決まってるんです。田舎に帰って魔法薬師として働くって」
それを聞いたジェフリーがポカンとした顔をしたので、アガサは思わず苦笑いしてしまった。彼がそんな反応をするのも無理はない。天才魔法使いは、自分のやりたいことを誰かに制限された経験がないのだろう。
「魔法薬師? それはそれで立派な職業だけど、どうして?」
「私の村はすごく辺鄙な場所で薬局がないんです。もちろんお医者さんもいません。そんな田舎だから、大学進学が決まった時に、おばあちゃん……祖母から必ず魔法薬師の資格を取って村に戻るように言われています」
「ええ? そうなの……? アガサはそれでいいの? 嫌じゃないの?」
「嫌なんて言える立場じゃ……両親は早く亡くなって、親代わりに育ててくれた祖母には逆らえないし、大学行く時に村の人からたくさんご祝儀をもらったし……」
「そうじゃなくて、アガサはどうしたいのって聞いてるんだよ?」
ジェフリーの質問に、アガサは少しむっとした。どうしたいかなんて、考えることすら贅沢なのに、この名家の坊ちゃんはそんなことすら分からないのだろうか。
「そりゃあ、何のしがらみもなければ、魔法省で働けるなんて夢みたいとは思いますよ? でも、魔法薬師だってやってみれば楽しいかもしれないし、自分が必要とされているものをやるのが一番じゃないですか?」
「魔法薬師と風魔法の相性は特別いいわけじゃないだろう? あれはどちらかと言うと、土魔法の領域じゃないか?」
「適性が完全に合わなくても資格は取れますよ。それに、魔力を持たない人に魔法の種類なんか分かりません。とにかく、私に職業選択の自由はないんです」
ここまで話し合ったところで、ジェフリーは黙りこくった。やっとおとなしくなってくれたかと安心したアガサは、しばらく集中して床の埃を風魔法で吸い取っていたが、程なくして再び邪魔されてしまった。
「それってもしかして、アガサは大学を卒業したら、マリゼを去るってこと?」
「まあ……いずれはそうなるでしょうね」
「アガサはそれでいいの?」
「だから、贅沢を考える暇はないって言ってるでしょう! どうせ今だって勉強とバイトしかしてないし、都会のおしゃれな生活とはこれっぽちも縁がないから大きくは変わりませんよ!」
最後はややムキになって答えた。マリゼの町を歩く自分と同年代の若い女の子たちは、みなキラキラして見える。化粧をし、綺麗な服に身を包み、どうでもいいことでキャッキャと笑っている。
それを見ると自分が惨めになる気がして、努めて見ない振りをした。そうやって、自分の心に蓋をしてきたのに、目の前のこいつは無神経にも程がある。一体何がしたいのか?
相手が顧客ということも忘れ、思わず手を止めてジェフリーをぐっと睨む。椅子の背もたれを抱き抱えるようにして座っていた彼は、彼女の視線を受けて、もじもじしながら下を向き、小声で言った。
「もしよければさ、マリゼのおしゃれな場所に一緒に行かない? 小さなパーティーがあるんだけど付き添いが必要なんだ。いつも相手を探すのに苦労してて、アガサなら適役かなと思って」
「はあ? 私は掃除のために雇われたんであって、コンパニオンの契約は結んでません! それに、あなたなら引く手数多じゃないですか?」
「これとは別に報酬を出すよ! 着るものも買ってあげる。他の女の子だと、色々期待されるのがその……面倒なんだ」
しゅんとするジェフリーを見て、アガサは矛を収めざるを得なかった。彼は彼で、色々事情があるらしい。
「優良物件っていうの? なぜかそんな風に見られがちだけど、こっちは研究しか興味がないから、女の子をどう扱えばいいのか分からない。学校も飛び級で卒業したせいか情緒が育ってないというか……家でも二人の姉に頭が上がらないし。普通に話せると感じたのは、アガサが初めてなんだよ」
ジェフリーを観察してきてわかったことがある。実績は立派なのに、見た目は幼さが抜けてないところがあるのだ。そのちぐはぐさが何となく気にはなっていた。自分より家柄も財産も才能も優れている彼にも、彼なりの悩みがあるのだ。アガサは小さくため息を吐いてから口を開いた。
「…………しょうがないなあ。そのパーティーっていつなんですか?」
根負けしたアガサがそう言うと、ジェフリーはパッと顔を輝かせた。そういうところがあざとい。
「ありがとう! パーティーは明後日の夕方からだから、二時間前くらいから準備をしよう。掃除は後回しでいいから」
「そういう訳にいきませんって!」
こうして、アガサは、ジェフリーの身内のパーティーに一緒に行くことになってしまったのだった。




