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第五話 挿話①十年一昔

「わあ〜きれい!」

 

 二十歳になった大学生、アガサ・フォースターは、自分の部屋から見える花火に一人感嘆の声を上げた。


 使わなくなった古い監視塔を居室に改装した昇降機(エレベーター)のない部屋。冬は寒いし何となくカビ臭いし、いいところなんてひとつもない。でも、年に一度国を挙げて行われる豊穣祭の時だけは、ここに住んでよかったと思う。


 二百年前に絶対王政から共和制になったこの国に今も残る宮殿で、魔法使いの重鎮と貴族たちがきらびやかなパーティーを開く。そこから上げられる花火は、豊穣祭のフィナーレを彩る風物詩となっており、周りに高層の建物がないアガサの部屋からよく見えた。


 しばらくの間夜空に咲き誇る大輪の光の花を見ていたがしばらくして終わり、遅れてやってくる爆発音も静かになったところで、アガサは我に返った。高揚感がしゅんとしぼみ、一気に現実に戻される。次の豊穣祭は一年後か。この花火が見られるのもあと数回。大学を卒業したら自分は田舎に戻り――。ダメダメ、せっかく素敵なものを見たばかりなのに暗くなってしまった。なるべく未来のことは考えたくない。今だってそんなにいいもんじゃないが。


 山奥の小さな村から首都の名門大学に進学が決まった時は、地元は大騒ぎになり、数十年に一度の逸材として持て囃された。しかし、首都のマリゼに来てから、シビアな現実に打ちのめされることとなった。周りはアガサより美人で優秀な女性ばかり、なのに自分は貧乏、見た目もちんちくりんだ。


 学費と生活費を賄うために、アガサは働かなくてはならなかった。もちろんお洒落なんてする余裕はなく、勉強とバイトを両立する毎日。他人より少ない勉強時間のなかで優秀な成績を取っても、ここでは誰も褒めてくれない。垢抜けない田舎者が何やら必死になっているとせせら笑われるのが関の山だった。


「いけない。明日は新しいお宅に行く日だ。早く寝なきゃ」


 アガサは、朝から清掃のバイトが入っていることを思い出した。嫌な思考を止めるには寝るのが一番。窓を閉め灯りを消し、そそくさとベッドに潜った。翌日が運命的な日となることも知らずに。



 翌朝、早めに就寝したにもかかわらず寝坊してしまったアガサは、慌てて部屋を飛び出した。一日目でクビになったら大変だ。


 火、水、土、風の四大魔法のうち、アガサの専門は風魔法だ。それを利用して、五階くらいの高さからふわりと地面に降り立つ。階段なんてほぼ使ったことがない。これが、昇降機(エレベーター)のない部屋に住める理由だ。そんな事情もあって家賃は破格の安さだった。


 本部から渡された地図を頼りに、マリゼの中心部を東西に流れるリノテ川を渡り、きれいに整備された高級住宅街にたどり着いた。この辺は、アガサの住む旧市街と異なり、新しめの建物が多い。だから、昔の監視塔より高層の建物が並んでいる。


 目的地は、高級アパートの最上階。依頼主は一人暮らしと聞くが、単身で最上階に住んでいるところまで同じなのに、アガサとは月とスッポンというくらい何もかも違う。


 古代の神殿をモチーフにした大理石の外観、高級感あふれる内装、何重にも渡るセキュリティ。アガサは、間に合わないとやきもきしながら、魔法によるセキュリティチェックを受け、最上階の十階へと急いだ。


 部屋の前まで来たアガサは、真鍮のドアノッカーをけたたましく叩いたが、一向に返事がなかった。遅れてはないはずなのにどういうこと? 怪訝に思いながら何度も叩いたものの反応がない。


(このまま部屋に入れなかったらどうしよう? 帰るしかないの? それだと給料が……)


 ドアの前で悶々と悩んでいると、急にドアがガチャリと開いたのではっと顔を上げた。いよいよ家主と対面するかと思いきや、ドアの向こうには誰もいない。


「えっ! どうしてひとりでにドアが開いたの!?」


 思わず声に出して驚いていると、部屋の奥から声が聞こえてきた。


「ごめん、今ちょっと動けないから。そのまま入ってきて」


 若い男の声だったのでアガサはさらにぎょっとした。これは、一人で入っていいやつなのか……? 普通に考えたら逃げるべきなのであろうが、ここで踵を返したら収入がゼロになってしまう。いざとなったら風の攻撃魔法で反撃するしかない。そんなことを考えながら、玄関の中に足を踏み入れた。


 ドアにストッパーを差し込んで、もしもの時に逃げられるように動線を確保してから、そろそろと廊下を歩いた。それにしても汚い部屋だ。至るところに物が散乱していて、床まで侵食している。ゴミとそうでない物の区別がつかない。いわゆる「片付けられない人の部屋」というやつだ。


 おまけに服も脱ぎ捨てられている。コート、クラバット、ベスト、シャツ、トラウザーズ……ずいぶん仕立てのいい礼装だ。どこかのパーティーにでも行ったのだろうか。


(何これ!? すぐにハンガーにかけなきゃダメじゃない! それにしてもいい服……やはり、こんないい家に住むだけのことはあるわね)


 服を拾いながら進むうちに寝室の前に着いた。ドアは開け放しで中から人の気配がする。アガサは警戒して、部屋の中には入らず、外から声をかけることにした。


「あのー……今日から清掃の仕事に入らせていただくアガサ・フォースターと申します」

「えっ? ちょっと待って? おばさんじゃないの!?」


 ベッドからドスンという音が響き、何やら騒々しく準備をする気配がする。ボサボサの髪のまま下着の上にガウンを羽織って現れたのは、アガサと同年代、いや、もう少し年下だろうか、少年と青年の中間くらいの若者だった。


「なんで若い女の子が来てるの? こっちはおばさんを頼んだのに?」

「それはこっちのセリフですよ! 依頼人が若い男の人だなんてそんな……」


 アガサは、目のやり場に困って視線を床に這わせた。こんな話聞いていない。事務担当者のミスだろうが、これから本部に行ってミスを報告しないといけない。とんだくたびれ儲けだ。


 相手の彼も盛大にため息をついている。きっと考えていることは同じだろう。肩の上で揃えたプラチナブランドの髪があちこちに跳ね、端正な顔立ちが台無しだ。こういうところを見られたくないから、気兼ねのしない相手がいいという気持ちは分からなくもない。


「すぐに掃除してもらいたかったのに苦情入れるのも面倒だなー! 何でもいいから早くきれいにしてもらいたいのに」

「……あの、ここだけの話にしてもらいたいんですが、追加料金を払っていただけるなら、少しお片付けしてもいいですよ? せっかく来たんだし。お代は直接いただければ結構です」


 がっくりと肩を落とす彼に、アガサから提案してみた。このまま空手で帰るのは癪だし、本部にバレなきゃいいし、変なことをするような人ではなさそうだと判断したのだ。すると、彼はガウンの前を両手で合わせ、目を輝かせてアガサを見つめた。


「本当?…………助かるよ、ありがとう! 二時間でできるとこまでやって。報酬は一万ラベラでいい? 出来栄えに応じて追加するから」

「どこから手をつけましょうか?」

「そうだな……キッチンから頼もうか」

「分かりました! 早速始めます!」


 二時間で一万ラベラ。やはりお金持ちは気前がいい。おまけに、追加報酬をぶら下げられて、アガサのテンションは俄然上がった。それなら、本気で取り組んでやろうじゃないか。


 アガサは、袖をまくると早速キッチンへ向かった。なるほど、ここを最初に指定したのも頷ける。シンクには洗ってない皿や鍋が山積みになっており、生ゴミがあちこちに散乱している。臭いがきつくて近づくのもためらわれるほどだ。


 こんなに汚ければ、さっさと魔法を使って済ませてしまおう。アガサは大きなゴミ袋の口を開けるように持ち、低い声で呪文を唱えた。


「へ? 何をしてるの?」


 仕事ぶりを見に来た依頼主の彼が、間抜けた声で尋ねたが、無視して仕事に集中する。すると、作業台からあふれて床にまで転がっていた生ゴミが一気に浮かび上がり、吸い込まれるように袋の中に入っていった。空気を操る風魔法を応用した片付け術だ。


「えーすごい! 今の風魔法でしょ? こんなの見たことないよ!」

「別に難しいことはしてませんよ? 大学で学ぶような技術は使ってません。掃除するのに魔法を使っちゃいけない決まりはないから、短時間で合理的に進めようと思って――」


 大学生なら、家庭教師など割りのいいバイトは他にもある。だが、アガサが清掃の仕事を選ぶのには訳があった。自分の専門である風魔法が、掃除の効率化に役立つことを発見したからだ。


 この技術を売り込んで給料を上げてもらい、最近ではわざわざ彼女を指名する客も出るくらいである。このお金持ちの家に派遣されたのも、単なるミスというより、そんな事情があるのかもしれない。


 もっと風魔法で掃除をするのを見せてくれとせがまれたので、アガサは次に、シンクに溜まった食器を洗うことにした。シンクに水を溜め、洗剤と食器を浸す。そこに風魔法で水を攪拌し、洗剤の泡が汚れを落とすように操作する。汚れが取れたら、水でゆすいで風魔法で乾かしておしまい。ピカピカになった食器を目にした彼は、すっかり興奮して飛び上がった。


「なにこれ! こんなの見たことない! すごいよ! どうしてもっと前に思いつかなかったんだ!」


 頬を上気させ目を輝かせる彼を、アガサは不思議そうに眺めた。確かに、ちょっと自慢の技術ではあるが、何がそんなに珍しいのか? いつの間にか、彼は紙とペンを持ってきて、ぶつぶつ呟きながら、魔法陣や呪文を書き始めた。


「ちょっ……何してるんですか?」

「今の魔法の原理を紙に書いてるんだよ。忘れないうちに解明しなきゃ……あ、開発者が目の前にいるんだから、直接聞けばいいのか」

「だから言ったじゃないですか。難しい術は使ってないって」

「それが大事なんだよ。いかに簡単な魔法で難しいことを成し遂げられるか。それが、魔法の恩恵をあまねく国民に広めるための秘訣だ。上流階級だけに利益を独占させてはいけない……」


 まだ少年と言っても通じそうな相手から繰り出される高度な内容に、アガサは目を白黒させた。片付けができないお金持ちのボンボンかと思いきや、只者ではなさそうだ。アガサは恐る恐る尋ねてみた。


「あの……あなたは一体どういう……」

「へ? まだ自己紹介してなかったっけ? ジェフリー・ダウリングっていうんだけど。普段は夜遅くまで働いてるから家の掃除まで手が回らないんだよ」


 ジェフリー・ダウリング……顧客情報を見たときは思い出せなかったが、そういえばどこかで聞いたことがある気がする……すべての四大魔法を習得した天才魔法使いがいて、二年前、十六歳のときに、アガサの通うマリゼ大学を飛び級で卒業……話を聞いた時には、そんなすごい人が実在するのかと信じられなかったが……。


「まさか、あなたがジェフリー・ダウリング? 十八歳で魔法省で働いてるっていう?」

「そうだよ? 僕のこと知ってるの? 昨日は旧宮殿ででかいパーティーに参加させられていたから寝坊しちゃってさ。二日酔いで頭がガンガンする」


 なんと。昨夜、憧れの眼差しで遠くから眺めていた豊穣祭のパーティーに彼は参加していたのか。それなら、高級な礼装も納得できる。


「担当変えるのやーめた。やっぱり君に来てもらおう。他にも掃除の魔法あるんだろう? 全部見せてよ」

「ええっ? 別に人様にお見せできるものじゃ……」

「いいから! 報酬もアップするよ! 自分が思ってるよりすごいよ、それ」


 報酬アップと言われてアガサの目の色が変わった。もしかしたら、バイトを掛け持ちしなくても生活できるようになるかもしれない。

 

「本当ですか? それならやります! やらせてください!」

「じゃあよろしく。僕はアガサと呼ぶから、君もジェフリーと呼んで」


 これが、アガサとジェフリーの最初の出会いだった。


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