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第二十話 輝くワーキングマザー

 あれから、アガサは、毎食ごとに、家にある材料を使った魔法薬をジェフリーに届けた。十分な材料がないので正確には魔法薬ほどの効果は見込めないが、できる範囲内で工夫した。


 その甲斐もあってか、ジェフリーは、数日で仕事復帰できる目処が立つくらいに回復した。その間、アガサは、彼が抜け駆けして仕事をしてないか、部屋で常に見張らなくてはならなかった。


「まるで、親の目を盗んで遊ぼうとする子供みたいね。あなたの場合、遊びじゃなくて仕事なのが余計おかしいけど」

「こうなるのはアガサの前だけだよ。両親の前では甘えられなかった」


 今の話を聞き流したらいけない気がする。改まって尋ね直すと、彼は素直に教えてくれた。


「光と闇の魔法が使えるようになったのは七歳の時だった。すると両親も、子供の僕をすごい魔法使いとして見るようになるんだよね。本当はただの悪ガキに過ぎないのに」

「それは可哀想だったね……でも、私はあなたのママじゃない。そこんとこ勘違いしないで」

「うん、分かってる。今は特別で、十年分を圧縮したものだから。普段はこうじゃないから気にしないで」


 気にするなと言われても信用できない。にこっと笑みを向けられたら却って警戒してしまう。こういうあざといところは昔のままだ。彼も大人になったと思っていたが、だんだん素が出てきてやしないか。


 この数日間、ジェフリーと二人きりになる時間が増えたことで、お互いの距離が縮まったのは事実だ。他愛もない話題からタマラの成長の軌跡まで。しんみりしたり、笑い合ったり、十年の空白はとても埋められないが、二人を隔てる氷の壁が徐々に溶けていく実感は確かにあった。


 まだ核心の話題には触れていない。完全に信用するわけにはいかない。だからつい、「あなたのママじゃない」と防御してしまうのだが、本音のところでは、彼の変わらなさに安心する部分もあった。


 ジェフリーが家にいることで、タマラも含めた家族団らんの時間も増えた。三人で食事を取り、おいしいねと言い合ったり、タマラが学校であったことを報告したり、普通の家族のようになりつつある。タマラがジェフリーとすっかり打ち解けたのも嬉しい出来事だ。


 夕食後、タマラがジェフリーに魔法のコツを教わっている姿を、アガサは少し離れたところから眺めていた。


「光と闇の魔法ってどうやればできるようになるの? いくら練習してもうまくいかないんだけど」

「えいっとやってうぉりゃっ! とやればうまくいくよ」

「だから、それがよく分かんないってば!」


 父娘のやり取りに、自然と笑みがこぼれる。こういう時間が、当たり前のようにある生活。十年前には、想像もできなかった未来だ。


 アガサはおやつのドーナツを渡しながら、ジェフリーに尋ねた。


「明日から完全に仕事復帰だけど、本当に大丈夫? 私が監視しないと休めないくらいだから、また無理しないか心配」

「うん、それなんだけど、一つ考えがあって……アガサがうんと言えばだけど」

「なに? もったいぶらないで教えてちょうだい」


 ジェフリーは、一旦手元の皿に目を落としてから、再び顔を上げてから話し出した。

 

「僕が無理をしないように、職場で見張ってくれないか?」

「はあっ? 突然何を言い出すの?」

「ずっと働き詰めだったんだ。今更変えろと言われても自信がない。カイルよりアガサに指摘してもらう方が効果あるし……」

「パパったら何言ってんの? 子供みたい!」


 タマラが声を出して笑う。アガサも同感だった。この人は子供の前で何を言うんだろうと。


「アガサの作ってくれた魔法薬、あれを職場でも作って欲しいんだ。僕専属の魔法薬師として」

「ちょっと! 本気なの?」

「本気だよ。そのための部屋も用意できる。あらゆる薬草を集めた調合室をね」

「それはあなたの権限で?」

「ああ、魔法研究部所長の権限だ」


 ジェフリーにはいつも驚かされる。アガサは呆れて開いた口が塞がらなかった。こんなの受けられないと思って口を開こうとしたら、ふとタマラと目が合った。


「でもママ、せっかくだからいいんじゃない? 最近暇そうにしてたじゃん。ソルベリージュにいた頃は働いていたのに」

「こらっタマラ、何言いだすの?」

「パパとも一緒にいられるしいいことずくめじゃない?」


 ニヤリと笑うタマラを見て、もしかしてそれが本当の理由ではと思い、ジェフリーに顔を向けるが、彼は素知らぬふりをしている。アガサは、心の中で(このタヌキめ)と毒づいた。



 結局、ジェフリーとタマラに言いくるめられる形で、アガサは魔法省に付いていくこととなった。ジェフリーは早速、執務室の近くにアガサ専門の調合室を作ったと言う。立場上は、彼の私設秘書ということらしい。仕事が早いのは結構だが、公私混同してないかと冷や冷やする。


 クラシカルなデザインのロイヤルブルーのスーツを身にまとい、ジェフリーの後ろを歩いて魔法省の建物に入る。ジェフリーが属する魔法研究部は、絶対王政時代には王立研究所と呼ばれていた。共和政になってからも名称以外は大きく変わらず、魔法の研究や開発を行っている。ジェフリーはその所長職に就いている。


 王政時代の装飾に彩られた歴史的建造物は、荘厳で目を引く。黒と白の市松模様のタイルをカツカツと鳴らしながら歩いていると、「できる女」になったと錯覚してしまう。田舎の小さな店を切り盛りしていた時には味わえなかった感覚に戸惑いを隠せない。


 ジェフリーの元で働く職員たちは、アガサを歓待してくれた。上司の妻という立場上、自分を無碍にはしないだろうとは思っていたが、段々観察するうち、ジェフリーの人徳の高さの恩恵を受けていることに気づいた。


「ダウリング所長の奥様ですね。お噂はかねがね」


 若い女性職員が、目を輝かせながら挨拶してきた。


「所長、いつも私たちのことを気にかけてくださって。この前も、残業続きの私に『無理するな』って」


 ああ、ジェフリーらしい、とアガサは思った。自分のことは顧みないくせに。ジェフリーと二人きりになった時にそっと打ち明ける。


「そう言えば、ソルベリージュに来てくれた魔法薬師の方も、あなたに恩があるようなことを言っていたわ。みんなに慕われてるのね」

「そんなことないよ。でもいい人たちだろう? アガサのことも気にいると思う」


 魔法薬の調合室も立派なものができていた。夢が形になったような場所に、アガサは、言葉にならない感慨を覚えた。


 壁一面に並ぶ薬草の瓶。最新式の蒸留装置。温度管理された保管庫。魔力を安定させる結界。


 ソルベリージュでは、欲しい材料が手に入らず、代用品で間に合わせることも多かった。ここには、全てがある。


「いいなあ……」


 羨望ではなく、安堵のため息だった。

やっと、本当の意味で魔法薬師として働ける。


 その時だった。しんみりとしていると後ろから声をかけられた。


「あら、こんにちは。一緒にお仕事ができて嬉しいわ」


 振り返ると、ジェフリーの上の姉、デイジーがいた。そう言えば、彼女も魔法省に勤めていると聞いたことがある。


「デイジー姉さんは別の部署だろう? わざわざ魔法研究部まで来たの?」


 ジェフリーが顔をしかめながら尋ねると、デイジーは面白そうに笑った。


「だって、あなたの奥さんがここに来ると聞いたら、挨拶しないわけにいかないじゃない! 確か風属性と聞いたけど、どうして魔法薬師に?」

「生活のために資格を取ったんです」

「そうなの、大変だったのね。生活しなきゃだものね」


 いちいち言ってることが癪に触るのは、彼女にいいイメージがないせいだろうか。黙っていると、ジェフリーがとりなした。


「はいはい、姉さんは戻って」

「大丈夫よ、取って食ったりしないから」


 デイジーは、そう言い残して去って行ったが、バツの悪い空気が残された二人の間に流れた。


「ごめん、でも、こっちに来ることはないと思うから」

「別に平気よ。こっちも、もう小娘じゃないから神経も太くなったわ」


 その言葉は、自分自身への言い聞かせでもある。


 十年前なら、デイジーの視線一つで縮こまっていたかもしれない。でも今は違う。一人で子供を育て、店を経営してきた。もう、誰かの評価で自分の価値を測る必要はない。自分の身は自分で守るのだ。


 ジェフリーの安心したような笑顔を見て、アガサも小さく笑い返した。

 

 

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