第十七話 ジェフリーの出張授業
ジェフリー・ダウリングが、娘の学校で出張授業を行うという知らせは、大きなニュースとなり、人々の耳目を集めた。門外不出とされている光と闇の魔法を披露するとあって、外部からも観覧の申し込みが殺到した。
「大ホールに場所を移動する案も出たんだが、あくまで子供たちのためだから、大人向けは別日程で組むことにした。さらに忙しくなってしまうな」
「ただでさえ忙しいのに大丈夫なの?」
「大丈夫さ。思えば今まで秘密にしてた方がおかしかったんだ。ここまで需要があったんなら、もっと早く始めるべきだった」
アガサは顔をしかめてジェフリーを見やるが、彼は実感がないのか平気な顔をしている。昔からそうだが、自分のことになると無頓着な傾向があるから、心配の種が絶えない。
この日はタマラも出席することになった。そこで、当日になると、アガサはタマラを連れてエルドリッジ学園に赴いた。タマラは久しぶりの学校で緊張気味ったが、何とか他の生徒に混じって席に着くことができた。アガサは安心して教室の後ろに控える。
他にも見物客を招いているのか、いくつか椅子が置いてある。誰が来るのだろうかと考えていると、チャイムが鳴る寸前、一人の若者が教室に入り、アガサに声をかけた。
「こんにちは、アガサ。教室はここでよさそうだね」
「アンディじゃない! どうしたの?」
「ジェフリーが特別講義をすると聞いて見にきたんだ。子供向けらしいけど特別に観覧させてもらうことにした。親戚のよしみでね」
肩をすくめながら説明するアンディに、アガサは微笑んだ。彼にとっても、ジェフリーの発表は興味深いものらしい。
「そりゃ、魔法を学問として志すものなら誰でもそうだよ。今まで光と闇の魔法は誰も見たことがなかったんだから。今回のはすごく画期的なんだよ」
「昔からあなたは勤勉で向学心が強いのね。ダウリング家の人たちはみなそうなのかしら?」
「いや、ジェフリーほどじゃないって……誰も彼には勝てないよ」
アンディは頬を赤らめながら照れくさそうに言った。端正な横顔を見ると、成長してからジェフリーに似てきたように思える。彼もまた、優秀な研究者になるのだろうかと考えた。
そんな会話をしてるうちに、先生に伴われジェフリーが教室に入ってきた。プラチナブロンドの髪を後ろに束ねた彼が、緑の目でぐるりとクラスを見渡す。
すると、それまでザワザワしていた生徒たちが一斉に彼に注目した。教壇に立つジェフリーは、普段より改まった表情をしており、家で見せる顔とは違っている。タマラの目にはどう映っているのか。アガサでさえ、よそよそしく感じるのだから、彼女もきっと落ち着かない気分だろうと想像する。
「今日はみんなに光と闇の魔法とはどんなものかを説明しに来たんだ。ご存知の通り、魔法使いは、それぞれ、火、水、土、風のうち一つの属性を持っている。でも、稀に、僕のように四つ一編に扱える人間がいるんだ」
「あと、タマラ・ラドクリフもでしょう?」
どこからか手が上がって生徒が発言する。ジェフリーはにっこり笑って答えた。
「そう、僕の娘のタマラもそうだ。この技術を持つと次に何ができるか――はい、前から二番目の君?」
「光と闇の魔法を使えるようになります」
「その通り。タマラはまだそこまでには至ってないが、僕は仕事でそれらの研究をしたり、問題の解決に生かしたりしている。でも、みんな、光と闇の魔法ってどんなものか知ってる?」
無言。生徒たちはお互い顔を見合わせながら首をひねっている。
「じゃあ、ここで火、水、土、風の四人一組でグループを作ってほしい。ある実験をしよう」
今回は、全ての四大魔法の生徒が対象なので、広めの教室を使っている。四人集まらないグループにはタマラが入った。
「よし。四人で円を作って。今から合図をするから、そのタイミングで『基本の一』を輪の中心に向けてやってほしい」
基本の一とは、それぞれの属性の魔法の中で一番最初に覚える術のことだ。どの種類が出るかでその人の属性が決まる。
「今から合図を出すから一斉に『基本の一』だよ。いち、にの、さん!」
四つの魔法を同時に同一空間にぶつけると、そこに大きな光の玉ができた。そこかしこからおおっとどよめきが上がる。
「みんなできたかな? 実はこれが光の魔法という名前が付いた語源になっている。因みに、基本の二では漆黒の玉ができる。でも、これは本当の光と闇の魔法ではないんだ」
実験が成功してテンションの上がった生徒たちは、ジェフリーの一言でしんと静まり返った。
「ぬか喜びさせてごめんね。実際は同じ人間から出されたものでないと本当の術とは言えないんだ。タマラ、前に来てくれるかい」
教室がざわめく。タマラは一瞬固まったが、周りに促されるように立ち上がった。アガサは後ろで息を飲んだ。こんな話聞いていない。
「タマラはまだ光と闇の魔法は使えない。でも、四大魔法を同時に扱える。さっきみんながグループでやった実験を、一人でやって見せてもらおう」
タマラが戸惑いながらジェフリーを見上げる。
「大丈夫、ゆっくりやればいい。家でも一人で練習してたんだろう?」
その一言で、タマラの肩から力が抜けた。タマラが両手を前に出し、目を閉じる。
最初に現れたのは小さな炎だった。次に水の膜がそれを包む。土が形を作り、風がそれを回転させる。
四つが一つになった瞬間、小さな光の玉が生まれた。さっきグループでやったものより、ずっと純粋な輝きだった。
どこかで誰かが息を呑んだ。続いて拍手の音が聞こえた。最初は一人だった拍手が次第に広がって、教室全体を包む。タマラは光の玉を抱えたまま、きょとんとしている。手に汗握って見守るしかなかったアガサも、ほっとして全身の力を抜いた。
そんな中、一人が挙手して発言した。
「確かにタマラはすごいけど、それでも光の魔法ではないんですよね?」
「その通り。別々の人間がやるよりも完成度が高いけど、それでも光の魔法とは言えない。じゃ、今度は私がやってみよう」
ジェフリーは、タマラを下がらせて教壇の前に進み出た。
「今まで僕たちは、四大魔法の先に光と闇の魔法が存在すると信じてきた。でも、最新の研究では、それは逆で、千年以上前は光と闇の魔法しかなかったものが、四大魔法へと進化していったと考えられている」
これには、後ろに控えた大人の観客たちも驚いた様子だった。アガサも目を丸くして隣のアンディに尋ねる。
「そんなの初耳だわ。本当なの?」
「うん。ほんの数年前に出た新説だけどね。光と闇が先で四大魔法が後らしい。文字が生まれる前の時代は記録がないんだよ」
周りのざわめきをよそにジェフリーは続ける。
「光と闇の魔法がなぜ原始的なのかというと、これらは詠唱が必要だからだ。みんな、四大魔法を使う時はわざわざ詠唱しないだろう? 四大魔法の方がより高度で洗練されてる証拠だ」
生徒だけではない。アガサも彼の話に魅了された一人だ。第一、自分たちが当たり前のように使ってる魔法の方が進んでるなんて誰が思うだろう。
「四大魔法は術者の意思と魔力があれば発動する。しかし光と闇の魔法は、術者が自分の魔力だけでなく、世界の根源的な力に接続する必要がある。詠唱はその接続のための鍵だ」
いまいち意味が分からない。生徒たちも首を傾げているが、ジェフリーは明確な発音で言葉を紡いだ。
「天地の礎よ、一つに還れ。光、顕現せよ」
それは、普段聞き慣れたジェフリーの声ではなかった。一瞬であるが、何者かが憑依したような感覚を覚える。言語というよりも、音楽に近い。呼吸のリズムに合わせて波打つようだ。
教室は、みなジェフリーに注目して、静まり返った。
詠唱が終わると同時に、ジェフリーの手のひらに光の球が生まれた。チカチカと明滅しながら、しかし確かな温かさをもって、部屋中を柔らかく照らす。
皆言葉を失って見守る中、アガサは隣のアンディにそっと囁いた。
「確かにすごそうだけど、さっきみんなが作ったものと何が違うの?」
「あれは太陽と同じものだ。最小限の威力に抑えているが」
「えっ? あれが太陽?」
アガサは、はっと息を飲んだ。ジェフリーは太陽を作れると言うのか。光なんて生やさしいものではない。生命を作る源としての太陽。彼の力を欲しがる者がごまんといる理由の片鱗が見えた。
(あの人はそんなすごい力を持っていながらあんなに飄々と過ごせるの? てことは、いずれタマラも……?)
恋人時代に彼が見せてくれたのも美しい虹や綺麗な自然現象の再現だった。それを若いアガサは、まるで手品のように無邪気に見ていたのだ。そんなすごいものだったとは。頭では理解していたつもりでも、何も分かっていなかったのだと反省する。
アガサが悶々と考える中、ジェフリーはいくつかのデモンストレーションを行い、公開授業は終了した。教室は大きな拍手に包まれたが、本当の目的はそこではない。
タマラを見やると、彼女は級友たちに囲まれていた。級友たちは目をキラキラさせながら、興奮気味にタマラに話しかけた。
「タマラすごいじゃん! さっきの光の玉きれいだった」
「将来お父さんみたいのができるようになるの? できたら見せて!」
どうやら、子供たちは好意的に受け入れてくれたようだ。これでタマラも元気に学校に行けるようになるだろうか。緊張から解放されたタマラは、リラックスした表情で同級生たちとワイワイはしゃいでいる。
後ろで見ていたアガサは、目が熱くなるのを感じた。ジェフリーのお陰でタマラが立ち直ることができた。そのことが奇跡のように思える。ハンカチで目を拭っていると、隣にいたアンディが小声で言った。
「ジェフリーらしいやり方だ。理屈で説明するより、見せてしまった方が早いと知ってる」
アガサはジェフリーを探した。彼は教室の端で、タマラが友達と話す様子を静かに見守っていた。その横顔には、父親らしい柔らかさがあった。




