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第十四話 過去編④恋の訪れ

「もう! だから行きたくなかったのよ! 私みたいのは場違いだって言ったでしょ!」

「ちょっと、どうしたの!?」

「知ってるのよ、お姉さんたちが私のことをなんて言ったか。もうあんな場所には行かない!」


 ダウリング家のパーティーからの帰り道、アガサはジェフリーに思いきり怒りをぶつけた。


「どうしてそれを……もしかして『声流れの術』を使った?」

「うっ……私じゃない。アンディが使ってしまったのよ。軽い気持ちだったんだと思う」


 そう言った後でしまったと気づく。嘘を言ったわけではないが、まだ子供のアンディを悪者にした形になり、良心が痛んだ。


 アガサ自身は声流れの術は会得していない。風魔法の一種であるが、これのせいで風使い全体のイメージが悪くなるので、最初から覚えるつもりはなかった。それに、それなりに熟練の技術が必要な術でもあるのだ。そんなものを十四歳の少年がさらっと使えたことに内心驚いていた。


「まったく……あいつめ。今度注意しないとな。それはともかく、ごめんね……こんなはずじゃなかったんだ。いつも仕事で疲れてるから、おめかしして賑やかな場所に連れてけば喜ぶだろうと思って。周りの女の子はそういうのが好きだから……」

「悪かったわね、周りの女の子と違ってて」

「そういう意味で言ったんじゃない! アガサは特別だよ」


 特別という言葉にびくっと体を震わせる。特別って何? と聞きたかったが、これ以上深入りしたら、心地いい関係が崩れそうな予感がする。見えない扉を破るだけの度胸は持ち合わせていない。気持ちを鎮めてから、おずおずとジェフリーに顔を向けると、彼は真剣な表情をしていた。


「女の子がどんなものを好むのか正直分からない……今まで勉強しかしてこなかったし、姉が二人いるけどアガサとはタイプが違うし……できれば、アガサみたいな女の子の方が一緒にいて安心する」

「ちょっと、何言ってるのよ!」


 アガサはあたふたしながら手を横に振った。夜なので顔が真っ赤になったのを見られずに済んだだろうか。異性から気を向けられるなんて、生まれて初めてのことだ。


「私なんて貧乏だし美人でもないしちんちくりんだし田舎者だし何の面白味もないよ? からかわないでよ……」

「からかってなんかいない。アガサはどんなものが好き? 何してる時が一番楽しい? 好きな食べ物は何? みんな教えて」


 ジェフリーの真剣な問いかけに、追い詰められたような圧を感じる。これは逃げられないやつだ。そう思いながら、質問について考えてみるが、自分でもびっくりするほど何も浮かばない。アガサは、祖母や故郷の人の期待に応えるために勉強と仕事しかしてこなかったので、何が好きかと改めて問われると何も出てこなかった。ここまで中身が空っぽだったなんて今まで気づかなかった。


「ごめん……考えてみたけどパッと出てこない。こないだも言ったけど、考えることすら贅沢だと思ってるのかもしれない」

「アガサはそれでいいの? 卒業したら田舎に帰っちゃうんでしょう? 楽しいこと何一つしないまま終わってもいいの?」

「そんな言い方しないでよ!」


 アガサは思わず大きな声を上げたが、一つだけ思いついたことがあった。


「それなら……買い物したりどっか行ったりするより、お喋りする方が楽しいかも。他愛もないお喋りをしたり、一緒にご飯食べたり、そういうのでいいから」

「奇遇だね、僕も同じなんだ」


 二人は黙って見つめ合った。目の前にいるのは、ジェフリー・ダウリング。後にこの国を代表するポストに就くだろうと目される天才魔法使い。しかし、アガサにとっては二つ年下のちょっと頼りない、でも自分に興味を持ってくれる青年にしか見えなかった。



 それから、アガサは、前よりも足繁くジェフリーの家に通うようになった。今まで仕事として言ってたのが、それ以外でも訪ねるようになった。


 問題は、仕事と遊びの区別が付きづらくなったことだ。アガサはお給料をもらってる以上、掃除はしなければと思うのだが、ジェフリーによく邪魔されてしまう。


「片付けは後にしてこっち来てよ〜」

「やることやらなきゃ気が済まないのよ! サボるのは気まずいの! そんなこと言うなら最初から散らかさないでよ!」


 それでも、ジェフリーと共に過ごす時間は楽しかった。お互い初めてできた友達だ。魔法省に勤めるエリートと貧乏学生では立場があまりに違うが、不思議と馬が合った。


 晴れた日は、広いバルコニーにテーブルと椅子を置き、青空の下でご飯を食べる。ジェフリーがいつも頼んでいる高級デリから取り寄せて、テーブルいっぱいに広げて舌鼓を打つ。気の置けない相手と食べる食事はとてもおいしいものだった。


「なんか甘いものが食べたくなったなあ。たまには私が作ろうか?」

「アガサ料理できるの?」

「失礼しちゃうわね。得意じゃないけど少しはできるわよ。せっかくキッチンもきれいになったんだし」


 ここに来た初日、とても汚れていたキッチンは、アガサが魔法を駆使しつつピカピカになった。ジェフリーは料理をひないのに、なぜキッチンが汚れていたのだろうか。本人に聞いたら、驚くような答えが返ってきた。


「火の魔法を使って料理ができないか実験してた。料理をするにも火加減が難しくて。終わった後も洗い物が面倒でそのままにしてたらアガサが来てくれたんだ」


 何と、そんな理由だったとは。アガサは呆れてものが言えなかった。


 さて、材料になりそうなものを探すが、普段料理をしないだけあって使えそうなものが見当たらない。かろうじてリンゴをいくつか見つけた。


「調味料は何があるかな。いつのか分からないけどバターと砂糖はある。これなら焼きリンゴができる!」

「それなら僕オーブン役やるよ!」

「はあ? 何を言ってるの?」

「実験の結果を見せてやるよ。火の魔法でオーブンと同じようにできるよ」


 そんなのうまくいきっこないとアガサは断ったが、ジェフリーは絶対成功させると言って譲らなかった。結局アガサが折れる形になり、安全のためバルコニーで調理することになった。


「土魔法で周りを覆って……よし。急ごしらえだけどオーブンの形ができた。ここで僕の火の魔法で……」

「これじゃ中が見えないじゃない?」

「大丈夫だって。もし火を噴いたらすぐに水魔法で消火するから」

「そういう意味じゃなくて!」


 二人でやいのやいの言いながらも、ジェフリーは火の魔法を使って火入れを始めた。アガサはハラハラしながらしばらく見守ったが、普通ならリンゴと砂糖とバターのいい匂いがしてくるはずなのに、いつまで待っても起こらない。だんだん不安が募り、声をかけようか迷っていると、突然ボン!という大きな音がして土の囲いがぱっくりと割れた。


「どうしたの? 怪我はない?」

「ないけど……これ見てよ! 真っ黒焦げだ!」

「だから言わんこっちゃない! やっぱり思った通りじゃない!」


 アガサは、もうもうと黒い煙を上げるリンゴだったものを覗いた。それは、二つの黒い炭になっており、焦げ切ってないところからジュクジュクと果汁らしきものがマグマのように噴き出ていた。


「でも、この汁まだ甘いよ、焦げ臭いけど」

「こら、舐めるんじゃない! まずいし火傷するわよ!」


 そして、黒い煤まみれになるジェフリーを見て、アガサは堪えきれず、腹を抱えて笑った。天才魔法使いの無様な失敗が見られるのはアガサの特権だ。なぜかそれが、ものすごく誇らしいことに思えたのだった。

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