第十一話 華やかな一族
ダウリング邸は、十年前の記憶と変わらず立派な構えをしていた。多くの使用人が忙しなく働き、繁栄ぶりが伺える。
当時は無知ゆえ知らなかったが、建物の意匠から、まだこの国が王政だった頃に建てられたものというのが分かる。当時の国王に仕えた家臣がジェフリーの先祖らしい。
三人は、客人を迎える応接室に招かれた。やはりここも贅を尽くした部屋で、一面はガラス張りになっており、明るい光がカーテン越しに部屋いっぱいに差し込む。その部屋にダウリング一家が待ち構えていた。
大きな花瓶に大輪の花が生けられ、その横に、ジェフリーの両親とおぼしき人物が立っていた。なるほど、彼が言う通り穏やかそうな夫婦だ。その脇には、二人の姉デイジーとエルザ――デイジーの方には連れ合いがいるから片方は結婚しているのだろう、十年の月日を感じさせないほど相変わらず美しい。
そしてもう一人、ジェフリーの家族ではない人物が立っていた。柔らかなハニーブロンドの髪の端正な顔立ちの青年。アガサは思い当たる人物を一人知っていた。
「もしかしてアンディ? アンディなの?」
「覚えてくれてありがとう。お久しぶりです。あなたが帰ってくると聞いて飛んできたんだよ」
「そうなの、大きくなったわねえ、びっくりしたわ!」
「今はマリゼ大学の院に通ってます。二人の後輩だよ」
前に会った時は十四歳の少年だったアンディは、立派な青年に成長していた。アガサにとっては、十年なんてあっという間だったが、彼が子供から大人に変貌しているのを見ると、月日の重さを感じずにはいられない。彼との再会に気を取られたため、両親への挨拶が後回しになってしまった。
それでも、気分を害した様子がない両親を見る限り、ジェフリーが「悪い人たちじゃない」というのは本当なのだろう。二人とも「何だ、アンディと知り合いなのか」と気さくに受け止めてくれた。
「初めまして、あなたがアガサ、そしてタマラなのね。突然孫ができなんて奇跡のようだわ。もっと近くでお顔を見せて?」
口火を切ったのは、母親の方だった。たおやかな笑顔でアガサと軽くハグをし、タマラには目の高さまで屈んで微笑みかける。そして、父親も続いて同様に挨拶をした。ここまでに至る事情はともあれ、孫がいる事実は喜ばしいのだろう。幸先は良さそうな雰囲気のまま一同席に着く。そのタイミングで、使用人たちが現れ、租れぞれの席に料理を振る舞った。
「ジェフリーが四大魔法を使えるようになったのは七歳の時だった。やはり子供のうちに決まるものなんだな」
「でも、心配なのはこれからよ。安全対策は大丈夫なの?」
父母がそう語る背景には、幼い頃のジェフリーが何度も危ない目に遭ったことがあるのだろう。親として散々心を砕いたに違いない。そんな両親を安心させるために、ジェフリーは詳しく説明して聞かせた。
「タマラの安全対策は、魔法省の極秘任務として行うから、もし何かあったら担当者のクビが飛ぶところまで念入りにやってるよ。その分、この子には普通の生活をさせたい。友達を作ったり、外で自由に遊ばせたり――」
「外で自由にだなんて、本当に大丈夫なの!?」
「大丈夫だって。僕が直々に結界を張って対策しているから、それに学校も、タマラ自身にも全部」
その会話を聞いていた当のタマラは両親とジェフリーの顔を交互に見ながら、戸惑っている様子だった。本人には事態の深刻さが伝わっていないようだが仕方ない。ソルベリージュであったような危険にこれからずっと晒されるのだ。隣に座っていたアガサは黙ってタマラの手をぎゅっと握った。
その時だった。はす向かいに座っていた長姉のデイジーが不意に口を開いた。
「大丈夫よ、コネを最大限活用して、税金を投入してまで守ってるんだから。次期大臣候補だからこそできる裏技よ? 魔法研究部からはもう五十年近く出てないんですってね」
それってどういうこと? とアガサは思わずデイジーに顔を向けた。その横で、ジェフリーが顔をしかめながら反論する。
「コネも何も、タマラを守るのは国の責務だ。四大魔法の使い手が一人いるだけで、国家間のパワーバランスが大きく変わる。姉さんだって知ってるくせに」
「別に悪い意味で言ったんじゃないわよ。あなたの貢献ぶりから言って当然だし」
その言い方では結局コネと言ってるようなものではないか。アガサは内心むっとしたたが知らない振りをした。
「それより、アガサさんは私たちのこと覚えてる?」
「え、ええ。もちろん」
アガサに話しかけたのは次姉のエルザだ。忘れるもんか。パーティー以外にも因縁がある相手だ。アガサは睨みたいのを我慢して、ポーカーフェイスを装った。
「え? あなたどこで会ったの?」
「ほら、私の出版記念パーティーで、デイジーも一緒だったじゃない!」
「ああ、ジェフリーが確か連れて来た……だからアンディとも知り合いなのね。もう十年経つのかしら?」
姉妹がキャッキャと盛り上がったところへ、両親も「そうだったのかい?」と会話に乗る。アガサは、何となく嫌な流れになってきていると感じがした。
「あなた、この十年間何をしていたの?」
「魔法薬師として薬局を営んでました」
「女手一人で育児をしていたの? ずいぶん苦労したのね!」
口では労りの声をかけるが、あまり心配してなさそうな声色に身が縮む思いがする。十年前に盗み聞きしたあの会話を嫌でも思い出してしまう。
「一旦別れたけれど、タマラのことがきっかけでよりを戻したってわけでしょう? 娘さんに感謝しないとね」
「感謝、とは……」
「だって、田舎の魔法薬師じゃたかが知れてるじゃない。生活も楽じゃないし。その点、ジェフリーの妻になれば、何不自由しない裕福な生活が送れる。いいことずくめだわ」
やはり周りからそう見られるのだろうか。実際は、一から築いた自分の店を断腸の思いで手放したというのに。アガサは胸が塞いで、無意識のまま膝の上に置いた両手をぎゅっと握りしめた。
(ここで私が反論めいたことを言ったら、ジェフリーやタマラの印象が悪くなる。私はどう見られてもいいけどあとの二人は……)
そんなことを考えていると、隣にいたジェフリーが、部屋中に響くような声で女たちの会話に介入してきた。
「アガサは女手一つでタマラを育てながら、自分の店を開いたんだ」
「どうしたの? いきなり……?」
いつもは聞き手に回ることが多いジェフリーに、そこにいた皆が目を見開く。いつもの穏やかな口調ではなく、どこか緊張感をはらんだ声色だ。
「その町は医者はおろか魔法薬師すらいなかったから、大層重宝がられたらしい。仕事に誇りを持っていただろうに、僕が居場所を取り上げる形になって心苦しく思ってる」
デイジーとエルザはすっかり呆気に取られている。すっかり不意打ちを喰らった格好だ。両親も驚いてジェフリーを見つめた。
「ジェフリー……?」
アガサは声も出なかった。彼は――彼は、ちゃんと分かっていてくれたのだ。
「やだ、本気になっちゃって……そんなムキになることじゃないじゃない?」
デイジーが場を和らげようとしたのか分からないが、それに対してもジェフリーの態度は軟化しなかった。
「何もないところから起業する大変さに違いがあると思う? それに、人の役に立ってみんなに感謝されて、それよりすごいことってないと思うよ」
デイジーもエルザも、これには言葉を失って呆気に取られた。アガサも、ジェフリーに心の内を代弁された格好になり、すっかり毒気を抜かれてしまった。
(代わりの薬師をすぐに派遣すると言われた時は自分を否定された気分になったけど、ちゃんと考えてくれてたんだ……私のプライドについても)
彼が「十年前と違う」と言った意味がだんだん呑みこめてくる。その言動から、細やかな人の心の機微が伺えるようになり、深みが増したように思える。アガサは思わず涙が込み上げそうになったが、他の人たちがいる手前、体に力を入れて何とか耐えた。
その時、それまで黙っていたアンディが感心したように呟いた。
「そうだったんだ。アガサは頑張ってきたんだね……ジェフリーはアガサを見つけることができたんだね」
その一言をきっかけに、両親が我に返り会話を引き取った。別の話題に移ってからも、アガサは、ジェフリーが言ってくれたことを心の中で繰り返した。
(ここでなら「ふしだらな娘」でも「かわいそうなシングルマザー」でもなく一人の人間として見てもらえる? ジェフリーとなら……)
そこまで考えたところで、十年のトラウマが何度も邪魔をする。もし、過去を水に流すことができるならば。アガサは複雑な気持ちで、ジェフリーの横顔を見つめた。




