唐川
曽我が炊飯器の中の炊きたてのご飯を見せてきた。相変わらず曽我も変なことをするなぁ、と思いつつ、聞きたいこともあったので、曽我と一緒にベランダで食べることにした。
椅子と弁当を持ち、教室からベランダへ移動して椅子をグラウンドの方へ向けて置いた。椅子に座り膝の上で弁当を広げればなんとか食べられそうだ。曽我は僕の右側に椅子を置き、持っていたカバンを2人の椅子の間に置いた。気になっていたので食べ始める前に1つ目の質問をしてみる。
「どうして学校で炊きたてのご飯が食べたかったの?家でも食べられるよね?」
「うん、もちろん家でも食べてるんだけどね。でも学校のお昼ご飯では1回も食べたことがなかったからどうしても食べてみたくてさぁ。なんていうか、普段食べない時間帯に食べてみたくなるんだよね」
「どういうこと?」
「えーと、例えば、朝にカップラーメンだったり蕎麦だったり、夜にサンドイッチだったり」
「ああ、そういうことか。意味はわかったけど、僕は別にそういうことはしたくはならないかな」
「そうかぁ」
話しながら曽我の様子を見ていると、カバンには炊飯器が入っているところとは別の収納場所があり、箸やしゃもじや茶碗などもそこに入れて持ってきていた。卵と納豆も保冷剤と一緒に持ってきており、名前はわからないがプチプチした緩衝材に1つ1つ卵が包んである。水も空のペットボトルが見えたので家から持ってきたのを使ったようだ。最悪足りなくても学校でも水は手に入る。曽我はしゃがみ込んだまま炊飯器のご飯をしゃもじで茶碗によそい、それを椅子の上に置き、今度はパックの納豆をかき混ぜ始めた。混ぜ終わると納豆をご飯の上に乗せ、納豆のパックを、持ってきたビニール袋に捨てた。椅子に座ってようやく食べ始めたので、僕も食べることにする。
「ん〜、やっぱり炊きたてのご飯と納豆の組み合わせはいいなぁ」
「ふふふ、そんなの学校で食べてるの曽我だけだよ」
ピンポンパンポーン
「教頭先生、教頭先生、至急職員室まで来てください」
ピンポンパンポーン
2回目だ。教頭先生は何処にいるのだろうか?
曽我はあっという間に1杯目を食べ終わると、また炊飯器の前にしゃがみ込み、2杯目のご飯をよそい始めた。もう一つ聞きたいことがあったので聞いてみる。
「それ、どこで炊いたの?」
「ああ、これは校長室で炊いたんだよ」
校長室!!全然予想していない場所だった…。
「最初は教室のコンセント使っていいかフーセンに聞いたんだけどさ、駄目って言われたんだよね」
「まぁ、そうだろうね」
教室のコンセントを生徒は使ってはいけない決まりになっているからだ。
曽我は話しながら卵を緩衝材から外し、茶碗によそわれたご飯の真ん中に卵を片手で割り黄身を落とした。卵の殻もビニール袋に捨て、再び座り直した。僕は片手で卵を割ることなんてできないので少し感心しつつ、おかずとご飯を口に含んだ。
「だから料理部の顧問の先生に、家庭科室にある炊飯器で炊かせてもらおうって思って頼んだんだけど、それも断られちゃって。1回許可すると他の生徒も真似するかもしれないからって言われてさ。だからいっそのこと校長先生ならどうかと思ってお願いしにいったんだよね」
曽我が本命の卵かけご飯を食べ始めた。口にかき込んでいるせいで喋れないが、どうしても続きが気になる。
「……ん〜、やっぱり卵かけご飯最高だ〜。醤油忘れてなければもっと良かったんだけどなぁ」
そういえばさっきもそんなことを言っていた。自分の弁当の中に魚形の醤油入れがあったので、それをあげることにした。
「曽我、これ使っていいよ」
「え、それ醤油?」
「うん」
「ありがとう。唐川がいてくれて良かったよ〜」
「いえいえ。それよりも校長先生に相談しにいってどうなったの?」
「………ん〜、どうしても炊きたてのご飯が食べたいって言ったら1回だけならいいって言われてさ」
「へえぇ」
「でも条件を出されたんだよね」
まさか校長先生から許可が下りるなんて…。
曽我は2杯目を食べ終わり、3杯目をよそい始めた。2杯目と同じように卵を片手で割り、今度は醤油を垂らした。確かに美味しそうではある。
「条件って?」
「ごめん、これ先に食べていいかい?」
「うん、ごめんごめん、先に食べ終わってからでいいよ」
話の続きが聞きたいけれど、ご飯が冷めてしまっては申し訳無いので食べ終わってから話すことにする。当然自分も食べ進める。
曽我は3杯目も食べ終わり、続きを話し始めた。
「早く登校して校長室にこれを持っていって校長室を掃除するのと、他の生徒にバレないように校長室で食べるのが条件って言われたんだ」
僕はまだ咀嚼していたが、曽我はそのまま話し続けた。
「だからいつもより早く登校して校長室を掃除したんだ。でも昼休みに校長室に行ったら『急な来客があって校長室を使うから自分の教室で食べなさい』って言われたんだよね」
ピンポンパンポーン
「教頭先生、教頭先生、至急職員室まで来てください」
ピンポンパンポーン
3回目だ。ただの勘だけれど、もしかして今曽我が言っていた急な来客が理由で教頭先生が呼び出されているのかもしれない…。
校内放送が終わると曽我はそのまま話し続けた。
「だから教室で食べることにしたんだ。本当は校長室で食べるのもいいかもって思ってたんだけどね。まぁ、越後に言われたから結局ベランダで食べることになったけど。でも、もし他の先生に注意されても、校長先生に許可をもらってるって言っていいって校長先生に言われたから怒られる心配もないし、炊きたてのご飯を食べられたから十分満足なんだけどね」
「へぇ~、そうだったんだ」
校長先生もけっこう変わった先生なのかもしれない。炊飯器を見るとタイマー機能があり、多分それを利用したのではないかと思う。まさか校長先生に炊飯ボタンを押すことまで頼んだということはないだろう…。
曽我は残っていたご飯を全て茶碗によそい、4杯目も卵かけご飯にして食べ始めた。とりあえず炊飯器について聞きたいことは聞けたので、食べることを優先することにした。
食べ続けていると、今度は先に食べ終わった曽我から質問が飛んできた。
「唐川はそんなに少ない量でお昼ご飯足りるの?」
僕の弁当は他の男子の弁当と比べると小さい。僕は身長が低く少食なのでそれでも足りるのだが、高身長で体も大きい曽我からすればそう思うのだろう。
「うん、僕はこれで十分なんだよね。曽我は身長体重どれくらい?」
「身長は185くらいだったかな?体重は80くらいだったような…唐川は?」
「僕は160ちょっとで体重は45前後かな」
「そんなに軽いのかぁ。もっと食べないと」
「うーん…あんまり食べられないんだよね。曽我は身長が高いから羨ましいよ」
「大きいだけだよ。運動も苦手だし」
「僕も運動は苦手だよ。佐々木が運動神経抜群だから羨ましいな」
「そうだね。佐々木の運動能力の高さは凄いよ」
「体育でバスケやったとき、ドリブルもシュートも上手かったよね」
「あれは驚いたなぁ」
残っていた弁当のご飯を全て食べ、もう一つ気になっていたことを聞いてみた。
「曽我はいつもどこでお昼ご飯食べてるの?」
「いつもは2組で高橋と食べてるよ。たまに演劇部の先輩達と食べることもあるかな。ただ今日は校長先生に自分の教室で食べなさいって言われたからね。だから今日は高橋はたぶん先輩達と食べてるよ」
「そうだったんだね。いつも3組にいないから疑問だったんだ」
「真島と宮本もいつも2組にいないけどね」
「確かにそうだね」
その後、演劇部について聞いていると救急車の音が近づいてきた。誰か生徒でも倒れたのだろうか?
曽我と昼休み終わりまでベランダで会話をし、5時間目の授業に入るともう一度救急車の音が鳴り響いた。そのとき教室がざわついたが、隣の2組から風間先生の大声が聞こえると、3組の生徒まで静かになった。
6時間目の授業も終わり、帰りのホームルームも終わった直後、奥井と風間先生が教壇のところで話し始めた。僕の席は教壇の目の前なので2人の会話が聞こえた。どうやら4時間目の授業中に奥井のスマホが鳴ったのは真島のいたずらのせいだったようだ。奥井はそれを説明し風間先生から自分のスマホを返してもらっていた。掃除当番なので班の人達と廊下の掃除を始める。奥井と越後の班は掃除がないようだ。
掃除を終わらせ帰ろうと思い下駄箱に行くと越後と宮本がいた。
「唐川、コンビニ行くぞ〜」
越後に誘われた。邦南高校は校門を出てすぐの場所にコンビニがあり、利用する生徒はかなり多い。この後の予定は特にないので一緒に付いていくことにした。
「僕はいいけど、今日は軽音部は休みなの?」
奥井、越後、宮本は軽音部に所属している。ちなみに僕と真島は清掃部で、佐々木は生徒会所属兼清掃部だ。
「今日は休みだよ」
越後が答えた。
「今日も、だろ。ていうか今日は他の部活も休みのところ多いみたいだぞ。2組のサッカー部とかの連中がそう言ってた」
「俺達のクラスでも野球部がそんな話してたな」
「そうなの?」
僕はそんなことは聞いていなかった。救急車が来たのと何か関係があるのだろうか?
「とりあえずコンビニ行こうぜ。真島が本当に唐揚げ弁当買ってるか確かめてくる」越後はそう言うと走ってコンビニに向かっていった。
「なんで唐揚げ弁当?」
「ああそっか、あのときまだ唐川いなかったよな。奥井のスマホが4時間目鳴っただろ?あれが真島のいたずらのせいなのは知ってるか?」
「うん、知ってる」
本人から聞いたわけではないけれど知ってはいる。
「その詫びとして真島が唐揚げ弁当奢るって言ったんだよ」
「なんで唐揚げ弁当?」
「それは真島だから考えても意味ないだろ」
「そうだね」
確かにその通りだ。
「今頃買って食ってるんじゃないか?」
「ふふふ、それは見たいね」
宮本と話しているとコンビニに着いた。少し遠目から駐車場の隅でしゃがみ込みながら本当に弁当らしき物を奥井と真島が食べているのが見えた。越後の笑い声も聞こえる。3人がいる方へ近づく。
「見ろ2人とも、こいつら本当に食ってるよ。ハハハハハ」
越後は僕と宮本が来たのに気付きつつ、奥井と真島を指差しながら笑い続けた。奥井も真島も1人1つずつ唐揚げ弁当を食べていたのだ。
「いや、違うんだよ。真島がこれ以外は奢らないって言うから仕方なく食べてるんだよ。持って帰るわけにもいかないし。そしたら真島も唐揚げ弁当買って食べ始めてさ」
「俺もお腹減っちゃってさぁ〜。やっぱりサンドイッチだけじゃ足りなかったんだよなぁ」
「ハハハハハ。見てたら俺も何か食いたくなってきたな。何か買ってくるわ」
「俺も」
越後と宮本も何か買って食べるようだ。
「唐川は何か買わないの〜?」
「うん。僕はいいかな」
まだお腹は空いていない。
2人が弁当を食べ続けていると、越後と宮本がコンビニから出てきた。2人ともアイスを買ったようだ。越後は半分にできるタイプのアイスの片方を僕に渡してきた。
「ほら、唐川」
「え?」
「いいからみんなで食べようぜ」
「うん、ありがとう」
断るのも申し訳無いので貰うことにした。
「なんだよ、2人とも弁当じゃないじゃん…。みんなで弁当食べようよ…」
「ハハハ、弁当なわけないだろ。宮本が弁当買えばよかっただろ」
「なんでだよ!」
「いいなぁ。俺もアイスがよかった…」
「唐揚げ弁当の方が高いよ?」
「そういう問題じゃないよ!」
「奥井、俺のアイスが当たったらやるよ」
「いいの?」
「当たったらな」
先に僕と越後と宮本が食べ終わったが、結局宮本のアイスは当たらなかった。
「残念ハズレだ」
「…自分で買って食べることにするよ」
「俺バッセン行くわ。お前らも食い終わったら来いよ」
越後がゴミを捨て、バッティングセンターの方へ向かった。
コンビニから1分ほど西に歩いた場所にバッティングセンターがあり、こちらも邦南生の下校中の溜まり場になっている。
「俺も先行くわ。唐川は?」
「僕はあとから行くよ」
宮本は越後についていき、僕は奥井と真島を待つことにした。奥井が先に食べ終わりゴミを捨てると「先にあっちに行ってるから」と、僕と真島に声をかけた。真島が「アイスは〜?」と聞くと奥井は「あっちで食べる」バッティングセンターの方を指差し、そちらに歩いて行った。バッティングセンターにはアイスの自動販売機があるのでそちらで食べるようだ。
真島が唐揚げ弁当をようやく食べ終わりゴミを片付ける。バッティングセンターに向かう最中、真島から1つ提案をされた。
「日曜さぁ、ゴミ拾いあるよね?」
「あるね」
僕と真島は清掃部で、来週の日曜日に学校周辺のゴミ拾いに参加しなくてはいけない。
「そのとき佐々木も参加するから一緒に3人でやろうよ」
「僕はいいけど、佐々木は生徒会の人達と一緒じゃないの?それに佐々木の体調も回復してるかわからないよね?」
「大丈夫〜。許可は取ってあるし、佐々木も多分日曜までには復活するだろうから」
「誰の許可?」
「会長〜」
「生徒会長?」
「そう〜」
そんなことのためにわざわざ生徒会長から許可をもらうのも真島らしいといえば真島らしいのかもしれない。
「あとそれが終わったら予定どおり午後から6人でカラオケ行ったりして遊ぶからね〜」
今週の日曜日に6人で遊んだときに来週も遊ぼうと真島に誘われていた。カラオケなのは歌うのが好きな真島と佐々木の発案だ。
「わかってるよ。でも佐々木は大丈夫かな?」
「大丈夫だって〜」
「…そう」
「何か変更とかあったら宮本がスマホで連絡するように頼んでおくから〜」
「うん、わかった。今真島スマホ持ってないもんね」
「そうなんだよね〜」
バッティングセンターに着くと真島はストラックアウトをやり始めた。それを見ていると越後もこちらに来て見始めた。野球部の人もちらほらいるみたいだ。他の2人は何処だろう?
「奥井と宮本は?」
「宮本が打ってるのを奥井がアイス食いながら見てたな。てか真島左で投げてんのかよ」
「最初の何球かは右で投げてたよ」
真島は右利きだ。
「当たってねーじゃん」
「うん、右でも当たってない」
「なのに左なのかよ」
「真島だからね」
「ハハハ、そうだな。そういえばボウリングもあいつ左で投げてたな。あれは面白かった」
「確かにあれは面白かったね」
以前6人でボウリングに行ったときの話だ。真島は最初右で投げていた。スコアは散々で運動音痴の僕よりも酷かった。なのにもかかわらず何故か途中から左で投げ始めた。1投目はガーターに終わった。当然だろう。そして2投目を振りかぶって投げる際、ボールが左足のふくらはぎに直撃したのだ。あまりの痛さに真島はその場で転げ回り悶えだし僕達はそれを見て大笑いした。
「あいつ結局最後まで左で投げてたよな」
「そうだったね」
「で、佐々木が最後試しに左で投げたらストライク取ってたからな」
「多分僕や奥井が利き手の右で投げるよりも佐々木の左の方が上手いよね」
「佐々木の運動センスはちょっとおかしいからな。いつもバッセン来てもあいつが1番ガンガン打つしな」
「そうだね」
「結局真島1回も当たってねぇじゃねえか。おい真島代われ。次俺がやる」
越後がストラックアウトを始めると、奥井がアイスを食べながらこちらに近づいてきた。奥井は越後がプレイするところを見ると言うので、僕と真島は宮本がいる打席を探した。打席をいくつか見て回ると、宮本は100km/hの打席でバッティングをしていた。当たりはまずまずのようだ。
カキン
「うわー、宮本100でやってるよ。俺100じゃ打てないよ」
「お前は80でも打てないだろうが」
「テニスラケットだったら打てると思うんだけどなぁ」
「テニスラケットぉ!?」
ブンッ
「ふふふ、確かにテニスラケットだったら打ちやすいだろうね」
「そんなんでやったら網のとこぶっ壊れるだろ」
宮本が打席から出てきた。どうやら全球終わったみたいだ。
「だからテニスボールを投げてもらうんだよ」
「…それ誰に需要あんだ?」
「少なくとも俺はやってみたいなぁ。唐川はどう?」
「うーん、どうだろうね。僕は普通にバッティングもできないし、テニスもやったことないからなぁ」
「絶対面白いと思うけどなぁ〜」
「とりあえずあいつらと1回合流するか」
ストラックアウトの場所に戻ると今度は奥井がプレイしていて、それを越後が見ていた。
「宮本どんぐらい打てた?」
「普通。最後真島のせいで空振りしたわ」
「なんで?」
「こいつがテニスラケットで打ちたいとか言い出したから」
「ハハハ、テニスラケットか。確かにそれなら打ちやすいだろうな」
「卓球のピンポン玉でも面白そうじゃないかなぁ〜」
「どんな競技だよ!」
「ふふふ」
「ハハハ、それピンポン玉ブレブレになって絶対打てないだろ」
「でも当たっても痛くないだろうしさぁ〜」
「そういう問題じゃねぇよ。…なんか野球部の連中増えてきてないか?」
宮本の言うとおり、確かに野球部の人達がさっきよりも増えてきた。野球部が休みだからだろうか?
「どうする?そろそろ切り上げるか?」
「ああ」
越後が提案し宮本が賛同した。どうやら今日はこれで終わりのようだ。
「俺まだやってるんだけど!」
「ハハハ」
奥井のストラックアウトも終わり解散することになった。僕と奥井は自転車通学なので、一度自転車を取りに学校に戻り、奥井とは家の方向が違うので校門で別れた。他の3人は電車で通っているため駅までは一緒のはずだ。楽しく喋りながら歩いているだろう。




