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マ・カ・ナ・イ 〜異世界に転生したシェフは暴食の神に愛される〜

「うーん、出汁にマルソウダとヒラソウダを両方使ったおかげで、味に厚みが出た……わね」


 湯気立つパスタ皿を前に、アサミは満足そうに小さく頷いた。


 東京の路地裏にひっそりと佇む創作和食レストラン『からくり』。ミシュランの審査員がそろそろ来る時期で、三ツ星を目指すアサミは連日、新メニューの試作に勤しんでいた。

 

 今日の試作品は「カツオ出汁とアンチョビの和風パスタ」。和と洋を組み合わせた料理は、まさに『からくり』の真骨頂だった。


「よし、この味ならいける……!」


 確信を得て、目を閉じた次の瞬間、視界がぐにゃりと歪んだ。


 キッチンの眩しい照明がぐちゃぐちゃに混ざり合い、視界がブラックアウトする。

 身体が宙に浮いたような、不思議な感覚。

 まるでジェットコースターに乗っているような不快感に、アサミは思わず目をつむった。

 頭の中をぐるぐるとかき混ぜられるような感覚がしばらく続き、次に目を開けたとき、アサミは全く別の場所に立っていた。


 

 そこは、まるで映画のセットのような荘厳な空間だった。

 天井には色鮮やかなステンドグラスがはめ込まれ、光の粒となって降り注いでいる。

 床には複雑な紋様が刻まれた大理石が敷き詰められ、アサミが立つ場所から玉座まで、その紋様が続いていた。

 

 そして、その玉座には、男(?)が座っている。


「なんだ……また人間か」


 男はそう呟き、アサミに冷たい視線を向けた。

 その男は、一言で言うと“イケオジ”だった。


 銀色の髪はまるで星の光を集めたように美しく、頭には漆黒の角が2本、天に向かって伸びている。

 だが、その鋭い目つきはアサミを射抜くようで、ゾッと身震いした。


「わ、私は……?」


 アサミは混乱していた。

 ついさっきまで厨房にいたはずなのに、なぜこんな場所にいるのか。

 男の言葉はアサミの疑問をさらに深め、頭の中がぐるぐると渦巻く。


「お前は死んだんだ。儂はベルゼ。お前みたいな奴の魂の再利用をする作業に従事しておる。刑罰でな」


「刑……罰?」


 アサミは男の言葉の意味を理解するのに時間がかかった。

 死んだ?


 ミシュランの星を取るために、寝る間も惜しんで働いていたのに?

 これからだったのに?


「ちと殺しすぎてな。まあ良い。お前はどこ出身だ?」


 アサミの混乱をよそに、男はあっけらかんと言った。

 「殺しすぎ」という言葉にアサミは背筋が凍りついたが、とりあえず男の質問に答えることにした。


「日本ですけど……」

「ニホン? 星の名前を言え」

「地球です」


「おお! チキュウか! チキュウからの魂は久しいな。美味い飯がある星だな。む! お前が手に持ってるいい匂いの物は!」


 男はそう言って、アサミの手元を凝視した。

 アサミはハッとして自分の手元を見た。

 そこには、さっきまで試作していた「カツオ出汁とアンチョビの和風パスタ」の皿があった。

 転倒したせいで、パスタも具材もソースもぐちゃぐちゃになってしまっている。


「おい、食わせろ」


 男はパスタを見るや否や、玉座から立ち上がりアサミに近づいてきた。

 アサミが「え?」と声を漏らす間もなく、男はアサミの手からパスタ皿を無理やり取り上げた。


「なん……だこれ! 美味い! ヤバいくらいに美味い!」


 男はパスタ皿に顔を近づけ、パスタを手で掴むと口の中に放り込んでいる。

 そして、目を見開くと興奮したように叫んだ。


「お前……よし。決めた! アサミという名だったか。お前は儂の眷属になれ」

「えー! 犯罪者の眷属にはなりたくないです!」


 アサミは即座に拒否した。

 目の前の男は、自ら殺しすぎたと言っていた。そんな危険人物の眷属になんてなりたくない。


「ならば転生はさせない。お前の魂は廃棄だ」

「それは嫌っ! わたしは三ツ星レストランのシェフになりたいの!」


 アサミは声を荒げた。

 死んだことは悔しいけれど、まだ夢を諦めたわけじゃない。

 三ツ星レストランのシェフになるという夢を。


「三ツ星……星三個分の美味い飯か。良いではないか。決まりだ」

 ベルゼはアサミの言葉にフッと笑い、再び玉座に腰を下ろした。


 

 アサミはため息をついた。

 ベルゼは「三ツ星分の美味い飯」という言葉に食いついたようで、アサミの魂を廃棄することはやめたようだ。

 そして、アサミを異世界に転生させ、そこで三ツ星レストランを創らせると約束した。

 

 その代わり、アサミはベルゼに定期的に献上しなければならない。

 三ツ星レストランのシェフになるための転生だと思えば、悪い話ではない。

 

 だがベルゼは殺しすぎたという罪で、魂の再利用をするという刑罰を受けているという。

 そんな男の眷属になんてなりたくなかったが、背に腹は代えられない。


 結局、アサミはベルゼの眷属として、異世界に転生することになった。


「では、転生先は『エリテア』だ。儂が食いたい料理を定期的に供せよ。反故にしたら消滅させるからな」


 ベルゼはそう言うと、アサミの身体に手をかざした。

 すると、アサミの身体が光に包まれ、視界が再びブラックアウトする。

 アサミは意識が遠のく中、最後にベルゼの声を聞いた。


『期待しているぞ、我が眷属よ……そうだ、我の力を些か分けてやろう……使い方は……あ、時間切れだ』


 


 次にアサミが目覚めたのは、見慣れない場所だった。


(なんの力をもらったのかしら? 適当なイケオジだったわね)

 

 そこは森の中の、古い小屋だった。

 身体は軽いが、どこか違和感がある。

 

 アサミは自分の身体を見下ろした。

 着ている服は、見慣れないボロボロのワンピース。

 そして自分の髪の毛を触ると、驚くほどにサラサラだった。


「……私の髪って、こんなに長かったっけ?」


 鏡がなかったので、確認することはできなかったが、明らかに自分の身体が変わっている。

 これも、転生の影響だろうか。


「ここが、エリテア……ってところだっけ?」


 アサミは窓の外を見た。

 そこには、見たことのない植物や動物がいた。

 そして、その森の奥には、大きな街が見える。

 街には、中世ヨーロッパのような建物が立ち並び、人々が行き交っている。


「さて、どうしよう……」


 アサミは考えた。

 転生はできたが、これから何をすればいいのか分からない。


 三ツ星レストランを作るためには、お金も、材料も、店も必要だ。

 まずは、この世界について知らなければならない。


「とりあえず、街に行ってみようかな」


 アサミは小屋を出て、森の中を歩き始めた。

 すると、どこからか美味しそうな匂いが漂ってきた。

 匂いのする方へ向かうと、そこには小さな屋台があった。

 屋台の主は、アサミと同じくらいの年齢の、イケメンだった。


 イケメンは、鉄板の上で何かを焼いている。

 それは、アサミが今まで見たことのない食材だった。


「こんにちは! 旅の方ですか?」


 イケメンはアサミに気づくと、人懐っこい笑顔で話しかけてきた。


「うーん。旅……みたいなものです」


 アサミは曖昧に答えた。

 イケメンは「そうなんですね!」と言うと、焼き上がった料理をアサミに差し出した。


「これ、よかったらどうぞ! 新メニューなんです!」


 イケメンが差し出したのは、丸くて平たいパンのようなものに、白いクリームチーズとスモークされたであろうマス系の魚が乗ったものだった。


「ありがとうございます……」


 アサミは戸惑いながらも、それを受け取った。

 そして、一口食べて、アサミは驚いた。


「美味しい……!」


 素朴な味わいだったが、丁寧に作られていることが分かった。

 アサミはイケメンに「美味しいですね!」と伝えると、彼は嬉しそうに微笑んだ。


「ふふ、ありがとうございます! 僕、将来は自分の店を持ちたいんです!」


 アサミはカラックと名乗るイケメンの言葉に、胸が熱くなった。

 自分と同じ夢を持つ人が、こんなところにいたなんて。

 アサミはカラックに、自分の夢も語った。

 

 自分は料理人で、この国一番の料理人になるという夢を。

 すると、カラックは目を輝かせて、アサミに言った。


「すごい! 女の人が料理なんて!」

「どういうこと? 女性は料理しないの?」

「あなたの国では女の料理人がいるのですか?」

「う、うん。どっちかというと家庭なら女性の方が料理する人多いかも」

「ええ? そんな国があるんですね。この国、エリテアに女の料理人は居ないんです」


 

 衝撃だった。でも、ここは異世界。日本じゃ考えられない風習があってもおかしくない。

 となると、アサミの目指す目標も簡単ではないかもしれない。

 

 しかし、落ち込んでいる暇なんてない。

 ここがどんな世界だろうと、アサミはアサミだ。

 三ツ星レストランのシェフになるという夢は元の世界ではできなかったが、せっかく転生できたのだ。

 この世界で目標を達成したいと心に決めた。

 

 アサミはカラックに、この世界について色々と教えてもらい、まずは街の様子を見て回ることにした。

 すると、街の中心部には、大きな掲示板があった。

 そこには、様々な依頼が書かれている。


 魔物の討伐、薬草の採取、そして……料理の依頼もあった。


「……これだ」


 アサミは料理の依頼を見て、ニヤリと笑った。

 

『エリテア料理品評会』


「よし、まずはこれに参加してみよう」


 アサミは料理の依頼の詳細を確認した。

 品評会の優勝者には、賞金と、街の中心部にある店舗の貸し出し権が与えられると書かれている。

 

 これなら、目標への足がかりになるかもしれない。

 アサミはさっそく、品評会に参加するために受付へ向かった。周りの参加希望者がアサミを訝しげな顔で見ている。

 受付には、恰幅のいい男が座っていた。


「料理品評会に参加したいのですが」


 アサミは男に声をかけた。その言葉に、他の参加希望者がざわつく。

 男はアサミを一瞥すると、鼻で笑った。


「は? 女が? 料理なんてできるのか? 冷やかしならよそでやってくれないか?」


 アサミは男の言葉にカチンときたが、冷静に答えた。


「はい、できます。自信はあります」


 アサミは男に、自分が料理人であることを伝えた。

 男は信じられないといった顔でアサミを見たが、アサミの真剣な目に、やがて真面目な顔になった。


「女が料理ねぇ……分かった。禁止されているわけじゃねぇからな。参加資格はやる」


 男はアサミに参加資格を与えると、品評会の詳細を説明してくれた。

 品評会は一週間後。

 

 テーマは『エリテアの食材を使った、創造性豊かな料理』。

 そして、審査員は、エリテアで最も有名な美食家たちだという。


「……これは、やりがいがありそうだわ。創作料理は私の十八番だもの」


 アサミは武者震いした。

 三ツ星レストランのシェフになるという夢を叶えるため。

 暴食の神ベルゼに、最高の料理を献上するため。


 アサミは、異世界で、新たな一歩を踏み出した。

 この世界の料理がどんなものなのか、そして、どんな食材があるのか。

 

 アサミは胸を高鳴らせながら、街の市場へと向かった。


 陳列される食材は、見たことがあるものもあるが、見たことがないものだらけ。

 

(この野菜って……どんな味がするのだろう?)


 手を伸ばすと、同じ野菜に手を伸ばした手と重なった。


「あ、ごめんなさい!」

「いえ、僕の方こそ……あ、アサミさん」


 その手の持ち主はカラックだった。

 夜の営業のための買い出しに来ていたという彼に、この国の食材についてアドバイスをしながら買い物を済ませた。

 ベルゼと名乗ったらしきイケオジが多少のお金を持たせてくれてので、暫くは困ることはなさそうだ。


「アドバイスをくれたお礼にお茶でも……どうですか? もし仕込みでいそがしかったらあれですけど」

「大丈夫、アサミさんと料理の話もしたいし、行きましょう」


 アサミたちは目ぼしいカフェ的な店に入る。

 注文した紅茶と焼き菓子がテーブルに運ばれた時、アサミが驚いたのは食器のレベルの高さ。


「す、すごい。こんなに薄いのに耐久性もありそうなカップ」

「ああ、この国は陶器が特産ですからね。まぁ、高いんですけど」

「そうなんですね。そうだカラックさんって何歳ですか?」

「僕は二十八歳です……若く見られがちだけど意外といってて」

「同い年です!」


 偶然、同い年だった二人は互いに敬語はやめようという話をし、話題は『エリテア料理品評会』の話へ。


「え? それ、僕も参加するんだ!」

「ほんと? じゃぁ、私達ライバルね! 負けないわよ」


 

 こうして、アサミの異世界料理人としての物語は幕を開けたのである。

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