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心の旅路

作者: いけさと

 目指すものを見つけた日から、真っ暗な夢の中を歩きつづけている。

 振り返れば、どこからか、どろどろと腐った手が伸びてきて、


「おまえには才能がなかったんだ」

「おまえはよくがんばった」

「いったい、どこへ行けるつもりなんだ」


 と、私の身体にからみつき、肩や腕をつかみ、どこかへ連れ去ろうとしている。

 私は沈んだ心をもてあまして、鎖の絡まった囚人のように歩いている。

 私がどこまで行けたのか、これからどれほど歩くのか、まだわからないでいる。

 この暗闇の中で、流れた年月を数えるとき、積み上げた足音に押しつぶされそうになる。

 でも私は生きているのだ。


 いつか自分が見えなくなりかけていたころ、目の前に階段が現れた。それは空へと続く階段だった。

 私は 淡い光をたたえながら宙に浮くその階段に、夢中で手をのばすのだけれど、あと少し届かなかった。背伸びをし、何度もジャンプもするけれど、とんでも とんでも、届かなかった。何か足場になるものはないかと思い、あたりを探し回ったけれど、こんな暗闇の中、そんなものは見つかるはずもなかった。

 あとほんの少しだけ、背丈よりも高い場所にあるその階段に、いつまでも手は届かなかった。


 私はその場に座りこんだ。ゆっくり呼吸が整うと、自分自身を見つめてみる。

 ごつごつとした手の甲には血管がういていて、あちこちに傷跡がある。手のひらはかさかさと乾き、皮は剥がれ、砂埃に汚れている。薄汚れあちこち破れた服からは、年老いたにおいがたちこめている。足もとを見ると、ぼろぼろになった靴のつま先から、黒くなった指先がのぞいていた。

 そしてもう一度手を伸ばそうとしたとき、そこにその階段はなかった。そこには、ただ真っ黒な空が広がっているだけだった。

 幻だったのだ、何もかもが。もしかしたら、私が手をのばしそれをつかもうとしたことさえも、私の思い違いだったのかもしれない。私はずっと、ただここに座っていただけなのかもしれない。

 不思議だった。なぜ涙があふれるのか。悲しくもないのにあふれる涙が、頬をつたい地面に消えていった。こんな悲しみにはもうなれたつもりでいたが、涙があふれて、肩がふるえて、立ち上がろうとしても、がくがくと膝をついた。


「いったいどこへゆけるつもりなんだ」


 そういった友の言葉を、あの頃の私は裏切りだと感じていた。私の才能に嫉妬し、私を傷つけようとしているのだと誤解していた。

 数えきれない足跡。この暗闇を進んだ、今ならわかる。彼らが私をひきとめようとした、その言葉の意味が。

 泣くことで償えるならば、私はずっと泣いていたいと思った。本当の友達を憎んだ日々、あの頃の恨みを洗い流し、私はあのときの優しさに気がつけたことを、いつかもう一度彼らとあえるなら、伝えたいと思っていた。


 どれほどの時間私は泣いていたのだろうか。うずくまり両手で顔を覆う私の耳に、いつのころからか、鳥のさえずりが聞こえていた。風の音がひびいていた。

 私はやがてそれに気づき、顔から手をどけると、あたりはうす明かりに包まれていた。空を見上げると、そこに暗闇はなく、まるで絵の具で塗ったような真っ白な空が広がっていた。そしてそれはすぐに青空へと変貌していく。あたりが突然明るくなり、私はまぶしさに手をかざした。それは夜が明けて朝がきたというよりは、閉じていたまぶたが開いたと表現したほうが、きっと正しかったと思う。

 ようやく目がなれてきた私は、目の前にさしのべられた手があることに気がつき、その腕の先を見つめた。そこには、とまどう私の気持ちを察しているように微笑む、友がいた。自分が泣いていることを思い出し、あわてて涙をふこうとする私の手を彼は取り、立ち上がらせてくれた。

 私はずっと、たった一人で歩いているつもりだった。一人で生きているつもりだった。でも今ならわかる。あの暗闇の中で、私には見えなかったけれど、私はずっと誰かに支えられていたのだ。そして本当は「見えなかった」のではなく、ただ私が見ようとしなかっただけなのだ、ということが。

 私があやまろうとすると、彼は「わかっている」と言ってくれた。

 彼の指さす向こうには、砂ぼこりの道がつづいている。

 陽ざしの中の道のりは、もう一度進もうとする私の一歩を軽くさせていた。


「この道を歩いていこう」


 私は、そう呟いてみた。

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