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サンピン

 約束どおりに人質五十人は解放された。

 入れ替わりに三人と一匹が署内に入ると、だいちゃんが嬉しそうな顔で拳銃をチラつかせる。

「ヒヒヒッ、この前はずいぶんと世話になったな。ここで借りを返してもらっていいか? お前、今は無敵じゃないんだろ。こいつで弾いちまったら死んじまうよな」

 だいちゃんは拳銃を俺の目の前に突きつけた。

「ううっ……」

 恐怖のあまり一歩下がると、

「やめろ木偶の坊!」

 ジジイが俺と拳銃の間に割って入った。しかし、ジジイは背が低いので、拳銃の前に割って入ったのは頭上のお絹である。

 お絹は拳銃を突きつけられて、目ん玉が飛び出るほどビックリしている。同時にだいちゃんは嫌な顔をしてそっぽを向いた。

「けっ、今ここでぶっ殺してもいいんだけどよ。タケシくんの所まで連れて行かなきゃ怒られちまう」

「タケシ? 誰でえそいつは?」

 ジジイは自分の身長より倍近くあるだいちゃんを見上げて首を捻る。

「でも、どっかで聞いたことあんな、そのなめえ?」

 確かに俺も、つい最近どこかで聞いたような聞いていないような……。

『ジャックさん』

 イヤホンから長内の声が聞こえる。

『そのタケシって言うのは、信用金庫を襲った主犯格の別所武のことですよ。タケシくんと愛称で呼ぶそこにいる奴は、信金を襲った仲間の臼野冬馬、丸八木浩太、別所勇樹のいずれかでしょう。――――ズルズルズ~』

 最後にそばをすする音までキッチリ届いた。全員にそばをふるまったので、仕事を終えた長内はひとりで賄い料理でも食べているのだろう。どうもここの横島署は緊張感がなくていけない。

「ダメだ、出て来ねえ。ここまで、ここの喉チンコあたりまで出かかっているんだけど、どうにも思い出せねえ。確か、便所がどうとかってなめえだったと思うんだが、うむむむっ……」

 目の前でジジイが首を捻り、腕組みをして悩んでいる。勝手に悩ませておけばいいのだが、このジジイのしつこさだけは天下一品だ。思い出すまで悩み続けて、いざという時になんの役にも立たないだろう。まあ、普段でもなにも役には立たないが。

「ジジイ、別所武だよ」

 教えてやると、ジジイはポンと手を叩いて振り向いた。

「そうだそうだ、別所武だ。語呂がちけえ、便所のタワシってとこまで思い出したんだけどよ。それ以上は進まなくて、人の名前までたどり着かなかったぜ。ふっ~っスッキリした」

 実にスッキリとした、この上なく晴れ晴れとした顔をしている。感情と顔の表情が、これほど見事に直結している人も珍しい。

「ほ~っ、タケシくんの名前を知ってんのかよ。さすがタケシくんは有名人だな」

 プーやんが誇らしげに小鼻をおっぴろげる。

「お前らの名前も想像つくぞ。臼野冬馬か? 丸八木浩太か? 別所勇樹か?」

 俺が名前を羅列すると、だいちゃんも小鼻をおっぴろげる。プーやんはふんぞり返ると更に小鼻を全開にした。

「お前、俺たちの名前も知ってんのかよ。でも、そりゃそうだわな。世間を騒がし、歴史に名を刻む重大事件を起こした俺たちだ。有名人でもおかしくはねえな。お前が言うように、俺様は丸八木浩太だぜ」

 プーやんが偉そうに名を名乗ると、図体のでかいだいちゃんも胸を反らして名を名乗る。

「俺が臼野冬馬だ。恐れ入っただろ。ヒッヒッヒッ」

 なにが恐れ入るのかよくわからないが、気味の悪い笑顔だけには恐れ入ってしまう。

 そんな得意満面の二人と面構えとは対照的に、ジジイは機嫌の悪い翁の面のような面構えをしている。

「丸焼き子豚だろうがウスノロトンマだろうが、てめえらサンピンのなめえなんざどうでもいいんだよ。おい、焼豚にウスノロ、はええとこ便所タワシんとこまで連れて行きやがれ」

 さすがは言い得て妙のジジイだけはある。プーやん、だいちゃんなどと可愛らしい愛称よりも、焼豚にウスノロのほうが今の奴らにはピッタリである。しかし、便所タワシでは少し気の毒な気もするが…

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