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夏休みの自由研究

 世間知らずなジジイだと本人が高らかに宣言しなくても、最初に会った時からわかっていた。だが、人としては世間知らずで非常識この上ないジジイでも、全世界を創った神なのだ。人の気持ちがわからないのは当たり前なのかもしれない。

 小学生の頃、夏休みの自由研究でアリの巣を作ったことがある。透明なプラスチックの容器の中で、アリが巣を作るのを観察していた。容器から逃げ出そうとするアリがいても放っておくか、摘まんで元に戻すこともあれば潰してしまい殺したこともあった。

 ジジイと俺たち人間の関係は、夏休みの自由研究と似ているのかもしれない。気まぐれで作ったアリの巣と、気まぐれで創った宇宙。規模は違うが、集団で生き物が住む世界を創る事に変わりはしない。そして、アリにとっては俺が神だった。だが、小学生の俺は無数にいるアリの人生など考えもしなかった。考えてみたところで、昆虫の世界など想像できるはずもない。それに比べてジジイは、人間のことを考え理解しようとしている。千年に一度、人間の姿で暮らすのもそのためだろう。

 浅はかなジジイではあるが、純粋に自殺者のためを思ってやってしまったことだ。今さら難癖つけるのも悪い気がする。

「ジジイ、俺が悪かった。頭を上げてくれ。そもそも人間の複雑な感情を、ジジイが理解していると思っていた俺がいけないんだ。鼻毛をむしって長いのが出たときに、嬉しさのあまり卒倒しそうなジジイが物事を深く考えられるわけがないよな。もう済んでしまったことはいい。すでに消えてしまった自殺者の魂はしょうがない。でもよ、早急に自殺者の魂は生まれ変われるようにしてくれ。こうしている間にも、分刻みで自殺する人がいるからよ」

 頭を上げたジジイはなぜだか、選挙速報で当確が出たのに、蓋を開ければ誤報でやっぱり落選してしまった市議会議員候補のように、なんとも哀れで奇妙な顔をしている。

「そいつぁ無理だ。早急に変えることなんてできやしねえ。何万年もかけて出来上がった決まり事だぜ。そう簡単に変えられるわけねえよ。おいらが言えるのは、ご意見を真摯に受け止め、様々な角度から検討し全力を上げて速やかに取り組みたい所存でございます、ってそんくれえしか今は言えねえ」

 市議会選で落選したわりには、言い訳が大物政治家のように偉そうだ。

「俺はその辺の細かい事情はわからないけどよ、出来るだけ早く生まれ変われるようにしてくれ」

「おう、わかった。ちゃんとすっからしんぺえすんな。だからおめえも、血迷って自殺なんかすんじゃねえぞ。消えちまうからな」

「へっ? 俺はピッチョンさんが憑いてるから大丈夫じゃないのか。死神に憑かれたら一カ月は死なないって、さっき聞いたばかりだぞ」

「だからおめえはヌケ作だって言うんだよ。自殺しちまうのは本当の寿命じゃねえって言ってんだろ。自殺は想定外の死なんだよ。憑いていようがいまいが自殺することは出来るぞ。そして、その瞬間に魂は消えちまう。そうなりゃピッチョンが憑いていたって、魂を見つけることは出来ねえのよ。まっ、おめえは自殺しようなんて思うわけねえよな。なんつったって、一カ月後には死んじま……」

 ジジイは口の形を「ま」の発音のまま固まった。お絹が「余計な事を言うな」と言わんばかりに頭をパンと踏みつけると、ジジイは開いた口をギュッと結んだ。

「俺が自殺なんてするわけないだろ。それどころか、今日までと思っていた命が一カ月延びたんだ、喜ばなきゃな。いや、違うか……。ピッチョンさんが来てからだと、一カ月切ってるんだな……」

 今日死ぬと覚悟は出来ているつもりだった。いやそうではない、俺の命と引き換えに大勢の人が助かるのだと、英雄になる自分に酔っていた。そして、心の奥では助かるのではないかと期待をしていた。助かるのではないか、そのわずかな望みがあるから平静を装うことが出来た。

「ピッチョンさん、俺の命はあと何日ですか?」

 突然の質問にピッチョンはハッとして顔を上げたが、すぐに目を伏せると言い難そうに答えた。

「とり憑くのは一カ月前と曖昧に言いましたが、正確には三十日前です。僕がジャックさんにとり憑いてから、今日を入れて四日経ちました……。ですから、ジャックさんの寿命は、二十六日と数時間です……すみません……」

「そうか……でっ、俺はなんで死ぬの? 病気? でも病気ってことはないな。余命一カ月のわりには体調もいいし食欲もある。ってことは事故?」

「すみません。それは僕ら死神でもわからないんです……すみません」

 ピッチョンが肩を落としてますます俯いてしまったので、神様の頂点に君臨している大神に聞こうとジジイに目を向けた。

「ジジイは知っ……」

 言いかけたが止めた。天井を見上げて豪快に鼻毛を毟っている老いぼれに、何を聞いても無駄なことだ。

「なんでえジャック、言いかけて止めることねえぞ。なんでもおいらに聞いてみろ。ブッ」

 鼻毛をこれみよがしに撒き散らすジジイに、何も聞くことはないし聞きたくもない。それに、このジジイは肝心なことは何も知らない、名ばかりの神様なのだ。百歳を超えたじい様に長寿の秘訣は、と聞いたら、「肉をガツガツ食べることですわ。フンガフンガフォフォフォ」と抜け落ちた歯を惜しげもなく強調し、軽快に返答して朗らかに高笑いする人間のじい様の方が、遥かに神様に近いかもしれない。

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