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捨てられた子犬

 だが、飛田のゴマ擦りも虚しく、ジジイはキッパリとキッチリと首を横に振った。

「ダメだ。そいつはできねえよ。昨日までは死神が憑いていなくても、ナマナマララゲとの戦いが原因で今日から死神に憑かれるかもしれねえ。それによ、戦いの重圧に押しつぶされて、自殺なんてしちまった日にゃ目も当てられねえ。選んだ人間の寿命を短くしちまったら、後味が悪くていけねえやな。一応、おいらも神だからな。人選にも苦労するんだぜ」

 ジジイが小鼻を膨らませてほざくので、先ほどより更に目を細めて厳しく見つめた。

「ふぅ~ん、死ぬ日が決まってる俺だったら、選んだって心が痛まないってわけだな。どうせ一カ月後に死んじまうんだからな。さすがは神様だ。選ぶ人材にそつがない」

 ジジイの膨れきった小鼻はキュッとすぼまったが、代わりにキュッと口を尖らせる。

「そう何度も嫌味を言いなさんな。おいらだって好き好んでおめえを選んだわけじゃねえぞ。辛かったんだぜ……」

 捨てられた子犬。いや、そんな可愛いものでない。群れをはぐれて木の実も満足に食べられえない、そんな路頭に迷った老猿のようなジジイの表情を見ては、責めるのも悪いと思ってしまう。

「まあいい。それにしても、俺みたいなお気軽な人間を選んで正解だよ。あんたみたいな妖怪ジジイに付きまとわれたら、ナマナマララゲと戦わなくても自殺したくなると思うぜ」

 そこまで言って、以前ピッチョンから聞いた話を思い出した。

『一つだけ例外があります。自殺する人間は、死神でも亡くなる日がわかりません。死期がわからないのでお迎えに行けません』

 あの時は死神の役目など軽く聞き流していた。だが今は違う。死期が迫っている俺にとっては、正確な情報を聞かなくてはならない。死神は死ぬ一カ月前にとり憑くのに、なぜ自殺者にはとり憑かないのだろう。

「ピッチョンさん、なぜ自殺する人の寿命をわからないのですか?」

「それはですね。自殺する日は、その人が本当に亡くなる日ではないからです。自ら命を絶つのは、寿命を無視した行為なのです。自然の摂理に反しています。寿命は産まれた時から決められています。病気や事故、事件に巻き込まれて亡くなられる方でも、それは決められた寿命です。そうは言っても、死神が人間の寿命を把握しているわけではありません。亡くなる人の情報が一カ月前になると天上界に入り、来世へと導くために死神たちはそれぞれの人間にとり憑くのです。しかし死神が迎えに来ない自殺者の魂は……消えてしまいます」

「消える? それは、死神の手を借りずに、自力で来世に生まれ変わるからですか?」

「いいえ、そうではありません。人間界、いや大神様が創られた全宇宙から、自殺者の魂は消滅してしまいます。本来なら、人間の命は永遠なのです。死とはその時の肉体が滅ぶだけであって、生まれ変わりを繰り返す魂は永遠に生き続けます。ですが、自殺者の魂は本当の死を迎えてしまうのです。それが消えてしまうと言うことです……」

 ピッチョンは悲しそうな顔で俯いてしまった。

「なんだか、自殺した人には悲しい話ですね。悪人は地獄に行けば生まれ変われるのに、自殺すると消滅するなんて……」

 納得のいかない話を聞いて、俺は先ほどより更に目を細めてジジイを厳しく睨みつけた。

「なあジジイの大神様、それはあんたが決めたことなのか。なんで自殺者にそんな酷いことをするんだ」

 ジジイは一瞬ギクッとしたが、慌ててブルブルと首を振った。

「そいつはちげえぞ。おいらは身勝手にそう決めたわけじゃねえ。おいらはどんな悪人だろうが魂を消滅させたくはねえ。そのために地獄を作ったんだ。性根を叩き直してまっさらな魂にしてから来世に送るためにだぞ。でもよ、自殺するってことは、もう生きたくねえ、人間なんて嫌だ、ってことだろ。自分で自分を殺しちまいたくなるほど嫌なら、また人間として生まれ変わるのはつれえだけだろ。そんなつれえことさせるだけなら、いっそのこと消えて無くなっちまった方が楽じゃねえか。おいらは自殺する人間の気持ちをくんだのよ」

「それは極端だろ。生きてるのが辛いから死んでしまいたい、だけど生まれ変わったら幸せになりたい。そう願って命を絶つんじゃないのか。死んでしまいたいほど苦しい時なんて、人間なら誰しもあるもんだぞ。実行に移すのはいけない事だけど、大神様ならそんな人間の気持ちをわかってやれよ。いつも偉そうなこと言っているけど、あんたはなんにもわかってねえんだな。まったく、大神様の名が泣くぜ」

 いつもならこんな厳しい口調で言えば、必ずギャーギャー反論するジジイなのだが、神妙な顔つきでテーブルをジッと見つめているだけでなにも言わない。

「そんな風に言っては大神様が可哀そうです」

 ピッチョンが少し怒ったように言うと、ジジイは「いいんだよ」と淋しそうに微笑んだ。

「人間はそうなのかい……悪いことしちまったな。おいらは何度も人の体を借りて人間界に降りて来たけど、人間の考えなってこれっぽっちもわかっちゃいなかったんだな。自殺するほど嫌なら、無理して人間を続けなくてもいいと思ってたのよ。おいらの思いつきで人間を創って、地球なんてちっぽけな場所に押し込めちまったんだ。生きたくねえ人間には、無理強いさせたくなかったのよ。良かれと思ってそうしちまったけど、どうやらとんだ勘違いをしてたみてえだな……。おいらは人間のなりしてるだけで、本物の人間じゃねえからよ。大神だからと、偉そうに上からしか物事を考えられねえおいらには、人間の気持ちなんてわかりゃしねえてことだ。ジャックよ……おいらのことを世間知らずなジジイだと思って勘弁してくれや。このとおりだ……」

 ジジイはテーブルに両手をついて深々と頭を下げた。

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