死ぬ日
ジジイは一人一人の顔をグルリと見回すと、短い指を三本立てた。
「退治する人間を選択するのに、三つの条件があった。一つ目は、ナマナマララゲが出没する、横島町界隈に住んでいる人間。二つ目は、ナマナマララゲが暴れた時、すぐに情報が入る人間だ。そして、三つ目が一番重要だったのよ。ナマナマララゲを長い間のさばらせておくと、横島町を飛び出して世界中に分散する恐れがあるからな。なにがなんでも、短期間に方を付けなきゃならねえ。それも確実にだ。三つ目の条件は、退治するまで選んだ人間は絶対に死なねえこと。この三つの条件を満たす人間を捜してたのよ」
ジジイは湯呑みを掴むと、お茶をグビグビと喉を鳴らして飲み干した。
「ふ~っ、一気にしゃべったら喉が渇いちまった。長内ちゃん、お茶」
ジジイが空になった湯呑みを差し出すと、長内は急須でお茶を注いだ。
「ジジイ、あんたはナマナマララゲが横島町に現れると、最初からわかっていたような口ぶりだな」
俺の質問にジジイは小さく頷く。
「ああ、わかってたよ。地獄から解き放たれた魂はよ、まず最初に産まれた町に引きよせらるからな。ナマナマララゲのボスはな、前世は横島町に住んでいた極悪人だ。最初に悪さするのは、土地勘のある場所じゃねえかと見当つけていたのさ。大鉢にとり憑いているのは、その極悪人のボスじゃねえのかな。なあ、ピッチョン」
「はい。ナマナマララゲの二十一人中四人は横島町の出身者です。十年前、横島町で事件がありました。四人組が信用金庫を襲い、籠城した揚句に人質六人を殺してしまった事件です。その主犯格の一人がナマナマララゲのボスです」
「あっ!」と声を上げた長内は、急須を持ったまま口を開けて固まった。
「どうした長内ちゃん。お茶菓子を出すのを忘れたってか。そんな気を使わなくてもいいぞ」
ジジイの言葉で我に返った長内は、鼻を膨らませて一気に捲し立てた。
「そっそいつは別所武です。他の三人の内一人は実弟の別所勇樹に、それに舎弟分の臼野冬馬と丸八木浩太。事件当時、私が犯人の取り調べをしたのでよく覚えています。その四人は、二年前に死刑執行されました。やはり地獄に落ちていましたか……。しかしなぜまた、横島町に戻って来たのでしょうか? ピッチョンさん、まっまさか横島署に復讐……」
長内は唇をワナワナ震わせながらピッチョンに顔を向けた。
「その可能性はあります。先ほど大神様が言われたように、魂は産まれた町に引きよせられます。横島町で産まれた四人以外の魂も、一度は自分の産まれた故郷にそれぞれ引きよせられて戻ったはずです。その散り散りに別れた魂を、恐らくナマナマララゲのボスが横島署に集結させたのでしょう。復讐心があるのかもしれません。それと……由美子さんもいますし、ジャックさんを亡き者にするのには、ちょうどいい場所かと……」
ピッチョンは申し訳なさそうな顔で目を伏せた。
「まっ、そういう経緯があったのよ」
ジジイは片手で顔をツルリと撫でると、お茶に口をつける。
「あちっ……そんなこんなで、おいらがナマナマララゲを退治できる奴はいねえか捜していたら、ピッチョンからジャックのことを聞いたのよ。聞けば、とり憑いているのは横島町の住人で、おまけに彼女は刑事だ。おいらがさっき言った、一、二、三の条件にはピッタンコってわけだな。だからおめえをヒーローに選んだのよ」
「俺の寿命を利用したって言ってたよな。それはどういうことなんだ?」
ジジイは俺をジッと見つめる。
「寿命は決まっているから、早くもならねえし遅くもならねえ。おめえが死ぬのは、ピッチョンがとり憑いた日から一カ月後だ。言い方を変えれば、一カ月間はどんなことがあっても生きてるってことだな」
「要するに、俺は死ぬ日が決まっているから、その日までは安心してナマナマララゲと戦わせられる、ってことだな」
「まあな……」
「なるほどね。確かに残り少ない寿命を、都合よく利用してくれたもんだよ」
嫌味ったらしく言うと、目を細めて厳しくジジイを見てやる。ジジイは背中を丸めてしょぼくれてしまうと、お茶を一口すすって苦い顔をする。
「今までの説明なら、死神さんにとり憑かれていない人間の方が良いのではないですか?」
黙って聞いていた亀吉が渋い声を響かせた。
しょぼくれジジイは弱々しく顔を上げると、弱々しく首を捻る。
「どうしてそう思うんだ?」
「死神さんにとり憑かれて一カ月後に亡くなるとわかるのですから、とり憑かれていない人間なら一カ月後は亡くならないということですよね。まだ寿命がわかっていない、と言った方がいいのでしょうか。寿命が長い分、とり憑かれていない人間の方がいいのではないか、と思ったのです」
「あっ、なるほど。いやいや、さすがは大森警視総監。おっしゃること、誠に理に適っております」
飛田がさも感心したようにヨイショする。手相が消えるほどゴマを擦る、と表現した方が的確かもしれない。




