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おめえの寿命だ

 飛田は両手の拳を固めると、「ちくしょう、なんてことだ!」と叫びながら自分の太股をおもいっきりバンバン叩いた。

 ジッとその様子を見ていた亀吉は、自分のハンカチをそっとジジイに差し出した。

「私たちに出来ることは何かありますか?」

 ジジイはハンカチを受け取ると、力いっぱいゴシゴシと顔を拭きだす。血をきれいに拭きとると、満面の笑みを浮かべた。

「今までどおりに署の周りを固めてろ。あとは……ジャックが無事に戻って来るのを、みんなで祈ってやってくれや」

「はい……」

 亀吉が小さく頷くと、飛田と長内も弱々しく頷いた。

「さて、ジャック。おめえにはまだ言ってねえことがある」

 ジジイは真面目な顔で俺を見つめる。

「なんだよ改まって。愛の告白か? 最期にチューしてくれなんて、ふざけたこと言うなよ。へへへっ」

 ヘラヘラふざけて言っても、ジジイは顔を崩さない。真面目な顔でジッと見つめている。

「それもいいな。無事に戻ったらそうしてもらうよ。……この事は言わねえつもりだったし、神のおいらが言っちゃいけねぇんだけどよ。おめえは死ぬのを覚悟したから言わせてもらうぜ」

「大神様……」

 ピッチョンが心配そうに呟くと、ジジイはキッパリと頷いた。

「ジャックよく聞け。おめえは一ヶ月後に死ぬ」

「へっ?」

 ボケているのではないかと心配していたが、心配することもなかったようだ。ジジイは完全にボケているのだ。今日死ぬ俺に、一ヶ月後に死ぬなんてボケていなければ言わないはずだ。恐らく、お絹のしつこい頭上攻撃が決定打になり、完全にボケてしまったのだ。こんな大事な時に、なんてことをしてくれたのだ。俺はお絹をキッと睨みつけた。お絹はプルプルを首を振ったような気がした。お絹の責任ではないにしろ、ジジイがボケてしまったのには変わりはない。

「わかったよ。ジジイはゆっくり休め。亀吉さん、ボケてるジジイにいい病院を紹介してください」

 亀吉はあんぐりと口を開けていたが、ハッと正気に戻ると、うんうんと大きく頷いた。

「バカ言ってんじゃねえよ。こいつは真面目な話だぞ」

 ジジイが不服そうな顔をすると、ピッチョンが「本当なんです」と悲しい顔で言う。

「ジャックさん、大神様のおっしゃっているのは本当のことです。ジャックさんの家に大神様が現れる一日前です、僕がジャックさんにとり憑いたのは。とり憑くと言っても、そばにいるだけです。以前お話したように、僕ら死神は亡くなる一か月前の人間にとり憑きます……すみません。僕はジャックさんの死期を知っていました。だからジャックさんを……」

 ピッチョンは俯くと、背中を丸めて鼻をズルズルすすった。ジジイはピッチョンの丸めた背中に手を置き、「あとはおいらが説明するよ」優しく言うと、真っすぐに俺を見た。

「ジャック、ぶっちゃけて言うとな。おいらはおめえを利用したんだ」

「利用した? なにを?」

 俺が首を捻ると、ジジイは「おめえの寿命だ」と言って目を逸らした。

「寿命? ますます訳がわからなくなってきた」

「まあ、おめえの寿命の話をするめえに、まずは事の成り行きを説明しねえとな」

 ジジイはテーブルに置いてある飛田の携帯を見つめ、ポツリポツリと話し始めた。

「死神の連中に、地獄から二十一人も脱走したと聞いた時は、こりゃ大変なことになっちまったと思ったよ。天上界の神といっても能力もなけりゃ力もねえ。おまけに勇気もねえし、逆境に立ち向かう強さもねえ。ついでに根性もねえときたもんだ。全くもってなにもねえ奴らにあるのは、クソ真面目で正直で優しい心根だけだぜ。そんなひ弱な奴らが地獄の大悪党なんぞに、逆立ちしたってかないっこねえやな。なあ、ピッチョン」

 ジジイがピッチョンの肩に手を置くと、ピッチョンは「すみません……」と申し訳なさそうにうな垂れる。それの仕草を見て、ジジイは声を出して笑った。

「かっかっかっ。なっ、正直な奴らだろ。でもよ、人間はそうじゃねえ。真面目じゃねえ上にずる賢い。その上、正直さと優しさは神と比べりゃかなり劣る。だがな、人間には勇気と根性、なによりも逆境に立ち向かう強さがある。人間には善と悪、強さと弱さが共存してるじゃねえか。要はバランスがいいってことだ。そうじゃねえと、悪党を退治なんてできねえと思ったのよ。そこでおいらは、ナマナマララゲを退治できる人間を捜したんだ」

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