てめえのケツはてめえで拭け
「ジャックさん、もう少し待ってくれ。今、最善の策を講じている。また君を巻き込むことはできない。前回は無敵だったので鶴夫も許可したようだが、今回はそうじゃない。無敵ではない君は、ただの一般人にすぎない。一般人を危険な目に遭わすことはできない」
亀吉が強い口調で説得するが、俺の腹は決まっている。覚悟はできているのだ。
「一般人? 何を言ってるんです。俺は一般人じゃない。ミラクルジャックはヒーローです」
瞳をキリッと輝かせ、かっちょいいセリフをズバッと決める。ジジイとピッチョンは「お~っ」と歓喜のため息を吐いた。お絹は相変わらずバンバン頭を踏み鳴らす。頭が腫れようが血が吹き出そうが、ジジイは全く気にしていないようだ。頼もしげに俺を見つめている。しかし若干、青白い顔をしているように見える。
「しかし、こんなことが世間に知れたら大問題にある。私だけではなく警察の存在自体が疑われてしまう。多くの人質を解放するためとはいえ、青年の命を差し出すなんて、そんなバカげた警察組織など誰も信用しなくなってしまう。私は断固として君を行かせない」
亀吉は真っ赤な顔で俺を睨みつけた。その横で飛田が歯を剥き出して頷いている。長内はオロオロとお茶を乗せたお盆を運んでいる。
俺は長内から湯呑みを受け取ると、お茶を一口飲んだ。
「熱っ。そんなこと言ってももう時間がない。あれからもう三十分以上経ってます。そろそろ奴に連絡しないとやばいんじゃないですか」
「うむむむっ……」
亀吉が唸ったその時、
ペッパ~警部、邪魔をし~ないでぇ~え~、ペッパ~警部、私たちこれから、いいところぉ~
例のお気楽な着歌が響き渡った。
あまりにもこの場には相応しくない着歌に、亀吉はギロッと飛田を睨む。飛田はアタフタと携帯取り出すと、ニョキッ歯を剥き出した。
「かか、かかってきっきました」
ハンズフリー通話に切り替えると、大慌てでテーブルの上に置く。
『俺だ。ジャックは来たか?』
携帯からドスの利いた声が響くと、真っ先に亀吉が反応した。
「いや、まだ来てない」
『なんだって! いい加減にし――』
「そう慌てなさんな。俺ならここにいるよ。待たせたな。お前が待ち焦がれた、ミラクルジャック様だ」
ドスの利いた声とは対照的に、涼しげな声で告げる。
亀吉はあっと驚き、飛田の歯はビッと飛び出し、長内はお盆を落としてしまう。ジジイとピッチョンは尊敬の眼差しを向け、お絹は先ほどからジジイの頭を踏み鳴らしっぱなしだ。更にジジイの顔色が悪くなったような気がする。
『やっとお出ましか。すかしてないで、とっとと横島署に来い』
「行ってやるがな、人質はどうなる。先に人質を解放しろ」
『そんなバカなことができるかよ。お前、自分の立場がわかってんのか』
「人質全員じゃない。人質は由美子一人で十分だろ。おまけとして、署長もつけてやってもいい。俺が署の前に着いたら、他の人は解放してくれ。頼む」
『ヤダね。と言いたいとこだが、わざわざ殺されに来るんだからな。少しくらい条件は飲んでやろうか。全員は無理だが、半分の五十人は解放してやる。お前が署の玄関に着いたら五十人、残りは、クククッお前を殺してからだ。それでいいな』
「ああ……」
『悲しい声で返事するんじゃねえよ。クククッ』
「でもな、最初に解放する五十人には、一般人を全員入れてくれ」
『わかったよ。早く来い。ここに集結した俺の仲間も、お前が死ぬのを首をながーくして待ってるんだからよ。じゃあな』
通話が切れる間際、『真治!』と由美子の叫び声が聞こえた。
「由美子、待ってろよ……」
「なんて勝手なことをしてくれたんだ!」
亀吉に大轟音で怒鳴りつけられた。
「まだ着いていないと言えば、時間を稼げたんだ! その間に解決策を見つけることもできたの――」
「亀公、そいつは無理だよ」
相変わらず頭から血を流して、見た目は痛々しく穏やかではないジジイが、穏やかな口調で言った。
「なぜ無理なんですか!」
亀吉が真っ赤な顔で怒鳴りつけると、ジジイはゆっくり首を振った。その振動で、ポタポタと床に血が落ちる。俺があの世に行くより先に、ジジイがこの世からおさらばするかもしれない。
「あの野郎はな、亀公が思ってる以上に狂ってるのよ。情け容赦なく人を殺す。ジャックがまだ来てないなんて言ってみな、確実に人質の何人かはぶち殺されていただろうよ。地獄に落ちるのは、そんな狂った奴らしかいねえんだ。署の中にはそんな奴らが二十一人もいるんだぜ」
「しかし……」
「しかしもかかしもねえな。てめえのケツはてめえで拭け、なんてさっきは言ったがよ。そいつは人間に対するおいらの理想でしかねえ。人間にも出来ることの限界はあるからな。だからよ、もうジャックに任せるしかねえんだよ。ジャックは腹くくったんだ。亀公、おめえも腹くくれや」
亀吉は鬼の形相で奥歯を噛みしめている。ギリギリと歯が軋む音が聞こえてくる。




