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セーラー服

 あの呪文で、無敵になる奴が見つかったのは奇跡だ、とジジイは言った。いくら世界が広いと言っても、あんなバカバカしい呪文で見つかるとはな、とゲハゲハ笑って言った。だから無敵なのは俺一人だけだ、と澄まして言った。

 俺は体育座りで足を抱えると、膝の上にガクリと頭をあずけた。

「もういいや……。俺はなんだか疲れてしまったよ……」

「そんな情けねえ声だすんじゃねえよ。おめえは地球を救う、たった一人のヒーローなんだからよ。おっ、そうだそうだ。おめえはヒーローだ。かっこいいねぇ、にいちゃん。よっ、ヒーロー日本一! 憎いよこんちくしょう!」

「ヒーロー?」

 なんだかいい響きではないか。なんともかっちょいい響きではないか。

 世界でただ一人、悪に立ち向かうヒーロー。むむっ……渋い。

 おお! 良いよ良いよ、実に良いではないか!

 普通の青年が超人に変身してしまう。これはスパイダーマンに通じるものがあるではないか。クモに噛まれて超人になるのと、寝屁で超人になったのでは、だいぶ開きがあるが結果オーライだ。

 そうだ。ヒーローにはコスチュームが必要なのだ。歴代のヒーローは、ピッチピチのタイツらしきものを着ている。俺もそのピチピチを着ようではないか。ぜひ、そうしようではないか。

 なんだか楽しくなってきやがった。

「じいさん、俺もヒーローになったんだ。かっちょいいコスチュームが必要だよな!」

「おっ、どうした青年。目をキラキラさせやがって。そりゃそうだ。ヒーローには衣装が必要だわな。どら、おいらがいいのを考えてやるぜ。う~ん……」

 ジジイは天井を見上げ、下唇を突き出し唸っていたが、ポンと手を打つとニンマリ笑ってみせた。

「ヒーローにはやっぱりマントが必要だ。月光仮面もスーパーマンもそうだろ。あと腰にどでかいベルト」

「おお、おお、マントだマント。そうだよじいさん、やっぱりマントはだわな、ヒーローにはよ。しょうもないことしか考えないじいさんにしては、上等な考えだ。偉いと褒めてやるぜ」

「バカ言っちゃいけねえぞ。おいらにヒーローを語らしてみろ、ちょっとうるせえんだからな。がはははっ」

「ぐわはははっ」

 二人で朗らかに大笑いしていると、

「かわいいわよ真治、セーラー服が良く似合うわ」

 ぶっ!

 寝室から由美子の寝言と寝屁が聞こえた。

「あいつはなんの夢見てんだ? まあいいや。それよりじいさん、その他にもかっちょいいの考えろよ」

 俺がジジイに目を向けると、ちょうどジジイは缶ビールを飲むところだった。ジジイは缶に口をつけて横目で俺を見ると、

「ブーッ!」

 いきなりビールを大量に噴出した。ばっちいビールのしぶきが、俺の顔にもろにかかる。

「うわっ! きたねえな」

「ぎゃははははっ」

 ジジイは顔中ビールだらけの俺を指差し、大笑いしている。

「人にビールかけといて、笑うことはねえだろ」

 不満たらたらティッシュで顔を拭いてると、ジジイは苦しそうに笑いながら首を振る。

「がはははっ、違う、違う、ぷぷぷぷっ、おめえカガミを、カガミを見て、ひーひひっ、みて見ろよ。ぎゃははははっ」

 ついに狂ったか? 

 腹抱えてのたうち回っているジジイを尻目に、俺は首を傾げながら洗面所に向かった。

 洗面所のカガミの前で、しばらくわけも分からずぼーっとしてしまった。

 カガミの中の俺は、赤いスカーフを巻いたセーラー服を着ている。下もしっかり紺のスカートをばっちりはいている。ついでに白いソックス。

 顔から下は、どっから見てもすね毛の生えた女子高生だ。

「なにこれ? どうしちゃたのぼく……?」

 急いでリビングに戻ると、まだジジイが腹抱えてバカ笑いしている。

「やいジジイ! なんだこの格好は。無敵になるとセーラー服を着なくちゃならねえのか? これもジジイの趣味だったら、ただじゃおかねえぞ!」

 セーラー服を着て怒る俺の剣幕に、笑っていたジジイも、笑っていいのかどうしようか複雑な顔になった。だが、お笑いの方が勝ったようだ。

「がはははっ、おいらじゃなねえぞ、ぐふふふっ、セーラー服を着せたのは、おねえちゃんだよ。ぷぷぷぷっ、さっき寝言で、セーラー服って言ってたろ。おめえに着させてたじゃないか。ふふふっ」

「なんだ? 呪文は無敵の他にも、違う能力が備わるのか?」

 ジジイは俺を見ると笑ってしまうからだろう。あさっての方向を見て、真っ赤な顔して笑いをかみ殺している。

「ああそうだ。無敵になったのはそのままだけど、ねえちゃんが呪文で何かを唱えると、違う能力が備わるんだ。今みたいに、セーラー服……ぷぷぷっ……。コホン、今みたいにセーラー服と言えば、おめえはセーラー服を着るし、仮に空を飛べと唱えれば、空を飛べるようになるんだ。まあ、それもこれもねえちゃんの寝言次第だがな。ねえちゃんが無意識で言う寝言だから、なにになるか分からねえよ」

「まったく……あんたの考えることは、なんもかんもいい加減なことばっかりだな。じゃあもしも仮に、由美子が女子のスクール水着と寝言で唱えると、俺は女子のスクール水着を着る羽目になるのか?」

「ぶっーっ、ぎゃははははっ、そりゃそうだ。ちげえねえ、がはははははっ」

 ジジイは再び転げ回って大笑いしだした。ヒィーヒィー言って苦しそうだ。

 そのまま死んでしまえ。

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