欲深い人
「それはそうとピッチョンさん、その肩の包帯はどうしました?」
飛田が聞くと、ピッチョンより先に出しゃばりジジイがすかさず答える。
「大鉢の野郎に銃で撃たれたんだよ」
『えっ!』
亀吉は目ん玉が飛び出るほど驚いた。驚く飛田の歯もいつもより多目に飛び出ている。
「な、なぜそんなことに?」
亀吉が慌てて聞き返すと、ピッチョンは瞬間移動して署長室に行った際に撃たれた事を説明した。亀吉は腕組みすると「うむむむ……」口をへの字に曲げて唸り声を上げる。
「大鉢は怜悧なところがあり、出世欲も人一倍強いとは思っていましたが、自分の欲望のためにそこまで凶暴になるとは……」
「そうですとも。あの副署長がそんな凶悪だとは、そばにいた私たちも全く気がつきませんでした。なっ、長内くん」
飛田が長内に同意を求めた。だが、手拭い鉢巻きの長内はそれどころではない。
「左様ですね」
と気のない返事で切り返し、忙しそうにテーブルの器を片付けている。
そばのざるをリズミカルに重ねて積み上げ、同じように重ねたそば猪口をお盆の上に乗せる。全員の湯呑みに熱いお茶を注ぐと、お盆を持って「よっ」と掛け声と共に立ち上がり、「ごゆっくりどうぞ」と頭を下げて厨房に行ってしまった。もうすっかりそば屋の亭主になってしまったようだ。
飛田はきれいに片付けられたテーブルを、俯き加減でぼんやりと見つめている。サングラスをかけているので、視線の先はわからないが恐らくそうだろう。長内が手際良く片付けたのを感心しているのか、それとも、この忙しい時に信頼している部下がそば屋になりきってしまったのを淋しく思っているのか、いやいやそうではなく、警察の不祥事をただただ憂いているだけなのか、どれなのかは定かではない。だが、俺の見る限り、飛田の出っ歯は淋しく光っていた。
「僕を撃ったのは大鉢さんではありません。大鉢さんの体を支配しているナマナマララゲです。それに今回の事件はクーデターでもありません。全ての悪は、大鉢さんにとり憑いたナマナマララゲの仕業です」
ピッチョンはビシッと言い放つと、右手で湯呑みを掴み左手で底を支えて、お行儀良くお茶をすすった。
「ナマナマララゲの仕業? 警察官ともあろう大鉢が、なぜナマナマララゲにとり憑かれたのですかね?」
亀吉が眉間に皺を寄せると、ピッチョンは即座に答える。
「警視総監さんも先ほど言われたように、大鉢さんは出世欲が強いからでしょう。欲望の強い人は心にゆとりがありません。ゆとりが無いということは、心に隙が生じます。ナマナマララゲはそこを突いてとり憑くのです。地獄に落ちたナマナマララゲも欲望の塊ですから、欲深い人とは互いに波長が合い、すんなりと心の中に侵入できるのです。それに、ナマナマララゲの標的は、天敵のジャックさんです。ジャックさんの親しい人間にとり憑けば、接近して簡単に殺するのも容易いですからね。欲深くてジャックさんと親しい大鉢さんのような人は、ナマナマララゲにとって非常に都合のいい人間だったのです」
「俺を簡単に殺すって……そんな恐ろしいことをサラッと言わないでください……うぷっ……」
またもや恐怖のあまり吐き気がした。逆流しそうな口元を両手で押さえていると、ジジイが俺の背中を摩りながら首を捻った。
「確かに大鉢なら、ジャックを簡単に殺せたぜ。でもよ、こんなに大事にしちまったらもう簡単にはいかねえよな。簡単に殺るなら、ジャックをこっそり呼び出して、後ろからロープか釣り糸で首をギュッて絞めるとか、ナイフでもってブスッてよ、背中から心臓に達するまで刺して殺しちまえばいいんじゃねえのか? おっ、それよりも警官なんだから、拳銃を持ってるな。背後からズドンと撃っちまえば近づかなくても簡単に殺れるぜ。一発で仕留めるのが不安ならよ、全弾をバンバン射ち込んじまえばいいじゃねえか。どたま目掛けて射ち込めば、一発くれえは脳みそふっ飛ばすことはできるだろ」
俺の殺害方法を、ジジイは気前よく何通りか説明する。
「なるほど。それはそうですよね」
飛田が小憎らしいほど出っ歯をきらめかせて賛同した。




