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警視総監

 ジジイは、「おい」とドスの効いた声を出すと、細目のまま亀吉を冷たく睨みつけた。

「バカな兄貴を持っちまって鶴夫も苦労するな。奴はてめえの出来ることを精一杯やってるよ。えれえ奴だぜ。亀公、てめえは人任せかよ情けねえ。いいか、良く聞け。てめえの考える神って言うのは、人間が考え出した偶像でしかねえ。今回、地獄から魂が逃げ出したのは、おいらたち神の落ち度ではある。でもな、地獄に落ちるような魂になるのも、元はと言えばてめえら人間が作り出した環境のせいだぞ。おいらたちの落ち度じゃねえ。人間界が腐れきっているから、カスの魂が生まれて地獄ができるんだ。全てこの地球に住む人間の責任だぜ。少しだけならおいらも手を貸すけどよ、てめえのケツはてめえで拭きやがれ。それができねえなら、人類が滅亡したっておいらは構わねえよ。他の動物、昆虫、植物、そいつらに地球を任せた方が、どんだけいいかもしれねえ。なぁお絹、人間がいなくなりゃみんな肩身を狭く生きることもねえもんな」

 ジジイの冷たい目が一変した。優しい目でお絹を見上げている。

 だが、お絹はジジイの頭を、後ろ足で何度もバンバンと踏みつけた。

「イテテテッ、わかったからもうやめろ。ったく、ちゃんと言えばいいんだろ。まっ、そんなごたくを並べたがよ。実際のところは神様と言ったって、なぁ~んも能力がねえってことよ。だから、これだけはキッチリ何度も言うけどな」

 ジジイは人差し指を亀吉に突きつける。

「おいらをあてにすんな。てめえのケツはてめえで拭け。わかったか」

 神の能力どころかなにもないただのジジイ、もしくはウサギより格下のジジイだと知らされて、おむすび亀吉は目を白黒させている。最初見た厳つい大工の棟梁の顔は遠い昔で、今では落語家がウスノロを演じている呆けた顔つきになってしまった。

「そ、それでは横島署の人質をどう救えば……。クーデターの首謀者が大鉢なので、話し合いで解決すると思っていましたし、なにかあった時には大神様のお力添えを頂けると高を括っていました……」

 警視総監とは思えぬ、なんとも情けない発言をする。

「厳つい顔をした警視総監のくせに、頼りねえこと言ってんじゃねえよ。まったく、なんも策がねえとはな。日本の警察も困ったもんだぜ」

 ジジイは能無し神様とは思えぬ、偉そうな発言をする。

 能無しジジイが渋い顔で亀吉を見ていた時、「失礼します」と襖の向こうから声がした。遠慮がちに襖がズルズル開くと、ピッチョンが顔を覗かせた。

「おうピッチョン、よくここがわかったな」

 ジジイが人懐っこい笑顔を向けると、ピッチョンは生真面目に返事をした。

「横島署の前でお二人の居場所を捜していましたら、大勢の警察官の方に取り押さえられてしまいました。もう少しで手錠をかけられるところでしたが、顔見知りの警察官のお二人に会ったので助かりました。そのお二人にここまで案内されて来ました」

 顔見知りの警察官とは、毎度お馴染の困惑&怪訝警官コンビのことだろう。

「おめえ怪我人なんだから、もう少しゆっくりしてても良かったんだぞ。無理しやがって」

 ジジイはピッチョンの肩に巻かれた包帯を見て顔をしかめる。しかめっ面のまま亀吉に向き直った。

「ツルリンから聞いてるだろ。こいつは死神のピッチョンだ」

「お話は聞いております。私は警視総監の大森亀吉と申します」

 亀吉が深々と頭を下げると、ピッチョンも律儀に頭を下げる。

「はじめまして、死神のギュランジャジューム・ジュブリナッキュ・フェレメンピッチョン・十四世です」

 律儀に長ったらしいフルネームを告げられて、亀吉は「ギュララ、ジュムムム……痛っ」と舌を噛んでしまうと、急いで内ポケットから手帳を取り出した。

「すみませんが、もう一度お名前を伺ってもよろしいでしょうか?」

「ギュランジャジューム・ジュブリナッキュ・フェレメンピッチョン・十四世です」

 再度ピッチョンが名前を告げると、亀吉は手帳にサラサラと書き取る。さすがは警視総監まで登りつめた男である。うやむやでは終わらさずに、キッチリと突き詰めるようだ。何度聞いても名前を覚えられない弟のツルリン署長とは違う。それが警視総監と署長の差だろう。

 亀吉は手帳から顔を上げると感心したように頷いた。

「しかし、人間がイメージする死神とは全く違うお姿とは聞いていましたが、ここまで違うとは驚きました。かろうじてイメージと同じなのは、黒いマントくらいでしょうか。それにしても皆さんは奇抜な格好をしてますな。米、豆、麦、その白いウサギさんは卵。それらのマークは、なにかのおまじないですか?」

「おっ、亀公よくぞ聞いてくれた。これはだな――」

 ジジイが全てのマークの由来を一通りしゃべろうというのか、張り切ってテーブルから身を乗り出した。俺はすかさずジジイのマントを片手で掴む。

「ジジイ、無駄話はもういい」

 睨みつけてやると、ジジイはバツが悪そうに頭を掻いた。

「そうだった……すまん。亀公、続きは事件が解決したら詳しく聞かせてやるよ」

 そんなどうでもいい事など詳しく聞きたくはないと思うが、亀吉は「解決しましたらお聞かせ下さい」と真面目に答える。さすがに何事もうやむやにはしない男である。

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