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ドブネズミ

「ジャックさ~ん! ホールさ~ん!」

 飛田が出っ歯をきらめかせ、車両の隙間を縫って駆けて来る。両手を上げて手を振り振り駆けて来る仕草だけは恋する乙女のようだが、あくまでも仕草だけである。どこからどう見ても、脂ぎった中年おやじに変わりはない。

 しかし、飛田は何を思ったのか、俺たちの五メートル程前に立ち止ると、背広の胸ポケットからでっかいトンボメガネのサングラスを取り出す。レンズがまっ黒けの奇妙なサングラスを、よせばいいのに出っ歯顔にスチャッと装着した。

「お待ちしてました!」

 トンボメガネをかけたネズミの化け物が駆けよって来るので、俺もジジイも恐ろしさのあまり後ずさってしまった。

「さあ、こちらに来てください」

 飛田は俺の腕を掴むと、来た方向に向かって引っ張って行く。

「なっ、なんですかそのサングラスは?」

 飛田は振り向くと、口をひん曲げてニヤリと笑った。

「いいでしょこれ。私もジャックさん達をまねて、悪に立ち向かうクールな刑事姿を演出してみました。ほら、刑事ドラマでやっていたじゃないですか。あの大門軍団の団長みたいでしょ。ニヒヒヒ」

 この発言には、人をおちょくるのが得意なジジイでも何も言えないようだ。ジジイはボケたじい様のようにポカンと口を開けっ放しにして、お絹は恐怖のあまりジジイの首筋にしがみつき隠れている。

 団長は団長でも、ドブネズミの団長みたいだ。などとは、妙にはしゃいでいるこの人にはとても言えない。軍団

 どこに連れて行くのかと思いきや、横島署と国道を挟んで反対側にある、長寿庵と書かれたそば屋の前で立ち止った。

「そば屋? このクソ忙しいのにそばを食うのか?」

 俺は長寿庵の看板を見ながら首を捻った。

「おいらもそばにゃ目がねえけどよ、いくらなんでも時と場をわきまえるぜ。悠長にそばなんか食ってる場合じゃねえだろ、トンボネズミの飛田ちゃん」

 いい加減の日本代表で名の通ったジジイでも、さすがにそこはキッチリ眉をひそめる。そして、さらりと新しいあだ名もつけている。

 飛田は慌てて手を振った。

「いやいや、違います。署が乗っ取られたので仕方なくここを借りました。店に入ればわかりますが、臨時の対策本部になっています」

 飛田は長寿庵の引き戸をガラガラ開けると、「さあ、どうぞ」店に入るように手を差し出して促す。俺とジジイは言われるまま店に入った。

 いらっしゃ~い、と迎える声が元気に響くと思いきや、厳めしい顔のおっさんたちにギロリと睨まれた。狭い店内のテーブルとカウンターに、厳めしいおっさんが八人も座っている。警察官の制服を着たおっさんや背広を着たおっさん、服装はまちまちだが厳めしくて恐ろしい顔つきのおっさんには変わりはない。俺とジジイをギョロリと睨んでいたおっさん方は、あとから入って来た飛田を見てギョロリからギョッとなった。

 飛田はそんなことはお構いなしに、

「どうぞ、奥の座敷に座ってください」

 座敷に置かれた四人座れるテーブルを指差す。

 その座敷のテーブルに、これまた警官の制服を着たおっさんが、苦虫を噛み潰したような顔つきで腕組みをして座っている。苦虫オヤジは五分刈りほどの胡麻塩頭で、エラの張った浅黒い顔をしている。制服ではなくはっぴを着ていたら大工の棟梁に間違えるだろう。しかしよくもまあ、厳つい顔をしたおっさんを、これだけ集めたもんだと感心してしまう。

 その苦虫棟梁も飛田を見てギョッとなった。飛田は度重なるギョ顔など全く眼中にないようで、澄ました顔で座布団を指差し「そこに座ってください」と言ってのける。

 俺とジジイは言われたとおりに、テーブルを挟んで苦虫棟梁の前に座る。飛田は苦虫棟梁の横に座ると、パンパンと景気よく二度柏手を打った。

「お~い、長内くん」

 厨房から手拭いで鉢巻をした長内が顔を出した。

「何でしょうか、飛田……ぶっ部長?」

 またまたギョッとされても、飛田は平気なもんだ。

「全員揃ったので、ざるそばを頼む」

「へっへい、かしこまりやした」

 長内はギョ顔で返事をするとすぐに顔を引っ込めた。

 なぜ長内がそば屋の店主の真似ごとを? 俺とジジイが訝っていると、すぐに長内がお茶を持って現れてニヤリと笑った。

「実家がそば屋なんです。こう見えてもそば打ちもできるんですよ。そばを食べて腹ごしらいしましょう。空きっ腹ではいい案も浮かばないですからね」

 やっぱりそばは食うのかよ……。

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