テロ事件
パトカーはけたたましくサイレンの音を響かせながら、一路、横島署に向かって突き進む。俺を迎えに来た運転手の警官も助手席に座る警官も、唇を真一文字に結んで前だけを睨みつけている。この警察官たちはお馴染の困惑警官と怪訝警官なのだが、どちらも今は、苦虫噛みしめた深刻警官、と言う長ったらしい名前になっている。
横島署に近づくにしたがって、上下線とも車の量が多くなった。片側二車線の国道も、ついには車の流れが止まり渋滞し始めた。サイレンを鳴らしたパトカーでも、車と車の隙間を縫うように走るのでなかなか先に進まない。
「この道、こんなにいつも混んでたかな?」
後部座席の俺が呟くと、助手席の苦虫深刻警官がさらに苦虫を噛みしめて振り返った。
「横島署につながる道路は、バリケードが敷かれ全面閉鎖せれています。車どころか人っ子ひとり入れません。そのための渋滞でしょう。署の半径五〇〇メートル以内の住民の方には避難して頂いております」
「ふへぇ~」ジジイが素っ頓狂な声を上げる。
「そりゃまた随分と大掛かりじゃねえか」
「仕方がありません。拳銃を所持した警察官が署を占領しているのです。何があっても、民間人を巻き込むことは出来ません」
キッパリ言い放つ苦虫深刻警官の目は赤く血走り、使命に燃えた熱血充血警官に変わっている。
しばらく行くと、車道を塞ぐように警察車両が止まっていた。パトカーや機動隊のバスまで何台も止まっている。その車両の前にこん棒を持った警察官と機動隊が数十人、仁王立ちで立っている。これが例のバリケードだろう。
その周辺の歩道にはロープが引かれ、大勢の野次馬や報道関係者でごった返している。ガヤガヤとした群衆の喧騒に交じり、テレビ中継するリポーターの甲高い声。交通整理する警察官のピーピー喧しい笛がそこら中で響き渡る。
俺たちの乗るパトカーが近づくと、カメラマンと記者らしき数人がロープを飛び越えようとした。すかさず数人の警官が駆けより、「コラ! 下がれ!」と罵声を浴びせ押しとどめる。
「ほへぇ~、すげえな。この前の銀行強盗の時より白熱してるぜ。かっかっかっ~」
ジジイは窓ガラスに顔をへばりつかせて高らかに笑った。緊張感のかけらもないジジイである。
パトカーをバリケードの前に停車させると、運転席の苦虫深刻警官がすかさず窓を開けた。こん棒を持った警官が、「署長の頭は?」とトンチンカンな質問をぶつけてくると、苦虫深刻警官はひとつ頷き、「フサフサしたカツラ」と戸惑うことなく答える。こん棒警官がビシッと敬礼し、「通してくれ!」と後ろに向かって怒鳴ると、塞いでいた機動隊バスがゆっくりバックして道を開けた。
「今の奇妙なやり取りはなんだ?」
ジジイのもっともな質問に、苦虫深刻警官は車を走らせながら答える。
「警察内部のテロ事件なので、署を占領した警察官以外にも仲間がいるかもしれません。今のように、検問で秘密の質問に答えられない警察官は、通ることが出来ないのです」
「秘密の質問って、あれが秘密の質問か? 大森ちゃんを知ってる奴なら、みんな答えられるんじゃねえのか?」
またしてもジジイがもっともな質問をする。運転する苦虫深刻警官の代わりに、助手席の熱血充血警官が言いづらそうに答えた。
「いや、それが……大森署長の案でして……。合言葉となる秘密の質問の答えは、意外なことでなければいけない。みんな驚くと思うが、わたしはカツラなのだ。したがって、この全く意外なことを秘密の質問にしようと思う。と、自信を持ってこのようにおっしゃられたので、誰も口答え出来ないと言いますか、したら可哀そうだと言いますか……」
「そうかい。おめえらも変わり者の上司をもつと苦労するな」
ジジイがしみじみ言うと、熱血充血警官も苦虫深刻警官も小さくコクリと頷いた。
しかし、蔭ではみんな知っている承知の事実だと言え、署長自らカミングアウトしたのだ。今回の事件を憎む署長の決意は、並々ならぬものなのだろう。
などと、なんだかよくわからない事に感心していると、パトカーは横島署に到着した。
ここは、先ほどのバリケード以上の警察車両が止まっていた。横島署の前の道路を警察車両で埋め尽くされている。しかし、その仰々しさとは裏腹に、辺りは静まり返っていた。
野次馬もいない。テレビ中継もしていない。そのせいだと思ったが、そうではなかった。
周りを取り囲む大勢の警察官と機動隊は、誰ひとり話をしている者がいない。ただ横島署の建物をジッと見つめ、緊張感からか顔が強張っている。
ピンと空気が張り詰めた中、俺と頭にお絹を乗せたジジイはパトカ―を降りた。
西部劇で一匹狼のガンマンが町に登場した時、必ずと言っていいほど一陣の風がヒューと吹く。
正しくその一陣の風が吹き、俺とジジイの黒いマントがバサバサと音を立ててなびいた。音を聞きつけた警察官が一斉に注目する。強張った顔が一瞬、へっ? と言う顔になったが、すぐにまた厳しい顔に戻った。なんとも忙しい人たちである。




