近所迷惑
「起きろジジイ! ピッチョン! お絹!」
俺はジジイとピッチョン、ついでにお絹も蹴っ飛ばして叩き起こした。
飛田にあんなことを聞かされては、天上界だろうが大神だろうが目上の人だろうが、はたまたいたいけな小動物だろうが、そんなことは全く重要でも問題でもない。ここはいかに迅速に行動するかを求められているのだ。
「いてえなジャック、もうちょっと優しく起せや……フワァ~」
ジジイは寝癖のついた白髪頭を、ボリボリ掻きながら体を起こした。まだ寝ぼけて気がついていないようだが、頭をボリボリ掻くたびに血がタラタラと流れている。お絹に蹴られて出来たかさぶたが、掻くたびに剥がれているようだ。
「うわっ! なんだなんだ、ちっ血が出てる!」
ジジイが手についた血を見てあたふたしている隣で、ピッチョンが頭を抱えながら起き上った。
「頭が割れるように痛い……」
それはそうだろう。カルピス割りは非常に美味い美味いと、見境もなく浴びるほど飲んでいれば、割れるどころか砕けてもおかしくはない。
血を見て慌てふためくジジイと、頭を抱えてうずくまるピッチョン、そして蹴っ飛ばされたまま仰向けでひっくり返っているお絹に向かって、俺は大声を張り上げた。
「お前たち、ブッパナサレンジャーならビシッとしろ! 由美子が人質に捕らわれ、俺の命は風前の灯火になっているんだぞ! 寝ぼけたツラなんぞしている暇はない!」
突然の怒鳴り声に、寝ぼけた神二人と四足なのに一羽と数えるウサギのお絹が、ぽけっとした顔を俺に向けた。それでも、血を見たおかげで比較的シャンとしているジジイが、ティッシュで頭の血を拭き拭きしながら言った。
「由美ちゃんが人質? ジャックの命が風前の灯火? なんだそりゃ。ちゃんと説明しろや」
俺は飛田から聞いたことをそのまま伝えた。
頭を抱えていたピッチョンは、顔を上げると驚きのあまり目を見開きぱなしになり、仰向けにひっくり返っていたお絹はぴょこんとお座りの姿勢になると、床をバンバンと踏み鳴らす。ジジイは頭にティッシュをこびり付けたまま、勢いよく立ち上がる。
「なんだと! 由美ちゃんの一大事じゃねえか! こうしちゃいられね。はええとこ横島署に行くぞ」
ジジイは脱ぎ捨てられた米に○印のマントを掴むや否や、ひらりと首に引っかけ装着した。きのう俺たちは帰ってから着替えもせずに雑魚寝したので、寝起きでも簡単にヒーロースタイルになれる。
ジジイは玄関に向かって大袈裟に指を差した。
「待ってろよ、こわっぱ悪党大鉢め。横島署へ、いざ行かん!」
ビシッとジジイが決め台詞を言い放った時、近づいて来るパトカーのサイレンの音がマンションの下で止まった。ジジイは「おっ、来やがったな」そう嬉しそうに呟くとベランダに駈け出した。
ベランダに出て下を覗き込んだジジイは、
「すぐ降りるから、エンジンをかけたまま待ってろ!」
近所迷惑も甚だしいほど大声を張り上げる。
ピッチョンも深刻な顔で立ち上がった。
「由美子さんの様子を見てきます。署長室ですよね」
言い終わると同時に、ピッチョンの姿が一瞬のうちにパッと消えた。
「ピッチョンの野郎、マントをつけないで行きやがったな。奴はまだヒーローの自覚が足りねえな」
いつの間にかベランダから戻ったジジイが、ピッチョンの麦に○印のマントを拾い上げ、鼻毛をむしりながらぶつくさほざいた。




