地獄の奴ら
「そもそも地獄の奴らは、地球で死んだ人間なんだ。前世で悪さして死んだ奴らが地獄に送られる。だから実体がなく、フワフワした魂だけだ。その魂が地球に住む人間の体に憑依して、悪さをするって言うわけよ。面倒なことによ、魂しかねえだろ。憑依した人間が死んでも、魂は傷つかないし死にもしねえんだ。だから、好き放題むちゃを出来るってこったな」
「面倒くせえな。そんな奴らは神様のあんたが、なんとかすりゃいいじゃねえか。そのための神様なんだろ?」
「おいらがか? おいらはなんにもできねえよ。もうちょい若けりゃ、にいちゃんと一緒になんとかしやってもいいけどよ。見た目のとおり、か弱いおじいさんだからな」
見た目のとおりサルと言われりゃ納得するが、か弱いとは言いがたい。
「か弱くたってサルのようだって、神様と違うのかよ。俺に能力を与えたように、自分でもなんかしら能力があんだろ?」
「んなもんねえよ。決まってんだろ」
鼻毛抜きながら、きっぱりきっちり言いやがった。少し威張ったりもしている。
「なんもねえのか? じゃあ、なんのための神様で、なんのために地球にいんだよ。鼻毛抜いたり、味噌舐めてビール飲むだけのために、地球にいんのか?」
ジジイは摘んでいた鼻毛吹き飛ばし、味噌舐めてビールを飲みやがった。俺が言ったとおりのことを、きっちり見事にやりやがる。
俺はゴミ取り用のコロコロを使い、ジジイが飛ばした鼻毛五本を粘着させる。俺はこう見えても綺麗好きなのだ。その俺の姿を、ジジイは腕組みをして感心したように見ている。
「まぁそう言うな、にいちゃん。おいらの今ある人間の姿は、借りもんなんだ。本来は姿も形もねえんだ。思考があるだけで、フワフワ漂ってるような存在なのよ。千年に一度、こうして人間に生まれるだけで、能力なんてな~んもねえ。ちょこっとだけ、こうして呪文を作ってやれるだけだ。ふっ」
また鼻毛飛ばしやがった。コロコロの粘着を一枚はがし、強力粘着になったところにまた鼻毛をつける。俺はコロコロしながら、ジジイの言葉を思い出した。
「さっきジジイは、神様の中でもトップで大神様って言ってたよな。他の神様もそうなのか? フワフワしてんのか?」
「他の神はおいらと違う。地球の人間じゃなえけど、人間と同じ姿をしている神様としての実体があるぜ。天上界には神が住んでて、天使だって死神だっているよ」
「じゃあよ。その神様たちに、地獄の奴らをやっつけてもらえばいいんじゃねえの?」
「無理だな。あいつらは平和主義だから、争いごとはきれえなんだよ。それによ、人間界で起きたことだ、人間がなんとかしなくちゃダメだろ。自分のケツは自分で拭けっちゅうことだ。そう思わねえか、にいちゃんも」
ケツの肛門様にケツの話をされると、妙に説得力がある。俺は素直に頷いてしまった。
ウゴ~ッ、ウゴ~ッ、ゴゴゴッ、グゴッ~、ガ~!
「おっ、ねえちゃんもいびきで返事してやがる」
ジジイは口に手を当てると、「ねえちゃんもそう思うよな!」寝室に向かって大きな声で言った。
ギリッ、ギリッ、ギギギギッ
「ほほっ、歯ぎしりで返してきやがった。おっかしいねえちゃんだ。かっかっかっ」
「バカ笑いしているとこ申し訳ないけどさ、その地獄の奴らはいつ攻めてくる? どうやって攻めてくるんだ?」
大口開けてバカ笑いしていたジジイは、真顔になって首を振った。
「いつなのか、どう攻めてくるのか、おいらにも分からねえ。もうすでに攻めて来てるのかもしれねえ。なんっても憑依するからよ、人間を見ただけじゃ、憑依されているのかさせていないのか、見分けがつかねえんだ」
「事件が起きるまで待っているのか?」
「そうだな。それしか方法はねえだろ。そん時は任せたぜ、にいちゃん」
「勝手なこと言いやがって。それで、俺の同じような奴がいんだろ。他に無敵の奴は何人いんだ? 俺の仲間は?」
「いねえよ」
「はっ? いねえってことねえだろ。呪文があんだからよ。いくらへんてこな呪文だって、中にはいんだろ同じような奴が」
「いるかね~……? わけえねえちゃんが、いびきも歯ぎしりも寝言も豪快にやるかね? おまけにごっつい屁だぞ。あんなにプッププップ屁をこくわけえねえちゃんは、おめえの彼女ぐらいじゃねえのか?」
「ちょっとまて。今、若いねえちゃんって言ったな。じいさん、まさかあんた、呪文を唱えて有効にできるのは、若い女に限定したのか? そんなわけねえよな?」
ジジイはきょとんとしている。
「わけえねえちゃんだけだぞ。あっでもよ、若すぎてもいけねえ。おいらは青臭いのはどうもな。二十四歳から二十八歳までの美人に限るだ。呪文が有効なのはな。おいらはその年頃が一番好きなんだよ。いけえねえか?」
「あんたって奴は…………」
世界の人口が六十何億、その半分が女として三十何億。その中の、二十四歳から二十八歳までの美人で、豪快にいびき、歯ぎしり、寝言に屁、をかますねえちゃんが何人いるんだ?
「あっ、まだあった。ちちのでかいねえちゃんな。これは譲れねえ」
「譲れ!」