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武士の情け

 頭にウサギを乗せたしょぼい老詐欺師は、飛んで来た羽虫を間違えて飲みこんでしまったようなしかめっ面を大鉢に向けた。

「大鉢ちゃん、そう言うことだからよ。事件が片付くまで、そっちで由美ちゃんを安全な所にかくまってくんねえかな」

 ジジイに言われても、大鉢は俯いて考えごとをしているのか反応しない。

「大鉢ちゃん、聞いてんのか?」

 再度ジジイに言われて、大鉢はハッとして顔を上げた。だが、よっぽどジジイが嫌いなのかそっぽを向くと、縁なしメガネをキザにクイッと上げて言葉を返す。

「聞いてます。それなら早急に手を打たなければならない。鳥井くんは横島署で保護しましょう。ジャックさんもそうしたほうがいい。今すぐ鳥井くんを呼びだして下さい。早急に二人を安全な場所に行ってもらいます」

 さすがは切れ者の大鉢だ。話が早い。俺まで保護してくれるとは、実に良い人ではないか。早速、由美子を呼び出さなくてはならない。

「ピッチョンさん、パッと行って由美子に伝えてきて下さい」

 ピッチョンは、えっと情けない顔をする。

「ぼ、僕が由美子さんを起こすんですか……。今でないとダメでしょうか……。まだ寝て間もないと思うので、明日の朝一番ではダメでしょうか……」

 誠実なピッチョンにしては珍しく歯切れが悪い。だが、気持ちは痛いほどわかる。辛い役目を一人にさせるのは酷というものだ。俺も鬼ではない。

「そうですね。明日の朝にしましょう。すみません。無理言いました」

 ピッチョンは危険な役目を解かれてホッとしたのか、薄っすらと涙を浮かべると、「ありがとうございます……」小さな声で呟いた。

「大鉢さん、そういうことなんで、明日の朝、由美子が出勤する時に俺も一緒に来ますよ」

「いいでしょう。それなら明日の朝、パトカーを一台迎えに行かせます。とりあえず二、三日分の着替えを持って来てください」

 頭がでかいだの偏屈だの嫌味だのと、散々悪態をついてしまったことを後悔した。大鉢は優しさ満載の人なのだ。

「おっ、いいね。国の重要人物みてえでカッコイイじゃねえか。大鉢ちゃん、隠れ家は高級ホテルかい? おいらは高級旅館の方がありがてえけどな。布団がいいからな。ベッドは腰が痛くていけねえのよ。掛け布団は羽毛じゃなきゃダメだぜ」

 卑しさ満載の人がごたくを並べると、優しさ満載から一転、厳しさ満載と化した大鉢は、あさっての方向を睨みながらピシリと言った。

「ジャックさんと鳥井くんのことであって、あなたには全く関係ありません。旅館に泊まりたければ勝手に行って来なさい。どうせ、いたって役に立たないのですから、温泉でも寺巡りにでも好きな所に行って、しばらく姿を消して下さい。その方がいろいろと助かります」

 大鉢の的を射る返答に、つい俺も頷いてしまう。ピッチョンも微かに頷いたように見えた。

「んなろ~っ、でか頭!」

 ジジイは怒りに任せて立ち上がると、握り締めた右手のコブシを頭上に上げる。そのまま大鉢のとこまで突進しようとしたが、すかさずピッチョンが後ろから羽交い締めにした。

「大神様、落ち着いてください」

「離せ! 離しやがれ!」

 ジジイはコブシを振り上げていきり立つ。ピッチョンは阻止しようと羽交い締めにする。

 このジジイとピッチョンの光景は、正しく、松の廊下で浅野内匠頭がご乱心になり、「殿中でござりまするぞ!」の場面そのものだ。色は白だが、頭の上にちょこんと乗っているお絹が烏帽子のように見えなくもない。

 時代劇好きのジジイもそれに気づいたのか、「離せ! 武士の情けじゃ!」と芝居かかったセリフを言う。釣られてピッチョンも、「いけませぬ、殿!」と時代錯誤のセリフで返した。

 大鉢は荒れ狂うジジイのことなどお構いなしに、イスをクルッと半回転させて背を向けた。イスの背もたれの上に、プックリとでかい後頭部が乗っているように見える。

「話はこれで終わりです。署長が記者会見を終えて時機に戻って来ます。これから署長と重要な話があるので、みなさんはお引き取り下さい」

 背を向けたままあっさり告げた。この小憎らしさは、吉良上野介を彷彿させる。

 羽交い締めにされたジジイは、「ん~にゃろ~っ!」と血管がブチ切れるほど真っ赤な顔で唸り、ピッチョンの手を振り解こうともがく。だがピッチョンは行かせまいと、小柄なジジイを羽交い締めのまま持ち上げた。

「大神様、冷静に」

「離せピッチョン! この野郎の偉そうな態度はもう我慢できねえ!」 

 宙吊りにされたジジイは地に着かない短い足をジタバタとさせ、駄々っ子のようにもがいている。

 まったく何かにつけてうるさいジジイだが、気持ちはわからないでもない。だが、いつまでも三文芝居に付き合っているのは時間の無駄だ。それに、いくらここで粘っても金一封すら出てきそうにない。

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