ナマナマララゲ
無視しようと思ったが、ジジイがしつこく耳を指差すので、
「わかったよ。やればいいんだろ。やれば」
渋々だが両耳に指を突っ込み、おもいっきりいやと言うほどかっぽじった。指先を出して確認すると、耳くそもついているが薄っすらと血も滲んでいる。その薄汚れちまった指先を、これでもかとジジイに突きつけた。ジジイはじっくり舐めるように確認すると、大袈裟に頷いた。
「よ~し、いいだろう。いいかよく聞けよ。由美ちゃんが死んでも、ジャックは無敵になる。死ぬってことは、目覚めることのねえ睡眠みてえなもんだからな。夢も見ねえでぐっすり寝ちまえば、自分が生きてんだか死んでんだかわからねえよな。よしおいらは今ちゃんと寝てる、なんて意識して寝てねえだろ。息はしてても頭の中はからっぽの状態だから、寝てるのは死んでるのと一緒よ。目覚めるか、目覚めえかの違いだけだ。さっきも言ったように、死ぬってことは寝てるのと変わりはしねえ。永遠の眠りだけどな。由美ちゃんが永遠の眠りについちまったら、起きることがねえから呪文は解けねえ。だから、ジャックは生涯無敵だ。どうだわかったか」
ジジイはソファーの背もたれにふんぞり返ると、短い脚を器用に組んだ。
わかったようなわからないような、実にいい加減な説明だが、要するに、由美子の意識があるかないかだけの問題なのだ。浅はかなジジイが、由美子が死んだ時のことまで考えているとは思えない。もしかしたら、由美子が寝るから無敵になるのではなく、由美子が起きている時は無敵ではなくなる、そんな呪文ではないだろうか。本来は無敵の身体なのに、由美子が起きることによって無敵が封印されるのだ。由美子の寝屁の呪文で無敵になったが、由美子の存在が無敵になるのを邪魔する。
俺の考えが正しいのか、ジジイの説明を信じていいのかわからない。どちらにしても、ややこしい呪文を作ってくれたもんだ。
「大神様、由美子さんが亡くなると、ジャックさんは無敵になると言うのは本当ですか?」
ピッチョンが恐る恐るという感じで質問した。
「なんでえ、ピッチョン。おめえはおいらの話を信じねえのか?」
ジジイは腐ったホオズキの頬を再び膨らます。ピッチョンは慌てて手を振った。
「いえいえ、違います。大神様のことは信用しています。ですが先ほどナマナマララゲが盗まれた時に、大神様も由美子さんが危ないと、血相を変えられていましたので……」
「そんなことはあたりめえだろ。ナマナマララゲは真実を知らねえんだからよ。ジャックを無敵にしねえためには、由美ちゃんを亡き者にしようとするんじゃねのか。早まったことされたら危ねえだろ。だから、おいらも焦っちまったのよ」
「あっ、なるほど。さすがは大神様。妙な勘繰りをしてしまいました。申し訳ありません」
ピッチョンが深々と頭を下げると、ジジイは小鼻を広げてふんぞり返る。ホオズキを膨らませたり、かと思えば小鼻を広げたりと、全くもって忙しいジジイだ。
「ついでに説明するとだな。由美ちゃんが死んでもジャックが無敵になるのは、おいらのふけぇ~考えがあってのことなんだぞ。どうだ、聞きてえか?」
鼻の穴全開のジジイの顔を見ていると、聞きたくないと言いたいが、ここはグッと堪えて素直に頷いた。ピッチョンは耳の穴をかっぽじって聞く態勢にはいる。それを見たジジイは、ギロリと俺を睨む。仕方がないので今度は優しく耳の穴をかっぽじった。
ジジイは鼻の穴だけではなく、穴とつけば毛穴まで開いてみせる勢いで、自慢げに満足げに頷く。
「よしよし、いい心がけだ。それでは聞かせてやろうじゃないの。いいか、ジャックが無敵になると困るのはナマナマララゲだわな。だから奴らは由美ちゃんを殺すことができねえて訳だ。ボケナスジャックなんざ、無敵じゃねえ時に殺されちまうかもしんねえけどよ、由美ちゃんはどう転んだって殺されることはねえ。おいらは女性の味方だからな。最悪の事態を考えて、ちゃんと逃げ道は作ってあるのよ。どうでぇ、おいらの頭の良さ。恐れ入っただろ。かっかっかっ~」
言うに事欠いて、ボケナスジャックとほざき倒してバカ笑いをかましている。ミラクルジャックからボケナスジャックに改名されては、俺も黙ってなどいられない。
「よく言うぜ。それはナマナマララゲが真実を知ってればの話だろ。知らなければ由美子は狙われるぞ」
「ボケナスジャックの割には、もっともなこと言うじゃねえか。そおいうこった。でもよ、本来なら由美ちゃんの正体がばれてなければ、これっぽっちも狙われるしんぺいなんてなかったんだぜ。まさか捕まえたナマナマララゲが、ジャックと由美ちゃんの情報を掴んで逃げるなんて夢にも思わねえだろ。それも、由美ちゃんに関しての肝心要な情報は抜け落ちた、中途半端な情報を掴んで逃げちまった。今さらこれを言ってもあとの祭りだがよ。おいらは考えてたんだ。捕まえた二匹のナマナマララゲにそれとなく由美ちゃんの情報を教えてよ、一匹は逃がそうってな。必ずその情報を仲間に流すだろうからな。そうすりゃ由美ちゃんは最悪の危険は回避できたのによ。おいらとしたことが、とんだ失敗したぜ」
ジジイは、策士のおいらとしたことが、みたいな頭の切れる人物を演じてしかめっ面を装う。どこからどう見ても、しょぼい詐欺師の面構えのくせに。




