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臨時収入

 大鉢の座るデスクの前に仁王立ちした俺は、ゆっくりと両手を広げ、大きく円を描きながら腕組みをした。

「どうします大鉢さん。話をしますか? それとも俺たちは失礼しましょうか?」

 きびしい顔で大鉢を見下ろしてやる。隣のジジイも腕組みをして、ここぞとばかりに憎悪に満ちた目で見下ろす。お絹はジジイの頭上で後ろ脚を踏み鳴らし、威嚇行動をとっている。バンバン踏み鳴らしているので、ジジイは痛そうに頭を引っ込めた。ピッチョンも腕組みはしているが、申し訳なさそうに控え目な感じで見降ろしている。

 大鉢は相変わらず嫌そうな顔でそっぽを向きながら、「勝手にしてください」と言うと、面倒臭そうにソファーを指差した。

「そこに座って。前に突っ立っていると鬱陶しい」

 投げ捨てるように言われてムカッときたが、ピッチョンに「さあ座りましょう」と腕を掴まれたので、俺とジジイは素直にソファーに座った。

 三人でソファーに並んで座ったが、威嚇ポーズの腕組みはやめない。お絹も人間様の威嚇ポーズを見習って、ジジイの頭をバンバン踏み鳴らす。これがウサギの威嚇ポーズなのだろう。ジジイが「イテテ、イテテ」と情けない声を上げようが盛んにバンバンやる。ジジイの頭は残り少ない白髪でしか覆われていないので、地肌が透けて見える。その地肌が薄っすらと血がにじんでいた。お絹の鋭い後ろ脚の爪で引っ掻かれたのだ。万が一、爪が頭の皮を深くえぐって出血多量で死んだら大変だ。

 ――謎の老人、ウサギに蹴られて失血死――

 などと新聞の一面にでかでかと報じられたら、関係者である俺は恥ずかしくて町を歩けない。そんなことにならないように、ジジイの頭に張り付くお絹を両手で持ち上げ、そのままジジイの膝の上に置いた。

 ジジイは苦笑いを浮かべ、「すまねえな」と言うと、優しくお絹を抱える。お絹を撫でているジジイの額から、一筋の血が流れた。ジジイは痛かったのに我慢していたのだ。俺の判断が早くて良かった。もう少しでウサギ殺人事件になるところであった。

 俺は気分を新たにして、ガキッと腕組みをし直すと、キッと大鉢を睨みつけた。

「それで、話はなんですか?」

 大鉢はそっぽを向いていた顔をこちらに向けると、署長のデスクのイスの背もたれに深く体を預けた。嫌そうな顔は変わらない。

 だが、俺と目が合うと、ニヤリと笑った。

「まあいい。君が一人ではなくても結果は同じだ」

 大鉢は俺を見つめ、ニヤニヤしながらデスクの引き出しを開けた。視線を引き出しに落とすと、右手を差し入れた。

 あっ、迂闊であった! と咄嗟に閃いてしまった。引き出しの中には素敵なものが入っていると、鮮やかに閃いてしまったのだ。

 大鉢は俺だけに、感謝状どころではない報奨金を渡したかったのだ。その場にジジイとピッチョンがいては都合が悪いので、だから俺一人だけを呼んだのだ。なんと迂闊な、なんと浅はかな事をしてしまったのだ。今ここで報奨金を渡されたら、ジジイとピッチョンと分けなければならない。取り分が減ってしまうではないか。いかん、それは断じていかんのだ。

 万年金欠。いや、それどころか恐らく生涯金欠の俺にとって、臨時収入が一番ありがたい。ここは一刻も早く、ジジイとピッチョンに消えてもらわねばならん。

「あ~っ! これはいかん! これは大変だーっ。ジジイ、ピッチョンさん、由美子が心配だ。今すぐ帰った方がいい。なんて事だ。由美子を一人にしておくなんて……」

 デコに手のひらをバチンと当て、なんてこったのポーズを決めた。淀みのないセリフと迫真の演技なので、みんなが注目している。上手い事に、大鉢も引き出しに右手を突っ込んだまま固まっている。そうだ大鉢さん、ここで金と銀の水引で結ばれた祝儀袋など出してはならない。良くぞ堪えてくれた。

 ホッと安堵のため息をつくと、ピッチョンが真面目な顔で、

「今見て来ますよ」

 と言うなり一瞬でパッ消えた。かと思っていたら、三秒もかからずに鼻を摘まんで現れた。

「ようしゅを見てきまひたが、だいじょうぶへす」

「おい、ピッチョン。聞き取りづれえから指を離せ」

 ジジイが的確な指示を出す。

「がっ、しょうでひた」

 ピッチョンは鼻を摘まんでいた指を離すと、プッハァ~と大きく息を吐いた。

「特に異常はありませんでした。由美子さんは気持ちよく寝てました」

 そうであった。瞬間移動できるピッチョンを、この場から遠ざけることなどできないのだ。

 むむむっ……取り分が減る。しかし、ピッチョンは金に執着しているとは思えない。言いくるめれば、「どうぞどうぞ、そのお金はジャックさんがもらってください。僕はカルピス一杯だけご馳走になるだけでいいですから」と機嫌良く言うはずだ。

 問題なのは、人一倍卑しいジジイだ。この場から消し去らなくてはならない。無敵の俺が、ゴキブリ並みのジジイの細首をキュッと絞めるのは簡単だが、いくらゴキブリ並みと言っても人には変わらない。それどころか一応は神様なのだ。はした金でジジイを殺すのは、人としてどうも後味が悪い。

 一寸の虫にも五分の魂、の格言より遥かに軽い、卑しいジジイは五円でも必死、と虫より軽んじられる魂しかないが、姿形はかろうじて人間なのだ。ここはグッと堪えて、部屋から追い出すことにする。

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