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ビバリーヒルズの豪邸は……

 バァーン! 

 ジジイが署長室のドアを勢いよく開け放った。と当時に早口にまくし立てる。

「大鉢ちゃん、パレードの日はいつなんだ。早急に決めてくれ。じゃねえとこっちもスケジュールが立てられねえ。芸能事務所と契約するか、それとも個人事務所を立ち上げるか決めなくちゃいけねえんだ。全米デビューが約束されたおいらたちには、もう時間がねえんだよ」

「そうだぞ大鉢さん。スーパーモデルの金髪美女が、首を長くして俺を待ってるんだ。ビバリーヒルズにある不動産屋のマーチンが、土地の売買契約するために首を長くして俺を待ってるんだ。さっ、感謝状でもパレードでも、バーゲンセールのアトラクションでも、チャッチャッチャッとこなしてやるから、日程表を早く出してくれ」

 俺もジジイに負けじと、ズバズバまくし立てた。

 署長のデスクに座っている大鉢は、俺たちの剣幕に驚いたのか、目も口もおっぴろげたままポカンとしている。

 いつまでも返事のない大鉢に業を煮やしたジジイは、デスクまで駆け寄ると大鉢ばりに顔をグググッと近づけた。

「大鉢ちゃん、ぼけ~っとしている暇なんかねえぞ。時は金なりって言うだろ。正に今おいらたちはその時なんだよ」

 卑しいジジイならではのセリフを、ガツンと鮮やかに言い放つ。

 鮮やかに言い放ったのが効いたのか、ポカン顔の大鉢は一瞬ハッとした後、すぐに真顔になった。そして、露骨に嫌そうな顔をすると、ジジイを見ないようにそっぽを向いた。ジジイは相当、大鉢に嫌われているようだ。

「なんで大神さんも来るんですか。わたしはジャックさんだけ呼んでくれと言ったんですよ。そうですよね、ピッチョンさん」

 大鉢は眉間に皺を寄せ、鋭くピッチョンを睨みつける。俺の後ろにいたピッチョンは、おずおずと前に出ると申し訳なさそうに頭を下げた。

「すみません。確かにそう言われました。ですが、大神様がいても問題ないと思ったので……」

「まったく、言付けもできないなんて、天上界はずいぶんと楽なところなんですね」

 大鉢は更に眉間の皺を深く刻みギギギッと睨みつけると、ピッチョンはシュンと背中を丸めて小さくなった。

「今からでも遅くはない。大神さんとピッチョンさんはお引き取り下さい。出口は向こうです」

 大鉢はそっぽを向きながらドアを指差す。

 ジジイは真っ赤な顔をして、細い両腕をプルプル震わせている。今にも大鉢に飛びかかりそうだ。

「でか頭コノヤロー!」

 案の定、ジジイは大鉢に飛びかかろうとした。たが、ピッチョンが後ろからガッチリ両手で抱き止めた。

「大神様、落ち着いて下さい。ちゃんと言付けなかった僕が悪いんです」

 ジジイはピッチョンに抱きかかえられた腕を外そうと、懸命にもがいた。

「離せピッチョン! なんだあの偉そうな態度は。やいてめえ! 感謝状はどうした! パレードの日程はどうした! ジャックひとりに教えないで、おいらにも聞かせろ!」

 ジジイの魂の叫びを聞いても、大鉢はそっぽを向いたままフンと鼻で笑った。

「感謝状? パレード? フフン、そんなのあるわけがない。寝言は鳥井くんのように寝てから言ってください」

 面白くもおかしくもない人かと思っていたが、少しはギャグが言えるようだ。

 などと感心している場合ではない。あまりの衝撃に、ジジイと俺は目が点になってしまった。密かにピッチョンも驚いているようだ。小鼻が膨らみ、口も「え」の形で固まった様子が見て取れる。

「う、うそでしょ。金髪は、ビバリーヒルズの豪邸は……」

 俺はやっとのおもいで、それだけは口に出して言えることができた。ジジイは激しい衝撃のあまりに声も出せず、ワナワナと唇を震わせているだけだ。

 ジジイの瞳から一粒の涙が床にこぼれ落ちた時、ピッチョンが優しく支えながら声をかけた。

「さあ、大神様帰りましょう。現実なんて常にそんなものです。でも、必ず全米デビューしましょうね。それまでに、大神様はいっぱい曲を作らなければいけませんよ。努力は怠ってはいけません。努力なくして道は開けず、ですよ大神様」

「うん……わかったよピッチョン……。けえろう……」

 ジジイはピッチョンに肩を支えられながら、トボトボとドアに向かった。なかなか哀愁ある後ろ姿だ。俺もついもらい泣きしてしまい、密かにズズズッと鼻をすすった。

 二人が肩を寄せ合って部屋を出ようとした時、俺は哀愁の後ろ姿に声をかけた。

「二人とも行かなくてもいいぞ」

 それだけ言うと大鉢に向き直った。

「大鉢さん、ホールとピッチョン抜きなら、俺はあんたと話はしないよ。二人に聞かせたくない話なら聞きたくないね。俺たちは仲間なんだ。生憎、ミラクルジャックはブッパナサレンジャーの一員なんでね。一人でもかけたら、もうブッパナサレンジャーじゃないんだ。それが嫌なら、俺も失礼させてもらいますよ」

 サングラスを中指でクイッと小粋に上げて、口をひん曲げてフンと鼻で笑う。ニヒルな仕草をビシッと大鉢に見せつけた。

「ジャックさん……」

「ジャック、おめえって奴は……」

 ジジイとピッチョンが目をウルウルさせながら戻って来る。俺が「うむ」と渋く頷くと二人は泣き笑いの顔で横に並んだ。

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