全米デビュー
ピッチョンは俺たちの前に立つと、腫れた頬をひきつらせながら言った。
「そろそろ着く頃だと思いました。ご安心ください。由美子さんは家で寝ています。月夜ですから、家の中なら心配ないでしょう」
「どうしたピッチョン? おめえ顔が――」
「はいはいはい、由美子の事ならこのおまわりさんに聞きました」
ジジイが余計な事を言う前に、俺は二人の会話に割り込んだ。
「由美子も困ったもんですよ。市民を守る大切な警察官の方たちに迷惑かけているんですからね。ピッチョンさんもご苦労さまでした。あっち行ったりこっち行ったり大変でしたね。さっさ、早くうちに帰りましょう。行きましょう行きましょう」
なんとか話をはぐらかそうと、ピッチョンの背中を押して強引に歩かせる。だがピッチョンは、二、三歩足を踏み出しただけで立ち止った。
「ちょっと待って下さい。大鉢さんが、ジャックさんに話があるみたいですよ」
振り向きながら言われ、俺は押すのをやめて首を捻った。
「大鉢さんが俺に? なんの用ですかね」
「用件は聞いてないです。ジャックさんたちと別れて署長室に行った時、大鉢さんがいたので由美子さんの居場所を聞きました。包丁男の経緯を話して由美子さんの家に行こうとしたら、ジャックさんが署に来るなら署長室にも来るように伝えてくれ、とそれだけしか聞いてないんです」
「あっ、それじゃ、ナマナマララゲを盗まれたから怒られるんだ。あの人しつこそうだから嫌だな」
大鉢の大きな顔にグッと迫られて、文句タラタラ言われると思うと憂鬱になってしまう。下唇を突き出してふくれっ面をしていると、ピッチョンが「いやいや」と首を振る。
「いや、そうではないようですよ。盗まれたと話しても、そうですかそれは大変でしたね、と僕たちを気遣っていました。怒るなんて雰囲気ではなく、どちらかといえば機嫌が良かったですよ」
「機嫌がいい? なんかそれも気味が悪い。いったいなんだろう」
「なんでしょうかね」
俺とピッチョンが首を傾げていると、突然ジジイがパンと手を鳴らした。
「わかった! あれだな。銀行強盗犯を捕まえたから、おいらたちに警視総監感謝状がでたんじゃねのか。うん、そうだ。そうに決まってる。あんだけ活躍したんだからな。出さねえほうがどうかしてるぜ。それよりも、あの大活躍ぶりだ。もしかすっと、横島町あげて、大パレードでも企画してっかも知れねえぞ。オープンカーに乗って、紙吹雪なんかもパーッと舞っちまってよ。沿道から、若いねえちゃんの悲鳴がキャーキャー聞こえてくんぞ。ジャックさ~ん、ホールさ~んなんって、とんでもなえ騒ぎになっちまうぞ。商店街やスーパーなんかは、ジャック&ホール大感謝祭なんて銘打って、大セールをやっちまうだろうな。この不景気だからよ、商売人はここぞとばかりに派手にやっちまうにちげえねえ。そんときゃおめえ、おいらたちは至る所の商店街やスーパーに引っ張りだこだな。セールは大成功して、横島町の経済効果は何十億にもなってよ。こうなったらもうおいらたちの人気は止まりゃしねえぞ。横島町なんてちいせえ町なんか飛び出しちまうな。どこかしこからお呼びがかかって、日本中飛び回らなきゃならねえぞ。テレビもほっときゃしねえだろうな。CMなんかもバンバンやってよ。ブッパナサレンジャーの名でバンド作ってよ。ジャックがボーカル兼ギター、おいらは前からやってみたかったドラムだ。ピッチョンはベースで由美ちゃんはピアノ、お絹はマスコットだな。ブッパナサレンジャーのテーマソングは大ヒットしちまうぜ。作詞作曲はおいらだから、懐に印税がバカバカはいちまうわな。そんなこんなで日本で大ブームを起こしたら、次はアジアだ。もうここでも人気が出るのは間違いないってなもんよ。アジアを制覇しちまったら、次はどこだジャック?」
ジジイの目がギラリと怪しく光る。頭のお絹の赤い目もギラリと光る。俺の興奮も最高潮に達して、鼓動がバクバクと激しくなり口が渇いて上手く開かない。それでも口の中で掻き集めた生唾をゴクリと飲み込むと、唇を震わせながら声を絞り出した。
「ア、アメリカだな……」
「そうよジャック! おいらたちは遂に、全米デビューを果たしちまうのよ!」
ジジイのランランと輝く目を見ていると、俺はこらえ切れずに両手を突き上げた。
「ウオ~ッ、金髪美人じゃーっ! ビバリーヒルズに豪邸じゃーっ!」
歓喜の雄叫びは横島町全体に響き渡る勢いなのだ。横島署から何事かと、ワラワラと数人の警官が出てくる。
俺の雄叫びを聞いて、ジジイは感心したように頷いた。
「いいね~ジャック。惚れ惚れするほどの叫びっぷりだ。こうなりゃモタモタしてられねえ。一刻も早く、大鉢のでか面でも拝みに行こうぜ」
「おうよ、目指すは全米デビューじゃ! ついて来いジジイ!」
「よっしゃ! 卑怯な悪党ぶっ放す~、寝ている時にもぶっ放す~、そぉ~さ~おれ~たちゃあ~」
「あ~いと~せえ~ぎの、ブッパナサレ~ン~ジャ~」
ジジイと俺はテーマソングを口ずさみ、互いにマントをはためかせ、怒涛の勢いで横島署に突き進む。お絹はジジイの頭の上で、ケツをフリフリしながらリズムをとっている。後ろからピッチョンも「ブッパナサレ~ン~ジャ~」と遠慮がちに歌いながらついて来る。どうやらこいつらも、ヒーローとしての自覚が芽生えたようだ。実に喜ばしいことである。
出てきた警官たちと玄関先で鉢合わせになるが、俺たちの必死な形相を見た警官たちは口々に、「わっわっわっ」とおののきながら道を開けた。
そうなのだ。俺たちを阻む者など、この世にいないのだ。
「グワハハハハ~」




