知恵絞って考えても、結論はひとつしかない
そして、俺はなんて無力なんだと思い知らされた。
無敵でない時、凡人の俺は一人でなにもできない。だが、無敵なら人を救うことができる。しかし、由美子がいなければ無敵にはなれない。その由美子を失えば、何人もの人が死ぬかもしれない。大切な人も守ることができない奴は、多くの人を助ける事などできやしない。ヒーローなんて偉そうに言えやしないのだ。
ない知恵絞って考えても、結論はひとつしかない。
由美子を守ることで、俺は多くの人を救える。
考えを巡らせ立ち尽くしていると、後ろから声をかけられた。
「このカートはわたしの店の物なので、返してもらっていい?」
愛想のいいおっさんが、白目をむいたジジイが乗っかるショッピングカートを指差した。おっさんが着ている店の制服らしい上着の胸には、スーパーマツザキと書いてある。カートにもスーパーマツザキと書いてある。
「あっ、すみません。今この荷物退けますから」
俺は片手でジジイの襟首をヒョイと摘み上げ軽々持ち上げると、無造作にゴロンと地べたに転がした。
スーパーマツザキのおっさんは、「おっ」とおったまげた顔をする。
「力が強いんだね」
「いやいや、このジジイが軽いだけです。脳味噌がからっぽですから。これお返しします」
カートを差し出すとおっさんは、
「ありがとう。お客さんの呼び込みも大変だな。不景気だけど、お互いがんばろうね」
と愛想よく笑い、カートを押して去って行く。制服の背中には○に松のマークが書いてある。俺のマントにも○に豆が書いてあるので、あのおっさんは俺を同業者とでも思ったのかもしれない。
気がつけば、夕暮れ時の商店街は活気に満ちあふれていた。店先の売り子の声、買い物に来た主婦たちの立ち話、学校帰りの学生のおしゃべり。その喧噪の中、ジジイと死神が青い顔で倒れている。
白目をむいたジジイとピッチョンの青白い頬を、綺麗な夕陽がオレンジ色に染め上げていた。
などと、悠長に語っている暇などない。由美子が危ないのだ。
俺が無敵なのだから、由美子は寝っ屁をまき散らしどこかで寝ているはずだ。居場所を見つけ出し、早く危険を知らさなければいけない。
地べたで失神しているピッチョンの胸倉を左手で掴むと、グッと引き寄せ右手で軽くペチペチペチと頬を叩いた。だが、手加減して軽く叩いたはずなのに、ピッチョンの頬は見る見るうちに赤く腫れあがってしまった。
「痛い……」
ピッチョンは意識を取り戻したが、顔の左半分が腫れ上がっているので左目が開かないようだ。正しく腫れ物に触るといった感じで、顔を両手で摩った。
「痛い……。左がこんなに腫れている。どうして……?」
ピッチョンは右目だけで俺に訴えかけるが、そんなささやかなことはこの際どうでもいいのだ。ピッチョンの顔面崩壊より、今は由美子の一大事の方が優先なのだ。それに、犯人が俺だとばれないうちに、さっさとこの場から消えてもらわなくては困る。
「そんなことよりピッチョンさん。早く由美子の所に行ってくれ」
ピッチョンは意識を取り戻したばかりでボケ~ッとしていたが、事の重大さに気づくとガバッと立ち上がった。
「あっ、そうでした。早く知らせないと。由美子さんのいる横島署に行ってきます」
「俺とジジイはタクシーですぐに行きます」
「わかりました。でもそうなると、ジャックさんたちが移動してしまえば、僕でも居場所がわからなくなり戻ることはできません。横島署で落ち合いましょう。先に行ってます。いたたたっ……」
左手で頬を摩ったかと思うと、一瞬のうちに煙のように消えてしまった。さすがは真面目で実直な男だ。動作も機敏で清々しい。ちょこっとだけ、顔を腫らして悪かったと気の毒に思った。




