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無敵なのか無敵ではないのか

 ピッチョンのあとを追いかけたが、見失ってしまった。出だしで遅れ、ジジイでつまずき、やはりカートはのろかったのだ。

 虚しくカラカラカラ~とカートを押して、夕陽を背にした子連れ狼のようにトボトボと商店街を歩いていると、前からマントを羽織った男が、これまたトボトボと俯いて歩いて来る。

「ピッチョンさん」

 俺の呼びかけに、ピッチョンは弱々しく右手を上げて応える。あの寂しげな姿だと、男を見失ってしまったのだろう。

 ピッチョンは目の前まで来ると、ため息をつきながら首を振った。

「はぁ~、ダメでした」

「得意の瞬間移動で、男のいる場所まで行けないんですか?」

「無理です。瞬間移動できるのは、居場所がわかっているところだけです。なにも手掛かりがないと、僕にも無理なんですよ……すみません……」

 うな垂れるピッチョンの落胆ぶりに、俺はかける言葉が見当たらない。だが、こんな雰囲気でもジジイの身勝手ぶりは健在だった。

「しょうがねえな奴だなおめえは、肝心なとこが役立たずなんだよ。でもよ、いいじゃねえか、またジャックが無敵になって捕まえればよ。そんなにガッカリしなさんな」

 ピッチョンは能天気なジジイを上目づかいでチラッと見ると、頭をガクッと下げて何度も首を振った。

「違うんです。捕まえた二匹のナマナマララゲは、ジャックさんの情報を知ってます。大人しくビニール袋に入っていますが、しっかり外の情報はキャッチしていたはずです。ジャックさんが誰なのか、もちろん住んでる場所もです。一番気になるのは、ジャックさんが無敵になる方法を知っていることです」

「それがどうした。無敵になる方法を知ってるからって、どうってえことはねえだろ。無敵になっちまえばこっちのもんよ。かっかっかっか……」

 ジジイは黄門様笑いを途中でやめると、眉に皺を寄せて真顔になった。そして首を捻ってなにかを考えていたが、突然「あっ」とバカみたく口を開けた。

 薄らトンカチなジジイでも気づいたのだ。ピッチョンはもちろんだが、ジジイよりちょっとばかり賢い俺はすでに気づいていた。

 ジジイはいつになく真剣な顔で俺とピッチョンを交互に見ると、どすの利いた声を絞り出してボソッと呟いた。

「由美ちゃんがあぶねえ」

 そうだ。由美子が危ない。

 ナマナマララゲを退治できるのは俺しかいない。だが、無敵にならなければ退治などできない。敵にしてみれば、無敵になる前の俺を殺したいだろう。しかし、無敵なのか無敵ではないのか、俺を見ただけでは判断できない。下手に攻撃して返り討ちにあうより、無敵にしなければいいと敵は考えるはずだ。

 無敵になるのを阻止する方法は一つ、由美子を眠らさなければいい。由美子を拉致監禁し、その間に俺を攻撃すれば簡単に事は終わってしまう。だが、それよりも手っ取り早い方法がある。由美子を永遠に眠らさなければいいのだ。

 由美子を殺してしまえばいい……。

「ダメだ!」

 俺はこらえ切れずに叫んだ。そんなことは絶対に許さない。

 突然の絶叫に、ジジイとピッチョンは目を丸くした。お絹はジジイの頭の上で、数十センチ飛び上がる。

 俺はジジイの胸倉を両手で掴むと、首がガクガクするほど振り回した。

「ジジイ! 由美子はあいつらに捕まったら殺されちまうよな! 安全な場所に避難しろって、連絡しねえとダメだよな!」

「ふへぇ、ふへぇ」

 ジジイは首をガクガクさせて頷いている。と思ったがそうではないらしい。

 強く揺すりすぎたのか、ジジイは白目をむくとカートの上でひっくり返ってしまった。こんな白目ジジイでは埒が明かない。ジジイの胸倉を捨てるように突き放すと、今度はピッチョンの胸倉を力を込めて掴んだ。

「ピッチョンさん! パッと行って由美子に伝えてくれ! 早く逃げろって!」

「ぐえっ、ぐえっ・・・・・・」

 ピッチョンは鳥を絞殺したような声を上げると、ジジイと同じように白目をむいて失神しまった。胸倉を掴んだ手を緩めると、糸の切れた操り人形のようにグニャリと倒れそうになる。慌ててピッチョンを抱きかかえて、はたと気がついた。

 今、俺は無敵なのでは?

 試しに、白目をむいたジジイが乗るショッピングカートを、右手一本で持ち上げてみる。リンゴ三個分の重さしか感じられない。ジジイ、あんたは赤いリボンをつけて口のない、二等身の白いネコなのか? と思ったが違うのだ。俺は無敵になっているのだ。恐らく由美子は仮眠をとっているか、うたた寝でもしているのだろう。

 包丁男が出現したあの時も、実は無敵ではなかったのか?

 いくら貧相で体重が軽いといっても、片手だけでジジイを浮かせたのだ。軽々とショッピングカートに乗せられたのだ。逃げる必要などなかったのかもしれない。

 俺自身でも、無敵か無敵ではないのかわからないんて、どうにもこうにもややこしい能力だと、つくづく感じてしまう。

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