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瞬間移動

 二つに千切れた携帯電話を両手に掴み、救いの眼を二人に向けた。

「やべえ、由美子に連絡できない。ピッチョンさん、ジジイ、携帯持ってないか?」

「僕は人間界の道具を持っていませんよ」

「おいらだってそんなもん持ってねえよ。でもなんだ? 由美ちゃんに連絡できねえって……まさか、おめえ無敵じゃねえのか?」

 ジジイの質問に、礼儀正しく素直に頷いた。

「うん」

「うんじゃねえよ。それを早く言いやがれってんだ。そうとわかればこうしちゃいられねえ。とっとと逃げるぞ」

 とっとと逃げると宣言したジジイの態勢は、首をすぼめて四つん這いになりコソコソ逃げる態勢になっている。男から目立たないように逃げようとしているのだろう。簡単に正義を反故にするとは、なんともぶざまなヒーローである。

 ジジイはハイハイで逃げようとしたが、「ちょっと待ってください」とピッチョンに足首を掴まれた。

「あの男はどうするのですか。僕たちは愛と正義のヒーロー、ブッパナサレンジャーですよね。このまま男を放っておいていいのですか?」

 ピッチョンは眉をキリリと吊り上げ、使命感に燃える目で訴える。全くもって、死神と呼んでしまうには申し訳ないほど、愛と正義の人なのだ。

 一方、大神様と呼ぶには大したことも出来ず、いい加減なことこの上なく、愛も正義もへったくれもないジジイが口を尖らせた。

「なに言ってやがる。おめえだってさっきは、逃げるって言ってたじゃねえか。なにも好き好んでケガすることはねえやな。誰かが警察に通報してるはずだ。それに任せりゃいいのよ。わかったらその手を離しやがれ」

 無責任に言い放つと、ピッチョンの手を振り解こうと足をジタバタさせる。しかし、愛と正義の人はそう簡単には離さない。

「僕も最初は逃げようと思いました。でも、あの怯える人たちを見て考えが変わったのです」

 ピッチョンは、遠巻きに見ている野次馬たちに目を移した。

「ヒーローと名乗るからには、人々を守るのが使命ではないでしょうか。ブッパナサレンジャーは悪をぶっ放さなければいけないのです」

 いつの間にかピッチョンは、ヒーロー魂に目覚めてしまったようだ。心なしか、胸の麦のマークが輝いて見える。

「けっ、おめえはいいよな。いざとなったら、パッと消えちまえばいいんだからよ。必死こいて逃げるこっちの身にもなれってんだ」

「ぼ、僕だって最後まで戦いますよ…………出来るだけ……」

 最後に蚊の鳴くような声で言った出来るだけの言葉は、小さくてもなんとか聞き取ることができた。俺とジジイがジッと見つめると、ピッチョンは済まなそうな顔で目を伏せると、掴んでいたジジイの足をそっと離した。どうやらジジイが言ったことは図星のようだ。いざとなったらスパっと消える魂胆だったのだ。

 所詮あんたは死神だな、と考えを新たにした俺はジッとどころではない。厳しく蔑んだ目でピッチョンを見た。ジジイも自分を棚に上げて、冷やかな目でジト~ッと見つめる。お絹も大きい目を細めて見つめている。

 お絹の細目が効いたのか、ピッチョンは慌てた素振りで手を振った。

「違います、違います。非力な僕ですが、最後まで出来るだけ力になります、ってことですよ。誤解しなでください」

 言い訳をするピッチョンを、ジジイは更に冷やかな目で見つめる。

「ほ~っ、誤解ね。まあ、誤解でも碁会所でもどっちでもいいわな。おいらは逃げっからな。おめえらもモタモタすんなよ」

 ジジイはゴキブリのような姿で逃げだそうとする。その情けなくも哀れな姿を見て、先ほどの会話を思い出した。カサカサと逃げるジジイなど無視して、俺はピッチョンの腕を掴んだ。

「ピッチョンさん、瞬間移動で由美子の居る所まで行って、速攻で寝るように伝えてください」

 ピッチョンはあっという顔をすると、急いで「はいはい」と返事をする。ジジイはカサカサ蠢く手足を止めて振り返った。

「そいつはいいぜ。ピッチョンなら一瞬で行けるし、由美ちゃんも一瞬で寝ちまうからな。こりゃ逃げなくてもいい……あっ!」

 ジジイが俺の後方を見て、小さい目を丸くして驚いた。ついでに、お絹も目ん玉が飛び出るほど驚いてる。これは一度どこかで見た光景。デジャヴか? などと悠長に考えている暇ではなかった。ダダダダダッと走る靴音が近づいてくる。これは紛れもなく危険な音なのだ。

 急いで振り返ると、案の定、男が包丁を振りかざして走ってくる。それも、他のものには目もくれず、一直線に俺たちに向かって走って来る。

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