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お絹

 領収書を受け取り店を出ると、ジジイがうんうんと感心したように頷いた。

「こりゃいい。横島署に請求できるなら、まだ買いてえもんがあんだ。ブッパナサレンジャーのために使うもんだ。買ってもいいだろジャック」

 ジジイは小さい目を輝かして聞いてくる。心なしかお絹の大きな目も輝いているような気もする。

「まだなにか買うのかよ。請求できるとわかったら、調子こいてお絹の餌は買うし、ペット用の服まで買いやがって。まだなにかあるのか?」

「まあ、ついて来ればわかる」

 ジジイは頭の上にお絹を乗せて、へんてこりんな歌を大きな声で歌いながら前を歩いて行く。

「卑怯な悪党ぶっ放す~、寝ている時にもぶっ放す~、そぉ~さ~おれ~たちゃ、あ~いと~せえ~ぎの、ブッパナサレ~ン~ジャ~」

 恥ずかしい……。


「ピッチョン、良く似合ってるぜ。その格好でアタッシュケースを持ってるのはいただけねえけどよ、それを抜きにしたらひ弱なスーパーマンみてえでいい感じだ。かっかっかっ」

 ご機嫌なジジイとは逆に、哀しげに俯くピッチョンはか細い声で呟いた。

「なんで僕までこんな格好を……」

 ジジイに連れて来られたのは、俺たちのウエットを買ったスポーツ洋品店だった。それと、近くでカーテンを買い、マント用に仕立てをしてもらった。

 ジジイに、「おめえもブッパナサレンジャーの一員なんだから、ヒーローらしい格好をしろ」と強制的に着替えさせられたのだ。

 俺もジジイと同じで、ピッチョンにヒーローのコスチュームを着せるのは賛成だ。ブッパナサレンジャーのネーミングには賛成できないが、ヒーローなら相応しい格好をしなくてはいけないのだ。しかし、ピッチョンの胸とマントに書いてあるマークが気になる。

「ジジイ、なんでピッチョンさんのマークは○に麦なんだ?」

「特に意味はねえ。でもよ、おいらが米でジャックが豆だろ、米と豆が揃ってるなら次はやっぱり麦じゃねえか。米、豆、麦、卵、この四つがありゃ食うに困りゃしねえやな。そうだろ、かっかっかっ」

 単純な発想をさせたら、ジジイの右に出る者はいない。

 ちなみに、お絹が着ているペット用の服には、○に卵と書いてある。ジジイはウサギの卯と書こうとしたのに、点を入れてしまったので卵になったのだ。

「さて、みんなビシッと決まったところで、張り切ってパトロールに行こうか。おめえらおいらについて来い! 卑怯な悪党ぶっ放す~、寝ている時にもぶっ放す~」

 頭にお絹を乗せたジジイは、バカな歌を口ずさんで元気に陽気に歩き出した。米の上に卵だから、お前たちは卵かけご飯か、と突っ込みたくなる。

 小柄なジジイが先頭を歩き、若い俺とピッチョンが二人並んで後からついて行く。これは正しく、水戸ご老公の一行である。だから尚更、ジジイをご陽気にさせてしまったのだ。

 ピッチョンは肩を落とし、途方に暮れたようにトボトボ歩いている。

「こんな格好で歩いていたら、またお店の宣伝だと勘違いされませんかね。またあんなことになったら大変ですよ」

「そうだな」

 確かに注目度は高い。頭にウサギを乗せたジジイが大声で歌い、三人の羽織ったマントには米、豆、麦と書いてあるのだ。ついでに、ジジイが歌う二番の歌詞が悪い。

「ホクホクお豆がぶっ放す~、美味しいお米もぶっ放す~、そぉ~さ~おれ~たちゃ、あ~いと~せえ~ぎの~、ブッパナサレ~ン~ジャ~」

 これでは誰が聞いてもスーパーの宣伝としか思わない。

「やっぱり集まって来ましたよ。後ろを見てください」

 ピッチョンに言われて後ろを振り返ると、すでに主婦らしき人が二十人ほどついて来ている。先ほどの悪夢が蘇り、急いでジジイの肩を掴んだ。

「その歌やめろ」

「なんでえ、気持ちよく歌ってんのによ。これはおいらたちのテーマソングだぞ」

 ジジイが不満そうに口を尖らす。頭に乗るお絹の前歯も、心なしか尖ったような気がする。

「ジジイが妙な歌を歌うからだぞ。後ろを見てみろ」

 俺はジジイの肩をグイッと引き寄せた。

「いてえな。なにがあんだよ」

 ジジイは面倒臭そうに後ろを振り返ると、

「なんだありゃ!」

 素っ頓狂な声を上げ、小さい目を丸くして驚いた。ついでに、お絹も目ん玉が飛び出るほど驚いてる。

 あまりの驚きように俺も急いで振り返ると、同時に鋭い叫び声が耳をつんざいた。

 キャーッ!

 なんと、若い男が包丁を振り上げ、俺たちについて来た主婦たちの列に突っ込んだ。主婦たち悲鳴を上げながら、蜘蛛の子を散らすように逃げ惑う。男は狂ったように包丁を振り回すが、主婦たちの逃げ足は速かった。そして、馬力も凄まじかった。

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