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肛門様

 ソファーで胡坐をかいてるジジイは、味噌を舐めながら貧乏ビールを飲んでいる。

「ったく、このうちはつまみになる食い物もねえのかよ。おめえたち、メシはどうしてんだ?」

「いちいちうるせえジジイだな。そんなもん、コンビニの弁当だ。人の家に勝手に上がりこんで、文句言ってんじゃねえよ。そんなことより早く説明しやがれ。説明いかんによっちゃ、今まで飲んだビール代を請求するからな」

「かぁ~っ、ケチ臭い男だねおめえも。お~やだやだ」

 ジジイは人差し指で味噌をすくうとちゅぱちゅぱ舐め、グビグビと卑しい音をたててビールを飲む。確かに俺はケチ臭いかもしれないが、貧乏臭いジジイに言われたくはない。

「あっ、分かったぞジジイ。あんた神様とか言ってたけど、その下品な態度と貧相なツラからすると、さては貧乏神だな」

 俺はジジイのツラをまじまじ見る。ジジイも目をパチクリして見つめ返す。

 誰が見てもサルだと分かる顔の上に、あるんだかないんだか分からないくらいにフワフワと生えた白髪、薄い眉毛の下にはショボショボしたちっこい目、鼻だけは奇妙にでかく、皮肉を言いそうな卑しい唇。

「うん、間違いない。あんたは貧乏神だ。そんな貧乏神がなぜうちに? あっちゃ~っ、こりゃまた嫌なジジイにとり憑かれちまった。なんてこった……」

 貧乏神にとり憑かれた不幸な衝撃をもろに食らい、頭を抱えてソファーの背もたれに倒れこんだ。

「バカ言ってんじゃねえよ。どこをどう見ればおいらが貧乏神に見えんだよ。こんな渋い貧乏神がいるわけねだろうが。おいらは神の中でも頂点に立つ、トップ中のトップ、大神様だぞ。ひかえおろう若造が、頭が高いわ。かっかっかっ」

 水戸の黄門様を気取っているが、どう見てもケツの肛門にしか見えないツラしやがって、偉そうに。顔中皺だらけにして笑っているから、ますます肛門に見えてくる。もうどうでもいい、説明させて早いとこ帰ってもらおう。

「ああそうですか。ケツのご老公様でしたか。これは御見それいたしました。で、肛門様、俺の家に来た御用の向きはなんですか? 説明してくださいよ、ケツの肛門様」

 肛門なのに、黄門と勘違いしているジジイは、ご満悦の顔をしている。ふんぞり返り過ぎて、鼻の穴が丸見えだ。鼻息荒いジジイは、鼻毛をプラプラさせながら言う。

「にいちゃんもやっと分かったみたいだな。おいらの凄さが。ケツの、と言うのがなんか引っかかるけど、まぁ良いわ。かっかっかっ」

 なんだか知らんが実に嬉しそうだ。顔を真っ赤にして笑ってる。単純なのか、ただのバカなのか? 奇妙なジジイだ。

 しばらくご満悦に笑っていたジジイだが、何かを思い出したのか真顔になった。眉間に皺を寄せ渋い顔を装うと、胡坐に片肘をつきグッと顔を俺に近づける。

「それでだ。なんでおめえが無敵になったか、ちゅうことだがな」

「ふんふん」

 俺も顔をグッと、肛門様に近づける。肛門ジジイはニヤリと笑う。

「おめえは、地球の危機を救うために無敵になったんだ。おめえは選ばれた人間なんだぞ」

「なんで?」

「なんでって、地球の危機だからだよ。ちゃんと聞いてろよ」

「だからなんで俺なんだよ。頭も体も平均値で、まったくもって普通の男だぞ。俺以上に賢い奴や、ごっつい奴なんかもごろごろいるだろ。それを、女のパンツ洗って幸せ感じている男が、なんで地球の危機を救わなきゃなんねえんだ?」

 腕を組んで首を捻ると、ジジイも困ったように眉をひそめた。

「しょうがねえんだ。選ばれちまったからな」

「選ばれた? どうやって?」

「いびき、歯ぎしり、寝言。そんでもっておまけに屁、だ。この呪文でおめえは選ばれたんだな」

「なんだそりゃ」

 やっぱりこのジジイはいかれてる。どこの世界に、そんなバカげた呪文で選ばれた人間が、世界を救うというんだ。あきれてものも言えない。

「おいらも冗談半分で、呪文を作っちまったんだけどな。いびき、歯ぎしり、寝言まではやる奴はいるわ。でもよ、屁まで完璧にこなす奴は、そうざらにはいねえや。そう思って、洒落で呪文をこしらえただけで、まさか実現するとは考えてもみなかったんだなこれが。そしたらおめえ……」

 ジジイはますます困った渋い顔で、寝室を指差す。

「ちゃんといるじゃねえか、一字一句完璧にこなした人間がよ。呪文って言うのはな、まずいびきで、ウゴ~ッ、ウゴ~ッって言うだろ。次に歯ぎしりで、ギリッ、ギリッ、ギギギギッだ。そのあと無敵になる人間の名前を叫ぶ。ほりゃ、真治! ってねえちゃんが叫んだだろ」

 確かに、由美子は寝言で俺の名前を叫んでいた。

「そして、そのすべての呪文を有効にするには、大切なことを最後にしなくちゃならねえ。分かるよな、にいちゃん」

 俺とジジイは見つめ合い、

『屁だ』

 と同時に言うと、確認するように互いに頷きあった。

 俺は心底あきれてしまった。

「そんなくだらない呪文で、俺が無敵になって地球を救うのか? おいおい、勘弁してくれよ。洒落で作った呪文なら、早いとこ取り消して違う人間選んだほうがいいぞ。神様なら、ちゃんとした人材選べよ。と言っても、じいさんが神様とは今でも信じられねえけどな。まあ、悪いことは言わねえから、他の人間にしな」

 やれやれだ。間違って選ばれたんなら、すぐに無効にするだろう。

 ジジイにケチつけられた貧乏ビールをグイッとあおる。ついでに味噌もペロリと舐める。おっ、これはなかなかいけるではないか。ジジイが指を突っ込んだ場所を避け、味噌を指ですくってまたペロリ。

 味噌とビールを交互にやっていると、ジジイがぽつりと呟いた。

「もうダメなんだな。決まっちまったから、もう撤回ができねえんだ」

 ジジイも渋い顔で、味噌ペロリとビールグイッをやる。

「どうして?」

「そりゃよ、おいらのポリチィーだからな。一度決めたことは撤回しねえよ。おいらは一本気な男だからな」

 なんだか知らんが、冗談半分だとか洒落で作ったとか、そうほざいていたわりには、どういうわけだか偉そうである。

「なにがポリシーだよ。ポリシーのかけらもねえツラしやがって。つべこべ言わずに撤回しろよ」

「いやじゃ」

「いやじゃじゃねえよ。俺より適材の人間がいるだろうが」

「もうダメだ。おめえはおいらの正体を知っちまった。そんな人間を野放しにはできないね。おいらの監視下に置かせてもらうぜ。分かったか、小僧」

「うっ……」

 分かったか小僧、の言葉だけは凄みのある重低音で言われた。今までのバカヅラも、グッと力を込めた鋭い顔つきになった。何かを背負い込んだ男の顔つきだ。このじいさんは侮れないかもしれない。

 じいさんは下を向き、一点を見つめ考え込んでいる。それは何かを思いつめているようだった。

「せめて、あれさえあれば良かったのに……」

 じいさんは、さも悔しそうに呟いた。

「どうした、じいさん。何があったんだ? そんなに地球は大変なことになっているのか……?」

 俺が優しく問いかけると、じいさんは寂しそうに微笑み、

「キュウリがな……」

「キュウリ? キュウリがどうした?」

「あぁ、せめてキュウリがあれば、モロキュウで味噌を食えたのによ……。これじゃ味噌がもったいねえ……」

 夜が白々と明けてゆく。

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