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鼻毛飛ばし競技

 やる気と元気と強気、おまけに生意気まで回復した大鉢は、先ほどから口角泡を飛ばして力説している。

「それではもう一度説明しますが、ナマナマララゲは全部で十九体。現在のところ居場所は特定できません。日本に潜伏しているのか、他の国に潜伏しているのかもわかっていません。ただ、ピッチョンさんの話では、逃げ出した二十一体のナマナマララゲの前世は、日本人として暮らしていたとのこと。したがって、日本に潜伏している可能性は大であります。それに、リーダー格と思われる一体の前世は、この横島町界隈に住んでいたようなので、土地勘のあるこの地で騒ぎを起こす可能性は極めて高いと思われます。職質をかける時や犯人を検挙した場合はウサギを見せて、表情や仕草、その他なにかおかしな点がないか、事細かく観察してください。そして、疑わしい人物を見つけた場合、速やかにジャックさんに連絡をお願いします。飛田部長と長内課長には各部署に伝達していただきますが、ナマナマララゲの存在は伏せて、新種のウイルスだと伝えてください。そして、大神さんとジャックさんの素性は、そのウイルスを退治できる唯一の学者とその助手にしておきましょう。私も本庁にはそのように報告します。対マスコミ向けの発表に関しては、二人組みの強盗犯が銀行に立て篭もった、と通常の銀行強盗事件だと説明します。真実を知る者はこの部屋にいる私たちだけです。決して他言しないようにお願いします。以上ですが、なにか質問ありますか?」

 大鉢がビシバシと発言し、飛田と長内と由美子はキビキビとメモを取る。署長は頼もしい部下を見つめ、ピシピシとズラを直す。ジジイとピッチョンはアタフタとみんなにお茶を運ぶ。俺はただ、フムフムと頷いているだけであった。

 大鉢はふちなしメガネをキラリと光らせ、横島署の面々を見渡した。

「質問がないようなのでこれで終わります。皆さん、速やかに行動してください」

『はい!』

 飛田、長内、由美子は同時にシュパッと立ち上がり、弾けるように署長室を出て行く。由美子はあの小汚い格好で仕事をするのだろうか? 

 大鉢も署長と二言三言交わすと、署長室を出ようとドアに向かった。だが、ドアのノブを掴むと立ち止まり、ゆっくりこちらに振り向いた。

「ジャックさん、あなたが頼りです。そちらの天下りの方はあまり頼りになりそうにない。しかし、日本でも天下りをした方は大した働きはしませんね。まっ、本家本元の天下りの方がこれじゃ仕方がないですかね、フフフッ。これから忙しくなりますが、よろしくお願いしますよ。それでは」

 嫌味をねっとり決めた大鉢は、一礼して颯爽と出て行った。頭と体のバランスが良ければ、頭が切れるキャリアとしてもてるのだろうが、如何せんバランスが悪い。後ろ姿はどう贔屓目に見ても、ゲゲゲの目玉オヤジがスーツを着て、偉そうに歩いているようにしか見えない。これは哀しい現実なのである。

「けっ、どうせおいらは頼りにならねえ天下りで、すぐに腹も下っちまうよ。けっ、なんでぇあの野郎、偉そうにしやがって。これでも食らいやがれ」

 ジジイは悔し紛れに豪快に鼻毛をむしり取り、ブッ! とこれまた豪快にドアに向かって吹き飛ばす。確かに、ただ鼻毛を飛ばすだけが生きがいの、まったく頼りにならないジジイであった。

 鼻毛飛ばし競技があれば確実にプロになるジジイが、飽きずに鼻毛をプップ、プップとむしり飛ばしていると、ズラフイット選手権では毎年最下位の署長が、地毛と言い張る髪の毛をビシッビシッと両手で撫でつけた。

「大神様、ピチョットさん、ジャックさん、今日はご足労おかけしました。あとはこちらで進めていきますので、ご自宅に戻って結構です。ナリャナマゲゲゲは私たち警察官が全力で捜索します。その時まで体を休めていてください」

 鼻毛プロは一・五メートル飛んだ鼻毛を確認すると、不服そうな顔を署長に向けた。

「なんでえ、おいらは記者会見に出なくてもいいのかよ。鉢頭が言ってたように、おいらはナマナマララゲを退治できる学者さんだろ。一緒に会見した方がいいんじゃねえのか?」

「いやいや、それは警察内部だけの説明であって、マスコミには先ほど大鉢さんが言ったように、金目当てだけで起こした二人組の銀行強盗犯だと発表します。大神様とジャックさんのことは所轄の刑事だと説明します。大神様は現役の刑事としてはかなり老けていますが、老けて見えるだけとでも言いましょう。さて、私もこれからバタバタと忙しくなるので、皆さんはどうぞお帰りください」

 署長は「忙しい、忙しい」と口ずさみながらデスクに座った。引き出しから書類を何冊か引っ張り出すと、せわしなく何かを書き始める。

 ペンを走らすリズムに乗ってズラが頭の上で踊っている。その面白おかしい光景をぼんやり見ていると、

「おいジャック」

 ジジイが不満そうな声で俺を呼んだ。振り向くと、苦虫を噛み潰したような顔をしてドアの前に立っている。

「けえるぞ」

 吐き捨てるように言うと返事も聞かずにドアを開け、一人でとっとと出て行ってしまった。

 崇高と慈悲深さを剥ぎ取られた神様は哀れである。ジジイの後ろ姿はただの老人にしか見えない。いや、老人の後ろ姿ではなく、老猿の後ろ姿と言った方が的確だろう。

「大神様すねちゃいましたね。ジャックさん、僕たちも早く行きましょう。大神様はすねるとしつこいですから」

「まったく面倒くせえじい様だな。ガキより始末が悪いぜ」

 俺とピッチョンは急いでジジイのあとを追った。

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