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オッホホホホ~

 大鉢は苦虫を噛み潰したような顔をすると、そっぽを向いて深いため息を吐いた。

「はぁ~っ、神様なんて所詮、拝むだけの存在なんだな。実際に現れたって、なんの役にもたたないか……チッ」

 大きな舌打ちに、ジジイとピッチョンはまたしてもギクッとなり、すぐにシュンとなって小さくなった。

 大鉢は二人の姿を見て、もう一度チッと大袈裟に舌打ちをした。

「まあいい。頼りにならないのなら、今更なにを言っても仕方がない」

 大鉢は文句タラタラの顔で立ち上がると、署長のデスクに置いてあるクリアファイルを手に取る。しばらく眺めてから顔を上げた。

「飛田部長の報告書には、無敵のミラクルジャックこと前田真治二十七歳、と書いてあります。前田さん、あなたが無敵になった経緯と、事件を解決したあらましを教えてください」

「大鉢さん、この姿をしている時の俺は、前田真治ではないのですよ。今の俺は、無敵のヒーローミラクルジャックです。前田ではなく、ジャックで結構です」

 俺は前髪をファサッとかき上げると、ふっとニヒルに笑ってみせる。大鉢は嫌そうな顔をしたが、渋々といった感じで頷いた。

「じゃあジャックさん、聞かせてください」

 俺は、ジジイが夜中に突然来たこと、ジジイに選ばれた由美子が寝ると無敵になることを話した。だが、由美子がこの場にいるので、いびき歯ぎしり寝言に屁、の呪文のことは話せなかった。

 銀行強盗を捕まえた俺の大活躍を話すと、大鉢は感心したように「ほ~っ」と声を上げた。

「頭の中のナマナマララゲを、素手で捕まえられるのですね。それはいい。大神様に選ばれた人はジャックさんの他に何人いるのかな? そんな簡単なことで無敵になる人が作れるのなら、他に何人もいますよね。その人たちを早急に集めましょう」

 大鉢は目を輝かす。頭も若干大きくなったように見える。それに反比例するように、ジジイはますます小さくなる。

 大鉢の嬉しそうな顔を見ていると、俺はかわいそうで真実を話せない。ジジイも小さくなってモジモジしている。またけなされると思うと、話す勇気がないのだろう。

 俺たちが答えられずにいると、由美子が「フフフン」と鼻で笑った。

「副署長、ダメなんですよ。真治の他にいないんです。大神様に選ばれるのは、世界一の美女ただ一人だけなんです。それが、あ、た、し、なんですよね。オッホホホホ~」

 小汚い服を着ている由美子が、手の甲を口に当ててお金持ちのマダムのように笑ってる。

「鳥井くん、それはどういうことだ?」

 大鉢が怪訝な顔で首を傾げる。

「ナマナマララゲを退治できるのは、真治ただ一人ということです。その真治を無敵にできるのはあたしだけ。だって、世界一の美女ですよ。世界一が何人もいるわけがないですよね。だから、無敵になるのもただ一人だけってことですよ。あたしも罪な女よね。オ~ホホホホッ、オ~ホホホホホ~」

「ジャックさん、それは本当なのか?」

 驚愕の表情を見せる大鉢に向かい、俺は黙って力なく頷いた。大鉢は幅の広いおでこに手を当てると天を仰いだ。

「なんてことだ……。大神さん、なぜ一人しか作らなかったのですか!」

 大鉢は腹立ち紛れに大声を張り上げる。様からさん付けに格下げされたジジイは、一瞬ビクンと飛び跳ねた。ジジイの小さい目が、オロオロと落ち着きなく泳いでいる。

 大鉢が厳しい目を向けると、ジジイはあさっての方向に目を逸らす。そして、消え入りそうな声でぼそっと呟いた。

「い、いや、なんとなく……」

「あんたなに考えてんだ! 地球の危機なんだぞ! 今からでもいい、早急に無敵になる人を増やしてくれ!」

 ついにぶち切れた大橋は、人間と神様という立場を忘れ怒鳴り散らした。いや、もうすでに、神様などと思っていないのであろう。さん付けどころか、あんたにまで格が下がってしまった。恐らく、お前かテメーになるのも時間の問題だろう。

 ジジイは口をアワアワ震わせながら、必死になって弁解する。

「もっもう無理なんだ。おいらの能力は一度しか使えねえ。人間に生まれる時にはそうなるように、いつも自分自身で能力を封印しちまってんだ。神様だからって好き勝手にいろんな事できちまったら、なんの能力を持たねえ人間様に申し訳ねえからよ。それによ、おいらは欲深いだろ。なんでもかんでもできちまったら、自分でも歯止めがきかねえからな。どうでえ、自分に厳しくするなんざ、おいらもなかなかえれえだろ。ヘヘヘッ」

 ジジイは自慢げに、人差し指で鼻の下を擦る。

 大鉢は深くため息をつくと、やれやれといった感じで首を振った。

「頭痛くなってきた……。しょうがない、私たち人間でなんとかしよう。ナマナマララゲに弱点はありますか?」

 大鉢の質問に、ジジイは「知んない」と首を振ったが、ピッチョンは名誉挽回とばかりに声を弾ませた。

「あります! ナマナマララゲは月が嫌いです。地獄が月にあるので、遠くからでも見たくもないのでしょう。月夜の晩には、建物から外に出ることはないです。それと、今回脱走したナマナマララゲは、ウサギも嫌いなはずです」

「なるほど。という事は、月夜の晩に事件があっても、ナマナマララゲの犯行の可能性は低いと考えていいわけだな。もうひとつ、ウサギが弱点というのはなぜ?」

「単純な理由です。ウサギを見ると、月を連想するからです。日本人は月の模様を、ウサギが餅をついているように見えると言いますよね。脱走したナマナマララゲも、元は日本人です。そのように連想してしまうのでしょう。だから弱点なんです」

「へ~っ」とジジイが感心したような相槌を打つと、「ずいぶんと単純な奴らだな。単細胞が相手ならちょろいもんだぜ」などと調子良くほざく。ジジイの本来の姿は、単細胞どころか細胞自体があるのかもわからない。あるんだかないんだかいい加減な実体のくせに、ほざくのだけは一人前である。

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