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ババアだけど閻魔大王

「それでは……みなさんお揃いになりましたので……ナマナマララゲについて……ご説明いたします……」

 ガクッと肩を落としたピッチョンが、消え入りそうな声で弱々しく宣言した。

 先ほど、由美子が怒鳴り声を上げた時、みんな一斉にピッチョンを指差した。哀れ人身御供にされたピッチョンは言い訳もしないで、由美子に三十分も説教されてしまった。他のみんなは、とばっちりを受けないように視線を落とし、気配を消して縮こまっているしか術がなかった。

 ピッチョンはアタッシュケースからビニール袋を取り出すと、全員に見えるように前にかかげた。

「このナマナマララゲは、地獄に送られた人間の魂です。現世で悪行を重ねた人間は来世に生まれ変われません。一度、地獄に落とされます。地獄で一〇八年間の苦行をして、魂を浄化させます。その後、晴れて来世に生まれ変われるのです。その地獄は、地球からは見えない月の裏側にあります」

「えっ、月の裏に地獄はある? やーねー、これから月を見てもロマンチックな気分になれないわ」

 由美子がロマンチックの欠片もない服装でほざく。

 きっちり正座している署長が、またおずおずと手を上げた。この人は好奇心と頭の身なりに関しては非常に旺盛らしい。

「ピッチョビンさん、そのナナマナママゲは、なぜ月から地球に来たのでしょう?」

 旺盛のところもあるが、名前を覚えることに関してはさほどこだわりがないようだ。

「それについては、おいらが説明するよ。それとな、おめえらもう足崩していいぞ。タコ鉢と長内なんて、冷や汗かいてるじゃねか。おいらとおめえらの中だ、これからは気を使わなくていいからよ。さあ、崩せ崩せ」

 わがままジジイに言われ、横島カルテットはやれやれといった感じで足を崩して胡坐をかいた。胡坐をかいて車座になっている光景は、緊張感がある署長室というより、町内会の会合が開かれる集会所の和やかな雰囲気である。

 ジジイは眠たそうな目を擦った。

「地獄を管理していたババアがいたんだけどよ。突然いなくなってしまった。人間界で言えば閻魔大王だな。ババアだけどよ。そのババアがいなくなって後継者をどうしようか考えている間に、隙をついて数人のナマナマララゲが脱走したちゅうわけだ。ピッチョンよ、全部で何人脱走したんだっけな?」

「二十一人です。その内の二人は昨日捕まえたので、残りは十九人です。横島署の皆さんもこれを見てください」

 ピッチョンはナマナマララゲの入ったビニール袋の口を解くと、横島カルテットの面々に中身を見せた。四人は顔を突き合わせて覗き込む。

「なんか美味そうだな」と署長が言えば、

「そうですよね。私も最初見た時、これで熱燗なんかをキュッとやりたくなりましたよ」

 と飛田がヨダレを垂らす勢いで言うと、

「それいいですね。僕もやりたいな」

 と長内が調子良く話を合わせる。

 好青年が町内会のおっさんたちに、美味しい酒の肴を持ってきましたよ、と見せている、そんな穏やかで和やかな光景である。

 そんな穏やかな雰囲気の中で、大鉢だけが眉間に皺をよせた渋い顔を上げた

「ピッチョンさん、このナマナマなんとかの詳しい説明をお願いします」

 なんだかんだ偉そうな人ではあるが、ヨダレを垂らす三人に比べれば真の警察官なのかもしれない。

「ナマナマララゲは人間の頭に入り、その人間をコントロールしてしまいます。昨日の銀行強盗犯は、この二人のナマナマララゲにコントロールされたのです」

「こいつらの目的は?」

「わかりません。ですが、地獄に送られる奴らです。人間にとり憑いて悪事を働きたいのでしょう。ジャックさん、昨日の銀行強盗犯はなんと言ってましたか?」

「人間を皆殺しにするって言ってたよ。とり憑いた体が死んでも、また違う体にとり憑けばいいてね。こいつら、自分の体じゃないから好き勝手なことをやりたいんだろ」

 俺の話を聞いて、大鉢の顔がにわかに厳しくなった。頭の鉢がでかいので、なかなか迫力のある面構えであるし鉢構いである。

「残りの十九人はどこにいる?」

 大鉢はピッチョンを睨みつけるように言った。面構えだけなら、大鉢のほうが死神に見える。ジジイも迫力に押され、大鉢とピッチョンの顔を交互に見てオロオロしている。面構えだけなら、ジジイのひょっとこサル顔より、でか頭を兼ね備える大鉢の顔のほうが遥かに大神様に見える。

「それが……申し訳ないのですが、僕も居場所は把握していません。まったくわからないのです。すみません……」

 ピッチョンが弱々しく頭を下げると、大鉢はチッと舌打ちをしてジジイに顔を向けた。

「大神様、あなたも居場所はわからないのですか?」

 ジジイはいきなり自分に振られたので、みっともないほど動揺した。ちっこい目をパチクリさせて、唇がアワアワと震えている。

「あっ、いや、その、なんだ……えっと……し、知んない」

 小学生よりも劣る返事をするとは情けない。大鉢の睨みも更に厳しくなった。

「チッ、しょうがない。それでは、見つけたらあなたたち神様が退治してくれますよね」

 ジジイとピッチョンは、コントを見るようにギクッとなって固まると、面白いようにアワアワと動揺し始めた。その、コント大神様と死神様、を見せつけられた大鉢は、更に更に厳しい顔で二人を睨みつける。

「どうなんですか。あなたたちが地獄の管理を怠ったのが原因で、このような事態になったのですから、責任もって退治してくれますよね。そうですよね。ねっ!」

 とどめの、ねっ! が効いたようだ。ジジイは偉そうな胡坐から、すごすごと正座に座り直し、ピッチョンは腰を引きつつ二、三歩後退しながら頭を下げた。

「すみません……。僕たち天上界の神は非力なので、自分の与えられた仕事しかできないのです。それに、僕らは平和主義者ですから……」

「お、おいらは頑張るぞ。昨日だってジャックと一緒に悪党を倒したかんな。ちゃんと戦ったかんな。そうだよなジャック。おいらは頑張ったよな。ビシッと戦ったよな。おいらが勇敢だったところを、ちゃんと大鉢くんに説明してさしあげなさい」

 ジジイは情けない顔で俺に助けを求める。先ほどのジジイと大鉢の立場が、大逆転してしまった。署長率いるヨダレブラザーズの皆さんは目ん玉をパチクリし、由美子は面白いものを見物しているかのように、実に嬉しそうな顔をしている。

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