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ビックバーン

 床に正座する横島カルテットは、お白州に引き出された罪人のようにうな垂れている。その罪人カルテットを、ソファーの上で胡坐をかいてるジジイが見下ろしている。

「おう、おめえら、おいらが大神だとわかったか。恐れ入りやがれ」

「はっはぁーっ」

 罪人たちは両手を突き出して平伏した。だが一名だけ、悪徳商人の越後屋のようにふて腐れてそっぽを向いている。泡を吹いてぶっ倒れた、大鉢その人である。

「なんでぇタコ鉢、おめえはまだ納得してねえようだな。ピッチョンが何度も出たり消えたりして、おめえに見せてやったじゃねえか。まったく、おめえは頭がでかいだけでは飽き足らず、カチンコチンにかてえからめんどくせえな」

 大鉢の頭が固いというより、サルに限りなく近いが、かろうじて人間と思われるジジイをどっからどう見たって誰も神様などとは信じはしない。それが一般の常識ある大人だと言えるのだが。

 先ほど、大鉢が無事に蘇生してから、ピッチョンが宇宙の成り立ちを説明した。

 ビックバーンなるものは、ジジイの思考が爆発して起こったと、奇想天外なことを話したのだ。

 物質どころか音も光も時間さえも存在しない、なにもないまったくの無から、突如としてジジイの思考だけが生まれた。思考だけで実体のないジジイは、ひたすら色々なことを考えた。あのジジイのことだ、ろくでもないことを考えていたのだろう。

 ジジイの思考が膨らんで膨らんで、どうしようもなく膨らんで、ついに膨らみ過ぎて大爆発が起こった。それがビックバーンのようだ。それから、現在の壮大な宇宙ができた。だが、神々が住む天上界は、ジジイの思考から生まれたわけではないらしい。ジジイではなく、人間の思考が膨らみ過ぎて大爆発を起こした。その大爆発は宇宙がある次元ではなく、違う次元で爆発して天上界が生まれた。大爆発を起こした人間の思考とは、理想とする世界だった。そのようにして生まれた天上界に住む者は、正しく人間の言うところの神様のような人々なのだろう。煩悩もなく愛に満ち溢れた世界なのかもしれない。ジジイの煩悩の塊でできた人間界とは、どえらい違いである。

 その人間が理想とする天上界の人たちに、人間界をまっとうな世界にするため、正しい方向に導く手助けをさせようとジジイは思いついた。ピッチョンのような死神や、天使にキューピット、その他にも色々な神がいるようだ。

 しかし次元が違う人間界と天上界が、ジジイの思考の中に共存するというからややこしい。

 ジジイは難しい話をするのが面倒くさいのか、

「まあ、簡単に言えばよ。おいらの頭の中には人間がいる宇宙と、ピッチョンたち神がいる天上界の、二つの世界があるってこったな。だからおいらは人間よりも神よりも偉いのよ」

 と、つまらなそうに話していた。

 ジジイ、ジジイと簡単に片付けた呼び名を使っているが、目の前にいる老人は仮の姿のようだ。本来の大神は生まれた時と変わらずに実体がなく、「いるんだかいないんだかわからねえよ」と本人が首を傾げるほどの曖昧な存在らしい。

 そんな曖昧でいい加減な大神が、ほんの気まぐれで人間界に生まれてくるそうだ。千年に一度、人間に生まれて暇つぶしをしていると言った。

「二千年前にもおいらは人間に生まれてよ、今では知らねえ奴がいないほどの有名人なんだぜ。誰だかわかるか、ジャック」

「二千年前? わからねえな。そんなに有名人なのか?」

「イエ~ス」

 俺は、誇らしげに鼻の穴をピクピクさせているジジイを見て、絶句しただけでは収まらず、卒倒してひっくり返りそうになった。

 そんな奇想天外な話でも、署長と腰巾着の飛田と長内は速攻で信じてしまった。こいつらは警察官のくせに、振込み詐欺やいかがわしい勧誘に軽く引っかかってしまうに違いない。そんなお気軽な人たちと違い、大鉢は疑り深い。泡吹いてぶっ倒れたのは死神を信じ込んだのではなく、得体の知れない恐怖におののいただけなのだろう。ちんまり正座しているのも、万が一、ジジイが本物の大神だった場合に都合が悪いので、後々の事を考えてかしこまっているだけだ。偉そうなのは態度と頭の大きさだけで、内心は気の小さい男なのだ。

「タコ鉢ちゃんよ、いつまでもタコみてえに口を尖がらせてぶーたれていると、本当にピッチョンが連れて行っちまうぞ」

 ジジイに言われ、ふて腐れていた大鉢の顔色がサーッと青白く変化した。多少は死神だと信じているようだ。

「大神様、死神をそんな風に言うのはやめてくださいよ。みなさんが誤解します。僕たち死神は、人間に無理矢理とり憑いて死に追いやることなどしません。ますます死神の評判が悪くなるじゃないですか」

 今度はピッチョンが口を尖らせてぶーたれた。

 ふて腐れたピッチョンに向かって、署長がおずおずと手を上げた。

「ピロリンチョさん、質問なのですが」

 ピッチョンは優しい理科の先生のような態度で微笑む。

「はいどうぞ、署長さん」

「人間にとり憑いて殺さないのでしたら、死神さんの仕事はなにをなさるのですか?」

「いい質問ですね署長さん。僕たち死神がとり憑くは、悪霊がとり憑くのとは理由が違います。寿命で亡くなる一ヶ月前にとり憑くのであって、僕たちがとり憑いたから亡くなるのではありません。あくまでもその人の寿命です。ですが、一つだけ例外があります。自殺する人間は、死神でも亡くなる日がわかりません。死期がわからないのでお迎えに行けません。寿命をまっとうした人は、来世に生まれ変わります。その魂が迷わないように、僕たち死神が来世まで送り届けるのですよ。いわゆる、道案内みたいのものです。おわかりになりましたか、署長さん」

 寸分の隙もないキッチリと分け目のついた七三分けを乱すこともなく、ジジイよりも遥かに神様らしい余裕の笑みで説明した。俺は改めて死神の仕事を聞いたが、この優しいピッチョン死神なら、冥土でも来世でも送り届けられたって悔いなどないやい、と危うく力強い死の宣言をしそうになってしまった。

 ここまでの説明を聞いて、俺ははたと疑問が頭に浮かんだ。

「今の説明では、人は死んだら来世に行くようですが、でも、ナマナマララゲは地獄から来たと言ってましたよね。やっぱり悪い事した人間は、地獄に落とされるわけですね」

「これもまたいい質問ですね。ジャックさんの質問は的確なので、僕も説明しやすいですよ」

 ピッチョン先生に褒められ、俺は小鼻を広げて胸を張った。小五の時、美術の時間に自画像を褒められて以来の快挙であった。

「ピッチョン、そんなにジャックをおだてるな。おいらとピッチョンの話を聞いてれば、誰でも思いつく質問じゃねえか。アホでも思いつくぜ」

 気分が良いのに、クソジジイが水を差す。キッと睨んでやったら、ヘラっと笑い返してきやがった。

「まあいいじゃないですか大神様。これで本題に入れます。横島署のみなさん、ここからが重要なお話です」

 ピッチョンの真剣な眼差しをガッチリ受け取った横島カルテットの面々は、緊張のあまり生唾をゴクリと飲み込んだ、その時、

 バーン!

 もの凄い勢いでドアが開き、鬼の形相の由美子が現れた。

「誰よ! 私が寝てる間にオナラしたの!」

 お前だよ……。

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