優しく照らす月
今回は屋上から飛び降りることなど、実に手馴れたものだった。
大鉢が口をあんぐりと開けてる目の前で、高飛び込みの要領で捻りを加えながら落ちてやったし、駐車場のコンクリートの穴が開くほど、頭から突き刺さるように落ちてやった。二度も三度も見せつけたので、大鉢はポカ~ンと口を開けっ放しにして、嫌味の言葉もでないようだ。
無敵ヒーローを見せつけ終わると、会議室ではなく署長室に戻った。会議室に戻れば、由美子の屁が充満しているのが想像できたからだ。
ドアを開けると、ピッチョンがソファーに座っていた。署長室に戻ると携帯に連絡したので、急いで来たのだろう。誰でもあの屁を嗅げば、新鮮な空気を吸いたい。あの部屋には長くいたくはないはずだ。
ピッチョンはガックリと肩を落とし、放心状態のまま固まっていた。嗅ぎ慣れた俺でも、時には目眩がするほどの化学兵器並みの屁なのだ。ありがたくない初屁に遭遇したピッチョンなら、気が遠くなってもしかたがないだろう。
「大変でしたね、ご苦労様です。由美子は会議室でまだ寝てますか?」
俺が優しく声をかけると、ピッチョンは虚ろな目をして顔を上げた。
「はい……気持ち良さそうに寝ています……はははっ……」
遠い目をして寂しそうに笑った。俺は労いの意味を込めて、ピッチョンの肩をそっと摩った。
ジジイは廃人寸前のピッチョンなど気にもとめない。隣にドカッと座ると、短い足をシュパッと組んでほざく。
「宇宙人のタコちゃん、どうだ、これでおめえよりおいらたちの方が偉いってわかっただろ。なんつっても、おいらたちはヒーローだからな。おめえが福神漬けだって偉そうに言ってもよ、米と豆の栄養には敵わねえってことよ。ほらよ、とくと見やがれ、おいらとジャックの胸のマークを。かっかっかっかっ~」
実に嬉しそうに馬鹿笑いするジジイは、胸を反らしてふんぞり返る。米ではなく肛門マークが燦然と輝いているのだが、ジジイは気分が良いのでどうでもいいのだろう。何事も短絡的でお気楽なジジイなのだ。
妙な屁理屈で勝ち誇ったジジイとは対照的に、大鉢は「う~ん」と便秘で苦しむように唸りながら天井を見上げた。そして、そのまま動かなくなってしまった。頭が重すぎて持ち上がらないのか、と心配してしまうほど頭が後ろに落ちている。
しばらく天井を見上げていた大鉢は、ゆっくりと頭を起こした。
「私でも理解できない事があるようだな……」
大鉢は独り言のように呟きながらソファーに腰かけ、前に並んで座るジジイと俺を交互に睨みつける。
「なぜそのような体になったのか、説明してもらいましょう。それに、銀行強盗の犯人もあなたたちは知ってるようだな。全て納得できるように、説明してもらいましょうか」
ジジイはヘラッと笑い、
「それについて説明するのにはよ、おいらの正体をばらさなきゃいけえねえ。おい、このタコ頭に詳しく説明してやれや」
ピッチョンに向かってアゴをしゃくった。
ピッチョンが、「わかりました」と丁寧に頷き、話し出そうとしたが、大鉢の横に座る署長がジジイに聞いた。
「こちらの方は、どなたですか?」
「死神よ」
ジジイはサラッと言ってのける。
『へっ?』
横島署カルテットはポカンとアホヅラさげる。
ジジイはアホ丸出しの皆様を見て、「へっへっへっ」と小バカにしたように笑い、
「おいピッチョン、こいつら自己紹介してやれ。遠慮しなくてもいいぞ。バシッと言ったれ、言ったれ」
偉そうにソファーにふんぞり返ると、「かっかっかっかっ~」鼻の穴をおっぴろげて高らかに笑った。こちらもアホ丸出しである。
律儀なピッチョンは、ピシッと背筋を伸ばして座り直すと、
「はじめまして。私は、死神のギュランジャジューム・ジュブリナッキュ・フェレメンピッチョン・十四世と申します」
深々と頭を下げ、一、二、三、と三秒キッチリ経ってから顔を上げた。
「そして、このお方は、全世界、いや全てを創造された大神様です。あなた方が見上げる夜空に輝く星も、優しく照らす月も、なにより生命にはなくてはならない太陽も、ここにいらっしゃる大神様のお蔭なのです。大神様、一言お願い致します」
ピッチョンに真面目な顔で紹介され、ジジイも負けじとクソ真面目な顔で、「うむ」と声に出して頷き、
「たっ只今ご紹介にあ、預かりましたわたくし、こっこのわたくしめが、な、なにを隠そう、本家本元の大神様であらせられます。お控えなさいましよ」
どもりながら、尚且つややこしい言い回しで自己アピールをした。緊張しているのか、顔が引きつっている。今までこんなに真面目な形で、自分を紹介されたことがないのだろう。言った本人が赤い顔をして、モジモジと照れくさそうに下を向いてしまった。だが、決して可愛くない。




