すかした野郎
俺たち不思議カルテットの一行が横島署の署長室に行くと、いつものようにカツラを横ちょにかぶった大森署長と、腰巾着の飛田と長内も揃って待っていた。それともう一人、窓際で腕組みをして、じっと俺たちを見ているメガネをかけた痩身の男がいた。
署長は専用のデスクから立ち上がると、微笑みながら近づいて来る。応接セットのソファーに座るジジイの隣に腰かけると、
「昨日はご苦労さまでした。ゆっくり眠れましたかな?」
にこやかな笑顔で話しかけてきたが、目の前に座る由美子を見て顔をしかめた。
「鳥井くん、君はずいぶんとラフな格好をしてるな。署に来るときは、もう少しちゃんとした服装で来たまえ」
由美子は、なぬっという顔で眉間に皺をよせると、薄汚れたTシャツの胸を反らした。
「署長、お言葉を返すようですが、今日はわたし非番なんです。休みの日くらい自由にさせてください」
「しかし君、お尻が擦り切れて、今にも穴が開きそうだぞ」
「あっ、それってセクハラ。いやね~」
由美子はさげすんだように署長を見る。署長は慌てて手を振った。
「ち、違う。そんなことではない。服装の乱れは心の乱れ、という言葉がある。君も警察官なのだから、服装は常にきちっとしなさい」
横島署のトップから威厳ある小言を言われて、由美子はふて腐れた態度でプイッと横を向く。そして、誰にでも聞こえるような独り言を呟いた。
「服装以前に、誰かさんはカツラが年がら年中乱れているくせに、よく言うわよね。ずれたカツラを直してからじゃないのかしら、他人に偉そうに言えるのは。フン!」
署長はハッとして、横ちょにずれたズラに手をかけるが、先に素早くジジイの手が伸びた。ジジイは慣れた手つきで、ちょいっとズラを直す。
「由美ちゃん、間違っちゃいけねえよ。これはズラじゃなくて、地毛なんだからよ。なあ、署長」
「ホールさん……」
署長の目がウルウルと涙目になる。ジジイがうんうんとうなずくと、署長の目からポロリンチョと一粒の涙がこぼれ落ちた。小柄なジジイが大柄の署長の肩を抱き、力強く揺する。振動でズラが横ちょにずれると、すかさずジジイがチョイと直す。いつの間にか二人には、信頼関係が生まれたようだ。清々しい顔をした飛田と長内が、胸の前で小さく拍手をしている。
その光景を黙って見ていたピッチョンが、生真面目にぼそっと呟いた。
「地毛ならずれないけど……僕にはカツラにしか見えない……」
かわいそうで哀れな署長は、ジジイの胸に顔を埋めてさめざめと泣き崩れた。
署長のすすり泣きが続く中、
「署長、時間が惜しい」
冷たく突き放すような声が聞こえ、みんな一斉に声の主に注目した。
窓際に立つ男が冷ややかな目で署長を見ている。
呆れたように、「ふん」と鼻を鳴らすと、面倒くさそうに先を続けた。
「くだらない話などやめて、早く事件の説明をしてください」
俺と同じくらいの年だと思うが、偉そうに腕組みをし、偉そうにふちなしメガネをかけ、偉そうに頭をオールバックで固めている。しかし、態度や顔つきは偉そうなのだが、小柄で痩せ細った体の上に、これでどうだ! と叫びたくなるほどどでかい頭を乗せているので、なにか非常にアンバランスなのである。それがなにかに似ているのである。
それはなんであろうか? と首を捻っていると、
「誰だおめえ、でっけえ頭しやがって。まさか宇宙人じゃあるめえな」
ジジイがズバリと的確に言い放った。
正しく、宇宙人と言えばこの姿に限る、とあまりにも有名なお姿にそっくりなのだ。
未知の生物の男は一瞬ムッとした顔をしたが、中指でクイッとメガネを押し上げ、
「私は副署長の大鉢だ」
気取った仕草でオールバックの髪を両手で撫でつけた。
「おめえもずいぶんとわかりやすい名前だな。頭の鉢がでけえから、大鉢さんかい。こりゃ覚えやすいぜ。まったく、こせえ的な頭してんな。かっかっかっ」
ジジイは大鉢の個性的な頭を指差し、大口を開けてこちらも個性的に笑う。
大鉢の顔色が見る見るうちに赤くなった。広いデコに浮かぶ数本の血管が、ぷっくりと膨れるのが見て取れる。先ほどの宇宙人から、違うものに変身した。
それはなんであろうか? と首を捻っていると、大笑いしているジジイが目を丸くして、
「おっ、タコの八ちゃんじゃなくて、タコの鉢ちゃんになりやがった。おもしれえ野郎だなおめえは。かっかっかっ、か~っかっかっ」
更に朗らかに笑い飛ばした。
「失礼じゃないか! 私は横島署の副署長だぞ。口を慎みたまえ」
大鉢が目を剥いて怒っても、ジジイはまったく動じない。鼻の穴に指を突っ込み、ブチッと鼻毛を引っこ抜くと、得意の鼻毛飛ばしを披露した。
「プッ、なに言ってやがるひよっこが。副署長だか福神漬けだか知らねえけどな、おいらたちは世界の平和を守るヒーローだ。どっちが偉いか、そのでけえドタマで考えてみやがれ」
「なっなにを――」
大鉢が言いかけたが、「大鉢さん、落ち着いてください」大森署長が口を挟んだ。横に座るジジイに向き直り、
「ホールさんも茶化すような発言は謹んでください。あなたの悪い癖です。わかりましたね」
ズラを横ちょにずらしながら説教する。ジジイは渋々うなずくと、署長のズラを渋々直す。署長は満足そうにうなずくと、ズラを片手で押さえながら立ち上がった。
「この部屋は手狭なので、会議室に行きましょう。さあ、大鉢さんどうぞ」
署長は片手を差し出し、先に行くように大鉢を促した。
大鉢はキッとジジイを睨みつけると、アゴを突き出し偉そうに歩き出した。アゴを突き出すというより、頭の重みで後ろに倒れてしまったのが正解だろう。右足、左足と踏み出すたびに頭が左右に揺れる。後ろ姿はますますタコに見える。
大鉢を先頭に、俺たちはゾロゾロと署長室を出た。
ジジイは大鉢の後頭部を見つめ、眉間に皺を寄せた。
「けっ、嫌な野郎だぜ。あんなすかした野郎はきれえだよ。なあジャック、おめえもそうだろ」
「すかした野郎には違いないけどよ、若いのに副署長とはすげえな。あのでか頭には、脳みそがぎっしり詰まってんだろうな」
俺とジジイがヒソヒソと話していると、眉をひそめた由美子が小声で説明した。
「嫌な奴だけど、優秀なキャリアなのよ。国家一種の資格を持ってるの。今は署長と同じ階級の警視だけど、近いうちに警視正に昇格するわよ。こんな小さな警察署なんか腰掛で、すぐに本庁に行くでしょうね。署長も頭が上がらないのよ」
「だから署長は大鉢のことを、さん付けで呼ぶわけか。ズラを必死に隠す以外にも、けっこう苦労してんだな」
俺はズラをパカパカさせながら歩く署長の後ろ姿を見つめ、しみじみと呟いた。




