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仮装大会

 肛門に豆がバカにされたのだ。ここは黙っているわけにはいかない。

「なっ、なんだと肛門ジジイ!」

「なにを言いやがる。豆顔野郎!」

 ジジイと取っ組み合いになる寸前、

「うるさい! 豆も穴も黙れ!」

 由美子が壁を震わせるほどの、超ど級の雷を落とした。豆はヘナヘナと萎れ、穴はキュッと更にすぼまった。

 由美子は般若の形相で、俺とジジイを交互に睨みつける。

「まったく。格好自体が変なんだから、そんなマークどうでもいいでしょ。もうそのマークで決めなさい。真治は豆。神様はケ……お米にしなさい。わかったわね!」

 捨てられた子犬のような上目遣いのジジイは、ビビリながらも不服そうに申し立てる。

「由美ちゃん、おいらのは米じゃねえよ。おいらのは、ケツのあ――」

「そこのジジイ、うるさい!」

 由美子は真っ赤な顔で吠えると、間髪入れずに怒鳴った。

「グダグダ言ってんじゃないわよ! そんなバカ丸出しの格好を許してるんだから、それだけでも感謝しなさい! ぬけ作は豆、ジジイは穴のマーク、それで決まり。文句は言わせないわよ。あんた達わかったわね!」

 由美子の鋭い眼光で睨みつけられ、俺とジジイは直立不動の姿勢で何度もうなずいた。俺の横に立つピッチョンも体を硬直させ大きくうなずいている。トバッチリを受けてかわいそうに。それに恐怖のせいだろう、唇をワナワナさせ、顔面を蒼白にして小刻みに震えている。真っ赤になったり青くなったりと、忙しい死神だ。

 死神をも恐怖のどん底に落とした由美子は、満足そうに、そして偉そうに鼻をツンと上げ俺たちを見下した。

「ふん!」と大げさに鼻から息を吐き出すと、

「さあ、行くわよ」

 プイッときびすを返す。と同時にストレートの長い黒髪が、キューティクルを艶々と輝かせながら、サッファ~と流れるような半円を描く。まるでシャンプーのCMのような光景に、ジジイはむほっと小鼻を膨らませ、ピッチョンの頬はほんのり桜色に染まる。そして、夢遊病患者のように、フラフラと由美子の後について行く。

 その後ろ姿を見ていると、実家の近所にある居菩寺の住職が哀れに思えてくる。朝昼晩と一心不乱に念仏を唱え、煩悩を捨てようと修行しているのに、その崇拝する神が煩悩の塊とは……。

 ここで一句。

 小鼻咲き エロむき出しの神慕う 居菩寺僧侶の 無駄な努力よ


 横島署に向かうタクシーの車内は、お葬式のように静まり返っていた。

 運ちゃんは車を走らせると、開口一番、

「へへへっ、仮装大会でもあるんですか?」

 と、ヘラヘラ笑いながら言ったのがいけなかった。

 助手席に座る由美子が、運ちゃんをギロッと睨みつけて怒鳴った。

「うるさい! あんたは黙って運転しなさい!」

 運ちゃんはぶったまげて、運転席から十センチほど浮いた。着地しても動揺が収まらないのか、アクセルペダルの操作が上手くできない。車が前後にガックンガックンと揺れる。

「しっかり運転しなさいよ!」

「ひっ……」

 運ちゃんは小さく悲鳴を上げた。

 ビビる運ちゃんは背筋をビシッと伸ばし、自動車教習所の教官に口を酸っぱくして言われた、「ハンドルを持つ手は八の字」の教えを忠実に再現し、これぞ八の字ハンドルですよ、と言わんばかりの姿勢を披露する。

 哀れな八の字ハンドル運ちゃんが、最初にポロッと言った一言で由美子に怒鳴りつけられたが、それはしょうがないことなのだ。確かに、仮装大会だと思われてもいたしかたがない。

 俺とジジイのヒーロー姿を見て、運ちゃんが驚くのは無理もない。本物のヒーローを見たことがない運ちゃんなら、驚くのも当たり前だ。それと、ヒーローと一緒にいるのが、どこから見てもビタッと決めたスーツ姿のセールスマン。でも、まあこれはこれで違和感がない。

 だがしかし、由美子の服装はいただけない。白いTシャツは襟元がダルダルで汚れの首輪がこびりつき。カレーだと一目でわかるシミやら、得体の知れない謎のシミがそこかしこに飛び散っている。小汚い黒のスエットパンツは毛玉をそこら中に貼り付け、膝の辺りは擦り切れて穴まで開いている。足下はピーチサンダルといった装い。

 顔とスタイルは間違いなく上の上クラスのいい女だが、私服の由美子は女を捨てている。

 非番でも職場に行くのだからもう少しきれいな服装にしろ、と注意をしたのだが、

「休みの日くらい好きな格好させてよ」

 と、却下されてしまった。

 仕事の時はビシッとスーツを着ているのだが、私服はいつもだらしない格好をしている。

 彼女曰く、「着られればなんでもいいのよ」と双子のオカマさんでメガネをかけた人の方が聞いたら、キ~ッとハンカチくわえて怒るような発言をしていた。

 マントを羽織ったヒーローが二人、だが一人は老いぼれ。ピッチリ横分けのセールスマン。そして、美人なのに小汚い女。この得体の知れない不思議カルテットに遭遇したら、誰でもポロッと仮装大会だと言ってしまうだろう。

 などと解釈して、一人でうんうんと密かに納得していると、由美子が後部座席の俺とジジイに振り返り、鋭く睨みつけた。

「あんたたちがそんないかれた格好してるから、あんなこと言われるのよ。新しいウエットなんて買うんじゃなかったわ。フン!」

 それからは、誰も口を開く者はいなかった。

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