洗濯物
「ほりゃピッチョン。こいつが収穫した地獄から来た魂の奴らだ。おめえが凍らせればより安全だって言ってたから、冷凍庫でカチンコチンに冷やしておいたぜ。こつらな、地球ではナマナマララゲと呼ばれてるんだ」
ジジイが冷凍庫から出してきたナマナマララゲを、ビニール袋のままピッチョンに放り投げた。ピッチョンは、袋からカチンコチンに凍った二つナマナマララゲを取り出すと、蛍光灯にかざしてマジマジと眺める。
「きれいに凍ってますね。まるで水晶みたいだ。大神様とジャックさんのお蔭で、残りの魂は十九個になりました」
ジジイは興味津々な顔で胡坐に両肘をつき、上半身をグイッと前に突き出した。
「おっ、そいつを聞きてえんだ。残りが十九個ってことは、地獄を逃げ出したのは二十一個だったのか?」
ピッチョンはアタッシュケースにナマナマララゲをしまいながら、几帳面にうなずいた。
「はい。地獄を逃げ出したのが早い段階でわかったので、最小限で阻止できました。それでも、二十一個は地球に来てしまいましたが……」
顔をしかめたピッチョンに、俺は小学生のように手を上げた。
「はいはい、ちょっと質問いいですか?」
「はいどうぞ、ジャックさん」
「ありがとうございます」
ピッチョンは俺と対して年が変わらないようだが、遥かに落ち着いているし頭も良さそうだ。そのために悔しいのだが、卑屈な俺は悲しいかな低姿勢になってしまう。
「質問というのはですね。他の十九個のナマナマララゲは、どこにいるかわからないのですか?」
ピッチョンは困った顔で小さくうなずくと、申し訳なさそうに頭を掻いた。
死神なのになんて誠実な人なのだろう。いや、人ではないのだから、なんて誠実な死神なのだろう。誠実な死神と言うのも人間にとっては困りものだ。できれば不誠実に任務を遂行していただきたい……。
神様の中で、唯一不誠実なジジイが偉そうに言う。
「まあよ、詳しい話は署に行った時にすりゃあいいぜ。二度も三度も説明するのは、ピッチョンも疲れるだろうからな。おいジャック、カルピスねえのか?」
「なんだジジイ、カルピスを飲むのか? 昆布茶が良く似合うくせしやがって。かわいらしい物を飲むな。それに、ウチにカルピスはない」
「おいらじゃねえよ。飲むのはピッチョンだ。ないなら買ってきてやれよ。こいつはカルピスが大好物だからな。なあ、ピッチョン」
「はい、あれはおいしいですからね。あっ、でもお構いなく」
恐縮している死神のピッチョン。死神に恩を売っておくのも悪くないだろう。
俺は小銭を掴んで立ち上がった。
ピッチョンはカルピスをストローで美味そうにすすりながら、死神の役目を機嫌よく話してくれた。由美子も起きていたので興味深く聞いていた。
死神は天上界で何千人も暮らしている。役目は人間が考えているような、オドロオドロしいものではなかった。
人間は死ぬと誰でも来世で生まれ変わる。その死んだ魂を現世から来世に導くのが死神の役目のようだ。
「僕ら死神は、人間の魂を無理矢理に奪う事はしません。寿命で亡くなった魂を正しく来世に導くのが仕事なんです」
と、ピッチョンは激しく力説した。
「私の来世はどんな人物なのかな? ピッチョンさん、教えてくれません。ウフン」
由美子が流し目で質問すると、ピッチョンはポッと顔を赤らめ、ズバズバッと激しくカルピスを吸い上げた。死神とは純情らしい。
「い、いや、由美子さんの来世は僕にもわかりません。例外はありますが、僕ら死神は人が亡くなる一ヶ月前にとり憑くので、まだ寿命ではない由美子さんの来世はわかりません。でも、由美子さんなら、きっと素敵な人に生まれ変わるでしょう……」
言い終わると、火のように顔を真っ赤にして俯いてしまった。
「由美ちゃん、あんまりピッチョンをからかうな」
ベランダにいるジジイが顔を覗かせた。エプロンをつけて洗濯物を干しているのに、こちらの話を耳ざとく聞いていたようだ。
「さてと、全部干し終わった。どっこらしょ」
ジジイはベランダに座ると、そのまま仰向けに寝た。また例の如く洗濯物を下から眺め、
「いいね~」しみじみと厭らしく呟く。
ジジイのスケベ丸出しの姿を見ても、由美子はまったく気付いていない。
「大神様は疲れちゃったのね。ご苦労様。お茶入れるからこっちで休んでください」
などと旦那の父親を気遣うような優しい言葉をかける。
それもそのはずだ。大神様と言われる見た目は貧相だが偉いじい様が、まさか仰向けになって下着を眺めているとは夢にも思わないだろう。
ジジイは頭だけ起こし、由美子に向かって手を振る。
「いいからいいから、気にしないで。おいらは自然の風に吹かれているのが好きだから。大地の息吹を感じるね~。うん、実に良いよ」
ジジイは一点を見つめ、うっとりした顔でほざいた。
由美子は「やっぱり神様は違うのね」と勘違いもはなはだしいことを言う。
これは真実を知らさなければならんな。
「大地の息吹で由美子の下着が飛ばないように、しっかり見張っておけよ。ジジイの好きな、その黒い下着は特に高価だからな。頼むぞジジイ」
俺が言うと、ジジイは親指をグッと立て力強く応える。
「任せろジャック。由美ちゃんの下着はキッチリ乾くまで、おいらがシッカリ見張ってるわい!」
「あっ!」
由美子は突然立ち上がり、ベランダにすっ飛んで行った。




